相談し、
「でぇ?俺様に〝奴隷商品〟として潜入しろってか?」
ふざけんな、と。舌打ちとともに悪態吐いたヴァルは、凶悪は顔つきをさらに歪めてステイルを睨んだ。
そう、これがステイルの提案した策の一つだ。本格的に騎士団を闇オークションへ突入させる前にこちらも最善手を打たなくてはならない。その為に〝適役〟をこちらで用意し被害者奴隷に紛れ込ませましょうと、そうステイルが提案した時点で察しは付いていた。
私だって、ステイルほど頭が良いわけではなくても悪賢いラスボスチートの第一王女だ。一番安全に、本人もそして被害者奴隷を守れるのも、そして逃がすことができるのも彼が最適だ。しかも今はご都合良く優秀従者フィリップの特殊能力を明かせる相手でもある。今の姿も全くの別人だ。
「貴方なら本来の姿でも、もともと王侯貴族に顔を隠しています。肌の色さえ変えるだけでも気付く者はいないでしょう。特殊能力を伏せても、身体の一部を少し規格外に弄って見せるだけで闇オークションでは充分商品価値が上がります」
ジルベール宰相は改めてヴァルを上から下まで見た。顔付きは凶悪だが整ってはいる、肌の色に印象が強い彼ならばフリージアの民の肌にするだけで充分変装になると恐ろしく冷静な〝商品価値〟への値踏みだ。
ジルベール宰相の目を気味悪く見返すヴァルもこれには肩を反らし顔を顰めた。商品を見る目を受ける身は彼にとっても不快でしかないのだろうから当然だ。
「奴隷として潜入する為にも武器は所持できない。会場は地下だ。お前ならば地面さえあれば武器など不要だろう」
「んなもん俺じゃなくてもバケモン騎士共で見繕えば良いじゃねぇか。それとも俺なら奴隷に相応しいってか?」
まるで汚いものでも払うように、離れた位置にいるステイルへ牙のような歯を「い」の形に食いしばり、顔を大きく反らす。本当に嫌なのだろう。
多分ヴァルのことだから、今の偽の姿ではなくて本来の姿として不快感もあるのだろうと思う。我が国では珍しい褐色肌の彼のことだし、きっとそういう不条理な扱いを受けたこともある。
この国じゃ奴隷市場で褐色肌の奴隷も普通にいたし、ヴァルなりに気にしているところもあったのかもしれない。そう思うと、確かに彼を奴隷という立場に置くのは気が引ける。ヴァルの言う通り、騎士にも武器を持たずとも攻撃方法を持つ特殊能力者は多く在籍している筈だ。特殊能力者用の手枷は我が国独自かつ非売品で厳重に管理されているから、闇オークションといえど使用されている可能性は極めて低い。
我が国の民は顔つきくらいで特徴といえるものはない。こちらがフリージアの民か奴隷被害者を判断できにくいように、こちらが教えない限り特殊能力者とバレる心配も極めて少ない。救助活動という意味ではヴァルよりも騎士の方がふさわしい。……ただ。
「お前が一番都合が良い。特殊能力だけではない、もし何かあってもお前の元にならば俺が瞬間移動でき、場所も特定が可能になる」
それだ。
騎士達だけでも当然奴隷被害者の保護も、敵を倒すこともできる。むしろ騎士団こそがそういった任務のプロだ。ただ、ステイルが考える完璧な策の上では、一番の適役は自分の特殊能力が使える相手だ。
便利かつ優秀な特殊能力者のステイルにも限界や制限はある。
個人の元に瞬間移動できる相手は、ある程度見知って理解した相手じゃないといけないから他の騎士達の元には瞬間移動できない。もし予期せぬ事態になった時に連携をとれない。ステイルが瞬間移動することさえできれば、たとえ被害者全員が纏めて隠されても最終手段としてはステイルが逃がすことも可能だ。
もちろん一番良いのは、騎士団が突入して堂々と奴隷被害者を確保することだけれども。ヴァルの元にならばステイルも瞬間移動できるから、そこから援軍を突入させることも逃がすことも助けにいくことも何通りでも手段を選べる。
ヴァルが投げやり気味に「ならテメェが直接放り込まれろ」と言ったけれど、途端にジルベール宰相の「いけません」とステイルの「却下だ」が重なった。王族が仮にも奴隷の立場になることは流石に許されない。あの殲滅戦だって、非公式だからこそできた手段だ。
「ヴァル殿、もしもの時は競売でも我が国が貴方の身は確保致します……!!」
「バカ王子なんざに競り落とされたくもねぇ、吐き気がする。レオンの方が百倍マシだ」
「駄目だよ。僕はミスミの正式オークションの方に出席しなきゃいけないんだから」
ヴァルを自分なりに説得しようとしてくれたのか、セドリックが自分の胸を手で示しながら前のめるのもやはり一蹴される。
それにしてもヴァルを競り落とすって、流石はセドリック。……まぁ、彼ならそれはもう余裕だろう。ヴァルの場合はステイルがいる時点で誰に競り落とされても大丈夫なのだけれど、セドリックならきっと本気で、かつ安心させたくて言っているのだろうと思う。ただし、ヴァルが嫌なのはそういうことじゃない絶対。ステイルまでそれを聞いて「なるほど……」と何かまた考え付いたように小さく呟いたのがまた怖い。
酒飲み仲間でもあるレオンが「ケメトとセフェクにも見られないし良いじゃないか」と重ねてくれたけれど、それもケッと吐き捨てて顔を背けられた。
「近衛騎士共は」
「今回ばかりは無理だ。俺の意思だけではなく、母上達も同じ答えを返すだろう。今回の遠征中、姉君の元を離れられる近衛騎士は一名のみ。そしてその一名には別の任務を頼みたい。これ以上は絶対に姉君から近衛騎士も減らしたくない」
昨日の今日で、ラジヤ帝国でしかも闇オークション。私の身の安全の為に、近衛騎士も今までのように二名では許されない。今日と同じで最低でも四人の近衛騎士を連れての行動だ。一時的に離れるくらいはできても完全別行動は不可能だ。
私の近衛騎士達でも、ヴァルほどではなくても武器無しで立ち回ることは可能だ。優秀な騎士達だもの。それこそカラム隊長なんて怪力の特殊能力者なのだから手枷も自分で壊せるだろう。ヴァルの言う通り、個人の元にステイルも瞬間移動は可能だ。
けれど、その手を活かしてなけなしの一名を別の任務の為に動かしたいというのがステイルの策の一つだった。同じ潜入任務ではあるけれど、任務も行動内容も舞台もきっと変わるから、ヴァルの役目と別行動にもなるから一色淡にもできない。
「姉君が予知した民の可能性を確認するのならば、近衛騎士達も当然同行する」
……そう。
今回、私もステイルがそういう理由で数に組み込んでくれている。私が言い出すまでもなく、母上達の前で提案する時点で「我が民がいる可能性が高いということは予知した民の可能性も」と最初から策に私も仲間入りさせてくれていた。
もし闇オークションに予知した民がいるのならば、つまりは特殊能力者だ。ブラッドの時のようにどういう危険があるかもわからないし、私がまた本人を見つけたことで思い出して危険な特殊能力者であればすぐに周知させることができる。この時を逃せば保護した後の奴隷全員を確かめる機会があるかもわからない。いくらフリージアが関わっても現場は異国だ。
フリージアの商品として出された民以外はミスミに託さないといけない。その際に、フリージアの民と判明せずにミスミに預けてしまうような取りこぼしがないように、やはり私が当日居た方が良いとステイルが言ってくれたお陰で許可を得られた。もちろん、近衛騎士人数も含めた母上達からの条件付きで。私も、絶対に関わりたいと思っていたからこれには助けられたと思う。……の、だけれども。
若干の、申し訳なさもある。だって、もう攻略対象者は五名見つけた筈だから。
攻略対象者の数を思い出したのもオリウィエルの件後だし、それもあくまで推論の域だから明言はしなかった。人数間違えてて最終日まで捜索させてもらえなかったら、うっかりで済まない。最終日までしっかり捜索調査する為にも残り人数はずっと言わなかった。そして今日だけでもオスカーからレオナルドに闇オークションまで怒涛過ぎた。
ステイルも母上達も、私がまだ予知した民の数がわからないであろう前提で話を進めてくれていて私も敢えて言わなかった。危険なのはわかってる。けれど、ここまで来て安全な場所でのんびりなんてできない。攻略対象者ではなくても関係ない。捕らえられている中に我が民はきっといる。それこそ第四作目以外の攻略対象者がいるかもしれない。
それに、レオナルドが出品される予定だった会場ということはゲームのレオナルドとも無関係とは限らない。本当に、ゲームの知識が役立つことだってあり得る。……レオナルドがオークションで売られていたなんて、全く私の知る記憶ではなかったけれども。強靭な精神を持つ傍若無人な彼の心の傷はそんなところじゃない。
「ステイル様、ちなみにその近衛騎士への任務とは伺っても?」
まだ近衛騎士一名への別任務までは聞かされていないジルベール宰相が、抑えた声でステイルに視線を向けた。
ステイルもこれには「そうだったな」と軽く振り返ってから私の、正確には私の背後に立つ近衛騎士達へと向き直った。どんな任務内容かは彼らも母上への報告で一緒にいたから聞いている。ただ「近衛騎士四名は決して姉君の傍を離れさせません」と言っただけで、誰をそれに配役するかはまだ決めていない。
ステイルから改めてヴァルとは違う任務内容が提示される。危険なのは変わりない、むしろヴァルより危険かもしれないけれど、ステイルが瞬間移動できる相手ならば心配ない。選別についても近衛騎士であれば誰でも信頼はできると言いつつ「できればアーサー以外にお願いしたいですが」と付け加えるのはステイルらしい。
この場のジルベール宰相との策相談中の間に近衛騎士同士で相談してくれれば良い、決まり次第騎士団長から正式に任命もしてもらいますと締め括った直後。
ハリソン副隊長が、挙手をした。
「私が」
そう、剣でも刺したかのように真っすぐ伸びた背筋と同じくらい垂直に挙手された手は、頭よりもやや上まで上がっていた。
今までずっと直立不動で表情もほとんど変えなかったハリソン副隊長からの初めての自発行動と発言に失礼ながらちょっぴり心臓がびっくりする。その目は隣に整列する近衛騎士達に相談するものではない、もう決定事項と言わんばかりにステイルへ突き刺さるように向けられていた。瞬きもしない目で凝視しているからちょっぴり怖い。少なくとも誰よりも熱量はある。
相談のそが始まる前にハリソン副隊長が名乗り出たことにアラン隊長達は、……予想できていたかのように全員が半笑いか表情筋を強張らせるかのどちらかだった。アラン隊長は「うわー」と言わんばかりに半分笑っているし、エリック副隊長もハリソン副隊長側の肩が不自然に上がったまま苦笑にも近かった。カラム隊長は表情は引き締めているけれど、前髪を指先で押さえたままぴっしり閉じた口の端が微弱に振動している。アーサーに至っては「ですよね?!」と言わんばかりにわかってましたと目を限界まで開いてぎょろりとハリソン副隊長に向いていた。
そして全員、ハリソン副隊長の立候補に意義はないようだった。




