そして潰し合う。
「よっしゃああ!!場所移すの面倒くせぇしここで決めちまおうぜ!!」
人数が多く、遠目にはその発言をした騎士の姿すら捉えるのが難しい大所帯の中、ここで〝決める〟という発言は強かった。
しかも、その声の主に気付けば騎士団でも立場を持つ騎士隊長だ。
隊長格昇進前から騎士団で最も飲み会出席率が高いその騎士隊長は、大勢の注目を上手く掴んだと確信した手応えを逃さなかった。言った者勝ちだと言わんばかりに再び肺を膨らませ、少しでもこの流れの主導権を手放すまいと高台への階段に二段分だけ足をかけ、高い位置へ上がる。
「隊長格二人!本隊騎士一人‼︎その数になるまで素手で潰す勝ち抜き戦ッ‼︎やるなら実力で捥ぎ取るしかねぇだろ‼︎」
そう言いながらも掲げる拳は既に袖が捲られていた。
剣は無しか、試合は、この人数全員で一度に、特殊能力の使用は無しだなと。声が上がる中、アランの響く声は誰よりも主導権を持っていた。
この場で一気に行う素手での勝ち抜き戦であれば、確かにこの場が最も適している。高台前の広場は騎士団全員が整列できるほどの規模を誇り、早朝の一斉基礎訓練だけでなく騎士隊同士の対戦を行う戦場訓練にも使われる場所である。
もうこれが決まりという流れのまま、まるで飲み会の音頭のように楽し気なアランの提案ばかりに注目が集中していく。発言をしているその隊長こそが最も腕節で最強を誇ることを知る騎士には惑いも生じるが、それも次のアランのあっけらかんとした宣言に上塗られた。
「っつーことで!隊長格は俺に奪られたくなけりゃあ纏めて掛かってこぉおい‼︎‼︎一対一じゃ絶対負けねぇぞ‼︎」
わはははははっ‼︎と挑発とも勝利宣言とも取れる発言に、次の瞬間大乗りで隊長格が本気で飛び出した。
今までの何となく密集するだけの足ではなく、戦闘に使う足で地面を蹴る。一部からは「言ったなアラン⁈‼︎」と凄みのある声まで響かされ、他隊の隊長副隊長で連携の打ち合わせまで素早く行われる。素手での戦闘となる以上、最も有利であるアランを先ずは潰すぞと他の隊長格も標的を決めた。
そしてアラン自身、自分の一番近くにいる副隊長へ「お前も遠慮なくかかってきて良いぞ!」と言い捨て背中を向けた。そのまま次の近距離にいる二番隊隊長へと身構える。しかし二番隊隊長が拳を振り上げるよりも、自然物ではない短い風がふわりと周囲に吹き抜ける方が先だった。
ぞわり、と殺気に違いないそれを風よりも先に感じたアランは反射的に喉を反らしてからその場を飛びのいた。次の瞬間にはアランの顔があった位置に鋭い蹴りが過ぎる。
「ッハリソン!おまっ、特殊能力は無し‼︎今回は無し‼︎‼︎‼︎」
「今だけだ」
腕っ節勝負と言ったにも関わらず、まさか一撃目から特殊能力を使ってくる反則者がと出るとは思わなかったアランは、流石に声に焦りが混じった。
ハリソンも今までもあった騎士団での腕っ節勝負の流れで特殊能力不要ルールは頭の中で把握はできている。しかし、あくまで今はアランから遠い位置にいた距離を詰める為だけに使っただけ。一度くらいの高速の足で今更アランが不意打ちを受けないこともわかっていた。
結果、今の特殊能力使用はハリソンの中ではカウントされない。この後の戦闘で使わなければ問題ないだろと自己完結しつつ、今はアランの鳩尾を狙う。
八番隊の中では数少ない殴り合い参加者のハリソンだが、実際はパーティー出席権自体はどうでも良いと思う。
クラークやロデリック、アーサー、そしてプライドまで出席するというパーティーは魅力的ではあるが、あくまで「行くか?」と誘われたら頷いても良い程度。もともと人との関わりが不得意である為、パーティー自体も得意ではなく興味もない。
自分の尽くすべき四人が揃っているからとはいえ、護衛任務ではなくたかがパーティーでは積極的に行きたいとまでは思わない。この戦闘で結果として勝利すればルール通りに出席権へと準じて良いが、あくまでその為に戦闘に参加しているわけではない。
「ッおーい!ハリソンかかってきてるから今が俺潰す機会だぞーッ、とォ‼︎‼︎」
うるさい。
そう思いながらハリソンは眉間を僅かに顰めて拳の空振りからの肘打ちを繰り出した。
しかしそれもすんなりアランには軽く身体の軸を変えるだけで避けられてしまう。特殊能力使用抜きとはいえ、隊長格である自分を前にしてもまだ余裕を見せ、むしろまだかかってこいと言わんばかりに周囲へ挑発を続けるアランに殺気が増した。自分一人では役不足だと言われている感覚に、一瞬剣を抜きかけた。
本隊に上がって間もなく騎士隊長まで昇りつめたハリソンだが、今まで特殊能力抜きの素手のみの戦闘でアランに勝てたことは極めて少ない。それは当然ハリソンだけでなく騎士団全員に言えることだが、それでも完全個人主義の実力至上主義を誇る八番隊の隊長としては煮えたぎる想いでもあった。アランとの素手での手合わせの機会があるのならば、それだけの為に乗ってやる気力を持つ程度には。
今も、高速の足を使ったのはただただ自分より先に他の隊長格にアランが袋叩きにされる前に潰す為だけだ。
一撃一撃一般人相手ならば骨を砕く程度のつもりで拳を振るっているのに、全くアランには当たらない。剣であればアランを叩き倒すことも多いハリソンだが、素手のみではそうもいかない。高速の足無しではアランの身のこなし一つ追うのも苦労だった。
跳ねて空中に浮かんだ瞬間を狙おうと駆け込んだら、空中で身体を捻り逆に顔面を蹴飛ばされた。寸前で真正面には逃れたが、それでも頬を打ちアランの靴の泥が顔に飛沫いた。
「地面に尻ついたらさっさと退けよー‼︎」
それどころか声を張る余裕がまだある。
気絶か降参、もしくは地面についた手足以外をついた時点で負け。それもまた、ハリソンもアランに言われずとも理解している。蹴り飛ばされた直後、地面へ背中からでなく受け身で身体を翻し両足で着地したハリソンに、アランとの一対一が叶ったのもそこまでだった。
次の瞬間にはハリソンが飛ばされた隙にと、別方向の二か所から二番隊の隊長副隊長が連携の取れた動きで襲い掛かったところだった。隊長格三人を相手に、アランもやっと軽口を言う余裕もなくなる。血色の良い顔で嬉々としそれを迎えた。
……
「アラン……あいつは、全く……」
ハァ……、と。
アランの激戦区とは敢えて対局の位置へと離れた隊長格の一人は、遠目でもわかる明らかな暴れっぷりに前髪を指先で挟み払った。
いつの間にか彼の提案の所為で話し合いの間もなく全体が殴り合いでの生き残り戦に突入してしまった。人を先導する力と見れば関心できなくもないが、アランの場合はそれが狙っての策や心理戦ではなく完全に天然の社交性とノリでやっているからある意味恐ろしい。
本来であればこれだけの大規模人数での選出方法ならもっと平和的な方法があった。
ただでさえ今回は強さも腕節も関係ないパーティー招待権。戦闘の強さを競う必要もなければ、もっと平和にくじ引きでも飲み勝負でも方法はいくらでもあった。それを敢えて腕節勝負へ強引に推し進めたのは、間違いなくアラン本人にとって最も招待権獲得の可能性が高いからだろうと考える。……たとえ自分が集中狙いされようとも、袋叩きにされようとも絶対に。
アランが入隊してから、演習ではないこういった有志での腕節勝負でだけは常勝を誇るのを同期である彼はよく知っている。
今や騎士隊長にまで昇進したアランに腕節単体で必ず勝てる相手など騎士団長のロデリックくらいのものだ。そして今回そのロデリックが参加しない以上、騎士隊長の二枠中の一つはどうやってもアランが最終的には捥ぎ取るのであろうと今から予想する。
「!そこにいたかカラム‼︎」
ふと、声を上げられカラムはすぐに身構え目を向けた。見れば自分と同じ隊長格の一人が目を見開いて駆け込んできている。
とうとう見つかった、と思いながらも意外と時間を稼げたものだとカラムは頭の隅で考えた。アランが殴り合いを始めてから人数もかなり絞られ、既に戦況も中盤に差し掛かっていた。
勢ぞろいでもたった二十人しかいない隊長格は、その他大勢の本隊騎士から同じ隊長格を探すのにも苦労する。大立ち回りをしているアラン以外、一度密集し混ざった雑踏の中で特殊能力も無しに隊長格を特定するのは困難そのものだった。ただでさえ全員同じ白色の団服を着ているのだから。
団員同士で立場によって装飾や丈などの違いはあろうとも、密集した中では一目で判断がつくものではない。本隊騎士達も、自分達の椅子がたった一つしかない中で隊長格に喧嘩を売ろうとは思わない。
そしてカラムは敢えて目立つアランとは最も離れた位置へ早々に移動も済ませていた。アランが大声で殴り合いを提案し出した時点で、彼の周りが激戦区になることは目に見えた上での避難でもある。
隊長格が一か所に集まり目に付いた相手から拳を振るうような場所に一緒に集まるよりも、離れた場所でもう一枠を競い狙う方が現実的である。何より、カラム自身特殊能力無しの肉弾戦では自分もまたアランにまともに戦っても勝てないことはよくわかっている。
可能性としては他の隊長格と結託して策を練った上の五分五分だ。そして、いくら漁夫の利を狙おうとアランの体力が底なしであることも嫌というほどよく理解している。
きちんと話し合った上で隊長格と本隊騎士でせめて殴り合いを行う会場と形式を変えたらこんなことにはならなかったが、こうなったからにはその状況を利用しない手はない。
結果、アランから離れ他の本隊騎士には目についても素通りされたカラムは、中盤に至って未だ体力も温存できた完全無傷だった。
いくぞ!と勢いよく地面を蹴って突撃してくる六番隊隊長に、カラムはあくまで構えるのみで慌てない。三番隊として後衛組の作戦指揮が主流のカラムだが、それでもあくまで〝隊長〟であることは変わらない。
たとえ怪力の特殊能力を封じられていようとも。
地面へ叩きつけるべく、先に肩を掴まれた。しかしその腕を逆に利用し、相手の勢いのままに身体の重心を移す。前のめりにバランスが崩れたところで横から不意を突くように肩へと回し蹴る。
次の瞬間には掴まれた筈のカラムの方が、相手を弾き飛ばしていた。
飛ばされた隊長もまた、その程度では負けはしない。不十分な態勢のまま地面に付きかけたが、その前に利き手で地面を突き返し膝で着地した。
正面から馬鹿正直に攻撃を繰り出したところでカラムを一撃にとは思っていなかった隊長だが、それでも難なくはじき返されたことに歯噛みする。カラムより経験も年齢も上の隊長だが、奇しくもカラムは〝後衛〟隊長だ。
後衛だからといって敵と直接交戦しないわけではない。むしろ敵の奇襲からは背後を守り、補給経路の確保や撤退時は迫る敵を相手に逃げ道の確保を担う時もある。
しかもカラムはその後衛組でありながら連続最優秀騎士隊長記録更新中の男でもある。六番隊も勿論銃撃や狙撃だけでなく、距離を詰められた時の近接攻撃にも対応はしているが、三番隊隊長が強敵であることに変わりはない。むしろ、カラムにとって肉弾戦はさておき特殊能力抜きでも力圧しの戦闘は得意分野に数えられる。何故ならば
「カラムッ!本当に特殊能力使ってないだろうな⁈」
「当然だ」
短く答え、時間を稼ごうとする相手の策に乗るまいと今度はカラムから早々に決着をと距離を詰める。
特殊能力使用禁止な以上、カラム自身がどれほどうまく偽装できようとも怪力の特殊能力は決して使わない。それは六番隊隊長も聞かずともわかっていれば、実際全く疑ってもいない。しかし一対一で不利な以上、ここは時間を稼いで他に隊長格の誰かが現れ混戦することが最も自分にとって効率が良い。カラム自身それを避けるべく体力温存も込みで身を潜めていたのだから。
相手の隙や不意を打つことに優れた六番隊隊長相手に、カラムは慢心も油断もない。
懐へと駆けこんでくるカラムへ、隊長が一歩後退で間を取ってから飛び跳ねる。本来であればこの空中の一瞬で銃を抜いていたが、今は使えない。宙返りし、駆けこんでくるカラムの正面から一瞬でその背後へ回り込むべく狙う。……が、
ガシリ、と今後はカラムの方が着地前の隊長の足を跳ね掴み、瞬間今度こそ落下の勢いのままに地面へと叩きつけた。
ズガッッ‼︎と中途半端な受け身しか許されず地面へ墜落させられた隊長は、その時点でルール上敗北決定だった。
なんとか手足だけで着地を済ませたかったが、重力と勢いを全て利用され、掴まれた足を振り払う間もなかった。
だああああ負けた‼︎とあまりにも間抜けな態勢の着地と敗北に悪態を尽きながら叫ぶ隊長は、放された足ですぐに立ち上がる。
「お前は素直に一番隊のアランと闘え‼︎今のハタから見たら特殊能力使ってるって疑われてもおかしくないからな!気を付けろ‼︎‼︎」
「気を付けよう。だが、アランの身のこなしは私と相性が悪過ぎる」
少し乱れた前髪を指先と整えながら言葉を返すカラムに、次の瞬間には「本当にお前そういうところは昔から可愛げないな‼︎」と完璧すぎる彼への嫌味と賞賛を込めて怒鳴った。騎士隊長に大躍進したカラムの経歴も知っている彼は、カラムが新兵の頃もよく知っている。
接近戦でも隙のない強さを誇るカラムだが、それ一本では特にアランには勝てない。怪力の特殊能力者として力押しでの戦闘でどういった攻撃や反撃が最も手こずるか熟知しているカラムは、逆にそれを逆手に取る方法にも長けている。自分の弱点をそのままにするわけもない。
だからこそカラムにとって相手からの力圧しの戦闘は特殊能力有無関係なく、得意分野にも数えられた。
しかし、アラン相手にはそれも上手くいかない。
力押しという意味では同じ理由で戦闘での対応も簡単に思えるが、アランの場合は身のこなしが常識を超えている。いくらバランスを崩させようとも力押しを逆手に取ろうとも、一瞬で立て直し反撃にまで転じてくる。
身体能力が並外れたアランは足も速ければ身のこなしもやはり速過ぎる。怪力の特殊能力がなければアランには腕力でも勝てず、ならばと隙を伺い次の手を読み合う持久戦に持ち込もうものならば体力馬鹿であるアランに必ず自分の方が膝を付かされることは目に見えている。
「それでは私は場所を変える。お前も巻き込まれる前に退くように」
隊長格同士結託する者はアランに集中している今、偶然でもない限り隊長格は一対一の勝負になる。
ならば一度見つかった場所からは移動し、他の配置で次なる挑戦者を待とうとカラムは速足で気配を消し移動を始めた。
殴り合い敗退が決定した六番隊隊長は、肩を落としながらも最後は手を振った。
隊長に昇進するまでは自分に敬語を使っていた若い騎士が、今では隊長職も板について自分と同等に話せることに若干の成長と可愛げのなさを感じながら。
……
「……終盤までは……残れた、か……?」
はは……、と若干枯れ気味の笑いを溢しながら本隊騎士は額の汗を手の甲で拭った。
終盤、と言っても人数としては最初の密集感覚がなくなっただけだ。それを終盤かと思えたのは、本隊騎士を残し隊長格の方は早々と生き残り二名が定まったことが大きかった。
アランの高らかな勝利の雄叫びに、まだ一人に絞られていない騎士達も一瞬手を止め振り返った。
相手はたった二十人以下とはいえ、隊長格同士の戦闘がこんなにすぐ決着に着くとはと改めて畏敬を感じた。目の前の敵を倒せば良い自分達と違い、騎士隊長は同じ隊長格を探しその上での戦闘。しかも、アランに至ればあれだけ大見得切って隊長格達へ自ら集中砲火させたのにその上での勝利だ。
今も、元気よくその場で飛び跳ねながらもう一人生き残った三番隊騎士隊長に「折角だし一番決めるか?」と提案し即答で断られている。
─ 残れる気、しないなぁ……
はぁ……。と、物悲しい溜息を吐きながら騎士はそれでもまた目が合ってしまった騎士と闘うべく身構える。
勝利者褒賞があまりにも魅力的過ぎて退くこともなくそのまま殴り合いに参加をしてしまったが、この中でまだ本隊騎士になって一年ちょっとの自分が勝ち残るなんてと思う。数年前までは本隊騎士になることすら諦めていた身だ。
序盤で他の騎士もそうしたように、なるべく自分と同じ経歴や年代と実力の騎士を探し選び挑むを繰り返し、幸いにも継続して生き残れた。
しかしこのまま数が絞られれば自分と同じ本隊経歴や年代の騎士も見つからなくなるだろうと考える。当然自分と同じ年代でも本隊歴が長い騎士も、比べ物にならないほど優秀な騎士もいるだろうことは彼もわかっている。今も、とうとう目が合ったのはどちらの経歴も自分より上の騎士だ。
しかしそれでも殴り飛ばされる最後まではやはり憧れの人への謁見が諦めきれず、今もこうして必死で藻掻く。
一瞬で視界から相手が消えたと思えば、すぐに足元だと頭が理解した。下を確認する間も惜しく、その場で地面を蹴れば、自分の足を蹴り払おうとしていた騎士の頭に視線の照準がちょうど合った。
隙は逃すまいと空中で足を振り蹴れば、幸いにも相手の後頭部に当たり「ぐおっ‼︎」という呻きと共に相手の方が横に転がった。
「いてて」と言いながら蹴られた頭を押さえる騎士が、周囲にうっかり踏まれる前にと起き上がる。そのまま悔しそうに負かしてきた相手を軽く睨んだ。
「エリック!お前この前まで反撃どころか避けるのもできなかったよな……⁈」
足元に弱くてよく転ぶことが多かったのに‼︎と、上手くエリックの弱点を突いた筈が反撃を受けた騎士は、声に出して確認する。
他の騎士の弱点と自分が勘違いしたかと騎士も思ったが、エリック自身もよく覚えがあった。続けて「腕上げたな‼︎」と変わらず怒ったような顔でしかし褒められれば「ありがとうございます」と苦笑してしまう。
しかし、今のは反撃できたのも運が良かっただけで、避けるのもたまたま自身の一番隊の隊長であるアランの戦闘を覚えていただけ。
特殊能力もなく一番隊で戦闘の実力を認められているアランを尊敬し、演習だけでなく戦闘中もなるべく観察すれば考察せずとも目の前から消えたら上か下ということを学んだだけだった。
アランであれば上か下か確認した後で、下へくぐるか飛び跳ねるかの判断も的確に間に合ったが、自分では間に合わない。相手がたまたま普段の演習でも足元からの攻撃を得意とする相手だから下だと理解できただけで、今のがちゃんと〝避けた〟や〝反撃〟といえるか自分の敷居では言い切れない。敢えて言うならば、確かに昔と比べて今はうっかり転ぶことは減ったと思う。
「ブレアさんが足元を狙うことは何となく覚えていたのッ、で⁈」
はっ‼︎と。途中でエリックの顔色が変わり、振り返る。
背後に身体を捻らせた直後、ここは気配を感じた時点で振り返るより避けるできだったと気付いたがもう遅かった。
今回、形式の戦闘ではない乱闘戦に近い以上、一対複数で挑むことが許されるのと同じように不意打ちや背後からの奇襲も許容範囲内。負かした相手とのんびり談笑する騎士など背後を狙われて当然だった。
振り返った時には「隙あり」の言葉もなく、油断していた自分の顔へ横から拳を叩き出してこようとする瞬間だった。
振り返る動作で残されたコンマ秒の間も消耗し、エリックは防衛的に奥歯を食い縛ると同時に自身の腕を盾にし顔を庇った。
寸前で幸いにも間に合い、不意打ちの拳は横面ではなくエリックの腕を鎧越しに響かせるだけで済んだ。ジンジンとした痛みに、どちらにせよ奥歯に力を込めたエリックは衝突の間で与えられた膠着の秒を逃さない。
庇った腕を僅かに屈折させ、そのまま今度は自分が相手の額へと肘を打ち込んだ。ゴン、と上手く直撃したが、それでよろめかせるには至らない。しかし目の近くである額への攻撃に、額の筋肉が収縮し眉間から視界が狭まり相手に隙ができた。
その一瞬に、腹へと身体を捻らせ後ろ蹴りを叩き込んだ。視界が狭まった一瞬での適格な鋭い一撃に息を詰まらせた騎士は、受け身は取れたが奇しくも今回の規定では敗北の体勢での受け身となった。
不意打ちを狙った騎士はエリックと同期だった騎士だが、負けたことに両手で認めるポーズをしながらエリックの腕力を見誤ったことを反省する。
新兵の頃は自分の方が遥かに腕力もあれば剣術も良かった。本隊入隊試験では剣で負けたが、まさか腕力まで負けているとは思わなかった。新兵の時にメキメキと実力を伸ばし一番隊入隊まで認められるまでになったエリックだが、きっと一番隊になった後もあの時以上に鍛えたんだなと静かに思う。自分も本隊になってからも努力は怠らなかったが、エリックはそれ以上だった。
何か言ってやりたかったが、もう人数も見通しもよくなっている今、今度こそ会話の間もなく次の対戦相手へとエリック自ら駆けていった。
人数が少なくなった今、エリックも素早く対戦相手を選ばないといけない。
強い相手は強い相手同士で消耗して貰い、自分はなるべく肉弾戦のみならば勝率がありそうな相手を選ぶ。仮にも一番隊である以上、他の隊よりも近接での戦闘には利もある。
一番隊二番隊、八番隊、できれば三番隊四番隊も避けて他隊の騎士を優先的に相手にしたい。
剣や銃、騎馬等とにかく広い戦闘手段も許可されているような模擬戦であれば、他隊相手でも後出しカードのように相手の得意としない土俵の戦術を持ち出して戦えたが、今回は良くも悪も一番隊得意の近接戦のみ。
新兵の内に全ての技能知識すべてを平均以上をと目指し鍛え抜いたエリックだが、ここではその努力も殆ど効果がないと思考の中だけで頭を抱える気持ちになる。自分のように平凡な人間が、たった一つに突出しないと勝てない条件戦でここまで生き残れたこと自体が幸運だと思う。
そう思考した矢先に、今度は七番隊の騎士と交戦することになった。やはりここまで生き残っているとなれば、今回も自分より全ての経歴が上の騎士だ。
うわー……と心の中で唱えながら、呼吸を整え身構える。自分より明らかに上の相手に銃や剣へと手が伸びかけたが、拳を握って思いとどまった。ルール上、今それを使用はできない。
七番隊もまた、近接戦闘は優先順位の高い演習項目だ。救護や怪我人の状態把握だけでなく、騎士である以上動けない重傷者を庇いながらの治療や救護など戦闘も求められる。
エリックにとって自分よりも格上で更には近接戦闘が得意である隊員だ。
七番隊かあああと、エリック自身今すぐ相手を変えたい気分ではある。しかし、もう他を見ても残っている割合は一番隊や二番隊、三番隊が殆どだ。
目が合ってすぐに身体が温まった状態からの回し蹴りに、エリックも両手が地面に付くほどに勢いよくしゃがみ込む。
あまりに鋭い蹴りに、反撃しやすい体勢でしゃがむこともできなかった為、反撃するにも時間がかかった。
立ち上がろうとした瞬間、今後は流れるような踵落としが繰り出され両腕を交差しなんとか受けきった。あと少し腕力が足りなければ、あと少し反応が遅ければ間違いなく顎から地面に全身を叩き付かされているところだった。
交差する両腕で相手の真正面へ地面に踏み込み押し出せば、すぐに騎士も足を引っ込め態勢を整えた。
その引っ込める一瞬の間にエリックも騎士の懐へと突っ込む。判断に間違いはなく、ほんの僅かだが攻撃する間も得られた。相手の体格から恐らく可能だと、力勝負へと持ち込もうと肩と腕へと掴みかかれば相手もすぐに応じて来た。
ギギギ、と互いの力が拮抗し僅かにエリックの方が下回る。
持ち込んだ勝負で逆に押し負けかけ、ここで第三者に狙われれば共倒れするほどに膠着する。掴み合う腕と共に顔も息がかかるほど互いに近付いた。その瞬間奥歯を噛み締め続けたエリックは大きく頭を反らし、騎士の眉間へと勢いよく頭突きを叩き込む。
ゴンッッ!!と鈍器でも使ったような音と共に、流石に騎士も視界が一瞬眩み力が鈍った。
そこでエリックは頭突きの勢いのまま地面を蹴り、なんとか相手を背中から押し倒す。背中で敗北が決定した瞬間、気が抜けたように騎士から「いってぇええ……」と呻きが漏れたが、エリックはその倍痛かった。
自分でも額が割れたんじゃないかと片手で押さえながら、ただ熱いだけで血は出てないと確認する。
しかし頭突きした瞬間には自分も頭が酷く眩んだし、しかも押し倒せたのも半分自分は前に倒れ込んだだけに近い感覚だった。その上、今もこんなに頭が痛く響いているのを自覚すると、頭突きはどうやら自分の戦闘には向いていないなと静かに理解する。
アランを始め、他の騎士も戦闘で時々奥の手として見せる戦法だったが、自分では逆に怯んだ隙を打たれかねない。
「あと……何人……」
激痛で一時的に頭が覚めてしまった。
残りがまだまだ何人もいるのだと悟りながら顔を上げ、いつの間にかさっきの更に四分の一まで減った数と共に、もう自分が正面対決して勝てるような相手はいないんじゃないかと考える。少なくとも残っている全員が自分より本隊騎士歴の長い猛者だ。
戦闘を何度も繰り返した後でフラついてこそいるが、元副隊長や元騎士隊長も含まれている。
どちらかといえば元新兵という名札が相応しい自分が、何故未だに生き残っているんだろうと刹那に思う。しかも自分もなかなかフラついている。
今はお互い歴史を持った猛者同士での戦闘が行われているが、ここに立っている以上いずれは自分もそこに突っ込まなければならない。
なるべく強敵の中でも相手を選び、できる限り猛者は後回しで。自分程度が隙を突いて倒れてくれるような相手は本隊騎士には居はしない。しかも今は勝ち抜き戦だと。そう自分の中の現実を一つ一つ反芻し飲み込んでから、エリックは再び戦うべき相手を見定めた。
今度こそ負けるかなぁと過りながらも、負ける瞬間までは諦めも手も抜けない。自分にも生き残り全員にも得意項目である素手の殴り合いでただ挑む。
……僅か本隊騎士二年目である自分が、歴戦の騎士達と共に生き残れるようにした判断や分析力、戦闘技術全てが総合して騎士としての〝実力〟なのだということにあまり自覚はない。
最後、大勢の歓声の中生き残り勝利の栄誉と招待権を得たが、相手の過度な疲労による幸運な勝利だったとエリックは驕ることなく判断した。
一番隊として更に頭角を現すのは、もう少し先の話である。
本日、ラス為コミカライズ3巻が無事発売致しました…‼︎
本当に嬉しいです。皆様ありがとうございます…‼︎
是非とも、松浦ぶんこ先生のラス為をお楽しみ頂ければ幸いです。
コミカライズには、松浦ぶんこ先生の素敵な描き下ろしと共に作者からも書き下ろしを書かせて頂きました。
是非楽しんで頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。
また、活動報告更新致しました。