Ⅲ265.来襲侍女は連れ、
「ふざけんな見張りは何やってたんだ?!」
「そんなことより連中は?!あいつらも全員地下に潜ってたんじゃないのか?!」
「武器を持て!!看守長より射殺も許可された!!」
たった一点の露見から、緊急事態として騒ぎが広がり大きくなるのに時間は変わらなかった。
最初は、目撃者。堂々と廊下を歩く部外者達と、その中に重大な商品も含まれていれば誰もが大声を上げて彼らを制止しようと武器を構えた。一人が騒げば周囲の仲間達も早々に伝達へと回り、あっという間に設備中に逃亡者と侵入者が報された。
人員が一箇所へ集中し出せば、当然回廊前の扉が内側から開かれないことにも気付く。外から見張りが鍵を開けば、なんと内側にいる見張りの看守が気を失っていた。外に見張りに立っていた看守が手引きしていたのではないかと疑われる暇もなく、進入禁止区域が荒ぶった。
騎士達を今すぐにでも苦言を言いたいが、騎士の侵入者だけでなく違法取り扱い商品も共に行動していたと聞けば明るみにできない。今この場で最適なのは、他の騎士達と合流される前に侵入者の騎士諸共全てをなかったことにするだけである。
本来ならばフリージアの騎士など最高級にも及ぶ商品の可能性もあるが、手加減をして無力化できるような相手ではない。まずは表に出さない為に始末する方が確実だった。露見さえしなければ騒ぎも銃撃も全て〝強盗の始末〟で済む。騎士達も密かに侵入させていた仲間の安否など聞けるわけもない。
幸いにも特上の檻があるのは施設の中でも最奥部。そこから再び表に帰るだけで、時間も距離もかかる。その間に始末する機会は多い。数も地の利も遙かに看守達が勝っている。
「ッ止まれぇ!!その商品を今すッ」
ぐしゃん、と。
また新たに彼らの足を止めようと銃を構え小班を携えた看守が、怒声を言い切るまでもなく顔面を床へと急降下にめり込ませた。
目の前に整列した銃兵を飛び越え、射殺命令を出す権限を持つ男を最優先で高速の足を持つ騎士が潰した。脳天から踵落としを受けた男は、顔面が床と一体化したままもう動かない。砕けた顎と鼻から血を垂らすが、そこで救助してくれる部下もいない。
一瞬で背後を取られた銃兵達も撃つどころではなく振り返る。さっきまで目の前にいた筈なのにと思考に過ったが、そこで途切れる。先の長い銃を至近距離の相手に向け直すよりも先に、整列する全員が意識を奪われた。
照準を合わせる目のまま顔面を殴られ、肘で側頭部を突かれ、腹に蹴りをめり込まされるまではまた幸い。僅かに反応が間に合い背中を向け逃げようとした者はナイフを投げられ、一人は放たれた剣に貫かれた。
彼らにとったは数秒のことでも、黒髪の騎士にとっては棒立ちになっている男達をつゆ払う程度の動作である。逃げられるわけもない。
貫いた剣を拾ったと思えば、今度は銃兵の落とした銃を鈍器がわりに殴り卒倒させる。看守達には突然味方が吹きとんだようにしか見えないほどの一瞬だった。
「ハリソン!深追いするなと言っているだろう」
先頭を単騎で駆けるハリソンに、カラムはもう「最小限の被害で済ませろ」と繰り返すのを諦めた。
もっとやりよいがあるだろうとはやはり思うが、待ち伏せしていた一集団に対し重症者の数はさておき死傷者は一、二名に止めている。ハリソンなりにこれが〝最小限〟だと理解する。既に証人三名を保護し、それを保護する騎士達に武器を向けた時点で彼らへ相応の反撃をする理由はできている。更に伏せられているだけでこの場には王族が二名もいる。違法に手を染めている看守の身を按じた結果、王族に傷一つ負わせるなどできるわけがない。
今はハリソンに手心を注意するよりも、一人で向かってくる看守達全員の迎撃を請け負った彼が自分達から離れすぎないことを注意する方が最優先だった。
移動にも攻撃にも長けたハリソンのお陰で、敵に見つかってからも足を止めることなく順調にプライド達は足を進ませていた。
出口とされる、大勢の騎士達が配置された回廊にまであと数十メートルまできた。怪我人の奴隷被害者達を足並みを揃えながら、しかし確実に出口へ迫る。同時に、彼女達を始末するべく悪戦苦闘する看守達の騒ぎもまた分厚い扉の先にある回廊へと溢れ始めていた。
銃声であれば余計に音は響き、それは当然騎士にも届く。銃声の震源地に近い場所へと騎士も許される範囲内で配備を変える中、なんでもないただの盗人だ奴隷が暴れてるだけだと看守達もまた騒ぐ。しかし震源地達は順調に距離を近付ける。それはもう
ヴェストと所長の対峙する応接室にも届くほどに。
「どうにも騒がしいようですが」
「……鼠でも現れたかもしれませんな」
淡々と告げるヴェストに、所長は脂汗を掻きながら膝に置く手でズボンに皺を作るほど爪を立てる。
なにをやっているんだ役立たず共と、何度思考の中で悪態吐き怒鳴ったか数も忘れた。銃声も聞こえれば、ある程度の状況まで想像はついたが、何故ここまで音を漏らしているのか繰り返し疑問に思う。幾重にも施錠がかけられ、見張りも置かれ、隠し通路を通らなければならない最奥部の地下室が見つかるわけがない。
しかし、それを無しにここまで騒ぎになっているのならば、特上商品の方が逃げ出したか奴隷狩り達が反旗を翻したのではないかと最悪の状況ばかりが頭に浮かぶ。
今すぐにでも様子を見に行きたいが、どう理由を付けても目の前の摂政に言葉だけで椅子に縛り付けられる。
自分の管理する応接間なのに、何一つ思い通りになりはしない。席を立とうとする度に「何か疚しいことでも」「私もご一緒させていただきましょう」「騎士達の話も聞いてみたい」と、芋づる式にヴェストまで外に出ようとする。冗談ではない。
しかも時間が経過すればするほどに、状況は悪化の一途を辿っていた。今では自分一人が外に出られないだけではない、目の前にいる摂政と騎士団長を一歩でも部屋から出せばその瞬間探られたくない腹を丸裸にされてしまうと思い知らされている。
もう「少し失礼します」の言葉も言えない状況まで追いやられていた。
「もう一度お伺いしましょう、所長殿」
もう一度どころかもう何十回聞いた質問かと、そう頭の中で吐き捨てながら無理矢理口の端を上げて笑う。部屋の外の状況が気になるにも関わらず、まるで拷問のように同じ質問ばかりを繰り出される。所長は頭の中で目の前の二人を既に百は嬲り殺していた。
どうぞ、と。もう心にもない声色で言葉を返す所長に対し、ヴェストの方は顔色一つ変えず落ち着き払っていた。騒ぎが思ったよりも大きくなったが、つまりはもう隠す必要がなくなったのだろうと見当付ける。
騒ぎの大きさからも、間もなくだと考えながら意味のない問いと理解しつつ口を動かす。既に今この瞬間に至るまで繰り返した問いで、いくらかは絞り出せた情報もある。
所長と違い、終わりも見えてきたヴェストはとうとう締め括りへと発言の駒を動かした。
「本当に、我が国の奴隷は三ヶ月前に全員解放したということで間違いはないでしょうか」
「ええそうです。まったく根も葉もない噂です」
特殊能力者の奴隷どころか、フリージアの民もいない。今こうして騒動が爆発的に近付いている間も一貫する。
どうせ見つかれば、嘘を吐いても事実を言っても同じである。聞き飽きたヴェストの同じ問いに、同じ最小限の答えしか言わなくなった所長はもう半分は聞いていない。
奴隷返還が条約として締結され、本国から命令があった時点でそれに準じたと。そう同じ説明をしたのも四回が限界だった。実際、三ヶ月前に本国から表向きの通達は届いた。しかしそれを受けたからと言って、賢い者ほど真に受けない。表立ってやるなという意味なのだなとしか捉えない。何よりラジヤ帝国もまた、条約を綺麗に守るほど馬鹿正直ではない。
「ならば奴隷達を全て見せていただいても問題はないでしょう」
「いえいえそれは。摂政殿下のお目汚しになるだけで、誤解が生じてしまう恐れもありますから」
「しかし、既に騎士が配備されている場所にも奴隷収容区域は含まれていると最初に仰りましたでしょう」
「騎士ではなく摂政殿下のお話しです」
奴隷とみるだけで、誰にもかれにも同情されては困る。
奴隷は生きているだけで忌むべき存在であり、人間ではないのだとわかっていないと見せる気にもなれない。客によっては奴隷達の収容や調教も含めて見学させる場合もあるが、もう目の前の客にそこまでしてやりたくない。それこそ小さな綻びすらも見つけられ、奴隷に対しての振る舞いをなんでもかんでも非人道的だと的の外れた説教でもされたら敵わない。
別に本心からフリージア王国の人間の心身を気遣っているのではない。騎士が奴隷達を見てどれほど気分を害そうがどうでも良い。しかし摂政に見せて万が一にもうっかりフリージアの民が紛れ込んでいたら面倒なことになる。何の証拠もなく「私はフリージアの民です助けて」とほざかれたらそれだけで国際問題だ。
何度も言葉を繰り返しているうちに、大国の摂政に対し若干攻撃的な言い方になってしまったことも疲弊した頭の今は気付かない。目も合わせたくない。
「フリージア王国の奴隷を、どのように具体的に処理はなさっているのでしょうか」
「御命令通りにお返ししています。ラジヤ本国からも通達が来ましたから」
「残り半数はきちんと奴隷としても節度を持って扱っていますか」
「ですから、まだご理解ないようですが奴隷という物への扱いに節度など」
「〝残り半数〟とはどういう意味だ」
は……?!と、突如として低められた声色と口調に、一瞬で所長は目が覚めた。さっきから同じような問いをまた繰り返されているとしか考えていなかった思考の半分がひっくり返る。
今自分は何を発言したかも反射的に思い出せない。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
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