そして封じる。
「どうなさいますか。貴方が行くのならば私達も同行したい。もしくはその看守の報告を聞かせて頂きたい」
「…………。……報告したまえ、この場でだ。どうせ〝大したことはなかった〟のだろう?」
淡々と、話題を戻すように訪ねるヴェストに所長も苦虫を噛んだような口で声を低める。目配せと共に看守へ意図を伝えれば、それは綺麗に伝わった。
まだ騎士団長の余波が残った所為でコクコクといつもはしない二度の頷きまでしながら、姿勢を正した。今、本当の報告を言ってはならないのだと理解し、頭と舌を回す。銃の原因は調査中。しかし怪我人もなく〝異常なし〟だと。そう、今この場で最も望ましい報告をその場で作り言葉にする。
満足げに肺を膨らませ、そうかそうかと返した所長は口角を上げながら看守に退室を命じた。
「あとは任せる」とその気軽な響きで告げられたその言葉が、つまりは自分が動けない間お前が絶対に解決しろという命令であることもしっかりと看守は汲み取った。
退室の際は入室と違い礼儀を以た看守長は、扉が閉じられると同時にギリリと歯を鳴らしながら大股で再び現場へと戻った。
「…………大変失礼致しました。それで、何のお話しだったでしょうか」
「この収容所に我が国の民がいるのではないかとお尋ねしております。噂では貧困街の人間であると聞きましたが、もし覚えがあるのならば一度その者を確認させて頂きたい」
アアソウデシタネと、今度は無理矢理ねじり出すような声で所長は無理矢理笑顔を作った。気を取り直す為に常套句で話題を変えようとしたが、またこの部屋に来てから何度も繰り返している問いをまたそのまま綺麗に向けられる。尋問か、いっそ軽い拷問のように感じてくる。
服を払い、元通りにソファーに座り直せば、自分と違う起立していたヴェストもまた何事もなかったようにソファーへ優雅な動作で腰を下ろした。当然所長も事実など言う気は毛頭ない。馬鹿の一つ覚えのように同じ問いを繰り返す男に、こちらもその痴呆に付き合ってやろうではないかと思い直す。
記憶にございません。根も葉もない噂です。まっとうな商売をしています。もしそのような者がいればすぐにフリージア王国へお返ししましょう。そう、貼り付けた笑顔で同じ言葉を自分からも浴びせてやる。しかし、ヴェストは顔色一つもまた変えない。
実際、所長の二十分の一もヴェストは苛立ってはいなかった。「そうですか」と一言切りながら、また何度も繰り返した問いを続ける。ひたすらに中身の意味がなくなった会話を再利用する。ヴェストを知る者であれば信じられないほどに無駄な会話と時間の浪費だ。
「ラジヤ帝国と和平条約が結ばれてから、我が国の民は全員規定通り領主に報告し返還されている筈ですが、例外は一人もいないのでしょうか」
「いいえ覚えがありません。先ほどもお答えしました通り、我々は誠心誠意まっとうな商売をしているものですから」
それが最も、都合が良い。
─ 想定よりは根気強いが、考えは足りないな。
「門兵として立っていた男達の中には看守とは見えない風貌の者達もいましたが、彼らはどういった雇用でしょうか」
「先ほども申しました通り、ただの護衛です。看守だけでは手も足りないので、腕に自信がある者も一時的に雇い入れているのです」
目の前の男を胸の中で評価しながらもヴェストは始めと変わらず顔色一つ変えることなく問いを繰り返した。いっそ、考えを放棄したのではないかと思考する。同じような質問を繰り返し間髪の隙すらも奪いながら、ヴェストは常に考えを巡らし続けていた。
同じ質問を繰り返していることには態度や軽い嫌味からも気付いている様子の所長だが、何故繰り返しているかを怪しむ様子があればヴェストも質問を切り返すつもりはあった。しかし相手も何度も何度もしらばっくれてくれるお陰で、自分も同じ質問を繰り返しやすい。
休憩もない同じ作業ほど集中力を欠きやすいことも知っている。答えるつもりのない質問であれば余計にだ。
今所長の頭の中は、どうやって自分達を追い出すか、もしくは諦めて出て行くまで間を持たせるか程度なのだろうとヴェストは想定する。
さっきの最後の一言で「任せた」時点で、看守の本当の報告すらもどうでも良くなっている可能性もあると考える。
騎士団長にその意図はなかっただろうが、結果として彼の怒号が彼らに〝騎士の仕業ではない〟と思わせてくれた部分もあると考える。騎士の言葉を鵜呑みにするわけがないが、あそこまで堂々と騎士の関与を否定したように聞こえる騎士団長の言葉は十分にそう思わせるに値した。
看守は途中で気付くかもしれないが、少なくとも目の前の思考停止した所長は騎士団長が「騎士が銃を使うわけがない」とは言っていないとまでは考えが及ばないと思う。あくまでロデリックが否定したのは騎士が〝理由もなく〟〝人に対し〟銃を撃つという蛮族の行為に対してだけだ。理由があれば、当然騎士は所持を認められた武器を無駄にはしない。
「この地域では、夜な夜な奴隷狩りや人狩りが横行しているとも情報が入っております」
「それと我々は関係ありません。ああいうのは金もない粗暴な輩がすることですと申し上げた筈です」
「否定されるということは、人狩りと奴隷狩りの違いを存じてはおりますでしょうか」
たまに脈絡だけある簡単な問い混じえるだけで、ヴェストは全く別のことを思考し続ける。
ステイル達から策は共有されているヴェストが今回自ら任されたのは奴隷収容所の抜き打ち監査、ではない。事情を把握し、そして予知した民の顔を唯一頭にあるプライドとその護衛達をこの収容所に忍び込ませる為の手引き。そして所長達の注意を引きつけることだ。
一人一人はもし自由に動いても大した脅威はないとヴェストは評する。しかし、頭の人間が判断や指示ができる状況か否かは集団にとって天地の差だ。権限がいくら看守に托されても、そこで許可を省略して判断した結果責任を取らされるのも看守本人だ。だからこそ敢えてヴェストは所長をたったの一秒もこの応接室から出すことも許さない。
いくら所長が苛立とうとも殺意を抱こうとも、ヴェスト自身は決して挑発しているつもりはない。ただ、彼がどうやっても自分達の前から動けないように言葉で縛り付けることに専念しているだけだ。
大国の摂政が担うにはあまりにお粗末な役目だが、ヴェストに不満はない。もともとはステイルが担うつもりだった役を、叔父である自分が代役しているだけだ。甥にできることを自分ができないと言うほど老いぼれたつもりはない。
それに、これはこれで全てを時間の浪費にするつもりも毛頭ない。
「どちらも大きくは変わらないと我々は判断しております。一般人を襲い、不法に奴隷として売り払う。許されない行為です」
「一般的には確かに同じ意味で使われますが、本来は厳密な違いがあります。それを把握しておられるかと伺っております」
奴隷狩りは〝奴隷にする為〟に生け捕りが目的とされる行為。
人狩りは人を狩猟動物のように追い立てる行為。人を人として扱わず、奴隷にする目的だけではなく強盗や殺戮も含まれる。日常で奴隷にされるかもしれない恐怖に脅かされるフリージアの民も同じ意味として使う場合が多い。子ども相手には〝人攫い〟と誘拐も含めてぼやかした呼び名を多用することもある。
そしてその三種全てに一貫し最終的に生きゆく先が〝奴隷〟にされるのが、フリージア王国の人間だ。
奴隷制度の代表格とも呼べるラジヤ帝国の奴隷を商いとする彼がどう答えるか待てば、既に会話に辟易していた所長は曖昧な笑みで首を横に振った。そんなこと心底どうでも良い。自分達が雇っているのは奴隷狩りだが、護衛として荒事も任せている。結果的には新しい奴隷を補充してくれるのならば呼び方など気にしない。
「さぁ。なにぶん勉強不足なもので」
「それでは貴方の元で働いている者達はどう呼んでいますか」
「ですから、彼らは奴隷狩りではなく単なる雇われの─」
そして、見定める。
小さな破片を少しずつかき集め、目の前にいる奴隷収容所の最高責任者がどのような考えで奴隷を扱って懐を潤しているのか。
その構え方から、彼が隠しているものが他にもあるのかを検討する。件の棟にいるのがプライドの予知した民だけとは限らない。フリージア王国の血を引く奴隷が一人とは限らない。
プライドが目にしたティペットが、その関係者が、アダム本人がこの施設に隠れていないとは限らない。これから所長と合流する可能性すらも無限に鑑みる。ここはラジヤ帝国なのだから。
溜息を混じらせかけた所長が、ヴェストよりもロデリックの顔色を窺うように咳払いし同じ返答をまた繰り返ししらばっくれる。
「我が国の民の奴隷を今までは何者に売っておられたのでしょうか。収容されていた場所はどの棟でしょうか」
「棟はお教えできませんが、つい先日法改正されるまでは─……いえ、変わりませんね。何度も申し上げておりますが、私の収容所はあくまで正規の方法のみで真っ当に……」
ジルベールほど人身掌握術や謀略に長けているわけでもない。だからこそ堅実に忍耐強くそして慎重かつ確実に探る。思考を放棄した相手ほど、ほんの小さなボロを無自覚に落としやすい。
一つの矛盾すら見落とすことない摂政ヴェストによって、応接室は静かに尋問室へと変わっていった。
本日2話更新分、次の更新は来週月曜日になります。よろしくお願いします。




