そして飛ぶ。
「ッ生き残り連中捜しに来たに決まってるでしょう!!」
逃げた、と。逆の意味で絶句する。
眼球が乾いたまま動かさないレオナルドに、ホーマーは苛立ちながら怒鳴る。いつものレオナルドならば決断も行動も早いのに、何故よりによって今この時にそんな棒立ちなのかと思う。
まるで魂が半分抜け掛けていたようなレオナルドに、まだ本調子ではないのかとまでは考えも及ぶ。少し離れた位置に住民の亡骸は見えたが、本来のレオナルドはたかが一人の死で取り乱すような男ではないとホーマーは知っている。
「逃げ、たのか……?」
「当たり前でしょ貴方無しで勝てるか!!!早くこッッうわ?!!」
そこからは、一瞬だった。翼をはためかせたレオナルドが飛行と同時にホーマーへ飛び込み捕まえる。羽交い締めをするように両脇を取り、そのまま上空へと舞い上がった。残された住人の青年を一度見落とし、そして先へと飛ぶ。
初めて空中にあげられたホーマーは足を無意味にばたつかせるが、揺れはしない。先ほどまで降下しかけ揺らいだのが嘘のように、レオナルドの飛行は安定していた。
止まっていた血流が少しずつ正しく流れ出しているような感覚を覚えつつ、貧困街の先へと進む。
ホーマーに尋ねようと思い、ホーマーも説明をしようと思ったが、それよりも渦中を見つける方が早かった。「あそこだ」と槍でホーマーが刺し示す先は、貧困街の最奥だった。洗濯場だった場所が、今では戦場だ。弾が殆ど尽きて無駄撃ちできず、刃や鈍器と時折火炎瓶が交差する。
今まさに生死を争っている住人の姿に、それでもレオナルドは気付かれないようにほっと息を吐いた。貧困街の四割にも満たないが、それでも生きている住人の存在に喉の干上がりが治まった。たった一人いるかいないかと比べれば、充分な数だ。
身体の節々に痛みまで戻ってきたが、上空の空気が肺を洗浄し脳も回っていく。戦っている住人の共通点にも気がついた。
「……非戦闘員連中がいねぇな」
「当たり前だ!」
戦闘を行っているのは全員が男。幹部に所属する戦闘に長けた女性すら見当たらない。その事実に気付いたレオナルドに、ホーマーもよどみなく答えた。落ち着いた声色のレオナルドは、もういつもの熱量だった。
宙ぶらりんに吊るされたままのホーマーは、命のやり取りをしている仲間達の元へ降りたくて暴れたが、空中とレオナルドの腕の力に敵わない。決死の戦いを繰り広げる住人も裏家業達も誰一人空中には気がつかない。
早く降りてくれとホーマーは叫んだが、レオナルドの目は平温のまま地上を見下ろしていた。住民区域から離れた開けた地で、戦闘に集中する仲間達はやはり何人かは死んでいる。裏家業の死者の方が少ないくらいだ。しかし、遙かに格上の相手にしては両者ともに死体はむしろ少ないと思う。
あくまで貧困街側は相手を倒すのではなく、時間を稼ぎ食い止める為の動きだとそこで理解する。
「………………エルドか」
「そうです!まともに走れない連中をミスミへ逃がしてます!自力で逃げれるやつらは一番離れた仮拠点へ走らせました!エルドが仮拠点にあたりをつけてたか、ッら?!!!!」
直後にホーマーは息を飲む。急激な浮遊感と風圧に、舌を喉までしまい貝のように閉じる。自分を吊り下げたレオナルドが急降下と共に戦場に突っ込んでいく。つま先が地面を擦りそうになったところで、ぞんざいに手放され勢いのままホーマーだけが転がった。
突然近づく大きな影と気配に、敵も味方も振り返る。
途端にその全員が武器も手を止め、一点を凝視した。裏家業にとってはここに居るはずがない、そして住民にとっては来る筈だった男が飛行と回転で五人分の肉塊を散らばせた。
ボタボタボタと、一瞬で死骸にされた固まりを転がしたレオナルドは翼を広げたまま見晴らせる大木にそこで降り立つ。全員の視線が集中し、動きも止まっていることを確かめながらまた佇む。胸の中心からこみ上げる衝動に、今だけは従った。
木の上に佇み翼を広げるレオナルドの姿は、裏家業達には悪夢そのものだった。
化け物、とその言葉を誰もが頭に浮かべ、目の前にいる住民よりもレオナルドから距離を取るべく足を動かす。残った貴重な銃弾の使い道が一つしかなくなる。しかしその銃も、レオナルドには通用しないことも知っている。
レオナルドの財産である貧困街を襲い、火をつけ、住民の命を狙った。一度どころか三度は殺される理由を今、目撃された。
木の上で自分達を舐め定めるレオナルドの形相も想像できた。逆光と濁った空気で見えずとも、住民の「レオナルド!」「待ってたぜ!!」という歓声にすらいつものように悠然と答える様子がない。今までなら手を振って偉そうなことの一つや二つは言って余裕を見せていた男が今は余裕どころか笑みの一つも
「クッ……ハ……ハハハハッ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」
僅かに俯き、両目で片手で覆っての高らかな笑い声。
ハハハハハハッ!!と背中を丸め肩を震わせ響かせた。
あまりの笑いようにこのまま木から落ちるのではないかと見上げる者が思うほどの様子に、住民は空いた口が塞がらない。
一体何がそれほどにおかしいのか。貧困街が焼かれ、住民に死者が出て今も命を狙われている中で、彼が笑う要素などどこにもない。それはレオナルドを理解する誰もがわかることだった。
しかし、高らかに笑い声を響かせるレオナルドは十秒以上は止まらなかった。最後に大きく息を吐くまでも敵の誰も引き金は引けなかった。上機嫌でいてくれる彼が、ここで怒らせたら次の肉塊は自分である。
「あーーーー……ハハッ……。……やるじゃねぇか」
どこが清々とした笑みを溢し、そこでやっと笑い声は止まる。口元を引き上げたままのレオナルドは、俯きで垂れた前髪を手の平で掻き上げた。今この場で自分が守るべき相手と、そして殺すべき相手を正しく見定める。
丸まっていた背を反るほど伸ばし胸を張った。生傷の残った傷まで見せつけるように、そして大きく翼を羽ばたかす。全身に鳥肌が立つ感覚が、今だけは僅かに心地良い。頭や胸が疼き、爪の先まで広がった。
「認めてやる」
ぶわり、と翼が羽ばたくと同時に足が宙に浮く。呟いた称賛が向けられた先は誰にもわからない。
貧困街の住民四割が総出で押さえつけるのがやっとだった人数の裏家業集団を前に、負ける気はしなかった。自分はこの十倍の規模すらも潰したことがあるのだから。
戦闘態勢へと変わっていくレオナルドに、再び住民は歓喜し武器まで下ろす。もう自分達は援護どころか戦う必要もなくなったのだと確信する。たった一人の参入だけで、明暗がはっきり二分した。
レオナルド!!と呼ぶ声に、今度こそ首領は両手を広げて応えた。バサリ、バサリと隙しかない構えで余裕を見せ大木より遙かにまた上へと上がっていく。その短い間に、裏家業達も武器を構えない。撤退を決め、追う方向と反対へ走りだそうとする。だが、その動きが奇しくも合図となるレオナルドは再び降下する。縦でもなく、ゆっくりでもない。標的を決めた鋭い弾丸と化し、風を切る。胸が軽く、むしろ高揚感を覚えながら空を刺す。
エルド、と。その名だけは敢えて口の中だけで呟いた。この場にいない、たった一人の弱者を思い出す。
「証明してんじゃねぇか塵クズ王子」
巨大な弾丸が貫き弾き、飛行の先の敵を掴み上空へと放り投げる。軌道を変え翼で肉を裂き、首を刎ね、乾きかけていた血の跡にまた鮮血を重ね撒き散らす。
敵が悲鳴と荷物となる武器も捨て逃げ惑う。人質を取ってはみた者も、一瞬で上空から背後を取られ羽根で刺され地に崩れる。一度に三人四人と撥ねていくこともあれば、野鳥にさらわれるネズミのように一人一人空中へと投げ捨てる。貧困街の男達が決死の覚悟で食い止めた敵勢力を殲滅するまで、時間はかからなかった。
その間、住民の歓声とレオナルドの高らかな笑い声は一度も止まることはなかった。
本日2話更新分、次の更新は木曜日です。
よろしくお願いします。




