Ⅲ316.来襲侍女は有言し、
「そりゃあ脅しかァ?ア゛ァッ?!」
一瞬の驚愕後、レオナルドは肺から唸る。
姿の見えないことなどどうでも良い。自分と同じ特殊能力者を味方につけている女性に今の今まで別段敵対心も抱いていなかったところを一転し、目の色を変えた。彼女の言葉を〝警告〟ではなく〝脅迫〟として受け取った。
せっかく貧困街を巻き込まず単独でここまで来たというのに、ここで貧困街を人質にされるのは不快でしかなかった。しかも、自分をたった三人で制した男達が相手であれば、本当に貧困街を焼け野原にするなど容易いとレオナルド自身わかっている。
この場で自分を好きにする為に最も効果的な発言であることも、それが脅しで済まされない相手だとわかっているからこそ一蹴できない。
ギラリと今までの余裕の笑みに反し血走り始めた眼光に、プライドも彼の肩の上でぐっと口の中を飲み込んだ。自分でも、今の発言が彼の琴線に触れることはよくわかっていた。だが、それ以外にここまで来て彼の耳を傾けさせる言葉も見つからない。
「今、貧困街は危険です!!今すぐ戻らないとっ……」
早口でも言えたのは、そこまでだった。
視界に一瞬の内に捉えられた物体に、レオナルドは目を見張る。今まで何もなかった場所に、急に表出したように見えた手枷だ。手枷の効果も知らないレオナルドは、その枷よりも突然目の前に現れた物体であることに意識が向いた。
熟練の騎士であるカラムが投げ渡した手枷は決してこれ見よがしの渡し方ではなく、むしろレオナルドの注意が逸れたところを見計らっての投げ渡しだった。それでも、全方向からの銃弾に神経を張り巡らせていたレオナルドに銀色の輝きは発作的に注意が吸い込まれる。枷と、そしてそれを受け取った騎士の顔を見た途端に会話どころではなくなった。
自分が一度敗れた相手に、この距離で捕捉されれば昨夜の二の舞だと思考よりも先に第六感が警報を鳴らす。プライドの言葉も聞かず、全身を押さえつけられている中で足掻き暴れ出す。翼も押さえられ、右手はびくともしない。肩の重量が無に感じるほどに、それ以外が鎖の拘束より遙かに固く重い。
悪態を吐く余裕もなくそれでも奥歯を食いしばり、顎が軋むほどに力を込めて四肢と翼を動かそうと最大限に力を込める。レオナルドの意思関係なく羽根がいくつも散り、攻撃ではなくただ舞った。
レオナルドが急に暴れ出したことにアーサー達もより力を込めて取り押さえ、アランは空中で受け取った枷をレオナルドにかけようと手を伸ばす。が、ほんの一秒未満レオナルドの決断が速かった。
翼を押さえていたステイル達が前のめりに転びかけ、片腕を掴んでいたハリソンまでも振りほどかれた。唯一怪力の特殊能力で固定していたカラムまで、羽根を飛ばされる直接攻撃に回避せざるをえなくなった。
肩に乗っていたプライドまでも、短い悲鳴を上げて背後から落ちアーサーに受け止められた。
力では絶対敵に適わない相手がいる、一度自分が敗北した騎士がいる、地上では勝ち目がないと理解しているからこそレオナルドが今だけは一手騎士を上回った。
掴まれ押さえられていた翼を、自分の意思で特殊能力を解き一度消した。手足と違い、翼は自分の意思で表出するも消すも自由だ。掴んでいた翼が急に消えたことで騎士のローランド達すらも渾身の力を込めていた先の透かしに不意を突かれた。一度消えた翼が再び急激に表出し、掴むよりも先に視界が翼で覆われる。ばさりばさりと大きくはためく翼を掴むよりも、プライドと繋がっている縄を切られないようにすることの方が護衛の彼らには優先された。
誰にも拘束されていない翼を激しくはためかせた翼で空中に逃げるレオナルドに、ハリソンも身体の方が浮き持ち上げられた。
逆にびくともしないカラムに掴まれた腕を軸にし、レオナルドが大きく空中で回転を始めれれば流石のハリソンも掴んでいた手を離さざるを得なかった。腕一本切ることはできたが、無傷で意識を奪ってはならない今は何もせずに自分が回避するしかない。そしてカラムも、自分の腕一本だけを支点に空中で台風にのように暴れられ地面や壁すら削る回転技の威力は掴む以外動けなくなった。そこで今度は羽根の攻撃を放たれれば、やはりハリソンと同じく退避しかない。回転したレオナルドに当然プライドも非力な腕で捕まっていられず振り落とされた。
ほんの一瞬の秒未満の切り返しで、再び空中へと逃亡を叶えたレオナルドは、天井に後頭部が付いたところで大きく呼吸を整えた。
今度は笑って見せる余裕もなく、冗談のように酷くバクつく心臓を右手で強く鷲掴む。自分がいた場所を見下ろしながら、やはり姿は見えない。アランとエリック、そしてハリソンの三人しか姿も捉えられず、全身の神経をいつも以上に張り巡らせる。一気に身が軽くなった筈だが、まだ姿が見えない誰かが乗っているんじゃないかと疑い手で埃を払うように至る所に触れて確かめる。
翼の動きは順調で、身体も息苦しさ以外は重くないと確かめきったところでまた大きく胸が膨らむほど深く呼吸を整えた。
「レオナルド!!」とまた自分を呼びかける女性の声にも、今度は真剣に耳を傾ける。まだ互いに話は終わっていない。
「今!貧困街が危険です!!人身売買達が挙って奇襲を掛けているでしょう!!」
「アァ?!テメェが仕向けたってか?!やってくれるじゃねぇか!!」
「ッ違います!!私ではなく貴方達の日頃の行いです!!!!」
レオナルドが今度はプライドの呼びかけにも応じ始めたことで、距離は上空へと離れたままでも騎士達も一度攻撃の手を止める。
ここで自分達が確保を試みたことでプライドとの会話を切っては意味がない。彼女の説得を受けさせるために自分達は取り押さえようとしたのだから。
アァッ?!とまた唸るレオナルドは余裕を見せようとした笑みも少し険しく崩れる。騎士を闇オークション会場に仕向けるほどの力を持っている彼女達ならば、金で動く奴隷狩りや裏家業達を動かすのも難しくないと納得しかけた思考がまた止まる。
自分の組織がそういう立場であることは自覚しているレオナルドだが、ここでは飲み込めない。何故、よりにもよって今このタイミングでわざわざ人身売買が襲ってくるのかの理由にはならない。今までも恨みをいくらでも買いながら、自分が蹴散らし存続してきた住処だ。
自分の不在が隠し通されていたにも関わらず、今日いまこの時に襲ってくるなど密告者でもいない限りあり得ない。そして、貧困街に裏切り者などいるわけもない。自分の育てた理想郷だ。
意味がわからねぇな?!と相手の出方を窺うが、自分は相手の顔色どころか姿を捉えることもできず信用のしようがない。
「日頃の行いだぁ?!そんなもう何年も昔からやってんだよ!!既にあらかた目立つ連中も潰した!今この時俺の留守を狙えた理由にはならねぇな?!」
「奴隷狩りが商人と結託して身を潜めてるのは貴方も身に染みてわかってる筈です!それに貴方は競売に掛けられる予定だったでしょう?!!」
「それがどうした??俺はこの通り自由の身だ。どっかのだれかさんが助けてくれたお陰でなあ??」
「ッ貴方の存在は競売リストから消えていませんでした!!!!」
聞いてはくれても全く信じようとしないレオナルドに、仕方がないとはわかりつつもプライドの声に苛立ちが混じり出す。
キリリッと怒鳴り声に金切りが混ざる彼女の上空への叫びに、思わず耳の良いアーサーとアランは肩に力が入った。
リスト?と、また掴めない言葉にレオナルドもわずかに眉が上がる。競売リストという存在は知っている。しかしそれが何になるのか。自分が自由なのは変わらない。もともと自分が戻ったことどころか、捕まっていたことすら隠し通されエルドが首領として立っていた。だから、自分が不在の間今日まで貧困街はずっと無事だった。それを今更になって狙われるなど、その場しのぎの嘘としかやはり思えない。
全く理解に及ばないレオナルドに、プライドはさらに眉をつり上げた。下ろした拳を爪が食い込むほどに強く握る。いっそ自分もこの場で飛びつきたいと思うが、ローランド達全員を連れてではまたレオナルドは話を聞くどころではなくなってしまうとさっき実証されたばかりだ。
「収容所からオークションにはとっくに情報流出し!目玉商品は闇オークションから客にある程度告知されていました!貴方が競売に出されるまで様子を見ていただけです!!つい昨夜では情報も回りきっていません!!彼らは貴方が何事もなく今!競売に出されていると思い込んでいます!!!」
せめて解放されてから一週間あれば、自分だってレオナルドの想像通りの可能性も鑑みたとプライドは思う。
しかし、解放されたのがつい昨日では情報など簡単には回らない。レオナルドを捉えていた収容所が大規模であった分その検挙の情報が広がったとはいえ程度が知れている。闇オークションの主催側が〝商品の未搬入〟の欠品という事実を通して把握していても、闇オークションに参加できるような裏家業や人身売買組織全てが昨夜のことを全て情報共有しているわけではない。
いくら情報通であろうとも、知れるのは〝収容所がフリージアの騎士に検挙された〟ことと、そして〝闇オークションにレオナルドらしき奴隷が出品される〟噂だけ。
その二点を結びつけられる組織は数少ない。番号製の闇オークションで、検挙された収容所こそがレオナルドを出品する客ということを知っているのは
レオナルドを売り飛ばしたエルド達だけなのだから。
「貴方の留守を狙ってではありません!!貴方が競売に掛けられたと今日!リストを確認した時点で商人達が命じた報復と奴隷狩りです!!ッそして貴方が!!今この会場に来てしまった!!」




