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虹のファンタズマゴリア~全属性チートは異世界で王の証~  作者: 神丘 善命
第一章:斯くて王は異世界に降臨す
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第26話「誘拐 ――アジトを探せ―― その1」

 調査クエストがまだ完了していないので他のクエストを受けるわけにはいかない。

 グラナと別れてからフィールドで過ごす五日間は、陽斗と澪にとって異世界に来て初めての休日になった。

 

 ソフィーを加えた三人は街で買い食いをしたり、ソフィーの薀蓄を聞いたり、結局訓練をしたりと自由に過ごした。

 安らいだ休日になるはずが陽斗にとってただ一つだけ誤算だったのは、澪とソフィーという美少女二人を連れ回す陽斗に、嫉妬という名の視線攻撃(たまに物理)があったことか。

 そのせいで陽斗の胃は穴が開きそうになったが、美少女二人と行動を共にすることの代償だと思って甘んじて受けた。とはいっても直接的な手段を使ってきた者には容赦のない――澪とソフィーの――鉄拳制裁が下されていたが……。



 そしてグラナとの約束の日はあっという間にやって来る。

 三人はフィールドの街を出て、ウルフズフォレストへ向かっていた。

 以前はフォレストウルフたちとの夜間戦闘を避けるために手前で一泊したが、急げば一日で辿り着く距離である。


 数えられるくらいの雲がかかっているが、概ね晴れといえる天気の下、ソフィーはおもちゃ売れ場に急ぐ子どものように陽斗と澪を急かす。


「早くしなさいよー!」


 そんな叫びが20m先から聞こえてくる。

 澪からは呆れたような嘆息が漏れ出ていた。


「まったく……ソフィーってあんな子どもっぽい人だったすか?」


 隣を歩く幼馴染の言葉に陽斗は苦笑混じりに返す。


「まあ……セブリアント王国のことになるといつもあんな感じじゃなかったか。普段とはギャップがあるよな」


 二人は楽しそうにその場で足踏みをするソフィーを眺めて笑いあった。

 しかし陽斗もソフィーの気持ちが全く分からない訳ではない。あのヒナはそれだけ可愛かった。日本に連れて帰って動画投稿サイトにでもアップロードすれば、あっという間に再生数を稼いで大人気になるだろう。

 大きくなるまではという注釈がつくかもしれないが。


「そういえば陽斗様はグラナに何を頼まれたんすか?」


 澪がヒナの誕生祝いに陽斗が買ったものについて訊ねる。

 澪とソフィーも祝いの品を用意していて、それぞれお菓子とリボンを持ってきていた。

 しかし陽斗だけは二人に何を買ったかを明かしていない。


「悪いけど、グラナには他の皆に内緒にしておいてくれって頼まれてるんだ」


 陽斗もどうして隠すのかよく分かっていないが、そう頼まれたのなら誰にも話さないだけだ。

 澪は若干不満そうにしながら、陽斗の言うことならと納得する。

 そうしながらも陽斗と澪はソフィーに追いついた。


「もう遅い! 明日にはいなくなっちゃうのよ?! 触れ合う時間が減っちゃうじゃない!」


 腰に手を当てて、母親のように叱るソフィーに少しだけイラッとしたものの、興奮状態ってのは誰にでもあるかと怒りを飲み込む。


「はいは……『ハルト』――ん?」


 その時だ。急につい最近聞いたばかりの言葉が頭に響いたのは。


「どうしたっすか?」


 会話の途中で急に黙りこんだ陽斗を、心配そうに澪が覗き込んでくる。


「いや急にグラナの声が……」


 陽斗は辺り――上も――見渡したが、どこにも彼女の影は見つけられなかった。

 彼らがいる地点はグラナがいるはずの森までまだ1時間以上ある。グラナがいるはずはないと思いかけて空耳かと納得しかけたところ――。


『ハルト……ようやく来たのね』


 再び響くグラナの声。そして気づいた。

 先程は一瞬だったため陽斗は感じられなかったが、そこには隠し切れない憤怒の色が見え隠れしている。


「グラナか? どこにいるんだ? というか何があった?」

『私はいま先日ハルトたちと別れた森の端に来ているわ。貴方が来るのを待っていたの。貴方が私の言葉が届く距離に来るのをね』

「……何があった?」


 きな臭いものを感じ、問いを重ねる。しかしそこに籠められたのは先ほどとは比べ物にならない、切れそうなほどの真剣さ。

 グラナは憤懣やるかたないと言った口調で事態を説明する。


『……娘が攫われたの』

「何?! 攫われたってヒナがか?!」


 陽斗は驚愕に顔を歪め、ついグラナの言葉をオウム返しに叫ぶ。

 それは奇しくもグラナの言葉が聞けない澪とソフィーにも事件を正確に伝えることになる。

 陽斗に遅れて二人も喫驚を露わにした。


 陽斗はこの距離で声を出しているだけの自分の言葉が届くのだろうかと、半信半疑ながらもグラナに問いかける。


「どういうことなんだ。詳しく教えてくれ。犯人はモンスターなのか? グラナが傍にいて攫われたっていうのか?」


 早口に捲し立てる陽斗はもしかしたら聞くものを苛つかせたかもしれない。それだけヒナのことが心配だったのだ。

 しかしグラナは何故か声に滲ませていた怒りの勢いを僅かに落とす。


『耳が痛い話ね……私はその時、餌を探しに巣を離れていて傍にいなかったのよ』


 グラナはドラゴンの匂いが充満する岩場付近に近づくモンスターはいないと油断していたと語った。

 良くも悪くも生物としての格や己の中の恐怖に忠実に従う、獣やモンスターの犯行ではないと推察している。


「……ということは、犯人は……」


 グラナは心の奥底で再び激しい余憤を燃え上がらせるように唸る。


『人間しか考えられないわ……そしていま娘はフィールドの街にいる。私には分かるわ』

「フィールドに?!」


 陽斗は慌てて地平線の先に見える街を振り返った。


『攫われたのに気付いたのは昨日の夜中よ。そのときにはすでに娘の反応は街のすぐ近くだった。すぐに行きたかったけど……』


 陽斗はこれが思念ではなく、彼女の肉声だったならギリッと歯ぎしりが聞こえただろうと推測する。


『そこはあなたたちの住む街で、夜が明ければ約束の日だったと思い出してね……友人と言った者の巣を壊すわけにもいかず、こうして待っていたのよ……ヒナを殺してから連れ去ったわけではないみたいだから危害は加えられないという計算はあったけどね……』


 陽斗は卵に近づいたときのグラナの様子を思い出す。

 グラナはその後に見せた穏やかさとは掛け離れて怒り狂っていた。

 澪がブレスを止めてグラナの歓心を買い、我を取り戻させていなければ例え言葉が通じていたとしても、その前に陽斗たちは殺されていただろう。


 陽斗はその怒りが街に向けられた時のことを想像しゾッとする。

 あの街にはクララや宿屋の娘など知り合った人たちがいる。そしてモンスターを倒してくれてありがとうと言った住民たちの顔が鮮明に蘇ってくる。彼らが死ぬのは嫌だった。と同時にその危険を呼びこむようなことをする輩にも憤怒の気持ちが湧き上がってきた。

 だから陽斗は言う。


「ありがとう……よく知らせてくれた。ヒナは必ず俺らが取り返す! 安心してグラナはそこで待っていてくれ」


 あの卵に近づかれただけで、見境なく攻撃してきたグラナが陽斗たちに義理立てして、怒りを抑えこんでくれていたのだ。だったら後の仕事は自分の領分だ。


『……頼むわ。娘は街の南側にいると思う……申し訳ないけどそれ以上は』


 詳しい位置までは分からないと消え入りそうな声で言った。


「分かった。街の南側だな。それが分かるだけでも探しやすくなる。じゃあ俺たちは行くから」

『待って』

「ん?」


 グラナはグルゥと喉を鳴らす。それはスズメバチがカチカチと鳴らすのと同じ、警告音のようだと陽斗は感じた。


『私の事は気にしないでいいから、下手人は抵抗したらその場で始末して』


 グラナの自分の手で犯人にヒナ誘拐の報いを受けさせることには拘らないという宣言。

 殺すことが前提のその言葉にやはりここは異世界なんだなあと思い知らされながらも、陽斗は最初からそのつもりだと答えた。


 これはヒナの誘拐がいけないことだからとかいう問題ではない。陽斗にはドラゴンのヒナを盗むことが違法なのかも分からない。

 もちろん可愛がったヒナが誘拐されたことに憤りは覚えるが、真に恐れるべきはグラナだ。


 誘拐犯を殺してグラナの気が済み、街が蹂躙されないためなら自分が殺しに手を染めることなど安いものだと思える。その場になって本当に躊躇しないかと問われれば怪しいところなのが情けない限りだが……。


 とにかくそんな自分勝手な理屈かも知れないが、それは虎の尾ならぬドラゴンの尾を踏んだ誘拐犯の自業自得だろう。


 一応陽斗の沽券の為に言っておくと、六国はセブリアント王国から継承する形で、ドラゴンに限り基本的に人から手を出してはいけないという法律がある。またその法律はかなりの重罪に設定されており、犯した者の死罪は免れ得ないほどだ。


 なので例え今回の救出の最中に犯人を殺めても陽斗たちが罪に問われることはない。また裁判を待つまでもない。地球よりも人の命の軽い世界だからだと言えよう。


 グラナは最後にもう一度頼むわねと言って思念を切った。


「聞いていたな……ってソフィーは?」


 いつの間にかソフィーがいなくなっている。陽斗が振り返った先には澪しかいなかった。

 澪は困ったように眉根を寄せた。


「ソフィーなら街の西側と陽斗様が口にした途端に、止める間もなく走りだして行ったっすよ。私は陽斗様を置いていく訳にはいかないので待ってたっすけど」


 よく誤解されがちだが、澪の世界は決して陽斗だけで完結しているわけではない。


 そうであったなら学校に友達は出来ないであろう。あくまで陽斗が一番だが、それ以外のところでは澪はきちんと友達も大事にするし、女友達だけで遊びに行くことも多々あった。

 また友達の相談に乗ったり、頼られると断らない姉御肌な部分を持ち合わせている。


 陽斗は焦りながらも澪に視線を送った。

 彼女の顔にははっきりと、ソフィーが心配だから早く自分たちも追いかけようと書いてあった。そこにギルドで再開した時に見せた仲間に入れるべきではないという態度は欠片もない。


 今でも澪にとって陽斗が第一に優先されることに変わりはない。しかしソフィーへの認識もこの2週間の交流で見知らぬ他人から仲間へと変わりつつある。

 情に厚い一面を持つ澪が、ソフィーを見捨てられるわけはなかった。

 陽斗は何となく嬉しく思い微笑む。しかし今はそれどころではないので、すぐ真剣な顔つきになり首を巡らせた。


 風の〈身体強化〉は上昇させる身体能力の中でも、特に敏捷性――すなわちスピードを上げる。ソフィーはそんな風属性の高純度な魔力を有しているために足がかなり速い。

 そのため陽斗が街の方に目を凝らした時には、ソフィーの姿は遠くに霞んで見えるだけになっていた。


「あのバカッ! 俺たちも行くぞ!」

「了解っす!」

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