そして引く。
「あとこれだけは忘れずに頼むぜ」
ガチャンガチャンッと、まるで今思い出したかのようにレオナルドがそこで自分の両手を差し出した。
目を覚ました時点での手錠だったが、自分が救出された時には一度全て取り除かれたことはかろうじて記憶に留めている。明らかに安物と違う、頑丈そうな手枷は新品のような輝きを放ち出所も簡単に想像できた。
枷を外せと、そう案に示すレオナルドにステイルは軽くプライドと目を合わせてから騎士達へ合図を示す。枷の鍵を持つマートが前に出て、酒臭い息を溢す怪我人レオナルドを別の意味で睨みながらも枷を外し回収した。
パッとその途端満足そうに両手を大きく開いてみせたレオナルドは、自分が枷をつけられたことへの文句もなく「おつかれさん」と気安くマークの肩を叩いて笑みまで見せた。
本当に宜しいのですね?とあまりの快諾に、ステイルが念を押すがそれもコクコクと大きく頷き手を愛想よく振るレオナルドに、とうとう逆にとりつく島もなくなった。おもむろにそれぞれが腰をあげ、退室を始める。
レオナルドが許可を下ろし、幹部も文句は言わないのだからあとはオスカーを連れ帰るだけである。
「あ……ありがとうございます……。それでは、また明日……?」
「おう。美人さんも世話になったな」
気をつけろよ、と寧ろ紳士である。今は特殊能力で姿を素朴な姿に変えられているプライドも、御世辞とは思いつつもこの返しにはぺこりと頭を下げてしまった。
まだレオナルドに気になることもあるが、本当に明日合流するつもりならば食い下がる必要もない。むしろ今オスカーを引き渡してくれるのならば、全力で乗る以外がない。気が変わる前にオスカーを連れ帰り、レオナルドとも貧困街とも二度と接触しないようにするに限る。
レオナルドと貧困街との問題は自分達とは関係ない。連れ帰ることも強制ではないのだから。
予定外にこれならばもうきちんとオスカーと再会して連れ帰ることができそうだと思えば、プライドも意識的に今は余計な口を閉じた。
失礼しますと、出口ですぐに迎えてくれるアラン達と合流し、丁寧な挨拶と共に本当にテントを後にした。人払いをしてくれていたお陰で、オスカーを連れ帰ることもテント外に集まっていた住人にも聞かれずに済んだ。そのままエリック達と目配せだけを済ませ、無言のまま気配を消してオスカーの元へと全員で向かう。
付けたままにしていたゴーグルのお陰で、騎士達に囲まれ中央に守られるステイルとプライドはすれ違う住人達にも大して注目されない。見慣れてきた護衛達が騎士の格好をしていることに注視した者もいたが、ゴーグルを装着している騎士も含まれている中で今は彼らよりも首領テントの方が遥かに注目された。
プライド達を注目していたのは、テントの前で彼女達を見送った幹部だけだ。
「……行ったか?」
「はい」
レオナルドからの投げかけに、幹部も短く返した。
目測だけだが人混みに紛れ、遠く姿が見れなくなったところで視線を外しレオナルドにまた改めて報告する。途端に、よしよしと膝を手で打ったレオナルドはゆっくりとだが立ち上がる。
無理をしないようにと幹部が呼びかけるがそれも気にせず、大きく伸びでもするように一人で起立した。包帯を邪魔そうにしながら、肩関節を押さえつけぐるりぐるりと腕ごと回す。痛みも不調もある程度自分の身として自覚したが、それも感じないように表には出さずにエルドへ正面を向けた。名前を呼びかけ、それに応じて彼が真正面に向き直ったところで
ドガッ、と渾身の拳で殴り飛ばした。
テントの出口へと背中から飛び出すように吹き飛ぶエルドに、途端に距離を離していた貧困街の住人達もざわついた。
エルド、首領と呼び名が錯綜する中で、殴られた本人はゲホゲホと殴られた腹を押さえ咳き込むことしかできない。体格差から異なりすぎるレオナルドの拳は、怪我人であろうとも充分な威力だった。
膝をつき背中を丸めるエルドを心配し幹部も含め大勢が呼びかけるのも束の間に、レオナルドまでも悠然とした足並みで外に出た。とうとう生存の姿を無事現したレオナルドに、一気に周囲も湧き立つ。
レオナルド、首領、おかえりなさいと誰もが歓迎の声を上げる中、軽く腕を上げて歓声に答えたレオナルドはそこで足元で丸くなるエルドの上面を堂々と今度は蹴り上げた。
鈍い音が後方に並ぶ住人達の耳にも届く中、それを目の当たりにした者達も息を引き歓声が小波のように引いていく。近くにいる子どもの目を覆い隠すことはしても、誰も止めようとはする素振りもない。
「エルドよぉ。売るのは良くやったが、なに掴まされてんだ。奴隷狩り連中がごっそり繁殖してやがった店に流されたぞ」
「……申し訳、ありません」
重い蹴りが鼻に当たり血まで溢すエルドに、レオナルドは顔色も変えず止まらない。ドカッ、ドカッと断続的に背中を踏み付け、庇う手ごと腹へと蹴り込み、手を差し出すような動作で胸ぐらを掴み上げたと思えば無理やり立たせ連続で鼻血まみれの顔面に拳を叩き込んだ。あまりの容赦のなさに見ていた女性達も血色が変わっていく中で、弟のホーマーも唖然と口を開いたまま言葉が出ない。
爪先まで浮くエルドを、最後に乱暴に地面へと投げ捨てれば無抵抗にごろごろと転がった。ゼェバァと咳混じりの息を切らせ、地面に手をつきふらふらと四つ這いにつくエルドは意識こそあるが、立てる状態でもなくなった。ほんの短時間であっという間に血と土まみれになったエルドへ誰もが言葉も出ない中、レオナルドがその背へと歩み寄る。
「たった今から俺がまた首領だ。文句はねぇな?」
「……はい」
数秒の沈黙も迷いではなく、ただ息を切らせた分だけだった。
断言にも宣言にもなるレオナルドの響かす声に対し、エルドの返事は消え入りそうなほど掠れていた。しかし声は聞こえずとも、二人の力関係もレオナルドの発言に否定をしなかったことは誰の目にも明らかだった。
鼻血が酷く止まらず、手の甲だけでなく腕ごと使い必死に拭うエルドに、そこでやっとホーマーも幹部も駆け寄れた。大丈夫か?止血をと声を掛ける中、エルドも返事の余裕はない。たった一言を返すのも必死だった。しかしあそこで返事が遅れたらもう数発痛めつけられていただろうと理解しているからこそ搾り出した。
ただ呼びかけられる声と、そしてレオナルドへ再び沸く貧困街の歓声を背中に聞く。
「よしよ〜しお前ら待ってたか?」
おおおおぉぉぉぉおおおぉおおぉぉっっ!!と、何気ないような呼びかけにも誰もが拳を握り声を上げる。
レオナルド!首領!とついさっきまで自分達の首領だった男を気にする者の方がはるかに少ない。
そんな歓声も、期待の眼差しももう慣れたと言わんばかりにレオナルドは全体へと威厳のある含みで笑いかける。両手を上げ、全身で歓迎を受け取りながら遠くにも聞こえるように声を張る。
「早速だがお待ちかねの首領命令だ。俺の帰還祝いだとでも思って気合いいれろよ?」
おおぉおおおと!!と歓声と共に誰もが満面の笑みを浮かべる。それでこそ首領だと言わんばかりに拳を振り上げ、飛び跳ね、彼の名を繰り返す。
その声をひたすら耳が聞きながら、エルドは思考だけを回す。この場でまさか明日離脱すると本気で言うのか、それともあれも騎士達を騙す為の嘘だったのか。痛みと切れた息でエルドが考えられる可能性はそこまでが限界だった。
血を止める為に布を差し出され鼻を押さえ付ける中、二秒だけ沈黙が走った。久々の〝本物の〟首領命令を聞くべく、集まった全員が口を閉ざし目と耳に意識を集中させる中、変わらず楽しげな笑みでレオナルドは
「俺と人身売買共との全面戦争だ」
両手を広げ祝杯でも行うかのように響かせる首領に沈黙は、続いた。
追う混沌と騒めきは、オスカーを回収するプライド達にもゆうに届くほど大きく波打った。
本日2話更新分、次の更新は火曜になります。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
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