プロローグ
世界には人と、人ならざる者が住んでいた。
人ならざる者、皆は彼らを人狼と呼ぶ。
世界の中心である此処、クレアシオン・ラル・ファルデン国では、各国以上に人と人狼との共存が進んでいた。
人間は知恵が卓越していた。
故に人狼を恐れた。
人狼は並外れた身体能力を保有していた。
故に人間を排他した。
人間の代表と人狼族の王が協定を結んだのは、もう五十年ほど前の事である。
まだまだ差別が世界に根付く中、クレアシオンは協定を取り付けた王が統べていた国ともあって、国内での両者の関係はかねがね良好である。
今ではクレアシオンは世界各国の中で、平均した一人当たりの生活水準が非常に高い。
流通に関してもクレアシオンには多種多様な物が流れるようになった。また、人間と人狼が結束した一国の武力は、尺測れないほど強固なものだという。
クレアシオンへの移民は後を絶たない。
世界の中心である国は、民の理想国家となっていた。
しかしそんな国にも、他者との関わりを拒絶するようにひっそりと住まう者もいる。
国の隅に位置する、人里遠く資源もないと見放された山の中に彼はいた。
いや、本当は彼女である。
人との縁を断ち切った時から、彼女は男として生きてゆく覚悟であった。
髪を短く切り、身体中いろんな汚れで黒ずんでいる姿は女性とは思えない風貌である。
風呂も入らないまま何日も同じ服を身につけている事を気にとめないどころか、服の虫食い部分の穴の数が増えてゆくのも頓着なかった。
女性としての大事な部分をどこかに置いてきてしまっている彼女であるが、本人は最低限生活できて、やりたい事が出来ているだけ儲けものだと考えている節がある。
これは、そんな彼女の身に起こった出来事。
彼女は、世界に不変など無いのだと信じて疑わなかった。
世界に存在するありとあらゆるものは、無限に進む時の中で必ず変化を遂げる。
それが彼女の自論であった。
でなければ、己が思い描いた奇跡など、未来永劫訪れないのだ。
変わらなければ、望んだものは手に入らない。
ひたすらに変化を望み続けた彼女が、ある人狼と出会って、それでも世界には不変があったのだと気付かされる。
それまでの、はなし。