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虹のファンタズマゴリア~全属性チートは異世界で王の証~  作者: 神丘 善命
第一章:斯くて王は異世界に降臨す
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第21話「決死 ――その背中―― その1」

「グ――――ルガァァァアアアア!」


 思わず耳を塞ぎたくなるドラゴンの咆哮は、台風の中吹きすさぶ突風のように陽斗たちの髪を揺らす。

 負けじと――という訳ではないが、陽斗も大声が乗馬鞭の代わりになればと声を張り上げる。


「――逃げろォ!」


 三人は脱兎のごとく一目散に走り始めた。〈身体強化〉を使って駆けて駆けて駆けまくる。

 一歩一歩を地響きに変えながら、四足で追いかけてくるドラゴン。そこに逃がしてくれる気配はない。

 初めは300mあった距離もドラゴンの、人間と比べたら何倍ものストロークで徐々に縮まってきている。


「どこのパニック映画だよッ!」


 陽斗は叫ばずにはいられなかった。大抵最後はハッピーエンドに終わる映画に例えて恐怖を少しでも和らげたかったのかもしれない。

 しかしこの場には意味の通じるものと通じないものがいる。

 ソフィーの叱咤が飛んだ。


「訳分かんないこと言ってないで黙って走りなさい!」

「このままじゃ追いつかれるっすよ!」

「んなこと言ったって!」


 今が人生で最も早く走っていることは間違いがない。自分の足に聞いてもこれ以上の速度は望めないと言っていた。それに森の中は木々が邪魔をして真っ直ぐに走れない上に、木の根が地面をデコボコと盛り上げている為トップスピードを維持できない。

 大迫力に木々をなぎ倒しながら迫るドラゴンにそんなことは関係なさそうだが。


「キャッ!」


 必死に足を動かす中、甲高い悲鳴が聞こえる。

 振り返って見てみれば、地上で小さなアーチを作る木の根に足を取られて地に伏すソフィーの姿があった。


「ソフィー!」


 陽斗はすぐさま立ち止まって叫ぶ。

 ここぞとばかりに速度を早めたドラゴンを恨めしく思いながらも、ソフィーに早く立てと念じる。


「バカ! 止まってないで早く行きなさい!」


 しかしソフィーは脚でも挫いたのか中々起き上がらない。


「んな寝覚めの悪りぃこと出来るか!」


 陽斗は後先の事など全く考えずに、ソフィーに向かって走りだす。考えれば恐ろしくて足が止まりそうだった。ドラゴンには目を向けずにがむしゃらに足跡を刻む。

 そんな陽斗の背中に澪の悲痛な叫びが浴びせられる。


「陽斗様!」


 しかし思考を止めて走る陽斗にはその声は届かない。

 陽斗はバキバキと徐々に大きくなる音に歯噛みしながら、「もっと速く!」と心の中で己を叱咤する。


「ウラァ!」


 陽斗は己の中でくすぶる魔力を雑巾を絞るように捻り出す。

 澪の目には今まで栓でも閉まっていたのかと思えるような魔力の奔流が、まるで間欠泉の如く陽斗から湧いてきたように見えた。

 そして一瞬確かにドラゴンの魔力すらも上回った。ドラゴンすら瞠目し、僅かに足を鈍らせる。


(なんか知らないが……間に合う!)


 陽斗は溢れ出る魔力の出力に任せてさらに速度を上乗せした。

 ソフィーの下までなんとか辿り着いた陽斗はすぐさま抱き抱える。仰向けにする時間もなかったので陽斗はソフィーのお腹側に手を差し入れた。


「きゃ! ちょ、ドコ触って」

「そんなこと言ってる場合か!」


 人一人の重さだが、〈身体強化〉のおかげで難なく持ち上がる。しかしドラゴンもすぐそこまで迫っていた。

 先程までのように同じレールの上を逃げていたのでは、すぐに追いつかれて一呑み、もしくは八つ裂きだと直感した陽斗は横に飛んだ。


「澪も避けろ!」


 間一髪。ドラゴンは急な方向転換が出来ずに陽斗の後ろを通過していった。ドラゴンが急制動を掛けると地面が騒ぐ。


「陽斗様!」


 陽斗とは反対に逸れて難を逃れていた澪が駆け寄って来た。


「わ、悪い」


 その剣幕に何故か謝りたくなってしまったのは、彼女の目尻に涙が滲んでいたからだろう。


「後でお説教っすよ! 今は逃げるのが先っす!」


 陽斗がドラゴンはと探すと既にその姿は地上にはなく、パラシュートを開いた時のような音を断続的に響かせながら二翼一対のそれを羽ばたかせて、空中にあった。

 すぐに大きく旋回して陽斗たちに向かってくる。


「飛ぶのか……」


 陽斗はあの巨体では飛べないのかと乱れに乱れた思考で考えていた。しかしよく思い出して見れば最初に巣に姿を見せた時は飛んでいたし、ファンタジー世界においてあの重量をあの薄い翼で……など考えるだけ無駄だったなと呆然と呟いた。


 陽斗は力強く浮かぶドラゴンに命の危険を忘れて魅入ってしまう。そのまま陽斗たちに突っ込んでくると思われた巨体は、しかし少し離れた所に舞い降りようとしている。

 陽斗は何故と考えるも答えは出ない。はっと我に返ると逆に好都合だと思い、もう一度走ろうとドラゴンに背を向けようとした。


 けれど澪は逃げようとはしなかった。いや出来ないと悟ったというべきか。バサバサと翼をはためかせながら降下してくるドラゴンの口が大きく息を吸うように開いていたからだ。

 幾多のアニメ、マンガなどを嗜んできた澪は、それを予備動作だと直感する。

 澪は次の動作を予想するとすぐさま魔法の準備に取り掛かった。


(今は速度より、威力!)


 使うのは防御魔法。相手の高まる魔力を見て、さすがに攻撃魔法で真っ向から勝負に出て勝つ自信はなかった。

 とうとうドラゴンは地に足を着ける。同時にブレスの準備も整ったようだった。


「ガァァァアアアアアアアア!」


 自動車すら飲み込みそうな大きなアギトから火が吹き出る。


「〈水竜の盾〉(アクアドラゴニクシールド)!」


 しかしブレスが陽斗たちに届くより一歩早く澪の魔法が完成した。

 水色の魔法陣から現れた水流の体を持つ胴体の長い竜が陽斗たちと炎のブレスの間に入り、綺麗にとぐろを巻く。一部の隙間もなく丸くなるとそれは巨大なラウンドシールドのようになった。


 澪の使える魔法で上から二番目の第二位階の大魔法である。


 ブシュァァアア! と水が高温で気化するときの音がなり、ブレスを受け止めた。


『ほっ!』


 その時陽斗の耳に場違いに楽しげな声が響いた。陽斗はソフィーかと思い見下ろす。

 しかしソフィーは陽斗の腕の中で目を見開き息を呑んだように黙りこくっていて、とてもさっきのような声を出すような雰囲気ではない。


 気のせいかと思い陽斗はシールドに視線を戻す。「澪が居れば勝てるのでは」と一縷の希望を見る。

しかしすぐに澪の表情が苦しそうに歪められているのに気づき、ソフィーを地面に下ろして声を――集中を乱すかと逡巡したが――掛ける。


「澪、大丈夫か?!」

「ちょっと不味いかもっす……陽斗様は今のうちに――」


 その続きが簡単に予測でき、遮る。


「バカ言うな! 澪を置いて逃げられる訳がないだろう!」

「でも……」


 赤く照らされた澪がくしゃっと顔を歪めて濡れたような声音で陽斗を見る。

 それを見て陽斗は決意した。深呼吸で息を整える。

 そしてウルフを初めて殺した時に決めたことを思い出す。


――強敵が現れても震えずに戦う。


 あれは澪が来るまでの時間稼ぎくらいはやるという意味だが、何も澪が駆けつけた後は傍観しているという意味ではない。

 全てを澪任せにするという意味で言った言葉ではないのだ。


 陽斗はこんなときくらいカッコつけてもバチは当たるまいと、恐怖で崩れそうになる顔を引き締めた。


「……やるしかないだろ。ドラゴン退治。いっちょ英雄になって凱旋だ」 

「陽斗様……」


 澪はこんな時だが――こんな時だからかもしれないが――、陽斗の覚悟を決めた男の表情に胸をときめかせる。同時に惚れた女として、この顔に恥をかかせることはできないと思った。

 

「……了解っす。やってやるっすよ!」


 陽斗は澪ならそう言ってくれると思ってたぜと言って、澪の隣に並んで訊ねる。


「この魔法はあとどれくらい保つ?」

「あと数分といったところっすね。……でもブレスの方も徐々に弱まってるっす。おそらく同時に消滅するかと。……勘っすけど」

「じゃあそれを前提に作戦を立てるか」

「……ただの勘っすよ? 信じちゃっていいんすか?」

「ああ、澪のことは何でも信じてるからな。何でもってのは勘もってことだ」

「は、陽斗様……」澪はブルブルと首を振る。「……私がドラゴンの目を潰すので陽斗様が」

「怯んだところを叩っ斬ればいいんだな」

「……一番危険な役回りっすが」

「俺には遠距離攻撃の手段がないしな。しょうがねえさ」


 陽斗は腰に差した剣を抜く。


「陽斗様がドラゴンの気を引いている間に、私が私の持つ最大の魔法を準備するっす」

「期待してるぜ……ところでどうやってドラゴンの目を潰すつもりなんだ?」


 好奇心から訊ねる陽斗に、澪はマジックポーチから黒光りする物を取り出した。


「それ……!」


 一瞬、また双眼鏡かと思ったが違う。それは銃だった。そしてそれが大きな部類に入る銃であることは彼にも分かる。


 陽斗の知識では猟銃のようにお尻が広がっており、しかし猟銃とは違って引き金を引く手で持つグリップの他に、弾倉が筒からぶら下がっているとしか形容できない。


「愛用の奴っす。フラッシュを持ってこなかったことは後悔っすけど、これをドラゴンの眼に弾が尽きるまでバラ撒いてやるっすよ」


 ニカッと笑いもう一丁同じものを取り出した。

 陽斗はいつもの調子が戻ってきた澪にははっと笑う。そして作戦は決まりだなと言って、水壁の向こうのドラゴンを見据えた。


 ソフィーは目を皿のようにして、そんな二人の背中を眺めていた。

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