そして新年を迎える。
「あ、来た」
「ヴァル!皆こっち来ましたよ!」
壁に寄り掛かり、明らかに酒らしき物体の入った透明のカップを手にしている男性を挟み、少年少女がかるめ焼きとリンゴ飴を片手にティアラ達を指差した。
あー?と面倒そうな声と共に鋭い眼光を向ける男は、視線の先にプライド達を捉えた途端眼光と共に顔を歪めた。面倒なことになりやがったと口よりも先にその顔が嘆いた。
ヴァル。プライド達と同じ学園の普通科に通う彼は、当然ながら本来ならばここに居るはずがない。彼女達は今、公的な年越しパーティーの為に学園から遠く離れた地にいるのだから。
「なんでよりにもよってこんなしみったれた出店通りにきてやがる。ガキなら大通り歩きやがれ」
「ッそんな話をする場合じゃないでしょう⁈なんで貴方達までこんなところにいるの⁈」
「セフェク!ケメト‼︎あけましておめでとうございますっ‼︎」
「取り敢えずその酒を今すぐ捨てろ。そして出店に謝れ」
「足元の酒缶もテメェだろ‼︎‼︎」
言いたい事とツッコミが追い付かず、古びた出店列を前に大騒ぎしてしまう。
あけましておめでとうございます!あけましておめでとう、ちゃんとゴミ箱に捨てろ足で蹴散らすな、お前がいた所為で店に客が寄り付かなかったんじゃないのか、言われたそばからまた呑むな、地面に流し捨てるな‼︎と、現状説明を行う前に会話がいくつも錯綜した。
最終的にヴァルが飲み干した空き缶をセフェクとステイルがゴミ箱に捨て、ケメトとアーサーが代わって「お騒がせしました」と出店へ謝りリンゴ飴と焼きそばとお面を、そしてティアラがかるめ焼きを買い始めてから話は始まった。
「あの秘書から呼ばれた。テメェらがこっちに降りてきたら遠巻きに監視と安全報告しろってよ」
そう言ったそばからスマホを片手にプライドへ向けて弄るヴァルは、明らかに写真を撮っていた。厚手の黒地ジャンバーを着込んだ柄の悪い男は、警察にでも見つかれば間違いなく職質な上に盗撮だ。
勝手に撮るなとステイルとアーサーがそれぞれの位置から声を揃えるが、ヴァル本人は全く悪びれない。むしろ「撮ってやってる」と言わんばかりにうんざりと空を仰いだ。
「ジルベールだと⁈どういうことだ、お前がいなくても護衛ならばアーサー以外にもいる。大体お前が呼ばれたのはいつだ。俺達が外出を願い出たのは昨日の」
「知らねぇな。俺が命令されたのは一週間前だ」
旅費も出す、宿泊場所も用意する、日給も出せば飲食の費用も請求して構わない。プライド達がもし境内や出店に降りてきたら、接触しなくても良いから無事でいる報告を写真と共に送れと。
そう説明しながら、ヴァルはガシガシと頭を掻いた。
現在総理秘書を担っているジルベールに雇われ裏で色々と仕事をさせられているが、まさか年末年始におもりを任されるとは思ってもみなかった。しかも、あくまで「降りてきたら」という可能性だけだ。ジルベールの読み通りプライド達が来なければ、時間までずっと彼女達を探し続けないといけなかった。
不満をままに思い出し舌打ちを零せば、ヴァルよりも遥かに不機嫌な黒い気配がステイルに満ちた。
「つまり、……ジルベールは俺達がここに来ることも最初からお見通しだったということか……‼︎」
「……想定外は私達が無断で抜け出さなかったことくらいかしら……?」
あはは……と、プライドもステイルに続いて推測する。
ホテルに到着してから周辺地域の状況を把握し提案したステイルと違い、ジルベールは宿泊場所が決まった時点でこうなことを読んでいたと。そしてパーティーの合間にプライド達がもし無断でホテルを抜け出したとしても、最低限の護衛と安否報告者としてヴァルを呼び出した。
それを理解したところで、若干の敗北感と共にステイルはぷるぷると拳を震わせた。実際は両親であるアルバートとローザに許可を得てからの外出だったが、それ以外は全てジルベールの手のひらの上だったことが腹立たしい。
流石ジルベールさん…‼︎と、プライドが改めて敏腕秘書へ畏敬と恐ろしさを感じる中、そこで今度はパシャリパシャリと音が響いた。その音に三人が揃って顔を向ければ、ヴァルがまた性懲りもなくスマホのカメラをステイルとプライドに向けている。
敢えてシャッター音を入れて今度は撮ってくる愉快犯に「撮るな‼︎‼︎」と苛立ちのままステイルが怒鳴ったが、ヴァルもヴァルで「仕事なんでな」と嫌な笑みを浮かべるだけで止める気配もない。むしろジルベールの暗躍に怒り狂うステイルの写真は、報告にもなかなか喜ばれるだろうと考える。酒を没収された所為で余計に今は手が空いている。
「用が済んだならどっかいけ。お偉いさんが俺らと一緒なんざそれこそ撮られちゃ終わりだ」
「わかってるならば最低限身の振りを考えろ……‼︎」
酒を飲んで屯する未成年の極悪顔というのが問題だと言わんばかりにステイルが声に圧をかける。
プライドとこの男に在らぬ噂を掛けられてたまるかと二人の間に立つが、その図もまたヴァルにパシャリパシャリと撮られた。せめてそのあからさまな音を消せと怒るが、全く効果はない。
そうしてる間にも、お詫びに出店の商品を買ってきたアーサーとケメトも戻ってきた。
「ヴァル!アーサーがお面買ってくれました‼︎」
「あっずるい‼︎私も欲しかったのに!」
額にお面をかけて駆け寄ってくるケメトに、さっきまでヴァルの隣にくっついていたセフェクも声を上げる。
ヴァルと共にこの通りで控えていたセフェク達だったが、リンゴ飴とかるめ焼きしかまだ買ってもらっていない。食べ終わったらケメトと一緒に選ぼうとこっそり考えていたお面店を先取りされてしまったことにショックを受ける。
思わず怒ったように声を上げたセフェクに、虎のお面をかけたケメトも「じゃあ僕がセフェクのを買いますよ!」と返すが、そこで満足もできる状況でもない。
「わりぃ、ケメトが一緒に謝るのと…その、俺らの飲みかけの甘酒も飲んでくれたンでお礼に……」
「甘酒飲んだの⁈私まだ飲んでない‼︎‼︎」
「セ、セフェク!ケメトの飲んだ甘酒の方は本当に飲みかけの半分だけですよっ。それにほら、お土産に焼きそばが」
「あー?なんだレオン。年明け早々掛けてくるんじゃねぇよ、うざってぇ」
「ヴァル‼︎貴方もこっちの話に入りなさい‼︎‼︎」
なに電話出てるの‼︎とプライドは、ぷんすかと怒り出すセフェクへ背中が丸くなるアーサーとケメトの間に入るティアラの奮闘も無視し、着信に迷わず出るヴァルに怒鳴る。
しかし全く聞く耳持たないと言わんばかりにヴァルはプライド側の片耳を塞ぎながら平然と会話を続ける。「明けましてじゃねぇよ」と言いながら、プライドのお叱りも関係なく電話の相手へ舌打ちする。
その間にもセフェクとケメトの間でアーサーとティアラもアワアワし、ステイルもジルベールへの苛立ちをふつふつ煮立たせる状況は新たな客避け兼営業妨害だった。
「テメェのお偉いパーティーなんざ興味ねぇっつっただろうが。海上パーティーだかなんだか知らねぇがこっちは─……、…ちょっと待て今代わってやる」
ニヤリ、と。さっきまで電話に集中していたヴァルが突如として思い出したようにプライドへ目を向ける。
ヴァルが突然電話を取ったところに気付いただけで、電話の相手までは聞いていなかったプライドもこれには目が丸くなった。お偉い、海上パーティーと聞けば今年の年末年始はどう過ごすか話した時の盟友を思い出す。
無言のまま強引にスマホを自分の耳へと押し付けられ、仕方なくプライドも自分から持ち受け取れば「もしもし?」と電話の向こうへ投げかけた。
『……プライド……⁈あれ、君って確か今はフリージアじゃ……?』
「レオン⁈あ、えっと…これは‼︎」
きゃあああああ⁈と、電話片手にあたふたしてしまう。
うっかり普通に出てしまったが、今は本来ならばパーティーの合間中。そんな中にまさか抜け出して出店周り中なんてと、王族もしての品位と意識が誰より高いレオンに言って良いものか考える。
取り敢えずは「あ、明けましておめでとう⁈」と遅れた新年の挨拶で遠回す。しかし、お互いに挨拶を終えればすぐにレオンから「どうしてこんな時間にヴァルと……?」と核心を撃ち込まれる。
紫色の瞳を白黒させながら慌てふためくプライドをニヤニヤと眺めるヴァルは全く助けようとする気配もない。むしろこの図も録画してやれれば良かったと、愉快犯思考しかない。
どこまで話して良いものか、夜遊びなんてレオンに新年早々叱られないか、しかも段々レオンの口数が少なくなっている気がすると焦るプライドに、そこで異変に気付いたステイルがそっと救いの手を伸ばした。
電話を、と。言葉にしなくても静かな動作と落ち着いた表情だけで示すステイルに、プライドも「ちょっと代わるわね」と早口で告げ託した。
「もしもし、俺です。弟の。申し訳ありません、今少々安易に名乗れない場所におりまして」
明けましておめでとうございます、と。
冷静な声で告げるステイルの言葉に、電話口のレオンもそこでやっと腑に落ちた。新年の挨拶を返しながら、そうかプライドだけではなくステイル王子もと理解を改める。てっきり深夜に近い明け方に、自分が把握していない間にそこまで発展したのかと驚いていたレオンもやっと口が調子を取り戻した。
そのままステイルから、パーティーの合間に両親の許可と護衛を得て近所の神社に来ていること、そして護衛役に任じられたヴァル達に遭遇したところだと説明すればレオンからも軽やかな返答が放たれた。
良いなぁ、僕も一度行ってみたいと話を弾ませながら、新年早々プライドと挨拶ができたなんて運が良かったと頭の中で遅れて思う。
刻々とプライドとヴァルに代わって説明をするステイルに心から感謝しながら、プライドは改めてぐいとヴァルの腕を引っ張った。貴方もセフェクとケメトの間に入ってあげなさいと早口で伝えれば、引っ張られるまま「うぜぇ」と面倒そうに酒臭くなった口を開く。
「男の腕を引くなんざ、一号は新年からゴシップがお好みらしい」
「貴方が動かないからでしょう⁈私はゴシップを望んだことなんて一度もありません‼︎‼︎」
もう!と、相変わらずの呼び名で呼んでくるヴァルに目を尖らせながら睨む。
自分がそう呼ばれるのはもう慣れたが、ステイルやティアラまで二号三号と呼ぶのはやめて欲しい。最初の頃は何度か注意もしたがその為に「何号でもバケモンには代わりねぇだろ」の一点張りだ。
プライドがセフェク達の元にヴァルを引っ張り込んだ時には、既にケメトと仲良く二人で焼きそばを啜っていた。が、まだセフェクの目は若干とんがったままだ。
その様子に大きく溜息を吐くヴァルは、「また食ってやがる」と呆れを口にしながらおもむろにケメトへと手を伸ばす。
既にここで控えるまでに、たこやきとお好み焼きとじゃがバターとコロッケとお汁粉とベビーカステラを三人で食べ漁った後である。しかもケメトとセフェクの手にはそれぞれカルメ焼きとリンゴ飴がある。それをティアラに持って貰い、温かいうちにと今は焼きそばに夢中だ。
ケメトの額に掛けられたトラのお面を指で摘み、取り上げる。
その途端セフェクから「ちょっと!それケメトの‼︎」と姉らしい注意がヴァルへと入るが無視をする。丸い目で見上げるケメト自身は、姉と喧嘩になりかけたそれの没収にそこまで異議はない。
取り上げたお面を手に、ヴァルは何の前置きもなくそれをプライドの頭へと強引に被せた。
ケメトのように額へでなく、本来の使い方通り全顔隠すように被せられれば小さな穴しかない視界に流石のプライドも「ちょっと⁈」と素っ頓狂な声をあげてしまう。
いきなり第一王女へお面を被せる暴挙に、止めに入りかけたアーサーとステイルと遠巻きの護衛だが、すぐに止まった。やることは無礼極まりないが、結果としては良い変装でもある。
もともと厚手のコートと動きやすい格好に帽子とマフラーのプライドは、女性にしてはの高身長も相まって顔を隠せば男女の判別も難しくなる。女性らしいウェーブがかった真紅の髪は隠し切れないが、目立ちやすい整った顔立ちを隠すだけでもすれ違う一般人からは振り返られることはなくなる。
「それやるからとっとと出てけ。参拝どころかこんな入口でだべってんじゃねぇ」
バチンッ!
視界を広げるべくプライドがお面をずらそうとするが、そこをヴァルからデコピンを繰り出される。
「きゃっ⁈」と、狭い視界で何が起こったかもわからず額をお面越しに押さえるプライドだが、視界がまともでない中では防ぎようもない。文字通り追い立てられるように、続けてまたバチン!バチン!バチン‼︎とデコピンが連続で打ち込まれ、顔ごと背後に反った。お面越しで痛くはないが、衝撃と何よりプラスチックならではの痛々しい音が耳に響く。
ちょっと!待ちなさっ、やめなさい!もうっ‼︎といくら言おうとプライドが後退するまで断続的に強烈なデコピンが褐色の指から繰り出される。
「やるってこれケメトがアーサーに買ってもらったやつでしょ⁈」
「ガキ共には纏めて買い直すからいらねぇ。もうこっち来んじゃねぇぞ」
バッチン‼︎‼︎
きゃあ‼︎‼︎と、発言と同時にまた放たれるデコピン攻撃にプライドも本気で眉間に皺を寄せる。タピオカのカップが大きく傾いた。
思い切り目の前に向けて拳を振りたくなったが、見えない視界でセフェクとケメトの「ヴァルが買ってくれるの⁈」「僕!セフェクとお揃いが良いです‼︎」と嬉しそうな声が聞こえれば、振り上げたグーがそのままぶつけることもできず降ろしてしまう。
やった!と声を合わす二人の歓声に、プライドはお面の下でムムムも唇を絞ったまま黙した。するとまたバチンッ‼︎と虫でも弾くようにヴァルから追いやられる。
「行きましょう姉君。俺達が移動すればどうせコイツも遠巻きに付いてきます」
いい加減にしろと、これ以上デコピンをさせまいと再び二人の間に入り腕で庇う。そのままステイルが反対の手でヴァルへと通信の切れたスマホを突き返した。
行くぞ、とそのまま一言かければティアラもアーサーもセフェク達にりんご飴とカルメ焼きを返し、その場を離れた。
前がよく見えないプライドをステイルが手を取り進む。ティアラが自分とプライドの分のりんご飴とかるめ焼き、そしてアーサーが焼きそばを2パック抱えながらそれに続いた。
結局はとんだ不良に絡まれたと。そう思いながらも、大量の食糧を手にプライド達は今度こそ真っ直ぐに神社の参拝所へと向かった。
……
「あっ!出ました‼︎初日の出!初日の出ですよっお姉様!兄様!アーサー‼︎」
ホテルの大広間一面の窓から出た大規模バルコニー。
そこで元気良く声を上げたティアラは、ポッと上がる太陽を指差しながら携帯を構えた。彼女だけではない、出席者の多くがカメラを構えている。携帯から本格的な一眼レフカメラ持参まで幅広い。
初詣を無事に終え急ぎホテルへ帰還した彼女達は、今は正装でそこに立っている。
帽子で乱れた髪もプロによりセットし直され、着替えた着物には皺一つない。年越し前に着ていた着物とはまた異なる色合いの着物に着替えた三人姉弟妹に、お色直しと考えてもまさか抜け出して初詣と出店に行ったと推理する者はいない。
最初のパーティーと同じスーツ姿のアーサーも、あくまで騎士団長の家族として出席を許された青年が数時間不在だったことに誰も気にしない。他にもパーティー前後で自室へ帰った者や、そのまま今も不在で部屋で休んでいる招待客はいる。
パシャリ、パシャリ、パシャッ!
そんなシャッター音が続く中、四人も揃って写真を撮る。他の招待客とも誘われるままに撮影会を繰り返す中、その合間も特にティアラのシャッターは止まらなかった。
初日の出が完全に上り切ってから早速大好きな姉達に自分の成果をスマホで披露する。
「!すっごく綺麗!流石ティアラ!まるでプロみたい‼︎」
「すげぇ、…ですね。自分も何枚か撮りましたけど、こんな綺麗には駄目でした。反射したり、ぼやけたり」
「良く撮れているな。特に七枚目はかなり良い」
三人に絶賛され、ほんとですかっ⁈とティアラも声が跳ね上がる。
昨日から今日だけで百枚近く撮った彼女だが、そう褒められるだけで撮った甲斐があったと思う。
あとで写真全部四人のアルバムにデータ共有しますね、と約束しながら、そこで一つ良いことを思い付いた。
「宜しければこちらグループの画像にしませんかっ?こちらなら人に見られても困りませんし」
自分達と違って人前では言葉も敬語を心掛けるアーサーのことを考えれば、自分達だけのグループアカウントの画像も容易にプライベートな写真にはできない。自分達だけでなく、友人の多いアーサーは何気なくグループのアカウント画像を見られる可能性も多い。
四人のグループアカウント名やそのアカウント画像はティアラが任されることが殆どだ。
素敵ね!と大賛成するプライドに、ステイルとアーサーも頷く。
「なら折角だし私のアカウントの写真もこれ使って良いかしら?」
「はい!早速画像も先に送りますね!私もこちらをお揃いにします!」
「でしたら俺も。アーサー殿もいかがですか?」
「あ、はい。御言葉に甘えます。……画像ってどうやって変えるンでしたっけ」
こっち終わったらすぐ教えます!と、ティアラから共有された一枚を早速全員でアカウント画像に登録する。
四人揃ってスマホ片手に向き合う姿はそれだけで仲良しそのものだった。最初にアカウント画像を変えたティアラからアーサーも教わり、無事四人全員が同じ初日の出で揃えられる。
目の前にいる三人に向け、お互いがメッセージで会話する様子は年相応の男女だ。「明けましておめでとう」「今年も、良い年になると良いわね」と言葉を打ち込みながら、プライドは少しくすぐったくなった。今メッセージを打った相手が三人とも目の前にいてくれているのだから。
そして最後にティアラからも可愛らしいスタンプで返そうとしたその時。
「…えっ?きゃっ⁉︎ちょっ、ちょっと失礼します‼︎‼︎」
突然高い声を上げたティアラが、驚きのあまり手の中でスマホを跳ねさせた。
魚捕獲のようにしっかりと両手で捕まえてからプライド達の疑問にも答えられずパタパタと大急ぎで距離を取る。壁際に立ち、アーサーにも聞かれないだろう距離まで離れたことを目視で確認してから、着信通知が続いているスマホの画面をタップし、耳へと当てた。
「もッもしもし⁈なっ、なっなんですか朝から‼︎………〜あっ明けまして……〜っ」
『!すまない、早朝から迷惑とはわかっていたのだが。明けましておめでとう。昨年は兄貴達共々世話になった。今年もどうか宜しく頼む』
壁へと僅かに顔を俯けながら、聞こえてくる音声にティアラはぎゅっと顔の筋肉を中心へと込めた。
蚊の鳴くような声をちゃんと拾って貰えるように、なるべく口元へも携帯を当てながら自分からも新年の挨拶を先ず返す。最初に言いたかったのに、つい文句の後になってしまったことも、その後も言いかけたままくぐもってしまったことも悔しくてスマホを握る指に力がこもった。
早口でなんとか挨拶の典型文を言い終われば、そこでやっと「それで御用は⁈」と謝罪要求ではなく本題へと話題を移せた。
『ああいや、特にこれといった用事ではない。こちらも初日の出が昇ったところでな。美しい陽の光を見たらどうしてもお前の声が聴きたくなってしまい……』
「〜〜〜〜〜〜っっばか‼︎‼︎‼︎」
ボンッッ‼︎と真っ赤に燃えた顔でティアラはスマホへ怒鳴り付けた。
何故新年早々そんなことを言うのかと、怒りのままに叫べばプライド達どころかバルコニーに出ていた招待客にも振り返られた。
すまない、俺の都合で忙しい中電話など、勝手過ぎたと、繰り返し的外れな謝罪が放たれるが当然ティアラが怒っているのはそこではない。最初から出たくなければ着信通知など切ってしまえば良かったのだから。
セドリックもまたのんびりと電話こそして聞こえるが、実際は忙しい。彼もまた今年は兄達のいるハナズオ連合王国にいる為、ティアラと同様に式典とパーティーの怒涛の連続最中である。今もセドリックへの取材や、記念撮影や語り合いの機会をと募る取材陣や招待客が集まっている。
しかしそれでも初日の出の眩い太陽を見ればプライドのことが、昇る温かな光と映え合う美しい景色にティアラのことが頭に浮かんでしまった。
そして限られた時間でどちらか一人にだけでも電話をと考えれば、声を聞きたい相手は迷いなくティアラだった。
『ところで風邪などは引いていないか?そちらも夜はかなり冷えただろう。あと、開校後の土産なのだが菓子で何か希望があれば』
「お陰様でとっても元気です‼︎夜だってお姉様達とすっごく楽しめましたっ!あっあと、あとっ……お、お土産は甘いものならなんでも……。〜〜っ……去年ご馳走頂いた、しゅ…シュネーバルがすごく美味しかったです……」
最初は怒鳴り混じりだったのに、最後はきゅっと下唇を噛んでしまう。
電話越しくらいちゃんと話したいと頑張ってはみたが、これはこれで自分がどんな顔をしてるかも知らない相手からは「!そうか、良かった」「ならば必ず買ってこよう!」と明るい陽気な声ばかり返される。
『忙しい中本当にすまなかった。それでは失礼する。また学校で』
「!あっ、あの!…私、からはお土産とか、その、お返しに何か甘いものでも……」
『お前の笑顔よりも甘いものはない』
それではこれで。良い正月をと。
一方的な電話は、最後も一方的に切られてしまった。
……無音になったスマホを耳に当てたまま、棒立ちになったティアラはそれから五分以上動けなかった。
https://twitter.com/ten1ch1/status/1476934359177437187?s=21
明日、いよいよラス為コミカライズ3巻が発売いたします…‼︎
各店の特典は、こちらになります。↓
https://twitter.com/comic_zerosum/status/1484143161635381249?s=21
アニメイト様にはアクキーも付きますので、是非宜しくお願い致します。
松浦ぶんこ先生による素敵なコミックスです。
作者からも書き下ろし小説を書かせて頂きました。
是非お読み頂ければ嬉しいです。
宜しくお願い致します。




