Ⅲ266.来襲侍女は用心する。
「ハハハハッ!!清清したぜ!鼻ツラ飛ばすまでもなかったな」
ゲラゲラと腹から笑うレオナルドに、私は思わず眉間を押さえる。お願いだから表向きだけでも被害者らしくしていて欲しい。
レオナルドを連れて合流した騎士達と共にヴェスト叔父様へ結果報告を行い、収容所の不正と有罪も証明された。既に伝えていたとはいえ、ヴェスト叔父様もなかなかの御怒りの形相だったと思う。
レオナルド本人が出たところで、ヴェスト叔父様よりも看守達や所長の方が結論は早かった。他の奴隷と違って、レオナルドは特殊能力者として界隈では有名人だったからしらばっくれることもできなかったのだろう。しかもレオナルドご本人が話せる状態だったから尚強い。今もヴァルに半分以上重心を預けて運ばれながらも大笑いする彼は、いっそ本当に歩けないのか怪しいくらいだ。
ヴァルも「うるせぇ」と舌を打つ中、所長を逮捕するまでの間はレオナルドもまだ口数が少なかったのがせめてもの幸いだろうか。自分に不利な発言はしない強かさは流石レオナルドと言えなくもない。
衛兵が来るまで騎士達に取り押さえられた所長を置いて、私達は一先ずレオナルドを連れて収容所を後にする。
「膝落としちまって情けねぇ」と今もゲラゲラ笑い声を続けるレオナルドは、もう殆どヴァルに引き摺られているような状態だ。歩く気がないのか歩けないのか、笑うことに力を入れすぎて足が追いついていない。
「おい、このうるせぇのどうするんだ。もう捨てて良いか?」
鬱陶しそうなヴァルがそれでもさっきまで文句を言わなかったのは、レオナルドに肩を貸していたお陰でヴェスト叔父様の前でも平伏せずに済んだからか。怪我人を補助してる状況で結果として平伏しなくても無礼にはならず隷属の契約でも少し腰を低める程度で済んだのは彼にとって幸いだっただろう。
「先ずは医者だろう。騎士よりも専門の医者に診せた方が良さそうだ」
「アァ?ないない。いらねぇよそんなもん。見ろよ傷物にされねぇよう綺麗〜なままだろ?」
素肌のままの上半身を自分で示すようにぺちぺち叩くレオナルドに、捨てたい発言したヴァルだけでなく、医者にみせようと言ってくれたステイルまで若干眉間に皺が寄っている。私としても、露出部分をそんなに自慢するように見せつけないで欲しい。大体綺麗も何も、古傷は普通にあるでしょうに。
肉体美、という意味では彼が見せ付けたがる理由もわからないでもない。流石乙女ゲームの登場人物ということもあって、鍛え抜かれた身体付きだとは思う。騎士や攻略対象者が見慣れた私ならばともかく、アムレットが見たらちょっと刺激が強すぎてキャアッとなっていただろう。……いや、あの子もあの子でパウエルで見慣れているかも。
確かに〝特上の商品〟というだけあって、表向きは重傷と言えるような傷は見当たらない。でも、あくまで目に見えるのは表面上のものだけだ。それに上半身以外はどうかもまだわからない。……けれど、それをこの場で言ったらこの肉体美見せつけたがりさんは下まで脱ぎ出しそうだから今は黙しておく。
騎士達に守られながら出口へと一歩一歩歩を進める。所長を心身ともに沈めたヴェスト叔父様は、私達が目立たないように先頭を堂々と進んでくれた。
ネイトのゴーグルのお陰で他の人には目立たない私達だけど、恐らくヴァルは今はゴーグルの効果もあまり意味をなさないだろう。レオナルドというこの上なく目立つ装備付きだもの。
看守達も全員騎士に降伏して武器を手放した中、ここまでくればもうフリージアも異国も関係ない。私達が辿るのはヴェスト叔父様という王族の威厳そのものだ。
収容所を出て、騎士団長が開く扉からヴェスト叔父様が馬車に乗り込む寸前にちらりとこちらに視線をくれたのがわかった。行きはヴェスト叔父様と一緒の馬車に乗った私とステイルだけれど、帰りは別が良いだろう。
ステイルに尋ねるように視線を向ければ、彼からも了承の頷きが返された。
他の奴隷被害者はともかく、レオナルドには騎士達もまだ聞きたいことがある。先ずは医者に診せてから今日までの事情を本人に
「?レオナルド、……レオナルド?!」
突如としてカラム隊長からの呼びかけに、アァ?と唸り返したのはレオナルドではない、その肩を支えていたヴァルだけだ。
カラム隊長の声に驚いて振り返ってみれば、ヴァルも片眉を上げてレオナルドに目を向けていた。ついさっきまで元気に軽口を叩いていたレオナルドが、いつの間にかぐったりと脱力している。ヴァルに引き摺られる状態どころか、もう完全にヴァル一人でレオナルドの体重を預かっている。
もともと負担が殆ど自分に掛かっていたからかヴァル本人は気付かなかったのだろうけれど、私達と共に傍に付いてくれていたカラム隊長が一番に変化に気づいてくれた。
さっきまでゲラゲラ笑っていたのが嘘のように、首を垂らし真っ青な顔で瞼が降りているレオナルドはやはり平常とは言い難い。むしろ当然だ。一度目を覚ましたとはいえ、薬盛られたりその前までは吊るされていたのだから。身体の表面上はいくら綺麗でも内側まで無事とは限らない。
ふと見れば、ちょうど施設の門を抜けたところだった。外の空気に触れて気が緩んだのか、ぷつりと糸が切れたように気を失っている。何故こんなになるまで体力を無駄遣いしたの!!
頭ではわかっていながらもそう叫びたくなる。意識がなくなったレオナルドをカラム隊長が腕を伸ばし正面からも支えてくれる。途端にそのまま押し付けようとしたのだろうヴァルが手を離すから、バタンと倒れ込むような形でカラム隊長がレオナルドを受け止め抱き抱えた。騎士に抱えられても文句の一つも出ない彼が、やはり完全に意識がないと確信する。もうここまでくれば本人の恥もなにもない。
七番隊!とエリック副隊長が収容所方向に向けて声を上げてくれたところで、他の騎士も七番隊を呼びに走ってくれた。一度建物内に戻ろうとも考えたけれど、制圧済みとはいえレオナルドを長くはいさせたくない場所だ。
どこか他に落ち着く場所はと思考を巡らせれば、目立つレオナルドを相手に場所は限られていた。
この場で一度横にして、駆けつけた七番隊騎士の診断を聞く。命に別状がないことを確かめてから、今度はアラン隊長がレオナルドを抱え上げてくれた。詳しい診断は落ち着いた先で、先ずはここから離れないといけない。ただでさえ大規模な収容所制圧に騎士が挙っているのにレオナルドまでいれば当然目立つ。
後始末は騎士団に任せて、私達も馬車へレオナルドと共に乗り込んだ。
彼が気を失っている今こそ移動の機会と思うことにする。七番隊の騎士一人をそのまま同行をお願いしようとすれば、ステイルからジェイルかマートがいないかと指名された。ちょうどマートが今回の制圧に参加していたから、そのまま七番隊の騎士と交代で一緒の馬車に乗ってもらった。意識のないレオナルドと同乗は少し狭いけれど、今は彼から離れないを優先させてもらう。
二つの馬車に分かれ、別の馬車にアラン隊長、エリック副隊長、ヴァルに追跡してもらう。私達は御者席をカラム隊長とハリソン副隊長に任せ、中には私とステイル、そしてマートとロドニー、アーサー。そして今は無理やりレオナルドを椅子によりかけた。徒歩で運んでも良かったのだけれど、彼は目立ち過ぎる。何より、目を覚ました途端に逃げられる可能性も捨て切れない。
「!どなたか、念の為移動中だけでも彼に特殊能力者用の手錠をお願いします」
逃げられたら大変ですから、と。そう断りを入れながら慌てて私はアーサー達にお願いする。
確かにとステイルも賛成してくれる中、一番取り出すのが早かったロドニーに手錠をお願いする。これで少なくとも移動中にいきなり目を覚まして大乱闘の逃亡になることはない。立場としては被害者のレオナルドだけれど、彼に暴れられる事態は避けたい。
意識が途切れる寸前まであんなに平気なふりをしていた人だ。まだ彼の特殊能力を知らないロドニー達もすぐに応じてくれた。
「……ジャンヌ。彼が奴隷になった経緯については聞くまでもなくご存知ということで宜しいのでしょうか」
どきり。
馬車の走る音に紛れるような潜ませるステイルの声に、正直に肩が揺れる。うっかり視点がレオナルドに刺さったまま固まってしまう。そりゃあ気付かれる。
彼を思い出してから保護するまであっという間のことだったし、ステイルもきっと必要なこと以外は人目を考えてくれたのだろう。さっきのレオナルドと私の会話を聞いていれば、大前提もステイルが気付かないわけがない。いや、ステイルどころかアーサー達騎士も、レオナルドと私のやり取りを知っている全員が推察できているだろう。
そうでなければ今も、いくら気を失っているとはいえ一緒の馬車で移動すること自体待ったをかけられたかもしれない。犯罪奴隷として捕まった場合は、この馬車に乗せるまでもなく騎士団に我が国へ連行されている。
我が国が奴隷被害者を保護しようとも、奴隷になったら犯罪も全部可哀想の一言で許されるわけではない。
ただ、今回の彼は本人からの反応や所長の反応を見てもやはりゲームの設定通り、刑罰として奴隷にされたわけじゃない。
「それに特殊能力も。ここまで貴方が警戒するということは相応の理由があると思います」
勿論無理にとは言いませんが、と今度は短く断られた。
ブラッドの時とは違う。あくまでレオナルドが特殊能力者であることだけで、彼がどんな特殊能力かは保護に関係ない。彼は現時点で敵ではないのだから。ただ、……さっきのフリージアにまだ帰りません発言からしてもこの後無理を通そうとしてこちらに牙を剥いてくる可能性は大いにある。何せあのレオナルドだ。
眠っているレオナルド以外、全員の視線が集中して突き刺さる。唇をぎゅっと結び小さく噛み、掠れるほどの声で「はい」と彼らに返答する。あくまでレオナルドの保護は叶えた。予知という形では彼に対して必要なことは終えたと言っても良い。このままこの地に残るつもりらしい彼に、まだ聞くことと告げるべきことはあっても、それは彼の特殊能力とも経緯とも無関係だ。
本人に断りなく言うのは申し訳なさもあるけれど、ここは後の事故を防ぐ為にもこの場の彼らだけでも伝えておこう。予知という直接的な言葉は避け、あくまでジャンヌとして。
「視、ました。彼があの収容所に囚われる経緯を何者かに話す姿と、……彼が特殊能力を使うのを」
本当は必要ないかもしれない。ただ、目を覚ました彼から事情を直接確認して収容所の違反行為を裏打ちして、あとはエルド達からオスカーを交換で引き渡してもらうだけ。わざわざ個人的なことをレオナルドも明かされたくないに決まっている。もう私達とレオナルドとの接点も会うこともなくなるのだから。
この馬車が向かう、貧困街に辿り着けばそこで。
それでも。やっぱり彼の性格と貧困街の性質から鑑みて、時間の許す限り私はステイル達に改めてレオナルドについて説明をした。
彼との縁が、ここから妙な方向に拗れるとはまだ思いもせずに。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
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