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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
来襲侍女と襲来

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〈八周年記念・特殊話〉新兵は、あの日もし。

八年間連載存続達成記念。本編と一応関係はありません。


IFストーリーです。


「手が空いた新兵から第三演習所の撤去に向かえ!」


人手が必要だと、そう新兵の中でも古山の呼びかけに新入りの新兵達は声を張り、駆け出した。

騎士団入団試験から三ヶ月以上経過したものの、入団したばかりの新兵はまだ騎士になる為の演習どころか、騎士団演習場内で本隊騎士の為の補助業務や雑用に慣れることでも精一杯だった。決まった内容を学び身につけ鍛える新兵演習と違い、補助業務はその日の騎士隊の演習内容や入れ替わりによっても変動しやすい。

同じ演習場内とはいえ、演習所や鍛錬所はその用途ごとに場所も離れている為、立ち止まって見回すだけではどこの演習が次に補助業務を必要としているか、そして時計を持ち歩かずに他の新兵からもはぐれてしまえば、自分達の貴重な演習にも間に合わなくなる。

これでもほんの十年ほど前までは、新兵に課せられていた雑務や補助業務も今と比べものにならなかったということが信じられないと、今も忙しく本隊騎士や先輩からの呼びかけに走り回しながら、新兵は密かに思う。

ようやく撤収作業の遅れている演習所に駆けつければ、当然そこで終わるわけではない。本隊騎士により破壊された的や武器の撤去を、この三ヶ月で学んだ段取りで正しく片付ける。その中で、今年入ったばかりの新兵の名前を覚えていた比較長い新兵は、ちょうど一人で運ぶのには苦労しそうな木箱を前にその場で彼へと呼びかけた。




「ノーマン!ノーマン・ゲイル!先にこっちを手伝ってくれ!」




わかりました、と。つい三ヶ月前に入団したノーマンは、まさか名前を呼ばれたことに少し眉間を狭めながらも先輩の言う通りに片付け作業を中断し、駆け寄った。

先輩新兵であるにも関わらずたかがこの程度の木箱も持てないのか、それとも新入りの自分が持つべきという意味なのかと思考しながら近付いたノーマンだが、すぐにその考えを口に出す前に改めた。木箱の中にはぎっしりと火薬が積み込まれているとわかれば、確かにこの大きさは本隊騎士でも一人では難しいだろうと考える。片側に自分が立てば、先輩新兵も当然のようにもう片側を両手で抱え、かけ声と同時に揃えて持ち上げた。

ほんの数メートル先にある荷台に移動させるだけでも、ノーマンは息を止めかかった。騎士団になる為に鍛錬は欠かさなかったにも関わらず、新兵だけでもその基準の高さをこの三ヶ月でも思い知らされた。今も自分や他の新兵も息を切らせ、時には重い用具や木箱に二人でも苦戦する中で、先輩達その殆どがもう慣れたと言わんばかりに平然と運び、その視線の先は目の前ではなく次に動くべき方向へと向いている。「新兵は一日の殆どが下積みで、騎士としての成長には関係ない作業もいくつもあった」という祖父の話も、今は大きく改正された。

荷運びや撤収作業、肉体労働も多いことは間違いないが、どれも本隊騎士になるまでに必要な鍛錬や基礎技術に基づくものばかりだというのが、正直な印象だった。

荷車に無事木箱を積み終え、ノーマンは息を吐く。次にはどこにと、先輩に指示される前にそろそろ動けるようになりたいと思考を巡らせるが、やはり自分が気付く前に「次、走らないと演習に遅れるぞ」と先輩新兵の呼びかけが


ガッシャァァンッ!!


突如、先輩新兵のかけ声も遮る激しい音にノーマンだけでなく新兵全員が振り返る。更には物音だけでなく人の叫び声まで混じって聞こえれば、近くにいた経験の長い新兵よりも、離れた距離にいた本隊騎士が振り返ると同時に反射的に剣へ手がかかった。しかし、視線の先にいたのは敵ではない。

撤去した荷を積みこんだ荷車が、片側の車輪が突如壊れ傾き、詰まれた荷物が一部そのまま新兵を巻き込み下敷きにしていた。

大丈夫か?!と、新兵が口々に呼びかけながら撤去と救出作業に動く。ノーマンも当然駆け寄ったが、……そこで救出作業でもやはり差がついたことに気付く。先輩は迅速な動きで新兵を下敷きにした荷物を撤去し、周囲の安全を確保し、それから的確な応急処置を行い周囲の新兵にも指示を投げる中、同じ新兵であるにも関わらず自分は〝どうすればいいのか〟判断できずに、撤去作業以上の判断も行動もできなかった。

自分達も演習で既に怪我人の応急処置と対応については本隊騎士から演習も座学も受けたにもかかわらず、それを実践に移すことに立ち止まってしまったことに一人拳を握る。村にいた時も応急手当や対応など基礎は知っていたし村の中では比較すぐに行動できていた。

先祖の残した手記には、騎士団で学んだのだろう応急方法も記載があって自分は何度も読んだのに、それでも実践では先輩新兵の方が遙かに的確に動けていることに、怪我人の心配よりも自分の至らなさばかりが思考を埋め尽くす。


先輩新兵の指示の元、新しい荷車の用意と演習監督の騎士への報告が速やかに告げられる。

応急手当が必要な怪我をした新兵は幸い一名の為、背負って救護棟に運ぶことになった。残りの新兵は速やかに演習へと向かえという呼びかけにノーマンは口を閉じ、他の新兵達と同じ方向に駆け出した。振り返った先では、自分達に指示を出した先輩新兵が


「ああ、エリックです。エリック・ギルクリスト。入団したばかりの怪我なんて毎年あることですし、仕方ありませんよ」


そう名乗り、自分より年上の新入り新兵を背負うべく背中を向けたところだった。

まだ同じ新兵同士の名前も殆ど覚える暇がないノーマンだが、そのエリックという先輩新兵だけはこの三ヶ月で記憶にも印象に残っていた。

自分の父親と関係あるとは思えない年齢であるにも関わらず、入団したばかりの自分の名前を覚えて呼び、荷車事故に誰よりもこの場で迅速に指示を飛ばせる裁量がありながら、………自分達の中で最も〝割を食う〟役回りを選ぶ新兵を。




…………




「いやー……俺の場合、四年前に思い切り運を使い果たしただけで……」


あはは、とエリックは苦笑いに近い笑い声を溢しながら、ノーマンに首を捻った。

どこか冗談めかしているようにも聞こえる言い回しには気付いたが、すぐには指摘できなかった、それよりも何故自分は今この人と話しているんだと、後悔にも似た焦燥で頭が埋め尽くされる。

本隊騎士が演習を終え、新兵も撤収作業を完了させてようやく自由な時間を許された後のことだった。本隊騎士の流れから間を置き、他の新兵達と同じく食堂に向かおうとしていたノーマンだが、そこで突然エリックに呼び止められた。まだ入団したばかりの新兵である自分を認識している人間など、偉大な父や祖父を知る人物か、もしくは同じ新兵の中でも人の名前を覚えることを得意とする一部だけだと自覚するノーマンは、未だに名前を呼ばれると過敏に反応してしまう。

聞こえないふりもすることができずに立ち止まり、振り返ればそこで目が合い手を振られた。演習が終わったのに一体自分に何の用事かと思えば、まさかの「俺に何か用か?」だった。

今日一日に何度も視線を感じたと言われれば、ノーマンもそこでしらばっくれることなどできない。むしろ気付かれていないつもりだった分、自分の至らなさと気恥ずかしさに顔が熱くなった。


自覚はある。今日一日で、演習に合流した後のエリックを度々注視していた自覚は。

用がないなら良いんだけど、何か気になることでもあったか、同じ新兵だけど俺の方が先輩ではあるからわからないことがあればと、エリックにとっては親切心のつもりで言葉を続けた。まだ入団したばかりで、しかも他の新兵と比べても若い新兵の心細さも少なからずわかるつもりで話し掛けたエリックに、閉ざし続けた口をようやく開いたノーマンは。


『エリックさんは古参であるにも関わらず何故損な役回りばかり請け負われるのですか』

『いや古参ってほどじゃないけど……』

『ではご自分が優秀だからこその余裕の表れでしょうか。正直、いくら余裕を見せられても新兵である以上、なんの自慢にもならないと思います。そういう損な役回りばかりを選ぶから今年の入隊試験にも落ちてしまわれたのではないでしょうか』


損、と直球で言われたエリックは不意を突かれた。今までノーマンと作業や演習で関わることさえあってもまともに会話することは初めてだった為、その口調の強さも知らなかった。つい先週あった入隊試験のことまで引き合いに出されれば、流石のエリックも口の中が苦くなる。

そして気まずさを感じたのは、……ノーマンもまた同様だった。つい、エリックは他の新兵と比べても、できる方で自分達新入りに指示を出してくれることも多いという印象で「古参」という言葉を使ってしまったが、それ以外エリックのことを自分は何も知らない。

そして言われてみれば、自分と十も変わらないだろう騎士を相手に「古参」は言い過ぎたと、遅れて思う。まるでエリックが遙か年配に見えてしまったと誤解されかねない言い方だったと反省する。むしろ新兵とはいえ若くして他の新兵よりも気が回り、自分達新入りのことも気に掛けてくれる先輩に対して、無礼な言い方だったとも重ねて思えば身体中が熱くなる。

つい早口に言い返してしまった言葉も、自分の本心ではあるが同時に失礼な言い回しになった自覚もある。たかが入団して三ヶ月の若い新兵が何を知ったような口をとこの場で殴られても仕方ないと思った。丸渕眼鏡を押さえる中指が震えそうになる中、しかしエリックから返されたのは拳ではなく、たんなる苦笑いだった。


「運を使い果たした?」と予想外な返答をそのままノーマンが返せば、エリックは立ち話のまま軽く目だけで周囲を見回した。

新兵もほぼ全員がのろのろと食堂に向かっていて自分達だけが残されている状態だ。食堂は本隊騎士が優先だが、新兵にも食事は出る。席が開いていなければ、食事を持って寝泊まりする共同部屋か外で食べることが多いが、後ろ盾のない新兵の殆どは食堂利用者だ。資金のある新兵であれば外食もあるが、新兵そのものは給金が出ない無報酬の為、無償のこの食堂に頼る新兵は割合として多い。逆に本隊騎士の方が潤沢に給金がある分、夜は食堂よりも各々の部屋や城下に降りての食事が多い。

取りあえず食堂が終わる前に食事調達だけでもと、言葉より身振りで食堂を示すエリックに頷き、ノーマンも並んで歩き、そこで会話はまた続いた。


「四年前というと、入団試験のことでしょうか。まさか入団試験突破を実力ではなく運で片付けるなど……」

「いや入団試験の方は五年前。アネモネ王国の新兵合同演習って知ってるか?」

名前だけなら、と。ノーマンはまだ本隊騎士や新兵同士の会話からも聞いたことがないものの、父親の残した手記にも書かれていた騎士団の通年の催しの一つを思い出し頷いた。今年入団し新兵になった自分にとっては密かに楽しみで、待ち遠しい催しだ。隣国のアネモネ王国にさえまだ自分は行ったことがない。アネモネ王国と新兵同士の実力を試せる貴重な機会だ。


しかしそんなノーマンに、エリックは声を顰める。「あんま大声じゃ言えないけど」と言いふらさないようにだけ前置きし、説明する。

四年ほど前、そのアネモネ王国との新兵合同演習の経路で起きた裏家業による奇襲事件と崖崩落の事故。当時、幼い第一王女が()()()()()()()()()死傷者が出ることはなかったが、重軽傷者を含む両国の新兵が甚大な被害を受けた事件だ。

内容としては当時予知をすることで新兵の危機を救った第一王女の功績と、それをきっかけに現騎士団長ロデリックとの信頼関係が主でその詳細までは語られない。それでも当時を知る騎士団では有名な話だと語るエリックだが、しかし………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


その前日に高熱を出したエリックは、本隊騎士の命令と許可のもと一時的に演習場から離れていた。

幸いにも帰る家も城下にある為、新兵の共同部屋で他の仲間に感染させるよりもと実家で安静にし、翌日にあったアネモネとの合同演習に参加できなかった。三日後、ようやく体調が回復し、演習場に戻り新兵として復帰をすれば、騎士団は第一王女の噂で持ちきりになっていた。


「新兵の殆どが重軽傷を負ってかなりキツかったって話す人も多くて。けど、俺一人運良く免れちゃって……」

そう言えば、またエリックから枯れた笑いが溢れた。

正直に言えば、自分一人騎士団で、特に新兵の中でも持ちきりの話題に入れなかった疎外感はあった。「運が良かったな」と何人にも言われたが、本隊騎士さえ四番隊を含めるアネモネ王国で待機していた騎士など当時の詳細に関われなかった騎士が歯噛みをしていた中で、当然エリックも当時を知れないことに〝運が良かった〟と同時に惜しさも感じた。

当然それが、全員が後遺症なく生き残れたから思えることだともわかってはいる分、決して自分の口からは「羨ましい」など言えない。無事ではあっても当時のことを悪夢に見る新兵も、翌年のアネモネへの新兵合同演習で移動中に過去を思い出し体調を崩した新兵がいたことも知っていれば余計にである。

何より、自分が当時そこにいて、自分も同じように生き残れた確証もない。もしかしたら自分だけが唯一の死者になっていた可能性もあると考える。


「まぁ中にはあの騎士団奇襲事件をきっかけに、意識変わってそのまま本隊に入隊した元新兵も多いから、結果として悪いことばかりじゃなかったと言えなくもないけど」

「それは単純に意識の問題ではありませんでしょうか。その事件が深刻なものであり騎士団や当時の関係者の方々の心身に傷跡を作るようなものであったことは変わり無く、裏家業の行った非道な行いをどういう見方あれ肯定するような物言いはどうかと思います。そもそも意識そのものが変わったきっかけになること自体へ否定しませんが、意識程度で本隊に入隊できる実力をつけられる騎士はその事件が起きずとも遅かれ早かれ騎士になっています」

おぉ………と、あまりにも迷いなく告げるノーマンに、歩きながらエリックは思わず身体を反らす。

確かにその通りだとは思いつつも、まさか今の言い方が遠回しに「自分が新兵のままなのはこの事件の被害に遭わなかったから」だと言っているように誤解されたのではないかと、あまりの攻撃性のある口調に冷たい汗が流れた。エリック自身は決してそんなつもりでも言い訳で話しているわけでもない。むしろ自分では、そんな死が過るような事態に巻き込まれたら騎士としての心が早くも折れてしまったのではないかとすら思ったこともある。

自分は決して裏家業に「よく奇襲してくれた」と思ったことなどなければ、寧ろ腹立たしさを当時は覚えた。当時の事件が、新兵の意識が変わるきっかけになったという話だけでまさかここまで責められるとはと、目の前の新入りに怒りではなく寧ろ恐れを若干抱く。


「……ノーマンは、志望の隊とか決まっているか?」

「八番隊に。騎士の家系で、祖父も父も騎士だったのでどの隊がどういう特色かくらいは存じています」

やっぱりと、その言葉をエリックは一度飲み込んだ。新兵として、もう本隊騎士の各隊の特色はエリックも理解している。しかしだからといってここで「八番隊っぽいと思った」など口が裂けても言えない。

代わりに「そうなんだ」と八番隊ではなく騎士の家系という言葉に驚きも込めて素直な感想を返す。ノーマンと違い、庶民の出身であるエリックは当然、ノーマンの家系の騎士に知り合いはいない。しかし騎士の家系ともなれば、若くして騎士団に入団したという実力者であることにも一つ納得できた。まさか親も全員八番隊なのかとも聞きたくなったが、そこは抑える。

先に、今も騎士なのかと尋ねれば、落ち着いた声で殉職という返答を受け一度口を閉じた。「ごめん」と謝罪はしたが、ノーマンは聞かれることも指摘をされる日も覚悟はできていた為、そこに今更傷つかない。むしろ最後まで人を救う為に戦い抜いた父達は立派だと、心の底から誇りに思う。


「サラブレッド、か。立派な家系だな」

「いえ、まだ違います。その呼び名は本隊騎士になってからが正統な呼び方ですから。今後も僕が新兵である限り、その名称は使わないようにお願いします」

ちょうど、食堂に辿り着いたところだった。

後続だった二人だが、食堂に着けば大勢の騎士や新兵が食事をとり賑やかな空間で、ノーマンの念を押す言い方にエリックも敢えて頷きで返した。確かに本隊騎士もいるこの場でその名称を新兵のノーマンに使うのは軽率だろうと理解する。後になり、行列になっていた食事補給の最後尾に並ぶ二人のうち、先に再び口を開いたのはノーマンだった。

あくまで会話の延長戦をしていたつもりのエリックと違い、ノーマンにとってはまだ本題は解消されていない。


「………エリックさんは、もう新兵で満足しておられるのですか」

「まぁ、……新兵も騎士であることに変わり無いとは思ってる、かな」

ぐさっと、ノーマンが思う以上に胸に刺さったエリックは思わず目を逸らしながら、表面には出さないように気を付ける。図星を突かれただけでなくそれを既に咎められているような感覚に、意識しないと心臓を押さえそうになった。

しかしエリックの方に顔は向けず、前方に立つ騎士の背中だけを見つめるノーマンはその微妙な変化には気付かない。それよりも、エリックの返答に予想が当たったと同時に落胆と………………若干の軽蔑を抱く。


「自分は、そうは思いません。僕ら新兵はあくまで騎士見習いでしかありません。騎士団で関わる殆どの任務に携わることもできず、あっても補給係や伝令役が良いところです」

淡々と一応は先輩である自分に遠慮なく正論で殴ってくるノーマンに、エリックはもういっそ煽られているのだろうかとも真面目に考える。

その場合、ノーマンは自分が怒るのを待っているということになるが、どうしても怒る気になれない。ザクザクとフォークで刺される痛みこそ覚えるものの、ノーマンの言っていることが間違いだとは自分も思えない。むしろ、自分も心の底のどこかで自分に思っていることだ。………………これが家系の違いかと、どこか対岸を見ているような目の遠さと共に思ってしまう。

他の新兵とはそれなりに交流も多いエリックだが、今少し話してみただけでノーマンの意識は別格だと思う。特に入団したばかりの新兵ほど、意識も高いまま自分も来年には必ずと志を高く持っている。しかし、騎士の家系や貴族の出身ほど「なりたい」よりも「ならなければならない」の意識が強い。そしてノーマンは特にそれが高い人間だと思う。

真面目な性格と、この正論ばかりを言う正義感の強さからも、彼もまた騎士に「ならなければならない」の方の人間だと理解する。


─ 正直、入団も本当に運が良かった……とか言ったら怒るよなぁ。


さっき、運が良かった発言だと思われて一度ノーマンに苦言を言われた後のエリックは、今後もその本心は彼には言うまいと静かに決める。

入団できただけでも嬉しくて、奇跡のようなもので、その後に本隊騎士の実力を新兵として目の当たりにすれば、自分が届くわけがないのだと思い知らされた。それをたとえどう上手く話したところで、ノーマンには「努力が足りない言い訳」と言われるのだろうと思う、そしてその通りであるとも思う。

しかし、努力だけでは言い切れない才能も騎士には存在する。たった十五歳で入団を勝ち取った目の前のサラブレッド候補も、……………最年少で入団し翌年には、首席で本隊騎士になり今やプライドの近衛騎士にもなった騎士団長子息もだ。

自分が新兵として古参と呼ばれるほど長い方ではないとわかっているエリックだが、自分が新兵である間に入団しそして本隊騎士にまでなって活躍する若い騎士を見ると、やはり絶対的才能というものはあると思うし、羨みもある。


「ですから、自分は一刻も早く本隊騎士になるつもりです。その為に入隊してからも自主鍛錬も演習も欠かしてはいません。ですが、…………今まで演習場のどこでも、貴方の姿を目にしたことはありません」

僅かに鋭さを持った視線を感じ、エリックの思考が現実へと引き戻される。

感じたままに目を向ければ、さっきまで正面を向いていたノーマンの目が今は真っ直ぐと顔ごと自分に向けられていた。目が、その言葉以上に物語っている、軽蔑にも叱責にも感じられ、エリックは困ったように頬を掻いた。今更責められることよりも、まさか以前から自分のことをノーマンが認識していたことが意外だった。


「今日のように日中は損な役回りばかり引き受け、貴重な演習時間も毎回貴方だけが少なからず失えば、当然他の新兵とも差は付きます。それともまさか、栄誉ある騎士団に入団しておきながら「上手くさぼれて幸運」とても思っておられるのですか?」

そうであれば心から軽蔑します、と。声量こそないもののはっきりとした口調に、エリックだけでなく前に並んでいた新兵も驚き思わず一度振り返った。

サラブレッド発言よりも遙かに聞かれたら誤解されかねない発言に、エリックも今度は血の気が引いた。「そんなわけないだろ!」と声が無駄に大きくなった。万が一にも今の言葉を本隊騎士に聞かれたら、本当に自分の立場が悪くなるだけで済まない。決して自分は、本隊騎士や同僚である新兵にまで軽蔑されたくはないと必死に否定する。

エリックの思わずの大声で、ノーマンもはっと気が付いた。流石に今のは言い過ぎだったと自覚し「失礼しました失言でした」と全員にわかるように慌てて頭を下げた。ノーマンまで一気に顔色が蒼白に変われば、エリックの声で振り返った騎士の中には新兵の喧嘩かと注視する騎士も出る。そんな誤解を消し去るべく、エリックはまだ大きくなった声のままノーマンに言葉を返す。


「夜は城下の見回りに行っているだけだから!それに、本隊騎士に教えを受けられる貴重な機会を一秒でも無駄にしたい新兵がいるわけないだろ!」

「も、申し訳ありませんでした……」

とうとうエリックに怒られ、これにはノーマンも頭を下げたままになる。確かにそうだと、エリックの叱責を今度は重く受け止めた。確かに、他の雑務や撤去作業ならまだしも、今回のように憧れの騎士に演習をつけてもらう機会までサボる意味がなかったと思い直す。新兵にとっては一日の報酬とも言える時間だ。

しかし毎回毎回、その後が演習だろうが撤去作業だろうが準備だろうが雑用だろうが「俺がやっておくから」と常に自分が割を食うエリックのやり方が引っかかってしまえば、納得できるのはそれだった。新兵が決して楽な職種ではないこともわかっているが、同時に給金がない変わりに衣食住を保障される新兵の立場を羨ましがり、軽い気持ちで目指す人間がいることも知っているせいで余計なことを言ってしまった。

しかしいくらそういう人間がいようとも、目の前の先輩新兵を無責任に侮辱したことには変わり無いとノーマンもこれには猛省した。


ノーマンがあからさまに謝罪をしてくれたお陰で、周囲からの誤解も解けただろうかとエリックもそこでようやくほっと息を吐く。

ここで言い返すのではなく素直に謝る分、口は悪いが本当に悪気そのものはないのだろうとは思いつつ、頭を掻いた。ノーマンなら将来は入隊も夢じゃないと思うが、絶対八番隊意外では苦労するだろうとも確信する。

わかってくれたなら良いと、穏やかな声を意識してノーマンに頭を上げさせる。ちょうど食事の配膳に近付き、順番にトレーごと料理を受け取り、お互い確認することもなく足早に食堂から並んで逃亡しながら、さも喧嘩は終わったと言わんばかりに会話を続ける。


「本隊騎士が交代で見回りや演習場の見張りをしていることは知ってるな?」

「はい。…………ですから、騎士としては実力不足である新兵がわざわざするのは少々疑問があります、が……」

今までと違い、急激に歯切れも悪くなり表情も暗くなっているノーマンの横顔に、エリックは少し笑ってしまう。思った以上にまだ反省してくれているのかと、肩まで揺れた。

「確かにそうだけど」と言いながら、エリックはどこで食事をするか悩む。今日は晴れているしと、一番手近で目に付いた大木の下で足を止めて腰を下ろした。


「言ったろ。新兵も騎士には変わり無いと思うって。この団服着て歩くだけでも犯罪抑止になるし、現行犯くらいなら捕まえる権限も俺達にはあるから」

ノーマンには初手で否定こそされたものの、エリックにとってはそれが今自分が新兵として、そして〝騎士〟見習いとしてできる最善だった。自分以外にも、そうやって意識的に城下での見回りをする新兵は珍しくないことも知っている。自分もそういう時間の使い方があるのだと知ったのは、それいこそ古参の新兵から聞いたのがきっかけだ。

自分達騎士団は新兵と本隊騎士の服装の違いも一目で判断できるが、一般人は違う。裏家業でも把握する人間はごく僅かだ。だからこそ新兵とは思わず、騎士が近くで見回りをしていると認識するだけで犯罪もしにくくなる。現行犯とはいえその殆どは大事件ではなく、泥棒や食い逃げ、スリといった軽犯罪だ。特に中級層や下級層ほど、騎士が闊歩しているのを見るだけで安心する。迷子の子どもであれば、白の団服を見るだけで迷わず「助けて」と言える場合も多い。


「権限はあっても、それに伴う実力がなければ意味がありません。それが自主演習を怠り、せっかくの新兵として積み重ねるべき実力と時間を無駄にし、自分のような新入り騎士に追いつかれても良い理由ですか」

だから普段から割を食っても構わないと?と、その言葉はノーマンも反省のまま飲み込んだ。ついさっきその話題でエリックを侮辱してしまったからこそ、一度言う前に考えようと堪える。

その努力も見え隠れするノーマンに、今の言い方もキツイと思いつつも今度はエリックも自然に笑えた。若いなぁと、つい口に自分も出そうになった。

損な役回りを敢えて請け負っている、というノーマンの指摘は正しいと、エリック自身も認めている。ただそれは自己犠牲のつもりもなければ、誰かに空気的に押しつけられているわけでも、そして決してさぼりたいからでもない。それこそ一番最初に答えた、ノーマンへの返答が本当にぼやかしではなく、自分なりの答えのつもりだった。


『俺の場合、四年前に思い切り運を使い果たしただけで……』


新兵合同演習往路の騎士団奇襲事件。そこで辛い目に遭いながらも、乗り越え本隊騎士になった新兵もいれば、その命の危機を味わっても尚新兵として在籍し騎士を目指し続けることを選んだ新兵もいる。そして自分を除いた彼ら全員が今はノーマン達にとっての〝先輩〟だ。

自分もまた騎士になりたいなとは思う。しかしそこにはもう〝ならなければならない〟ほどの必死さは失われた。だからといって努力を怠る気もないが、今回のような新兵の中でも先輩としてや古参として自然と頼られ担われるべき責任や面倒ごとは、自分が請け負いたいと思うようになった。別に古参がやらなければならないという規律はない。それなら自分は、当時の騎士団奇襲事件を乗り越えた彼らの微力ながら背中を押したいと思う。幸運にも当時の凄惨な経験をせずに済んだ自分だからこそ、それを乗り越えて今も新兵として努力を重ねる仲間を応援したいし、手助けしたい。


当然そうやって割を食えば、ノーマンの言う通りに差は付けられる。

なら自分は自分なりに新兵として、騎士として少なからず民の力になれる方法を探そうと思った。

今までもその結果はあり、迷子の子どもを保護したことも、裏家業に絡まれた下級層の子どもを助けたことも、壊れた荷馬車を前に項垂れている旅人や商人を助けたことも、スリを現行犯で捕まえたことも、どれも何度もある。今では、城下に見回りに降りると場所によっては自分の顔を覚え、話し掛けてくれる民もいる。

……それが、ただ騎士の威を借りた情けない仮初めの誇示で自己満足ではないかと、頭の中のノーマンが侮蔑の眼差しを向けてきても。本隊騎士との実力差を思い知った今は、新兵として民になることに一日費やすことの方が良いと、エリックはやはり思う。


「騎士見習いとしてでも、できることを俺なりにやっているだけだ。こんな立場でも助けられる人がいるなら、お前だって助けたいとは思うだろ?」

「…………確かに、それは同意します。ですがそれでもやはり自分は騎士になりたいと……なるべきだと、考えています。新兵では全てにおいて限界があります。自分は騎士として大勢を救い、そして護れる人間になりたいのです。それが僕自身の使命でもあるとも思っていますし、憧れでもあります。……大変申し訳ありませんが、〝新兵〟に誇りを持つエリックさん達のような考え方は理解ができません」

申し訳ないと、今度は本心から苦々しい口でノーマンはそれでも言葉にした。

こんな余計なことばかり言ってしまうから、自分はこの三ヶ月も新兵同士ですら全く交流を持てないんだと思い知っているままに、だがやはり言わずにはいられない。

新兵は騎士見習いで、そして見習いということは騎士を目指すことが前提だと思うしそう在るべきだと思う。国の税金はただ城下の見回りや軽犯罪抑止の為に、新兵に使われているわけでは決してない。強き騎士を育て、そして大勢の民と国の誇りを守る為にある。それを誇りに自分の一族は生きてきた。

あくまで良い意味でも悪い意味でも新兵は、騎士になる前の見習い期間でしかない。その見習いにさえ慣れなかったことも、その見習いで在り続ける期間が長いことも恥でこそあり、それを誇りに、そこに居続けることを享受することが理解できないし、理解しては〝いけない〟とも自分に思う。

エリックのことは良い先輩で、新兵の中ではできる方の人だと思う分、妙な落胆がノーマンの胸に落ちていく。様々な考え方があれど、自分は決して間違ったことを言っているとは思わない。



「貴方達は、本当にこの団服に袖を通すこと〝だけ〟が理想だったのですか?」



ハリボテでも仮初めでもない、本物の騎士になる為にここまで来たのではないのかと。

そう最後の投げかけはノーマンも棘のないま丸みを帯びた問いになった。この三ヶ月間、エリックに対してだけでなく他の自主鍛錬を怠る新兵に対しても多かれ少なかれ思い続けてしまった鬱憤を吐き出してしまった分、最後に残った言葉は純粋な疑問だった。そして同時にノーマン自身の心痛が滲む。

新兵が悪ではない、それでも自分はやはり父や祖父達のように騎士として胸を張り、自分自身を誇る生き方をしたいと思って仕方が無い。今の新兵という立場を後ろ向きに考えるのも失礼だとはわかりつつ、前向きにはまだ抱けない。

食事の手も止め、エリックを近距離から見つめるノーマンは栗色の瞳が見開かれていくのに気付きながらも返事を待てない。また余計なことを言ってしまったとは思うものの、ここで「わかりました」と口だけでも認めることは決してできない。

自分でも踏み込む問いかけをしてしまったと自覚すれば、そこでまた補足というより言い訳をするように口が動いた。


「自分は、騎士としての生き方も、歴史も、覚悟も、責任も全てを背負いたいと思っていますし、欲しています。救いを求める民の為に、この命をかけたいと思っています。その為には新兵ではなく、本隊騎士しかありませんし、そう考えその為に日夜努力を怠らないことこそが僕ら新兵の義務であり責務であると思います」

ああ、言ってしまった。言ってしまったと、口を動かしながら全身の巡る血が熱湯のように肉を焼いていく。

きつい言い方を既に何度も言って、明らかな失言までして、それでも自分の話を最後まで聞いてくれている先輩に、これ以上その人生そのものを否定するような言い方ばかりをする自分が嫌になる。もっと弟のように柔らかな言い方ができればと、今は思う。


これだけ言葉で痛めつけてもそれでも止まらなかったことに、最後まで言い切ってから泣きたくなった。

たかが三ヶ月しか新兵を経験していない若輩者が、何年も新兵を経験して同時に入隊が叶わなかった苦しみも敗北感も経験している、年上でもある先輩に何を偉そうに抗弁を垂れているんだと自分にまで思考の中で棘を向ける。最後には食事も食べかけのまま下を向いて歯を食い縛るノーマンは、もう後はエリックからの叱責か怒号を待つまでの地獄の時間に自ら入る。自分がここまで言うだけ言って、エリックの言い分を聞かずに逃げるのはそれこそ不公平だと思う。

厳しい眼差しで、ノーマンから一言で言えば「新兵で良いなんて甘えるな」とも聞こえる長分を叩き付けられたエリックは、丸い目のまま一分以上彼を凝視し、………………そしてわかってしまう。何故、どうして今この瞬間までノーマンにここまでの苦言と失言を繰り返されながらも、夕食の手を止めてまで、構ってしまったのか。





〝これで良いんだ〟と、若き新兵に認めて欲しかった己の愚かさが理由だと。




たった一言、一言明らかなその場凌ぎでも、ノーマンが「まぁそうかもしれませんが」と曖昧にでも言ってくれれば、そこで自分は満足したのだろうと。そう、自覚した瞬間、今度はエリックの顔が熱くなった。

まだ十代半ばの、ついこの前入団したばかりの、末の弟よりも若い新兵に自分は何を押しつけようとしているのだと、我に返ったような衝撃に襲われる。今の今まで、考え方なんて人それぞれだと自分にも相手にも思っていたつもりだったのに、いつの間にかノーマンに自分の今の在り方をつい認めて欲しがってしまった。

彼が新兵であり続ける停滞を良しとしない発言をすればするほど、どうしても認めさせたくなってしまった。カランッとフォークがトレーに落ちたまま、エリックは口を押さえる。

今の今まで、一応は先輩である自分にどこまでも噛みついてくるノーマンが若いなと密かに何度も思ったが、むしろ大人げないのは自分だった。ノーマンの言っていることが、聞けば聞くほど正論だと頭では認めたくせに、どうしてもこっちに向かせようとしてしまった。正しいことを認めれば、それは自分の今が〝間違っている〟と自分に認めてしまうと頭の底ではわかっていた。

口元では足りず目元も含めた顔全体で手で隠しながら、反対の手でフォークを持ち直す。

「~~~っ……ごめん。……もう、さっさと食おう」

「ッ謝られる理由がわかりません。ですが仰る通り食事は進めるべきですね。こちらの言い分ばかりの無駄な会話に付き合わせて申し訳ありませんでした。お互い食事を終えたら解散でよろしいでしょうか。自分と、早く自主鍛錬に行きたいですし、エリックさんも見回りがありますから」



「いや、俺も付き合わせてくれ……」



「は、………………え??」

ぽろりっとノーマンは口に頬張ろうとしたスプーンをトレーに落としてしまった。食事に集中しようと思った矢先の不意打ちに、間の抜けた顔をエリックに向けてしまう。

意味がわからない。てっきり、もうお互いの平行線しかない意見のぶつけ合いも、食事ごと終えてしまおうというエリックからの解散合図だと思ったのに、まさか誘いに、口が止まったままになる。

自分の目の前で、勝手に自己完結したかのように食事を一気に口へ流し込むエリックを、ノーマンは気付けば呆然と見つめ続けた。





………………




……






「だから、別に手を抜いてきたわけじゃないって言ってるだろ」

「手を抜いたとは言ってない。ただただ今まで本気を出さなかっただけで本来ならばもっと早く入隊試験に合格できたんじゃないかと言っているだけで、確かに僕と違って何年も新兵として騎士に演習で直接手解きを受けてきた君に実力があるのは当然だけど、ならやっぱり割を食ったあの時間がなければと思っただけで」

あーーもーー、とそこでエリックはわざと声を上げて片耳を押さえつけた。

せっかくの記念すべき〝本隊入隊初日〟であるにも関わらず、ノーマンは気を引き締めるどころか自分に話すことで緊張を発散させているようにしか思えない。

出会ってから本当にノーマンはその性格は変わらないとエリックは肩を落として思う。今の不機嫌に聞こえるノーマンの小言を聞けば、思い出すのはつい一年前のことだ。自分は入隊試験を落ちたばかりで、入団したばかりのノーマンに噛みつかれた記念すべき夜、彼に触発される形で自主鍛錬に付き合い、そして自分は手合わせに付き合ってもらった。

最初こそ剣だけの純粋な手合わせだったものの、そのうち剣と格闘術の込みでとお互い特殊能力は持たない同士で本番の戦闘に近い形になるまで手合わせを繰り返した。本当はノーマンが普段切り上げる時間に合わせるつもりだった。それなのに



『なんなんですか僕への仕置きですか?わざとですか計算ですか?今までの悟ったような発言はご冗談だったのですか?それだけの技能を持っておきながらどうして入隊試験に落ちるというのですか入隊試験に手を抜いていたとでもいうのですか?今日ここまで必死に本隊騎士を目指して研鑽を続けてきた僕への最後の最後の存在否定ですか??』



─ 思いっっっきりキレられたなぁ……。

そう、エリックは今も不機嫌なノーマンを隣に遠い目になる。

確かに本隊騎士になることは当時諦めていたエリックだが、いくら他の新兵に自主鍛錬量や演習量で少しずつ差がつけられようとも、演習そのものに手を抜いたことは一度もない。古参の新兵の負担を自分が請け負っていた分は確かに割を食ってはいたが、それでも騎士団長ロデリックの律した新兵演習そのものを五年勤勉に続けていたことは変わらない。

結果、入団したばかりのノーマンと、新兵として課せられた演習を重ね続けていたエリックでは勝敗はどうしても一方的なものになった。


しかしそれでもエリックは入隊試験も手を抜いた覚えはなく、自分自身へ予防線は張っていたことは認めるものの、しかし本気で挑んだ上で毎回選ばれなかった。

むしろ自分は自分で、入団したばかりであれだけ騎士としての戦闘技術もある上に、体力も自分を上回るノーマンに研鑽と実力差を見せつけられた気分になったのに何故かキレられて結局自分もムキになってしまった。朝まで自主手合わせを続けるなど暫くなかった分、初めて翌日の演習が身に入らなかったくらいに疲弊した。………それに対し、平然と演習もこなしていたノーマンの背中を思い出せば、今度は自分まで腹立たしさが込み上げた。

二人で並び歩きながらどちらからと言わずにガン、ガンと肩をぶつけてしまう。しかし、そこで先に身を引いたのはいつも通り、年上のエリックだった。ノーマンの言い分が正しいこともわかっている分、諦めも認めるのも早い。


自分は決して今までの入隊試験で手など抜いたことはない。しかし、………………こうしてまさかの本隊入隊できたのは、ノーマンのお陰であるとも思う。

あの夜を境に「本隊試験で首席を狙う為にはまず貴方に勝てるようでなければ話になりませんからお願いします」と自分から頭を下げて手合わせを望むようになったのはノーマンの方からだった。そして自分もまた、ノーマンの自主鍛錬に付き合わせてもらうことで合意した。

ノーマンに正論で殴りつけられてからも、他の新兵の負担を請け負うことは変わらなかったエリックだが、その分自主演習もノーマンに付き合い、競う形で続けるようになった。毎年入隊試験では、勝ち進んでも途中で体力切れで足元や不意打ちを受けて敗北することが多かった記憶もあるエリックは、この体力がついたのもノーマンのお陰だと確信がある。自分一人では、流石にあんなにがんばれなかったと思えば今も苦笑した。


途端に「何がおかしいんだ」と棘の籠もった声で突っかかられ、エリックは肩を下ろした。

試合そのもので緊張せずに済んだのも、ノーマンのお陰であることも変わらない。不機嫌な時のノーマンと比べれば、大概の試合相手は良心的だった。自分に勝つ為に、日に日に技術を身につけては弱点を突いてくるノーマンに、自分も本番形式の戦闘での対応力は以前よりも遙かについたと思う。未だに知識や専門技能などでは新兵の中でも劣る部分が複数あり、なんとかノーマンの手合わせにより戦闘技術で本隊試験に勝ち進めることができたエリックだが、何より一年前から変わったものは


─ 覚悟、だよなぁ。


『貴方達は、本当にこの団服に袖を通すこと〝だけ〟が理想だったのですか?』

当時は心を打たれたが、今思い出せばむしろ腸煮えくり返る、そして一生忘れられない言葉だとエリックは思う。

そんなことをほぼ初めて会話をした相手であり、先輩だった自分にぶつけてきたことも腹立たしく思えば、……「そんなわけなかった」と、今本隊騎士としての団服を身に纏う己に思う。間違いない、子どもの頃から騎士に憧れた自分が欲しかったのはこの重みだと、自身の拳を強く握り絞めながら思う。

喉を掻き毟りたくなるほどに欲しかったこの称号も重みも、命をかける恐怖も責任も、全てを背負いそれでも弱い立場の人間を守る為に戦い抜く騎士こそが自分の理想だったことも、あの言葉が頭に過る為に思い知る。


「…………。君は、良いのかエリック。所属の隊が希望通りではなかったのに」

「?ああ、俺は別に。カラム隊長のおられる三番隊はもちろん憧れだったけど、正直騎士になれただけでも奇」

「その言い方はやめろ腹が立つ」

ンン、とそこでエリックは口をむぎゅりと閉じて咳払いする。今のは自分が悪い。

ノーマンに「こうなっただけで奇跡」は騎士関連に関しては言ってはならないと学んだ筈なのに、ついやった。それだけ自分が入隊にまだ嬉しさを隠しきれていないせいでもあるが、あくまで実力だと認めなければノーマンから長い説教で締め上げられると、意識的に舌をしまう。と、同時に………だから機嫌が今も悪いのかと、ようやくノーマンの機嫌の悪さの根本を発言はせずに理解した。

騎士団入隊こそ叶ったエリックだが、しかし配属されたのは希望した隊ではなかった。新兵の頃から自分達のことをよく気に掛けてくれた三番隊騎士隊長のカラムに憧れ三番隊を希望したものの、その隊が人気が高い隊であることは最初から知っている。自分のようにカラムに憧れて希望する新兵も多い。

自分自身、高望みかなと思い、いっそ自分の能力傾向を客観的に見れば七番隊も考えたエリックだが、結局配属されたのは三番隊でも七番隊でもなかった。しかしその任命に不満はない。

本隊騎士になることが、今度こそ嘘偽りない自分の望みだったのだから。


「それを言うならお前もだろノーマン。八番隊希望だったのに、大丈夫か?」

「君が納得いっているのにどうして僕だけが文句を言うんだと思うんだ。まさか僕が自分の配属先に不満を持っているから君に同調を求めて言ってるとでも」

「あーーはい、わかった」

早口で捲し立ててこうとするノーマンの言葉を、目も合わせず斬り捨てる。

エリックにとってもう慣れたその切り方に、ノーマンも諦めそこでフンと鼻を鳴らし、丸渕の眼鏡を中指で位置を直した。別に自分も、不満というほどのものはない。むしろ意外だったとは思ったものの、所属に別の意図が見えたから気になっただけだ。まさか、入団する前から八番隊であるべきだと自覚もあれば、もし他を希望しても間違いなく八番隊に配属される未来しかなかったと思った自分が



エリックと共に四番隊に配属されることになるとは夢にも思わなかった。



「ほら行くぞ整列。頼むから初日から先輩騎士に噛みつくなよ。俺の時みたいに」

そしてエリックも、ノーマンと同じく勘付いてはいる。自分が三番隊に所属されなかったことが何かしらの実力不足とはいえ、七番隊ではなく四番隊に所属された理由は〝ノーマン〟だと。そして賢いノーマンもそれを少なからず自覚しているから、自分に引け目を感じていると。自分のせいで三番隊に入れなかったのではと要らない心配をしているのだろうと、実は背負い込みやすい性格を知る今は理解する。

しかし自分からすればノーマンの〝お陰〟で三番隊と同じ後衛特化型の四番隊に所属できたのだから、感謝したいくらいだ。三番隊も四番隊も特化型や任務内容は変わらない。

むしろ自分の〝せい〟で八番隊になれなかったのだろうノーマンにちょっとは悪いと思う。


「うっ、うるさい。一年も前のことを言うのは性格が悪いんじゃないか?」

本隊入隊こそ、実力で得たエリックとノーマンだが所属隊は大きく互いが影響していた。

単独で考えれば、いざという時の瞬発力や注意力にエリックは欠ける。後衛とはいっても大一番の任務を任命されることが多く急激な事態の変化への対処力と対応力を求められ、一番隊と連携することでより戦闘技術も求められる三番隊所属よりも、……視野が広く微細な変化にも気づき、観察力もあれば後衛に足るほどの頭脳も判断力も思考力もあるエリックは、七番隊に。

そして、同じく後衛での作戦指揮に関われるほどに知識も多岐にわたり、経験のある騎士にも勝るほど騎士の関連知識や造形も深いものの、………対人能力に著しく問題を持ち、人の輪を前のめりに踏みつけ噛みつき瓦解させるノーマンは個人能力の高さから考えても八番隊に。

そう、一度は任命を考えた騎士団長と副団長だったものの、ちょうど同時期に入隊を決めた〝二人〟に四番隊を決めた。


ノーマンの個人能力の高さと、判断能力の高さも考えれば、あとはエリックが共にいれば対人関係も円滑に回せるだろうと判断した。………………つまりは、エリック便りのノーマン四番隊所属である。

八番隊が問題児専門とまでは言わずとも、他の騎士と連携できる騎士はなるべくそちらの方向で育てたいというのが騎士団長の方針でもあった。ここでノーマンを八番隊に所属させれば、一生連携できることができない騎士のままだ。

そして今、ノーマンも四番隊所属に選ばれたこと自体には不安もあれば嬉しさもある。尊敬する父と同じ所属隊に、運命的なものまで感じてしまう。


「キースにもこの前言われた。絶対お前の性格が移っただけだからな。むしろ責任を感じるならそっちで感じてくれ」

そしてエリック自身もまた、ノーマンという動機での四番隊も悪くないと思う。ハハッと思わず笑い混じりで返しながら、急に小さくなったノーマンの背中を叩く。

新兵で終わろうと思っていた自分に、蓋をしていた理想をこじ開けてくれたノーマンに、それこそが自分にできる恩返しなのだから。そう、思いながら共に四番隊へと足並みを揃え駆け出した。


改めまして

IFストーリー〝もし、エリックが騎士団奇襲事件の日に関わらなかったら〟でした。


連載を始めて八年となりました。本当に本当にありがとうございます。

今年はコミカライズとそしてアニメ2期まで叶い、本当に幸せな一年となりました。

まさに今!!アニメ2期が放送しております…!!

https://lastame.com/


今、八年経っていることに作者が一番驚いております。

本当に、八年も更新が続けられておりますのは皆様のお陰です。

心からの感謝を。


本日更新分、次は火曜日に更新いたします。

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― 新着の感想 ―
エリックとノーマンの物語、面白かったです♪年が離れている二人のこんな友情素敵ですね! ラス為大好きです。小説、コミカライズ、アニメどれも更新楽しみにしています!
このお話でのエリックをみると 彼が、「人の何倍も努力して副隊長にまでなった」というのは本当なんだな、と思います。 エリックにとっては、奇襲事件の時に「ロデリックのすぐ近くにいたのになにもできなかった」…
まさかのエリックとノーマンの組み合わせに驚きました。 8番隊だけあってやっぱりノーマンの個人技量は高いのですね。これからのエリックとノーマンの活躍を楽しみにしています。 8周年おめでとうございます!…
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