表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴婦人形  作者: 子無狐
13/14

13 - 同化

 時は、無慈悲に過ぎてゆく。

 平和な日々。穏やかな時。

 屋敷にも平穏が戻り、滅多に人が訪れることはなくなっていた。まれに、政治や貴族の関係者が、少年の元へ挨拶や相談に訪れるくらいだ。

 日々を過ごせば、少年も、『人形』も、少しずつ姿を変えてゆく。

 人形は欠損を復元され、本来の姿を取り戻した。

 より明るく、活発に、活動的に。そして、年月の経過が彼女の姿を変えることはない。

 人間よりも人間らしい、しかし妖精のような幻想性を持った、理想の形。

 『人形』は、少女という姿を永遠に閉じこめた、一つの理想として現れていた。

 そして彼女と同様に、少年もその姿を変えていた。

 だが、少年の事情は、『人形』とは異なっていた。

 人間関係という束縛や、社会との軋轢、時間とともに成長する身体。

 そして、毒殺という黒い陰。

 種々様々な出来事は、少年の身と心に、嫌でもシワの数を増やしていった。

 ――そんな時間が経過した、ある日のこと。

「……今日で、終わるか」

 身の回りの整理をしながら、少年は紳士の所持品などを片付けていた。

 しばらく誰も立ち入ることのなかった部屋は、しかし驚くほど静かな美しさを保っていた。

 少しずつ彼の足跡を、遺品から辿る。そんな行為をしながら、苦笑する。まるで、犯行現場に戻る犯人のような自分の態度に。

 初めの内は、仕事に関わらない紳士のプライベートな資料に手をつけることはなかった。罪の意識、などといったものが、少年にあったのかもしれない。

 時の経過は、感覚を風化させてゆく。次第に少年も、紳士の足跡を追う心境になっていた。

 ――なぜ彼は、『人形』にあの形を求めたのだろうか?

 疑問の答えを探しつつ、遺品の整理にあたっていた、そんな時。

 ふと、少年はその遺品の中に、あるものを見つける。

 古びた茶皮の手帳。開いてみれば、そこには人名や地名や出来事、日付などが順序立てて記されていた。

 内容を見るに、それは日記のようだった。紳士がとりまとめていたであろう、日々の回想。意識の断片。

 ――彼は人形のことを、本当はどう思っていたのだろうか。

 好奇心には勝てず、少年はその日誌のページをめくる。どうせ、その日誌を綴る人間は、もういないのだから。

「……?」

 だが、ページをめくる度に、少年の動機が早くなってゆく。眼に飛び込んでくる単語の数々が、その原因だった。

 まるで一つの物語のように、順序立てて並べられた出来事の数々に――見覚えのある言葉が、次々と現れてきたからだった。

 『奴隷』。

 『売買』。

 『包帯』。

 『鎖』。

 『貴族』。

 『執事』。

 『メイド』。

 『天使』。

 『憧れ』。

 『幻想』。

 『完全』。

 『不完全』。

 『恋』。

 『人形』。

 そして――『毒殺』。

「なん、だ……って?」

 震える指先でページをめくり、それらの文字列を必死に眼で追う。

 文字の形は、認識できる。

 イメージはでき、理解も出来るのに、だが、納得して受けとめることができない。

 理由はただ一つ。

 この日記が、紳士のものだから。

 だが、そこに記された内容は――少年がこの館で過ごした時間と、まるで同じものだったからだ。

 少年は日記をつけたことなど、ただの一度もない。なのに、この日記の中身は――少年が屋敷に来てからの日々と、うり二つの内容が記録されている。

 そんな馬鹿なことが、起こりうるはずがない。

 だが、なら、この手の中にあるモノは――いったい、なんなのだ?

 凝視しても、内容は変わらない。別の意味をとりようもないほど、そこに記された簡潔な文章は、ただ一つのものだけを表していた。

 そう、変わらない。

 少年が憧れていた、完全たる『人形』に対する想いですら。

 それが意味するのは、ただ一つ。そう、想いこむしかなかった。

 ――かつてもあったのだ、『人形』の引き継ぎが。

 少年はその日記を手元にしまい込み、足早に部屋を後にした。

 ――その事実を受け止めるには、この部屋は都合が悪すぎた。

 紳士の部屋の片付けは、その後手早く済ませた。

 一部の記録は少年の自室へと移動させた後、残りは全て廃棄した。残した資料も、他の者が調べられないよう、厳重に管理した。

 少年は紳士の跡を継ぎながら、彼と人形の過去を、残された資料から調べ始めた。

 そしてその結果に得たものは、懊悩とため息という、喜ばしくない結果だった。

 変わらない結論に、出口を見いだせなくなった時だった。

「……ぁ?」

 答えを求めて問いかけていた相手が、かつていたことを想いだす。

 優しくからかいながら、彼女は少年の言葉に耳を傾けてくれた。

 久しく忘れていた彼女の名前を、そっと、呼びかける。

「――、いないのかい?」

 か細い声で呼んだ彼女は……もちろん、現れることはなかった。

 当然だ。その名前の人物は、すでにこの屋敷から消えて久しい。

 幼い日に問いかけた、年上のメイドの姿はもうない。名を呼べど、姿を現すことは、もうないのだ。

 彼女は何年も前に、少年の前から姿を消した。

 文字通り、なんの連絡もなく、その姿を消してしまったのだ。

 捜索も行ったが、なんの情報も得られなかった。もちろん、訳ありの彼女の素性など、館内の誰一人として知るものはなかった。

 姿を想い出しながら、もう一度呟く。

 呟けば、どんな些細なことにでも、彼女は手をさしのべてくれた。そんな記憶だけが、おぼろげに脳裏をくすぐっている。

 ――代わりに聞こえてきた声は、少年が望んで手に入れた理想の形。

「どうしました? 誰かをお探しですか」

 微笑みながら――あの当時とは、比べものにならないほどの無邪気な笑顔で――語りかける『人形』に、少年は不思議な郷愁を感じる。

 かつて、そうして微笑んでいたのは『人形』ではなく、人間としてのメイドの姿であり――

「――なんでも、ないよ」

 混ざる笑顔の記憶に対して、少年が微笑み返したのは、どちらの笑顔に対してであったのだろう。

 『人形』は微笑む。

 完全なる形を取り戻した、美しい笑顔で。

 少年は疑念にかられる。全てを隠してしまうような、その美しい笑顔を見ながら。

(――私は、何人目なんだ?)

 自嘲にもならない疑問が浮かび、笑い飛ばすこともできない鬱屈がたまってゆく。

 何度も何度も、代替わりが行われているはずがない。あまりにも非現実的だ。しかも、違う人間が違いもなく、なのに同じ行為が行われることなど、絶対にあり得ない。

 現実という不自由の中で、そんなことが成立するはずがないのは、誰にだってわかっている。


 ――だから、なのか。不自由たる現実で、自身の自由を求めてしまったがゆえの。

 ――この現状は、自分で望んだものだった、はずなのに。


 少年は、修復された『人形』の美しさに、一時の酔いを味わった。

 ――しかし、酔いは次第に醒めてゆく。

 あの日の少女の形は、もうここにはない。

 欠けたものとして、恋い焦がれる美しさ。

 『人形』に見ていたのは夢であり、理想であったのだと、後追いのように心に染みてゆく。

 人形の少女は、満ちたがゆえにいつまでも変わらない。

 だが、代わりに少年の姿は年月とともに、刻一刻と変化してゆく。欠けてゆく。

 理想の形。憧れた美しさ、整えられた両の瞳の完全さ。

 ……それでも、よかったのだ。

 自身が恋い焦がれるだけで、美しさを味わえた時ならば。

 求めていて、真実を知ることがなかった、淡い時代の羨望ならば。

 ――しかし、少年は知ってしまったのだ。

 人形の美しさの下には、あの暗く深い眼底が眠っていることを。

(……そんな……)

 少年の懐疑は、時を経るにつれ膨らんでゆく。

 それは、一時的に意識しないことはできても、消すことはできなかった。

 白い鎖を、光る瞳と入れ替えた。

 それは、少年が望んだ最良の形だったはずだ。

 ――それなのに、だ。

 少年の心は、黒い闇を消すことができない。求めていた時には存在しなかったはずの、深く底のない、暗黒の空洞。

 その心の空洞が、なぜか、白い鎖の下に隠されていた闇に、とてもよく似ている気がして――。

「……ッ!?」

 まるで、鏡のなかに化け物を見たような面持ちで、少年は暗い想いにとりつかれる。

 そして、その不気味な鏡像を消すことが、少年にはどうしてもできなかった。


 ――その不気味な鏡は、どこにある?


 ある日、少年はふっと気づく。気づいてしまう。

 懊悩を解決する方法。苦悩から解放される答え。

 それは、とても簡単なこと。とても簡単で、あっけない結論だった。


 ――少年が恋したのは、あの日はじめて見た彼女の姿。

 ――それは、幻影とよく似た、あの日の憧れであり。

 ――閉ざされた暗闇と、淡い希望が表れた、あの横顔にだったのだ。


「……どうされました?」

「どうも、しないよ」

「お顔の色が、優れないようです」

 大丈夫、そう呟いて。

 少年は、右手をしっかりと握りしめた。硬い感触が、汗ばんだ肌に冷たく伝わる。

「大丈夫さ。なんということはない」

 少年は自覚しながら、薄気味の悪い笑みを浮かべる。かつて人形相手に向けたことのない、愛憎の入り交じった苦い笑みを。

 その笑みに気づき、ガラスの瞳を備える人形は、表情を崩す。艶やかしく動く人形の表情は、ひどい怯えに彩られていた。

 ――まるで、生きている人間のような。裏切り者の伴侶を見つめるような、そんな歪んだ相好。

「どうしたんだい? そんな顔をして」

「……あなたも、変わらないのですね」

「変わらない? それは、君のことだろう」

 少年が返したのは、苦笑と嘲りだった。

 「あなたも」、だなんて言葉は、美しさのみを持つ『人形』にはふさわしくない言葉なのだ。

 潔癖さと高潔さを備えているはずの『人形』には、少年以外の記憶など、なくてしかるべきだったのだから。

「――望んだのは、あなた」

 冷たい叱責が、人形の口から飛ぶ。

 それが叱責の意味なのだと、少年は知っていた。

「わたくしには、なんの罪もない。そこにあり、そう望まれ、造りかえられる。そして望まれなくなった時――また、元に戻る?」

 少年の片手が、鉄片を握る手の布をほどく。

 現れた鉄塊に、人形は笑みを浮かべる。

 それは、喜びの笑みではない。頬をつり上げ、眉を寄せ、瞳の奥に炎を燃やす、毒の笑み。

 ――まるで毒婦のような、怒りで塗り込められた、醜い人間の微笑みだった。

「くだらない、くだらない、……くだらない! 理想が現実になったことが、そんなにまでくだらないことでしょうか?」

 くっくっく、と嘲笑の声で少年を罵倒する。

 常の人形が浮かべたことのない、下卑た表情。

 清楚、礼節、奉公、それらの全てを兼ね備えた少女の姿ではない。

 そこにいるのは、少年が求めた『人形』ではない。少年の理想が浮かべてはならない、人間の負の感情を表した――醜いヒトガタだった。

「……お前は誰だ?」

 少年の諦観した問いかけに、人形は最上級の嘲りをこめて、返答した。

「あなたの伴侶、そして理想像――そう求められたのは、どなた?」

 その問いかけは、あまりにも少年の心に深く突き刺さり。

 偽善的な少年は、その想いに――『人間の闇』などという、自己満足な正義感を名付け。

「――ッ!」

「……!?」

 握りしめた鉄塊を、『人形』へと振り下ろした――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ