そして摂政は布告する。
「〝残り半数〟とはどういう意味だ」
所長は大きく複数回瞬きし、ぎょろりと目玉を転がした。
無意識に逸らしたままだった視線を正面に座る男達に合わせれば、揃って穏やかとはほど遠い眼差しを自分に向けている。色合いの異なる青と蒼の眼光四つに睨み付けられ一瞬呼吸も止まった。
顔色を悪くしながらも、自分の発言に思考を巡らせる。何を言われ、何と答えたのか。いや絶対に明確な答えは言わずはぐらかした筈だと信じるが、しかし目の前の男達は揃って確信を持った眼差しを自分に向けている。今までの疑念という言葉すら生やさしい、敵意そのものだ。
慌てふためく所長を前に、ヴェストもすぐには言葉を繰り返さない。
しかし〝残り半数〟という言葉にここまで顔色を変えたところからも、やはり全員をフリージアに返してきたわけではないのだと理解する。そもそも、半年以内の返還開始が義務付けられている中で、ラジヤ帝国の返還は早かったと思う。特に国が近いラジヤの属州や植民地ほど早々だ。しかしその返還された奴隷の殆どが特殊能力を持たない民、もしくは有用性や希少性の薄い特殊能力者ばかりだった。
大きく見積もって〝半数〟とあたりをつけたが、つまりはそれに近い割合のフリージア王国の民をまだ彼らはどこかに隠すか売り払っている。こんな一介の奴隷収容所一つの話ではない、ラジヤ帝国支配下にある全ての国の、全ての奴隷商、全ての奴隷収容所が行っている。
たった一つの綻びで済むほど、法の変更は簡単に浸透するものではない。大国の法律に携わる最上層部に立つ身としてわかりきっていたことだ。
そして第一王女による予知。この地で最も大規模な奴隷収容所が不正を行っている可能性は高い中、その隠されたまま奴隷にされた民がいつかは彼女の予知したサーカス団に流れ着く筈だったとするなら納得がいく。
あのサーカス団が定期的にこの地へ興行に訪れていることは調査済みだ。
「……やはり我が国の民を隠していたか。ラジヤ帝国では返還が滞ることは許されても、我が国フリージア王国の民を奴隷として売買、所有することは禁じられている。この際です、商品録も出していただきましょう。一体どこに流し、売ったのか。国内か、本国か、それとも外か」
「まっ、待っ、待ってください。何か誤解をされているようです。申し訳ありません、今うっかり考え事をしており失言致しました」
「どのような失言でしょうか。貴方は我が国の民を法を犯してまで秘匿し監禁していた。複数人、そして複数回に及んでいる」
言葉の綾だと誤魔化そうとしても、既にヴェストの声は確信そのものの刃となって所長に突きつけられた。
あくまで明確に所長の失言内容を繰り返してはやらず、ただただ彼が舌を滑らせた事実で責める。そもそも異国の摂政を前に、投げやりに思考停止していること自体が論外だ。
誤解です!と声を荒げる所長は脂ぎった喉を大きく反らし、歯を食い縛る。
今、この部屋にいるのが自分と摂政だけであればどんなにかと本気で悔やむ。目の前のひょろりとした貧弱そうな男に、この場で首を締めのしかかれば良いだけの話だった。所長として鍛え抜かれた太い手足を持つ自分であれば、目の前の優男に負けることなど有り得ない。なんなら合図を放って、部屋の外で見張っている看守達を大勢呼び寄せるでも良い。多勢に無勢で押さえつけてしまえば権力など何の意味も成さない。細切れにして騎士達に気付かれないように運び出し捨てるでも、いっそ奴隷にして金にしてやるでも良い。たった一人、本当にたった一人、……その背後に王国騎士団長が控えていなければ。
今も、自分を直接言及する摂政よりも遙かに、所長はその背後が気になって仕方が無い。
発言こそしないものの、鋭い眼光を向け腰の剣に手を掛けたまま佇む騎士団長からは、酸素すら薄くするほどの覇気が溢れだしていた。ここで妙な真似一つすれば、次の瞬間に命の危機に瀕するのは自分だ。
廊下にいる大勢の騎士達を呼びつける権利を持つだけの男ではないことは、一目前にした時からわかりきったことだった。歴戦の騎士そのものを体現したような男を前に、勝てる人間などいるわけがない。ただでさえ、化物と揶揄されるフリージア王国騎士団の騎士団長だ。妄想の中では何度でも嬲り殺せても、実際は指一本動かせない。
たった一人の護衛、たった一人の騎士だけならなんとかなったかもしれないと往生際悪く思う。密室で、摂政を人質にして、大勢の看守達をなだれ込ませれば。しかし、騎士団長になるような男を前にどんな抵抗も無意味だと確かめるまでもない。
誤解です、冷静にもう一度仕切り直しましょう、そのような発言覚えがないと、いくら撤回の機会を探っても、摂政も騎士団長も無言を貫いた。舌を動かさなければ沈黙に、部屋の外の会話まで聞かれてしまうと危機感に煽られる所長は必死に思いつく限りの言葉を尽くす。声が、騒ぎが、足音が、人の気配がもう目と鼻の先まで気か付いてきていることにまで頭が回らない。
コンコンッ!
「失礼致します」
手早いノック音の直後、迷わず扉を外側から開いたのは見張りの看守ではなかった。
返事を待たずに扉を開いた先に眉を吊り上げた所長は真っ赤に燃やした顔で振り返り、……直後に蒼白した。扉を開いたのも、そこから入ってきたのも全員自分の部下ではなかった。
騎士が扉を開き、所長の制止の言葉も聞かずズラズラと部屋に入ってくる。看守達は奴隷狩りの護衛はどこにいるんだと思ったが、一人も姿を見せはしない。純白の団服に包まれた男達が部屋を埋め尽くし、そして見知らぬ男に支えられた〝奴隷〟が前に出る。
レオナルド、と奴隷の中で唯一その名も記憶している男がニヤニヤと上機嫌の笑みで、自分を見下ろした。
赤毛混じりの騎士から「無事奴隷被害者を保護しました」と、地下に閉じ込められていたことも併せて報告される。奴隷狩り達は全員無力化し、証拠となる場所も今ごろ他の騎士達が押さえている。他の奴隷被害者二名もフリージアの民であると、確信を持った声で続けられ保護を告げられた。最高責任者である自分はただソファーに座っているだけで、いつの間にか勝手に犯罪の主犯として囲まれている。
嵌められた!と、ただ感情任せにそう思う。全て自分がやったことだ。
ご苦労だった。と、何ら驚いた声でもない摂政の言葉に、ギリギリと歯ぎしりを鳴らす。
振り返るだけで椅子から立つこともできない自分に対し、手本のような優雅な動作で立ち上がるヴェストは最初と変わらない顔色で騎士達大勢を見回した。
回廊に出た時点で配備されていた騎士達と合流し、二名の奴隷被害の引き渡しと共に今や騎士達全員が看守達を取り押さえる側に回っていた。扉の前に控えていた見張り看守達など、とっくに両手を挙げて降伏した後だ。
「さて、我が国の民を条約通り返還して貰おう。それが我が姉君……女王陛下の御意志でもある」
「!ま、待ってください!!そこの!!そこの奴隷はおかしいだろ!!そいつは貧困街の首領だ!!塵クズ以下の罪人だ!!そんな奴を大国が助けるなどおかしいと思わないのか?!これは国の為でもある!!」
「おぉ、じゃあ次は〝犯罪奴隷〟でがんばれよ所長さん??ハハッ!できねぇだろうがな」
黙れ!!!と、レオナルドからの軽口に所長も席を立ち、今日一番の怒声を上げる。
この日まで何度嬲って死の淵を味わわせてやったかと、舌の根まで出かかった。いっそ殺しておけば良かったと後悔する。しかし今は唾を飛ばして声を荒げることしかできない。
自分が怒り狂ったところでゲラゲラと笑う男を前に、銃が懐に伸びた。しかし、その途端一瞬の黒い影によって腕が捻り上げられた。ぐあああ?!と、あまりに容赦ない捻りに大人しくするか否かの選択肢もなくボキリと肩関節が異常な音を鳴らし激痛を走らせた。
せっかく席を立ったばかりだというのに、今度は床に膝を付かされる。ソファーに掛けていた時よりも低い位置になった所長を前に、ヴァストはゆっくりと歩み寄る。
「どういう理由であろうとも奴隷は許されない。罪を裁けというならば我々が裁く。違法な人種を買い取ったお前達もまたこの地で裁かれる」
「こッの!!」
片腕を捻り上げられたまま、もがくようにして背中に隠していたナイフを反対の手で取り出した。しかし、それも動作をした瞬間にハリソンに回した手と背中ごとナイフを踏みつけられる。続く激痛に、また大きく悲鳴を上げた所長だが助けに入る者はどこにもいない。
ハリソン、と背後から騎士団長の声がしたところで踏みつけられた手だけは解放された。もうナイフを握れる状態になく痺れた手を床に垂らせば、そこで背中のナイフを何物かに抜き取られた。刃物を奪われた恐怖にぞくりと背筋が凍る中、今度は自分のナイフが眼前に突きつけられる。騎士が嬲るような真似をして良いのかと、そう吐き捨てようとしたところでバキリとナイフの刃が握力だけで壊された。
手の中で破片と変形した刃を見せつけたロデリックは、そこで奪われる前に離れた床へと投げ捨てた。目の前で武器を素手で破壊する化物を見せつけられ、所長の中で抵抗する意思が完全に削がれ奪われる。
ハリソンに捻り上げられる手にも力がこもらずがくんと首を垂らす所長に、ヴェストはやはり変わらない表情で言葉を続ける。所長には認識できずとも、自分の目にはしっかりと認識できる甥と姪の前で毅然と振る舞い放つ。
「全奴隷の経緯確認と取得方法について、奴隷狩りとの雇用契約内容に伴い確認させて貰おう。お前からの許可はもう必要ない。ただちに領主を呼出し、詳細に調査に入らせてもらう」
「まっ、待ってく、待ってください……!そこまでしなくても良いでしょう?今すぐ、今すぐです!今すぐ全て貴方方の言う通りにお答えします。好きに奴隷も調査もなさってください!」
領主の存在を出され、もう自分が切り捨てられる立場になると理解する所長から弱々しい声が掛けられる。
まるで下級層の物乞いのような声色で、垂らした首のまま床に額がつき汗の痕を残すまま必死に最後の許しを請う。
ヴェスト含むフリージア王国の人間が予定もあり、多忙であることは知っている。待たずとも今すぐ全てを自供し明け渡すと、それが今自分が出せる唯一の手札だった。むしろその言葉を待っていてので脅しではないかとすら考える。ここまで自分を部屋に押しとどめていたほどの男なら考えそうなものだと、気付かれないように奥歯を噛み締めた。
返事はなく、沈黙と視線で返すヴェストは、肯定も否定も要求もしない。所長の荒い息の音だけが鳴らされる部屋の中、所長はもう一押しと痛みに悶絶しながら肺から声をひねり出す。
「なんでもします。ですから、ここは穏便に。どうか、痛み分けに……」
「痛み分け?」
自分なりに誠意を尽くし額に床をくっつけたまましおらしい声で懇願する男に、ヴェストは短く言葉を返す。その瞬間、平坦な声に反しその眼光が氷のように凍てつき出していることに床を見つめる所長は気付かない。見ていたプライドとステイルの方が、意識的に唇を結び両肩が上がってしまう。
瞼を見開いたまま、自分達には向けられていない叔父の表情から目が離せない。
床を睨む所長から、ぽつぽつと汗粒と共に零される。高額奴隷も奪われる、やっかく高額で雇った奴隷狩りも殺すか仕事ができないほどに痛みつけられた、これから奴隷も他に奪っていくつもりなのだろう、看守達も何人使い物にされなくされたかわからない、ここはフリージア王国ではなくラジヤの一端なのに。何故、国に認められた商売をして急にこんな目に、と。泣き言に近い言葉を全て聞き届けてから、ヴェストは口を開く。
離せ、と。ハリソンに捻り上げた手を解放させ、下がらせる。床を俯くしかできなかった所長に、自ら顔を上げられるようにしてから低めた声で見下ろす彼と瞳孔を合わす。
「もう一度、私の目を見て言ってもらおう。一体私達にどのような痛みを受けた?」
「かっ、勝手に乗り込んで、看守やどッ雇った護衛達に乱暴をし、しかも看板商品を奪うのでしょう?!あの戦の後、フリージア王国が結んだ条約のせいで、どれだけ我々が大損害を受けたと思いますか?金で引き取った奴隷だって一人二人ではない大損です!」
「金で引き取った奴隷は、あくまで一部。……ならばやはり条約前から我が国の民を非合法に奴隷狩りで得ていたということか」
うぐっ?!と思わず所長も口を絞る。情に訴えかけたつもりが、逆に新たな自分の罪状を読み上げるかのように淡々と精査する男を前に、次はもうしらばっくれる言葉すらできなくなった。なんでもないたった一言すら自分の首を絞める糸になる。
都合の悪いところまで拾いやがってクソジジイと、心の中では吐き捨てる。自分が今日この日になるまでもずっとフリージアの被害者であることが何故化物連中はわからないのかと腹立たしい。いくら大勢騎士がいても、この優男一人をなんとか説得できればいくらでももみ消せたというのに、また歯を軋ませる。そんな所長の思考も読んだかのように、ヴェストは侮蔑へと眼差しの色を変えていく。
「……国の話とするならば、我々は一方的に痛みを受けた」
先の戦もそうだと。静かな声は柔らかくも、そして突き放したようにも聞こえ、所長の鼓膜を揺らす。
淡々と語り聞かせる優しさに反し、何故かぞわぞわと刃先で首筋をなぞられるような不快感に襲われた。首の後ろを撫でさすろうと指が動いたが、それ以上手が上がらない。ぎらりと光る青い目に動きを奪われる。
「非合法に民を奪われ、その者と家族の人生を狂わされた。今もこうして法まで制定されても尚奪われ隠される。大勢の人生を狂わせたお前達は法で裁かれてもせいぜいが営業停止と懲役、財産没収程度だろう」
まったく割に合わない。そう、独り言のように呟き落とす。
彼らがこの地で裁かれるのはあくまで違法な売買における罪と、非合法な奴隷狩りを雇っていた罪。奴隷を売り買いの商売をすることはこの国で罪ではない、それはヴェストも嫌というほど理解している。しかし非合法に不条理に奴隷にされた者は全員が人生における大損害を受けている。彼らの営業停止や金銭の損など生ぬるい。
奴隷のことも、ヴェストは所長が思っている以上によく知っている。フリージア王国では切って離せない被害に、摂政である彼が学ばないわけがない。だからこそ、目の前の男の罪深さも知っている。奴隷商売が罪ではなくとも、人に〝奴隷〟という選択肢を増やす彼らは等しく罪深いとヴェストは思う。
「お前達が奪い、虐げ、金にした者達の数は果てしない。それに対し今日我々が救えたのは現時点でたったの三名。痛み分けではなく、お前達の勝利とも言えるだろう」
他人事のほうに淡々と告げるヴェストの言葉に、所長は脳天気に喜びはしない。いくら口では勝ったと言われても、今自分はまさに全てを奪われている。被害者面した摂政が、勝利の美酒に酔いほざいているだけにしか聞こえない。
もう声と、その語り口から結局は領主に告げ口され、こちらの交渉には何も応じないのだと、それが見え透いた時点で語りを最後まで聞く気も失せ
ダンッ!!
「しかし我々は屈しない」
丁寧な物腰のヴェストの足から初めて大きな音が立てられた。
視線が再びヴェストから落ちかかっていたところで靴を慣らされ、所長は思わず背中ごと仰け反りひっくり返る。
「聞け」とそれを言葉以外の全てで命令されたと五感全てが理解する。背後に両手を付き、情けない姿でもう一度自分の眼前を踏みつけた男を見上げる。
コクコクと小刻みに頷きながらどこかで既視感を覚え出す。ヴェストに会うのは今日が初めてにもかかわらず、どこかで知っている。怒り狂うわけでもない、冷ややかな表情のままだがそれだけで汗が滲み喉が引き攣った。本来の目元など忘れてしまうほど鋭く研ぎ澄まされながら侮蔑の込められたその眼差しは
「お前達に奪われた以上の人生を救い、取り戻した時。初めてお前達に〝痛み分け〟と言ってやろう」
奴隷を見下ろす自分達と同じものだった。
縛り上げろ。そう冷たい声で切り捨てたヴェストの言葉に、所長はもう呆然と目を開いたままなにも見えなくなった。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
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