第18話「チーム名決定 ――探索開始――」
二日後。陽斗たち三人は、早朝から開門を待ちわびていた商人や冒険者でごった返す、城門の外で待ち合わせていた。
空属性の魔力を注ぐことでできる見た目以上に容量がある澪のマジックポーチは、ソフィーに明かせば煩そうなので教えていない。
故に城門前にやってきた陽斗と澪は、野営用に荷物を詰め込んだバッグを背負っていた。
陽斗たちが背負うバッグは地球で作られた物で、柔らかそうな布地に鮮やかな発色がある。
ソフィーがマントの上から背負っている、四角い箱にベルトを巻きつけたようなトランクは逆に硬そうだ。
「なんかそっちのずるい……」
「文句はなしっすよ。これは故郷のバッグっすから。さあ出発っす。日が暮れる前に森のフォレストキングウルフの住処の手前までは行きたいっすよ」
澪が先頭を進み出せば、ソフィーが慌てて背中を追いかける。ソフィーのトランクがガタゴトと音を立てた。
陽斗は一瞬、持ち替えてあげることを考えたが、森に入ってから荷物を入れ替えたままはぐれた時が悲惨だと思い直した。
「おい! 待てよ!」
陽斗が望む冒険らしい冒険への一歩を踏み出した。
三人は目的地の森へとシャクシャクと草を踏みしめながら、蒼穹の下を並んで歩いている。
この辺は見通しがよく、モンスターの出ないポイントなので一行の口も軽い。
「ねえ」
「なんだ?」
「そろそろアタシたちのパーティ名を決めろって、ギルドに言われてるんだけど」
「そうなんすか?」
「今回の調査クエストで、アタシたちに白羽の矢を立てたときに不便だったって」
冒険者ギルドは個人認証魔導付きの冒険者カードで個人を管理するが、パーティを組んでいるときはパーティで管理する。
ちなみにパーティとチームは違う。パーティとは言わば地球で言うところの会社組織だ。
パーティマスターがトップに立ち、部下の冒険者を指揮する。構成人数に上限はなく、大きいところだと100人規模になることもある。
その中からバランスや性格の相性から、数人のチームを組みクエストを受ける。
パーティが会社だとすると、チームは部署といったところか。
パーティごとに管理できればギルドの管理も楽になる。またパーティに加入していると、仮にチームまたはソロでクエストを受注して失敗したとしても、パーティの仲間がその尻拭いをすることで失敗扱いにならないケースがある。
カードに失敗クエスト数の欄がある為、これの意義は大きい。
閑話休題。
陽斗たちはパーティ結成をする際にギルドにパーティの名前を求められた。しかし決めていなかったので、待ってもらっているのが今の状況である。
「じゃあ決めなきゃな」
「はい!」
「はい、ソフィー」
「初代様のパーティにあやかって『虹の軍団』とか!」
挙手しながら、おどけて提案するソフィー。
「へー初代もパーティを持っていたのか」
「そう! 初代様はパーティマスターでもあって、メンバーは後のセブリアントの要職についたらしいわ。腕っ節、頭脳、鍛冶、料理、農業……なんでもござれの本当に国みたいなパーティと言われているわね」
「それは凄いっすね。パーティ名の由来は何なんすか?」
「ありとあらゆる人材が揃っていたこともあるけど、それは後付の理由ね。一番はやっぱり初代様が全属性持ちだったからよ!」
プロ選手を語る野球少年のように目を輝かせて力説するソフィーに対して、ビクッと肩を震わせたのが日本組の二人だ。
「え……セブリアントの初代国王ってのは全属性持ちだったのか?」
「そう! セブリアント王族の中でもたった二人しかいないと言われている、全属性を持った至高の御方よ! 虹国っていう異名もそこからなんだから!」
「ち、ちなみにその初代様は魔法を使えたんすか?」
紛れも無く全属性を持ちながら何故か無属性の魔力しか出てこない陽斗のための質問。
その意図を理解できなかったのはソフィーだけだ。彼女はキョトンと首を傾げた。
「? 当然じゃない。その疑問はどこから出てきたのよ」
「そ、そうっすよね! あはは……なんとなく聞いてみただけっすから、気にしないで欲しいっす」
初代は全属性持ちにもかかわらず、陽斗とは違って魔力が無属性にならずに魔法を使えていたようだ。
「あっでも……」
ソフィーが何かを思い出したように呟く。
「でも何だ?!」
少しでも生存率を上げたい陽斗が食いつく。
その姿はソフィーには異様に映ったようだ。初めは戸惑ったような感じだったが、セブリアントに興味を持っているようにも見えたのか上機嫌に話し出す。
「今教えてあげるから落ち着きなさい。確かに初代様は全属性持ちだったわ。でも活躍の初期には〈身体強化〉しか使えなかったとか、それから徐々に使える属性が一属性ずつ増えていったっていう伝承を、一度だけ読んだことがあるのよね……まあ属性は先天的なものだから、練習して順々に使えるようになったってことでしょうけどね」
最初は〈身体強化〉しか使えなかったという一語に陽斗は強い既視感を覚えた。
まるで自分のようだと。
陽斗も〈身体強化〉しか使えない。そして同じ全属性持ちだったセブリアント初代国王も初めは〈身体強化〉しか使えなかった。
この共通点に意味はあるのだろうか。陽斗は初代の直系の子孫だ。遺伝で同じ体質である可能性を陽斗が考え込む横で、ソフィーが視線を虚空に向ける。
「……そういえば」
「また何か思い出したっすか?」
「いえ……そういえばハルトも魔法を使わないで〈身体強化〉しか使わないわよね? かといって武器術を使うでもないし……」
ギクギクッ! と陽斗と澪は身体を震わせた。
その思い出しはいらなかった。というのが陽斗たちの素直な気持ちである。
今まで気にした素振りもなかったから陽斗たちからも何も言わなかったのだが、ソフィーはとうとう気付いてしまった。
「ハルトは魔術師なの? それとも武術師? ……なんで今まで疑問に思わなかったのかしら。不思議だわ」
初代国王について深く訊ねたのは藪蛇だったかと陽斗が後悔し始めたところで、澪から救いの手が差し伸べられる。
「そ、そういえば! 確かパーティ名を決めるという話では無かったすか?! もうすぐ森に着くっすし、そうしたらお喋りも出来ないすよ。今のうちに決めておかないと!」
ソフィーは今の今まで忘れてたと言わんばかりの表情で手を打った。
「そうだったわ! 早く決めちゃわないと――」
ソフィーは得意分野になると途端に饒舌になるマニアのように、楽しそうに延々と『虹の軍団』という名前の良さを語り続けた。
(良かった……セブリアントのことになると単純な奴で……ナイスだ澪!)
陽斗は静かに親指を立てて澪に見せる。澪もまた親指を立てた。
三人のパーティ名はソフィーに押し切られる形で『虹の軍団』に決まる。
そしてこれが、1000年の時を超えて再び世界に名を轟かし、そのパーティから数人集めれば一国の軍隊にも匹敵するとまで言われるようになる、一大パーティの走りになるなど誰の知る由もないのだった。
■
陽斗には森の入口が大きな口を開けて、侵入する者を一呑にする巨大な化け物のように感じられた。
その異様な雰囲気に、知らず知らずのうちにゴクリと唾を飲み込む。
ここに来るまで数度、ウルフとの戦闘があった。ソフィーが言うには、やはり以前より数が多くなっているらしい。そうなると森で異変があったということに現実味が増してくる。
そういった陽斗の緊張が森を怖いものに見せているだけで、至って普通の森なのかもしれない。
事実青々とした葉を茂らせる木々の間隔は広く明るさすらあるり、陽斗以外の二人はさほど緊張していないように見受けられる。
ソフィーは二人を振り返って見た。
「ここからは隠密行動よ。もちろんお喋りは厳禁。なるべく音を立てないように進むわよ」
ここまで一番喋っていたのはお前だろというツッコミをする空気でもなく、黙って陽斗は頷いた。
「森の中での戦闘は、木の根などに脚を取られて危険っす。もしウルフが現れたら、三人が背中合わせになって、なるべくその場で全て対処するべきっすね」
「剣を振るう広さがなければ、俺が剣を振り回して澪とソフィーは連射のきく魔法で牽制しつつ、広い場所に移動だったよな」
決めておいた森の中での戦闘時の作戦を、確認するように繰り返す。
フォレストウルフの脚は、森の中での戦闘に有利な小回りが効く。木の影からの強襲は常套手段で、木々に囲まれた場所は戦う者にとって不利になる。
また剣が幹に邪魔をされて、そもそも振れないという問題もある。
本来森の中での戦闘は非常に危険が付き纏う。澪が陽斗にここに来ることを許可したのは、それでも絶対に守れるという自信があるから。
直接変換魔力質で生成した冷気によって相手のスピードを奪うこともできるし、自身の切り札――第一位階の極大魔法もある。
万が一もあるはずがない。
陽斗たちは森へと脚を踏み入れていく。
事前情報ではフォレストキングウルフのねぐらは森の中央付近だという。そこは開けた場所になっており、小高い岩場になっているらしい。陽斗たちが森に入る地点から、さらに真西に歩き続けるとぶつかると説明を受けた。
一行は木に目印を付けながら、なるべく木の密集していないところを選んで進む。
土が固められて出来た地面は時々盛り上がっており、気をつけなければ転びそうだった。
三人は黙々と歩き続け、ウルフが現れて戦闘になることもなくやがて午後4時を迎えた。
先頭を歩く澪が止まり、続いてソフィー、陽斗の順でそれに続く。
「そろそろ野営の準備をした方がいいっす」
異世界でも太陽は東から昇り西に沈む。日が落ちれば方位が分からなくなる。
夏が迫るこの季節。日が沈むまでまだ時間はあるが、野営に適した場所を探したりと明るい内にしか出来ないことがあるので、余裕を持った行動が求められる。さらにここは森だ。平地で開けた場所より太陽が遮られるのも早い。
陽斗は辺りを見渡し、適当な場所がないか探す。二人もそれに倣って少しだけ散開する。そしてちょうどいい場所がないことを知ると、少し戻ったところにいい場所があったという陽斗の言で一同は後退を始めた。
野営地につくと早速、枯れ葉や落枝を脇にどけ始める。陽斗はそれが終わると尻を着いて脚を投げ出した。
「だはぁ! 疲れたぁ」
「情けないわね」
ソフィーはトランクを下ろして、その中からランプを取り出している。
今回焚き火はしない。初夏とはいえ、森の中は少し肌寒い。にも関わらず火を起こさないのは、鼻の利くウルフに自分たちの存在を気取らせないため。
新しいモンスターに代替わりしていなければ、森の中はフォレストウルフのテリトリーだ。火をおこそうものなら、異変を察知して近づいてくるという。
フォレストのくせに火を恐れないとは面倒な奴というのは陽斗の言だ。
幸い魔法のおかげでお湯は出せるし、暖もとれる。魔力さえ潤沢なら野営に火はいらない。
冷たくなる地面に直接触れない為の毛布などをバッグから出していると、周辺を見回りに出ていた澪が帰ってくる。
「この辺にウルフの爪痕のような形跡はなかったっす」
「そう。なら少しは安心かもね。まさか森全域を巡回しているわけもないし」
「やっと座って飯が食える」
澪もバッグを地面に下ろし、ジッパーを開ける。中から取り出したのはラ――ンプではなくライトだった。明らかに電池で動くLEDライトである。
澪が動作確認のために一度点けた。夕暮れで既に暗くなりかけていた周囲を白く眩い明かりが照らす。
ソフィーの火属性の石を使ったランプとは比べ物にならない光量である。
「……何それ」
当然突っ込んだのはソフィーだ。対して澪はさも当然のように答えた。
「魔法のランプっす」
「でも……」
「魔法のランプっす」
「いや……」
「魔法のランプっすよ」
「……そうなの、かしら?」
ソフィーが澪の繰り返される強い口調の断言に、そう言われて見れば……と陥落し始めていた。
陽斗はそのやりとりを見てこんな言葉を思い出す。
『充分に発達した科学は魔法と見分けがつかない』
ファンタジー世界の住民が、科学技術で作られたLEDライトを魔法のランプと納得した瞬間である。
澪は過剰すぎる光量を落とし――これにもソフィーは驚いていたが澪は相手にしなかった――て、ちょうどいい明るさに調整する。
陽斗はソフィーを不憫に思った。彼女は自分のランプと比べて明るい光を出すランプを羨ましそうに見つめている。
陽斗は比べるものではないと思う。ソフィーのランプは、暖かなオレンジ色の光を放っていて趣がある。
陽斗は同じLEDライトを出すか迷ったが、明かりは充分に足りている。もし急な襲撃で出した荷物を回収する暇もない場合に備えて、バッグの中に閉まっておくべきだろうと判断した。
午後六時。四囲が暗闇に包まれ、赤い月が木の葉の隙間を縫って姿を見せ始める。
三人はライトを囲み、毛布にくるまりながら夕食を摂っていた。
ソフィーは干し肉とパン、四角い固形物をお湯(澪産)で戻してできたスープを食べている。
そして陽斗たちといえば……。
「……何それ」
野営場所についたときの焼き直しのような台詞に、陽斗が顔を上げてソフィーを見る。そして自分の手下に目を落とし、もう一度ソフィーに視線を送る。
「カップ麺だな」
キャンプと言えば自炊で、カップ麺を出そうものなら周囲から「アイツ分かってねえな」的な視線を頂くところだが、生憎ここにそんな人はいなかった。
「……何それ。知らない」
陽斗と澪が同じものを食べているのに、自分だけ違うものを食べている。しかも二人からはいい匂いが漂ってくる。
仲間はずれにされたように感じたのだろう。ソフィーは眉を寄せ、小鼻と頬を膨らませ、口を尖らせてといかにも不満そうな顔をしていた。
「ぷっ」
陽斗はその表情が可笑しくて吹き出してしまった。いよいよソフィーの眉が危険につり上がる。
「悪い悪い。そんなに食いたいなら分けてやるよ」
陽斗たちは今まで澪が持ち込んだ食料に手を付けてこなかった。
なのでそれなりの非常食が余っている。パーティメンバー一人に分けてやるくらい問題ないはずだ。
「澪、いいだろ? ……ダメなら俺とソフィーで交換す――」
「いいに決まってるっすよ」
陽斗が言い切る前に、ニッコリと笑って承諾する澪。
「? ああじゃあ食い方を教えてやってくれ」
陽斗にはお湯が出せないので澪が教えたほうが手間がかからないだろう。澪はカップ麺を取り出して、ソフィーに「お湯を注いで三分待つだけっすよ」「それだけであんないい匂いが」と手ほどきを始めた。
(それにしても許可を出すまでがやけに早かったな。澪も仲間はずれみたいに感じてたのかもな)
陽斗は故郷の食事に思いを馳せながら、久しぶりに濃い味を楽しんだ。