そしてさめる。
『聞こえないぞプライド』
『私の目を見て言えないことか』
『プライド、侍女達は何の為にお前の傍にいると思っている?』
だらだらと、折角湯浴みをしたばかりというのにまた汗を噴きだした。
常に厳しいヴェストとも違う父親の怒り方に、汗ではなければ涙が出たと自分でわかる。今でこそ優しいことの方が圧倒的に多い父親だが、子どもの頃は優しくされた分怒られた数も多い。それもひとえに自分の日頃の行いである。
前世の記憶を取り戻してからは怒られるようなことを自分がしなくなっただけで、父親が怒らなくなったとは意味が違う。そして今、父親の本気で自分は怒られようとしていると実感する。
まさか自分の知らないところでステイルのカードが父親にも渡ったのか、それともステイルが母親に何かを告げてそれを通信兵の連絡で聞いたのか。可能性はいくらでも考えられるが、今は冷や汗と共に喉が渇き出す。
あまりに姉が青くなりだしたことに、ティアラは慌てて振り返ると声に出さないままフィリップにお茶の用意をと指示を出した。
プライドの声が小さくなっていくどころかとうとう言い返せなくなったことに、ジルベールは気付かれないように舌を巻く。まさかここまでプライドが顔色を変えるとは思わなかった。アルバートの言い方は手厳しいが、それでもいつもの王配としての威厳と大して変わらない。ならば他の理由で効果的な何かがあるのかと父親の見本として見つめるが、その具体的な方法までは流石のジルベールもわからない。
そしてアルバートは、プライドの反応からやはり自覚している部分があるようだと見当付ける。子どもの頃よりは顔も背けずなんとか目を合わそうとしているプライドだが、紫色の瞳が微弱に泳いでいる。
「プライド、答えないのか。……なら私も〝そう〟するぞ」
ビククッ!!とアルバートの低い声にプライドの肩が激しく上下する。もう可愛い妹に見られている恥も頭に入らない。
子どもの頃にもよく同じように怒られた。王配の席から立ち上がった父親に、次の行動をはっきりと優秀な頭脳は覚えている。
ティアラが目をぱちくりしている間に、立ち上がったアルバートは早歩きで進む。書類を置いたままジルベールの横を抜け、扉に近いティアラとそしてプライドの方まで近付く間プライドは反射的に少し腰が浮いた。
子どもの頃も侍女や衛兵に横暴に振る舞ったり、物を壊して人の所為にしたり庭園に入ってきた動物を虐めようとしたのを目撃された時、幼い子どもではごまかせない状況で叱る時によくあった。しかもとうとう一番がっつり反省させる時の対応に移行している。真っ直ぐに進む中、視線だけは一秒も離れずプライドの目を見つめ続けた。思考する時間が欲しいとプライドは思うが、勝手に唇を結んでしまう。
早歩きしたアルバードはそのままプライドとティアラの─
正面へと、腰を降ろした。
「……プライド」
「ッよっ……予知で見た、特殊能力を利用され奴隷にされる我が国の民を救う為です……ッでした。……ごめんなさい……」
父親の優しい深みのある声に反し、しゅうしゅうとティアラはプライドが半分に縮んでいるように見えた。兄や騎士団長、叔父の前とも違う姉の小さくなり方に、何度も瞬きを繰り返す。
父親が席を立った時には、まさかこのまま部屋を出るつもりかとも考えた。しかし、それどころかさっきよりも物理的距離がぐっと近付いた。執務室の席ではなく、ソファーの向かいに今は腰を降ろしたアルバードはプライドが小さく俯いてもすぐに顔を覗ける位置にいる。
ただ怒鳴って怒られるなら子どものプライドはふてくされることも、泣いたふりもできた。
しっかり目を合わせて説教をされる時は父親にまで嫌われたくなくて、自分が悪いのを嫌でも認めるしかなくなった。そしてこうして真正面に座られ顔を覗かれれば、自分から話すまで何時間でもそれが続くことをプライドは知っている。
子どもの頃はそれが父親がとても怒っているように感じたし、言わない時間が続けば続くほど忙しい父親の時間を自分が無駄にしてしまう焦燥感にも駆られた。アルバートにとっては娘の為ならばいくらでも時間を使うぞという意思表示だったが、……幼い頃から賢く、そして嫌われたくはなかったプライドにとっては別方向で効果的だった。
結果、今のプライドも言葉にはならない焦燥感にもういっぱいいっぱいになる。このままではティアラ達の前で泣いてしまう!と思いながら、正直に父親の問いに答える。もう泣かないことに全神経を使い、深く考えられない。
しかし言葉にすれば、自分でも遅れて気付き俯いてから目を絞る。ぎゅうぅっと膝の上に置いた手で拳を作った。自分でも気付かないほどティペットのことで頭がいっぱいになっていたと気付く。
ティペットが主人公、ノアが攻略対象者だと自分しか知らないこともあるが、それでもあまりにティペットとノアに急ぎ過ぎていると自分で思った。
プライドが自分で気付いたらしいところで、アルバートは静かに深呼吸した。
「……ティペット・セトス自体の詳細はまだ知らないが、お前が自ら動かなければならない役目の方が完了したとはまだ聞いていないな」
「はい……」
オリウィエルは止めることができた。しかしラスボス以外の悲劇を止められたかはわからない。今もサーカスに引き取られていないだけで、奴隷に堕とされたままの特殊能力者がいるかもしれない。まだ全員は見つけていない。アレス、ラルク、ノアを入れてもまだあと二人いる。だから自分は今日も調査をすべく外に出た。
父親の嗜める柔らかい声に、プライドも首が落ちた。目を開いているのに視界がぐるぐる回ってよく見えない。
あれ、あれ、あれ、と自分が今日一日何を考えてどう動いていたのか思い出せなくなる。
「ティペットは今も危険ではないのか?」
「危険です……。彼女の本心もまだわかりません」
「ティペット・セトスが脅威であることは覚えているだろう」
「覚えています。……覚えて、ます」
父親の声に導かれるままに頭が冷える。同時に、……全身の血までひんやりとした。
ついさっきまで探そうと思っていた相手に、自分が近づいた時のことを想像すればまるで部屋が吹雪いたように寒くなった。
ティペット自体に、何かをされたわけではない。むしろ狂気に堕ちた自分の協力者だった。しかし自分がアダムに特殊能力を掛けられたのも、自分の大事な人達を傷付けることに助力したのも、そして何よりアダムの神出鬼没の鍵が彼女だ。
まだ姿を見せないだけで、ティペットの特殊能力さえ使えば誰も彼女達が接近してくることを阻めない。いつ彼女の能力でアダムが背後に立って嗤っているかもわからない。アダムの特殊能力はもう自分に効かない筈だと頭でわかっていても、もう二度とあの男に触れられたくない。万が一があって欲しくない。
それなのに、自分はティペットを探しに行こうと思っていた。いつ、アダムがその隣にいるかわからないにも関わらず。
アルバートへ受け答えしながらも、指先がカタカタと震えてきたプライドにティアラの顔まで青くなる。金色の瞳を揺らし、そっとプライドの拳に手を重ね温めた。それでも、プライドはまだその暖かさにも今は気付かない。
「…………………………」
「……ステイルが迎えに来るまでまだ時間はある。少し休みなさい」
放心してしまったかのように言葉を無くしたプライドに、アルバートも今は厳しい眼差しをしていなかった。
もともとの釣り上がった鋭い目元が今は下がり、そっと向かいの席に座るプライドへと手を伸ばす。自分譲りの深紅の髪を驚かせないように頭から慎重に触れ、撫でた。
ティアラにも共に休息を取る許可を与え、王配用の応接室を使うように命じる。仮にも侍女姿のプライドをあまり広く移動させたくない。自分の執務室からもすぐであれば、安心できると考える。
「はい」と返したプライドは、酷く細い声だった。ティアラに腕を引かれ「行きましょうっ」と言われてから立ち上がる。
深々と頭を下げ、退室を始めるプライドをアルバートは扉の前まで肩を抱き、扉を開ける前に両腕で抱き締めた。
騎士も最低四名は部屋に入れること。温度感知の騎士も待たせていると、そう告げたところでフィリップに断りジルベールが扉を開けた。
王配自ら騎士に任せたぞと念を押し、廊下からティアラに連れられたプライドが応接室に入っていくのを見届けた。
騎士を引き連れ、ティアラが早口で侍女達にお茶の準備を命じた後に彼女達は扉の向こうへ姿を消した。
廊下の護衛達に何かあったらすぐに自分へ報告をするように厳しく命じ、アルバートはまた自室に戻る。ジルベールと、そして必死に黙し存在を消すフィリップしかいなくなった部屋で今度は大きく音に出して溜息を吐いた。
「……これで良かったか?ジルベール」
「ありがとうございます殿下。流石はプライド第一王女殿下の御父君であらせられます」
感服致しました。と、深々と腰を折り感謝を示すジルベールに、アルバートも白々しいとは指摘しない。
ステイルの従者の前で、これ以上砕けるわけにもいかない。しかし、打ち合わせの内容自体は隠す必要もなかった。プライド達が部屋に戻ってくる十分前、フィリップがいる前で行った打ち合わせ通りのことなのだから。
アルバート自身、ティアラのカードを目にした時からある程度嗜めるつもりはあった。しかし、ここまでしっかりとプライドを諭したのはジルベールからの提案も大きかった。
ティペットとの接触でプライドも混乱している部分があると思われる。一度父親として、プライドに初心へ戻るようにだけでも伝えては頂けないかと、父親の言葉ならばプライドも一度足を止めて振り返るのではないかと。そう提案したジルベールに、アルバートもすぐに頷いた。
ローザもヴェストも心配していたのを確認した後で、ジルベールの口からそれが必要と言われたのならば自分も親として動かないわけにはいかない。慰めることはティアラにも任せることはできても、上から怒ることができるのは今この城で自分しかいないのだから。……幼かったプライドが、そうだったように。
打ち合わせし、プライドが身を休めるようにあくまで短期戦で、ティペットやその時の状況よりも優先順位も絞った。そして王配としてではなく、父親としてとジルベールに頭まで下げられた。
ジルベールからしてもアルバートに全てを委ねたかった分、その十分間でアルバートを説得するのに必死だったところがある。
『ティペットを探す気だ。姉君の思考を一度止めて欲しい。お前ならできるだろう』
ステイルからの依頼を叶える為に。
プライドとアルバートへの伝言事項と共に、自分へ向けて記されていた内容をジルベールは静かに思い返す。
時間も限られていた状況でなかなかの難題を任されたものだと思う。しかしアルバートも関わることが今回は幸いだった。自分の言葉でもプライドに気付かせることはできたと思うが、やはり父親の言葉は別格だった。
自分ではティペットを探すなどという無謀かつ危険な真似を強く指摘するところから始めなければならなかった。
残す配慮はティアラに任せつつ、自分もまたプライドがティペットを探すなどという選択の理由を早く知りたいと思う。ステイルがプライドの思考を止める必要があると判断したほどの何かがあったに違いない。そして
「……プライド様は本当に帰国されなくて宜しいのでしょうか」
「……それを決めるのはまだ、私ではない」
最後に見たプライドの顔色に、ジルベールすらも彼女をこのまま城に留めておきたい衝動と戦った。
ラジヤ帝国への潜入が、予想していたよりもはるかに彼女の傷を抉るものとなったことに。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
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