Ⅲ267.来襲侍女は届ける。
「おい!嘘だろ?!」
「マジかよ!!」
「早く首領っエルドを呼べ!」
ざわりと、一歩進むごとに騒ぎが波を立てて大きくなる。
馬車で貧困街まで辿り着いてから、気を失うレオナルドを七番隊のマートが運び、私達は人混みの真ん中を抜けていった。
もう私達の存在には慣れた彼らも、レオナルドの登場には流石に振り返っては声を上げてばかりだ。エルドのいる首領テントまでは距離がある分、意図せず大々的にレオナルドを見せびらかしている感もある。
男性や大人だけでなく子ども達まで挙って人の隙間を縫って顔を出してくる。「死んじゃった?!」と叫ぶ子もいて、これでは救助ではなくて狩猟後のようだとこっそり思う。レオナルドの身体付きががっしりしてるから熊でも狩ったような気分だ。
今は足を止めず進む中、レオナルド、レオナルド、首領と彼を呼ぶ声が鳴り止まない。私達が危害を加えたと誤解を受けていないか心配になるほど、人混みがそのまま後を付いてくる。投げかけられるまま事情を説明したい気持ちは山々だけど、ここで足を止めたら間違いなく質問責めで後がなくなる。
「ジャンヌ、絶ッ対離れないでくださいね」
「こうも人が多いとロドニーも確認が遅れることになります」
がっしりと私の肩を引き寄せ守ってくれるアーサーに続き、カラム隊長からも声を潜めて注意を呼びかけられる。
アラン隊長、エリック副隊長、ハリソン副隊長も人混みの中でなるべく私達との距離を詰めて壁になってくれる中、ステイルも今は意識的に私と肩がくっつくほどに至近距離を維持してくれている。
貧困街で元首領を担いでの移動は当然目立つ。ネイトのゴーグルのお陰もあって私達に注目しない人の方が多いけれど、人が多いと言うことはそれだけ敵も紛れ込みやすいということになる。特にティペットを認識できるロドニーの温度感知でも、人の温度の塊に紛れられたら区別は難しい。
ええ、わかってるわと言葉を返しながら見回せば、ちょうどアラン隊長が武器を構えるハリソン副隊長を止めているところだった。
最後方を歩くヴァルも今は姿のせいかゴーグルのせいか見事に人混みの煽りを受けている。暴力までは振るえないから押しのける形でぐいぐい進んでいるけれど、もう顔が見事に不機嫌だ。本音は特殊能力で移動したいくらいだろう。
「もう戻りやがったのか?!」
レオナルド、首領と、もうその二つばかりが木霊するように繰り返し聞こえてくる中で、エルドが駆け付けるのは思ったよりは早かった。
バタバタと他の幹部やホーマー達を連れて首領テントから駆け込んできたエルドは瞼を無くしたまま凝視する先はやはりレオナルドだ。マートが丁重に両腕で抱えて運んでくれるまま、今は気を失っているだけだと説明してくれる。続けてステイルが一歩エルドへと前に出た。
「先ほどまでは起きていたのですが、一応きちんと診断する為にも落ち着いた場所をお願いします」
「本当にお前達、……っ。首領テントまで運んだら好きにしろ」
それはつまり首領テントを使わせてくれるということで良いのだろうか。
元はレオナルドの部屋だろうし、広くて一番休める場所であることは間違いない。何か言いかけたエルドは、一瞬チラッと太陽の方を見てから私達に背中を向けた。多分、……予想以上に帰還が早かったのだろうなぁと思う。半日どころの話じゃないもの。もしくはまた「化け物」とでも言おうとしてやめたのか。
来た道をそっくりそのまま戻ろうとするエルドが「道を開けろ!」と怒鳴ったら、彼の前だけでなく私達の周りも人が一歩引いて歩きやすくなった。幹部の男性がマートに「俺が運ぶ」と名乗り出て、ステイルが許可を出してからマートも彼に明け渡した。少なくとも大きな外傷はないし、彼らが運んでくれる分は問題ないだろう。ちゃんと丁重に扱ってくれる相手だ。
そこまで考えてから、今度は私がもう一人丁重に扱って欲しい相手はとエルドに呼びかける。
「オスカーは無事ですか」
「オス……?毒ガキか。ちゃんと生かしてる。……あんな分厚い壁立ててこんな短時間でどうしようもあるか」
チッ!と直後にはエルド本人からの舌打ちまで聞こえてきた。
一先ずオスカーは約束通りあれ以上の危害は加えられていないらしいことに安堵する。レオナルドを引き渡した後とはいえ、ここでもしオスカーの身に何かあったら大変なことになる。私達も簡単にレオナルドをこのまま預けるわけにはいかなくなる。条件や契約とはそういうものだ。
分厚い壁、という言葉にもしかしたらヴァルのお陰もあったのかしらと少し思う。丸一日とかならまだしも、あの土壁を破壊するのは貧困街の人海戦術でも骨が折れるだろう。
レオナルドを幹部が運び、その後に続く形で私達は首領テントに辿り着いた。見張りの男達もやっぱりレオナルドの存在に大きく目を見開いては、慌てて入りやすいように入り口の布を捲り上げた。
エルドの許可を得て私達も入ることはできたけれど、流石に護衛全員はぎゅうぎゅうだった。エルド本人の護衛幹部もいるところに、私とステイル、アーサー、医者代わりのマートと温度感知のロドニーも外せない中、更にカラム隊長にも護衛で同席してもらい、後はヴァルも含めてテントの外で待ってもらうことになった。
首領用の椅子も退かされ、ベッドがない代わりに広々とさせた絨毯の上にレオナルドが横にされるとそこでガチャリと手錠が音を立てた。途端に、流石エルドと言うべきか私達が床に落ち着くよりも前に「おい」と目敏くレオナルドの枷を指差した。
「この手錠は?どういうつもりだフリージア」
「ここに来る途中で僕が頼んで嵌めさせて頂きました。ちゃんとオスカーを引き渡して頂いたらその時に鍵も外しますよ」
本当は私が言い出したのに!!
息を吐くようにさらりとステイルに庇われながら、思わず肩に力が入る。けれどオスカーと引き換えという言葉には納得する。たしかにその方が良いだろう。実際はレオナルドが無茶な行動をしないようにが理由だけれど、こうしておけばオスカーの身の安全も引き続き保証される。
我が国の特殊能力者用の枷は壊すことも彼らに不可能だから、今もレオナルドの身をこちらが半分預かっているような状態だ。一目で我が国の手錠とわかったのも流石は元アネモネ王国の王子といったところだろうか。かなり貴重だからアネモネ王国の城にも出回らない品ではあるけども。
ギリギリとエルドのステイルを睨む眼光が鋭くなっていく中、マートが改めてレオナルドを診察してくれる。
ステイルも今更エルドに睨まれたところで痛くも痒くもないと言わんばかりに今はマートの診断の方に意識が向いていた。黒縁眼鏡の代わりにゴーグルを指先で触れ、マートとレオナルドを交互に見比べている。
「いかがですか。栄養失調程度であれば良いのですが」
「食事もそうですが、内部だけでなく外傷もありそうです。食事の前に水の準備と、……少々衣服を」
ちらりと、そこで言い辛そうに視線がステイルから私へと向けられた。レオナルドの衣服が露出しているのは上半身だけだ。
意図を察しつつ、先に外傷について尋ねたら、どうやら腹部は骨が折れているかもしれないらしい。……本当に目に見えない部分には容赦がない。やっぱりろくな目に合わなかったのだろうと再認識する。
レオナルドの身体を一度ちゃんと見るためにも脱衣をと促すマートの言葉に、私もそこでゆっくりと彼らに背中を向けて座り直す。
幹部の中に女性もいたけれど、こちらは背中を向ける素振りもなくばっちり凝視していた。まぁ、王女淑女でもない限りはそんなものだろう。幹部ということはレオナルドにも近しい関係で家族みたいに見慣れてるのかもしれない。ただでさえあのレオナルドだ、周囲が彼の露出にだけは見慣れていても全く驚かない。
ガサガサと布の擦れ合う音だけが聞こえるのがなんだか気まずくて、一度テントを出るべきだったかしらと考える。
出口の方に目を向ければ、隙間からこちらを覗いてくれているエリック副隊長達が見えた。私から小さく手を振ったら、アラン隊長が軽く振り返してくれた。
こちらが沈黙の分、少し耳をすませばざわざわと外の騒々しさが布一枚隔てて聞こえてくる。まさか本当にレオナルドが戻ってきたのかと老若男女の声がいくつも重なってくる。少し入念に耳を立ててみたけれど、誰もがレオナルドの話題で持ちきりだ。
いっそ肩透かしをしてしまうほど、オスカーのことを話す人がいない。今朝が嘘のようだ。
「……オスカーの解放には、貧困街の彼らは納得してくれたのですか」
「するわけねぇだろ。首領が戻ってくることの方があいつらの中で重要だってだけの話だ」
独り言のような声で尋ねてしまったけれど、エルドからの返答は早かった。
振り返られないから顔は見れないものの怪訝この上ない表情だろうとわかるほど声が苦々しく抑揚がない。単純に彼にとってもオスカーが許せないという理由からか、それともレオナルドという名の〝首領〟が今も彼らに圧倒的な支持を得ているからか。現首領である彼の本心はわからない。
ただエルドの言葉に、入り口脇に立っている他の幹部達も無言のまま深く頷いていた。私から出した交換条件ではあったけれど、やはり彼らにとっても苦渋の選択だったのだろうと改めて理解する。オスカーのことを理解して貰えない以上これしかなかったとはいえ、本当に彼らにとって最大の切り札を出してしまった。
「オスカーに会いに行っても良いかしら?」
「お前らがガキを逃がさない保証がどこにある。枷の鍵を置いてから行け」
「会うくらいは良いでしょう。ちゃんと自分の耳と目で彼の無事を確かめたいだけです」
ちゃっかりしているエルドに、私も少し強めに食い下がる。
状況が状況であれば、私の代わりにステイルがここに残るから逃げる心配がないと言えたけれど今の状況ではそれも無理だろう。ステイルもまた私から離れるわけにはいかないし、何より護衛を割くわけにもいかない。
もうレオナルドの身柄は預けているのだし、それくらいの譲歩は良いのでは思う。
今度の返事は遅く、数十秒の沈黙中に幹部達がレオナルドの方向に目で会話するのがわかった。
ステイルから「見られたら困るものでも?」と援護を受ける中、ぐしゃりと髪を掻いたような音が薄く聞こえてきた。
「……首領を、騎士共はこの後どうするつもりだ」
先に聞かせてもらおうと、恐らくは最悪の可能性を考えたエルドからの呼び掛けに今度はカラム隊長が答える。
あくまで少し話を聞かせてもらうだけ。今日この場で事情聴取の形で確認を取れればもう用はない。必要なのは収容所での経緯の確認。犯罪奴隷でなければフリージアへ強制送還することもない、と。そう締め括れば、幹部達からは一息分肩が降りるのが見て取れた。
私達が救出するだけしてレオナルドをフリージアへ別件逮捕することも彼らは可能性の視野に入っていたらしい。その場合はこの場で全面戦争もあり得たのだろうか。彼らが黙ってレオナルドを連れて行かせるとも思えない。……レオナルド本人の意思でもなければ。
「首領が目覚めるまでだ。会話は良いがあそこから一歩も連れ出そうなんて考えるんじゃねぇぞ」
そう低い声のエルドから一時的にオスカーとの面会権利を得た私は、背中を向けたままゆっくりと立ち上がった。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
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