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454.貿易王子は迎える。


「……こんにちは……?あの、……レオン王子殿下、お食事をお持ち致しました。」


鈴の音のような軽やかな少女の声が聞こえる。……?いつもの侍女じゃ…ないみたいだ。

扉なんて、いつも勝手に開けてくるのに。その声の主はノックをした後にもいつまで経っても入ってこようとしない。僕がベッドの隅で屈んでいる間もずっとレオン王子殿下と繰り返し僕の名を呼び続ける。不安そうな、控えめなその声に、もしかして新入りの侍女だろうかと考える。


「あのっ……いつもの侍女さんが、途中で来れなくなってしまって。だから、私が代わりにお食事をお持ちしました。……温かいうちに食べた方が、美味しいと思って。」

何度無視しても構わず僕の部屋に声をあげてくる。温かいうちに、なんて。……食事を美味しいと思えたことすら、もうずっと無いのに。

でも、扉を開けないとずっと彼女はそこに居そうで。ベッドから声を上げて指示しようとしたら、……上擦った声が震えて上手くでなかった。人に僕から声を掛けるなんて、もうずっとしていない。扉越しに声を掛けることすら今は怖い。この言葉をもし婚約者である彼女に聞かれたら、……また、また殺されてしまうかもしれない。

そう思った途端、怖くなって膝を掴む手がガタガタと震えだした。力を込め、皮膚を引っ張り、必死に堪える。

やだ、いやだ、こわい、こわい。人は、……こわい。

でも、その侍女はいつまで経っても僕に声を掛け続ける。寝てるのかしら、いないのかなと時々独り言まで洩れ聞こえてきた。

僕は震えを必死に抑えながら、一歩一歩扉へと近付いていく。扉に手を掛け、鍵が最初から締められていないそれをゆっくり引いた。低い扉の金具の音と共に、僕も扉の陰に隠れるようにして一緒に身を引く。このまま侍女が部屋に料理だけ置いていってくれれば良い。少し恐れるようにして中に入ってきた侍女の、綺麗な金色の髪が最初に目に入った。

床にでも置いておいてくれれば良いのに、侍女はそのまま更に部屋の奥へと入ってきた。奥のテーブルまで足を進めながら、まだ食事を運ぶのには慣れていないのか何度もガシャ、ガシャと音を鳴らしながら慎重にテーブルへ僕の食事を乗せてくれた。……格好を見ると、侍女ではないようだった。動きやすいドレスを身に纏ったその少女は金色の髪を揺らしながら、部屋を見回した。……誰なのだろう。

でも、何はともあれ、これて後はこのまま帰るだけだと僕が一安心した時だった。


「あのっ……レオン、……王子、殿下……⁇」

少女は、……扉の陰に隠れ続ける僕の方に近付いてきた。

何故、もう帰るだけのはずなのにっ……

恐怖で声も出ず、扉の取手を握る。影と壁に挟まるようにして身を固くする僕にその少女は近付いてきた。何故、何故、どうしてこっちに来るんだ…⁈

やめろやめろ来るな来るなと心の中で叫びながら震えていると、とうとう少女は隙間からそっと僕を覗き込んできた。

一度「きゃっ……⁈」と少女が悲鳴を漏らす。初めて僕を見るなら当然の反応だろう。髪も伸ばしきったまま顔も見えないほどボサボサで、毎日皺を取られたシャツとズボンすら、僕自身が一人で怯え悶え掻きむしっている間に皺だらけのぐちゃぐちゃになっている。まるで下級層の格好をした人間がこんな立派な城にいること自体、想像できるわけがない。

僕の姿に慄いた彼女が、数歩離れてくれたことに安堵する。このまま逃げてくれるかと思ったら、……また彼女は僕に近付いてきた。

扉に手を掛け、一歩一歩壁の隙間で逃げ場のない僕に歩み寄る。棒立ちのまま彼女に顔を向けて動かない僕に、そうっと顔を覗かせ近付いてきた。さっきまでなら暴れて来るなと叫んだ筈なのに、……目の前の、彼女だけは……不思議と、もう怖いとは思わなかった。

ひょこっ、と可愛らしい丸い金色の瞳が僕に向けられ、長い金色の揺らめく髪が僅かな陽の光を浴びて輝いた。


「レオン王子……殿下、ですよね……?」

少し怯えながらも彼女は僕に尋ねる。

言葉もでないまま、彼女に向けて僕は一度だけ頷いた。もう、扉の陰に隠れる意味もなくなって、手を離して扉を閉める。彼女を部屋の内側に残すことにはなったけれど、代わりに僕も逃げ場ができた。扉を閉めたことで空いた隙間を通るようにして、再び彼女と距離を取る。

……何故、なんだろう。あんなに怖いと思った筈なのに。彼女だけは不思議と全く恐怖を感じない。

距離を取り始める僕に彼女は「あのっ……」と声を掛ける。少し緊張した様子の彼女の声に耳を傾けると、彼女はそのまま話し掛けてきた。


「わ、私……ティアラと申しますっ……!ずっと、今まではこちらの方には居なくて。でも、先日やっとお許しがもらえて!その、ずっとご挨拶がしたいと思っていました。こうしてお会いできてとても嬉しいです……!」

こんな見窄らしい僕の姿を見て、それでも嬉しそうに声を弾ませる彼女に驚く。

さっきは怯えていたのに、今は嬉しそうにきらきらとした眼差しを僕に向けていた。……まるで、昔の城下に降りた時に民が向けてくれたような温かな眼差しだ。

懐かしくて、急に胸がぎゅっと締め付けられた。こんな眼差しを受けるなんていつぶりだろう。信じられないことに、本当に彼女は僕と会えたことを心から喜んでくれている。

ティアラ……城の誰かが噂しているのを聞いたことがある。確か、……この国の、第二王女だ。

ぞっ、と急激に身体から悪寒が走る。第二王女、つまりはあの人の、僕の、婚約者である彼女の妹君ということだ。


「その、この国の第二王女です。────様の妹です。なので、婚約者であらせられるレオン王子殿下にこうしてお会いできて嬉しいですっ!」

さっきまで不思議と怖くなかった筈の少女が突然彼女の姿と重なる。

金色の揺らめく髪が頭の中で真っ赤に染まり、口が裂くように引き上がって見える。いやだいやだいやだいやだいやだいやだ‼︎

「あの、もし差し出がましくなければお義兄様と呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか……?私、ずっと離れの塔にいて、こうして家族が増えたのが嬉し」


「いやだ……っ!いやだいやだいやだ……あ……ああ、あああああああああああああああ⁈いやだいやだいやだ来るな来るな来るなあああああ‼︎!」

照れたようにはにかむ彼女が、僕の叫びに目を目を丸くした。

ガタン、と僕は座ろうとしていた椅子を踵で蹴り、転ぶように床につく。心配そうに僕を見つめてくれる彼女が、いまは嘲笑っているようにしか見えない。

帰れ、帰れ、てでいってくれとひたすら喚き散らし、手を必死に左右を振れば彼女は慌てたように駆け足で自ら扉を開けて部屋から出ていった。勢いよく閉じられた扉を荒くなった息で見つめ続けると、再びトントンとノックが鳴らされる。

まさか、今度は本当に本物の彼女が来たのかとその場で肩を抱きしめ頭を隠すように小さくなれば、……またさっきの鈴の音のような声が聞こえてきた。


「あのっ。……ごめんなさい。やっぱり、私なんかに兄と呼ばれても御迷惑でしたよね。差し出がましいことを言いました。……お食事、冷めないうちに召し上がってくださいね。」

悲しげな声が、優しく僕へとかけられた。……違う、兄と呼ばれるのが嫌なんじゃない。ただ、彼女の血とその面影が怖くて。……ああ、僕は最低な人間だ。彼女は全く悪くないのに。

自己嫌悪が酷く渦巻き、遠退いていく彼女の足音を聞こえなくなるまで辿り続けた。こんな僕なんかに優しい言葉をかけてくれた人に、また僕はなんてことを。

もう……僕は、僕じゃなくなってしまった。最近では時折様子を見に来てくれる弟のエルヴィンとホーマーすら嫌で嫌で怖くなる。

どんどん〝僕〟という存在が抜け落ちていく。もう何もかもが怖くて仕方ない。こんな、こんな僕をもう、誰も


『ずっとご挨拶がしたいと思っていました。こうしてお会いできてとても嬉しいです……!』


……嬉しい、と言ってくれた。

こんな僕なんかに会えて、嬉しいと。アネモネの民のような、温かな陽の光のような笑顔を僕に向けてくれた。


「……。」

ふと、テーブルに置かれた食事に目を向ける。

立ち上がることができなくて、手足を使って動物のようにしてテーブルへ歩み寄る。近くまで行くと、ほんのりと良い香りがした。今まで、こんな匂いを感じたことなんてあっただろうか。

手を伸ばし、テーブルの端を掴んでゆっくりと立ち上がる。覗き込めば湯気は出ていないけれど手を翳せばほんのりと温度を感じた。スプーンを手に取り、一番温かそうなスープを口に運べば、乾ききった口の中を温く湿らせた。


「おい……しい……?」

味が、よくはわからない。でも、なんとなくそれが美味しいのだと思わされた。先ほどの彼女の言葉を思い出し、席にも座らずそのままスプーンで掬い、口へと運び続ける。

冷え切った筈の身体の内側が少しずつ熱に灯され、……心が和らいだ。思えば、先ほどの彼女の優しい笑顔が思い出されて、口に料理を運びながら彼女のことばかりが頭に残る。


……謝れなかったな……。


食事を運んでくれてありがとう、驚かせてすまないと。

彼女が女王の妹とわかった途端、怖くて恐怖ばかりが勝ってしまった。僕みたいな人形にだって、エルヴィンとホーマーという立派な弟達がいる。立派な父上と母上の息子に、……僕のようなものが産まれてしまったように、血の繋がりなどその人には関係ないとわかっていた筈なのに。

……謝りたい。今までだって何人もの侍女に酷い態度ばかりとってきたままの僕だけど、何故か彼女には……彼女にだけはもう一度謝りたいと。……会いたいと不思議にそう思えた。

でも、……きっと会えないだろう。もう二度と。あんなに酷いことを言って、酷い態度を取ってしまったのだから。

そう思うと、また砂を噛んでいるように美味しさがわからなくなった。でも、生命維持のために無理やりにでもスープを飲み込み、パンをちぎった。僕は、……ちゃんと生き続けなければならないのだから。

僕は、このまま少しずつ死んでいく。

女王の玩具となって、彼女を楽しませる為だけにこの部屋で死んでいく。


「……ティアラ。」


確か、どこかの王子との婚約が決まったとかで離れの塔から出ることを許された王女。……良かった、婚約者が決まったならこの国から彼女は逃げられる。女王の手の届かないところで幸せになれるだろう。……でも。


……もし、彼女が国を離れたくなかったら?


僕のように。

そう思った瞬間、急激に胸が痛んだ。

思わずパンを落とし、胸を両手で押さえて蹲る。国を離れた時の痛みが、苦しみが押し寄せてきて歯を食い縛る前に見開いた目から涙が滲んできた。ぽた、ぽた。と涙が床とパンを濡らす。


「ゔ……ぁ……あっ…………ああぁぁ………っ。」


……帰りたい。

アネモネ王国に、民に会いたい。

こんなに会いたくて会いたくて苦しいのに、……もう会えない。二度ともう、国の地すら踏めない。


「あああっ……ぁぁ……あ……っ。…あああ……。」


また、歯止めが効かなくなってしまった。

衝動的に食べたものが胃から持ち上がってきそうで、両手で口を押さえてこらえる。呻き、泣き、身体がガタガタと震え出す。多分また暫くは止まってくれないだろう。


誰か、誰か、誰か、誰か…

この震えを止めてくれ、この苦しみを恐怖を







…………郷愁を。





……



「……い、………おい、レオン‼︎なに勝手に魘されてやがる⁈」


…突然、言葉でぶたれるようにして目が醒める。

目を擦り、机に突っ伏した状態から顔を上げる。どうやら眠ってしまっていたらしい。擦った指先が濡れていて、少し涙まで滲んでいた。喉も上擦ったようにカラカラで、もしかしたら少し魘されていたのかもしれない。

仕事の書類が僕が下敷きにしたせいで僅かに広がっていた。……今まで、仕事中に寝ることなんてなかったのに。

重要書類をしまって資料だけ眺めていた所為で気が緩んだのか、……それとも最近プライドのことが心配で眠りが浅かった所為だろうか。

広がってしまった書類を手で整えながら、僕は窓の方に振り返る。既に陽も落ち着いて、午後を過ぎていた。時計を見れば寝てたのは二十分くらいだろうか。そこまで考えて、僕は声を掛けてくれた彼の方へと向き直る。


「……ごめん、少し寝不足みたいで。……セフェクの方はどうだった?」

僕の部屋の床に座りながら、こちらを睨みつけているヴァルとセフェクに声を掛ける。

セフェクから「問題なかったわ」と一言だけ返事が返され、両手を拘束されたままの彼女は寛ぐようにヴァルの隣に寄りかかっていた。その傍では医者がケメトの頭部を診察していた。

今日の昼前、突然ステイル王子の特殊能力で僕のもとに避難させられたらしい彼らは、ステイル王子が再び迎えに来るまで僕の部屋での待機を命じられていた。

流石に保護されたらしき彼らを置いて部屋を空けるのも心配で、僕は昼食を部屋で彼らと取った後、急遽城の外での予定を明日に繰り越してもらった。城下の視察も貿易の確認は昨日もやったし、今日の分を明日にしても大して問題はない筈だ。

父上と母上にもある程度事情を話して許可を取り、僕の部屋へ正式に三人を招き入れた。

食事を提供した後、少し落ち着いた様子の彼らの話を聞けばセフェクとケメトがプライドに暴力を振るわれたらしい。セフェクは腹を、ケメトは頭をぶつけたと聞いて僕は早速城の医者を呼んだ。

二人とも殴られるのは慣れているから平気だと、信じられない言葉を言い張ったけれど、ヴァルからもどうせ暇なんだから受けとけと言われて二人とも一応診察を受けてくれた。殴られるのを慣れてる、というのに少し引っかかってヴァルを見たけれど二人の身を案じている様子から見て、どう見ても彼ではなさそうだった。僕の視線に不快そうに顔を歪めた彼は「俺が殴れるかよ」と契約のことを指して言い切った。……多分、今の彼なら契約が無くても彼らに暴力は振るわないと思うけど。

ステイル王子が消えた後だって、改めて二人の無事を確認した彼は何度も二人の首をさすっては何かを確かめていた。苦々しそうに表情を歪めた彼のその指先は、僅かに震えていた。その上、セフェクとケメトが二人で大丈夫と声を合わせても全く彼の歪んだ表情は晴れなかったのだから。食事を終えて医者を呼ぶあたりから段々と二人が今の調子を取り戻してきてくれてやっと、彼からも言葉数がいつも程度には増えてくれた。


「ねぇ!ヴァルもケメトの後に診てもらいなさいよ。頭を蹴られてたじゃない!」

「アァ⁈女の足で蹴られたところでどうってことねぇ。テメェらと一緒にすんな。」

何よ!とセフェクがヴァルの言葉に噛みつき、至近距離から水を彼の顔面に飛ばした。手が上手く使えない分、手首を捻って出した水は彼の顎にぶつかりそのまま噴水のように舞い上がった。ぶわっ⁈と顔を濡らしたヴァルがセフェクを睨むと、乾いた服の部分で拭い出した。ケメトが医者の診察を受けながらそれを見て「布とか借りれますか⁈」と僕に声を掛けた。


「布……というか、良かったら着替えを用意させるけれど。いっそ三人とも着替えたらどうだい?」

もちろん、その拘束がなんとかなった後で。と、僕は付け加える。特殊能力は僕も詳しくないけれど、拘束具に違わないなら恐らくステイル王子の特殊能力で何とかなるだろう。

彼らは以前から殆ど毎回同じ格好だった。荷物を最小限にする為なのはわかるけれど、着れるだけ着て新しいのに変えたら捨ててるらしい。ならば今の服も結構ボロボロになってきたしと提案するとヴァルが「いらねぇ」と二人より先に断った。その途端、セフェクが凄い勢いで「なんでよ!良いじゃない‼︎」と叫んだ。……やっぱり彼女も年頃の女の子なんだなとうっかり微笑ましく思ってしまう。


「テメェの用意させる服はどれもチャラチャラし過ぎだレオン。」

セフェクの言葉を無視して僕を睨むヴァルは、座ったまま身体を揺らして言い切った。

以前、繁盛したお礼にと王都で人気の服屋がいろいろと試作品を城に献上してくれた。その時、サイズが合えばと三人にも数着を提供したらヴァルにはすごく不評だった。ケメトは気にしていなかったけれど、確かに男性の好みとしては良し悪しが分かれるものだった上、煌びやか過ぎて長旅には向かない服だった。……まぁ僕も、セフェクとケメトはさておき、彼が好むかは絶望的だと考えた上で反応みたさに勧めてみたのも事実だけれど。


「あれは、一部には熱狂的に人気らしいんだけどね……。大丈夫、今回は普通のを用意させるから。」

動きやすいものなら良いだろう?と言えば、新しい服という言葉にセフェクとケメトがキラキラした視線をヴァルに向けた。それを受けて彼は諦めたように溜息を吐く。ガシガシと頭を掻きながら「勝手にしろ」と告げれば、セフェクだけでなく診察中のケメトも声を上げて喜んだ。喜ぶ二人に「どうせフード被れば同じじゃねぇか」と小さく彼は悪態をついていた。お金には困ってなかった筈だけれど。……彼のお金の使い道にお洒落という項目は無いらしい。


「どうせなら、湯浴みと身体も磨いてもらったらどうだい?綺麗な服を着るならその方が気持ちも良いよ。」

部屋の外にいる侍女達に声をかけるついでに提案する。

ヴァルは間違いなく断るだろうから、敢えてセフェクとケメトに向けて投げかければ「ケメトと一緒なら良いわ」「セフェクとならお願いします!」と返事が返ってきた。二人とも異性同士なのに、互いに見られることよりも一人で大人に囲まれる方が嫌らしい。ヴァルが勝手にしろと言わんばかりに僕へ手を払うのを確認してから、その旨も侍女に頼んだ。

おそらく服よりそちらの準備が先にできるだろう。侍女から借りたタオルをそのままヴァルへと投げれば、片手で受け取り頭から顔を拭った。

ケメトの診察も終わると、今度は二人でヴァルも診察を受けるようにと訴え始めた。ヴァルが煩わしそうに眉間に皺を刻みながら、二人に無理矢理引っ張られて服を伸ばした。医者がそれを聞いて自ら歩み寄り、彼の凶悪な人相に若干怯えながらも診察を始めてくれた。いらねぇ、と言いながらも二人に両脇から挟まれ、仕方なさそうに大人しく医者の問いに受け答えをしていた。

ここに現れた時には酷い様子だった三人が、こうしていつもの調子に戻っていることにほっとする。

気を失っていたらしいケメトは未だしも、意識があったセフェクは最初かなりプライドの豹変に怯えている様子だった。まだヴァルは自分とプライドの契約について二人に話していないようだけれど、……少なくともさっきのステイル王子との会話で、プライドがヴァルを使って自分達を殺そうとしたことは知ってしまっただろう。

食事の時もその所為で最初は三人とも食が進まない様子だった。特にセフェクとケメトはヴァルに手渡されるパンやスプーンに噛り付いたりと両手が使えないことには抵抗もない様子だったけれど、それとは関係なくあまり食べる気になれないようだった。

でも、今はもう大分調子を取り戻してくれている。まだ気持ちの整理も状況の把握も出来ない中、こうして普段通りに振る舞える彼らは本当に逞しいなと思う。……多分、一番無理をしているのはヴァルだろうけれど。

そうして着替えの準備が整うまでの間にヴァルも診察を受け、最終的に三人とも問題なしと医者から言葉を貰った時だった。


「……失礼致します。大変お待たせ致しました。」


レオン王子。と聞き覚えのある声が飛び込んでくる。突然現れた人の存在に、医者が声を上げた。驚かせたことを謝りながら、僕から口止めとお礼を伝えて医者には部屋から出て貰った。パタン、と扉を閉められてから僕は改めて彼に笑いかけた。


「お待ちしておりました、ステイル王子。………大変でしたね。」

浮かない表情で暗い影を落とした彼は、僕に頭を下げてから言葉を返してくれた。この度は大変なご迷惑をと謝り始めたから、僕の方から断ってそれよりもと話を促した。



プライドに関する、大事な話を。


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