第14話「再会 ――臨時チーム結成―― その2」
陽斗と澪にソフィーを加えて三人になった一行は、街の外にまで来ていた。
ソフィーはご機嫌で、スキップし出しそうな勢い。
(あっ、した)
「ご機嫌っすね」
「いつもはソロだから獲物の数が多いときは見逃したりして、三匹くらいで行動しているモンスターばかり狩っていたから、効率が悪かったのよね」
スキップを止めて二人に並んだソフィーが声を弾ませて答える。
「一日じゃクエストが終わらない時もあったわ。それが今日は三人でしょ。ノルマ以上に狩れるかもしれないじゃない! そうすれば今の極貧生活から抜け出せるかもしれないわ!」
「なんだソフィーは金に困ってるのか?」
陽斗は話の流れで聞く。
「まだ余裕はあるわ。でも一昨日の2002アイルや、食事代がかなりの額だったから」
ソフィーは将来のお金に手を付けるタイプではない。一日に使う額を決めているので、使いすぎた分の帳尻が合うまでは節約しなければならなかった。
「じゃあ例の金貨を額面通りに買い取ってあげてもいいっすよ?」
澪が口辺を綻ばせながら言う。明らかにありえないと分かって言っている口ぶりだった。案の定ソフィーは緩みきった空気を一変させる。
「あ、あれは返さないからね! あれはもう私のものなんだから! そ、それに私の唾液とかついてるかもしれないわよ!」
ドン引き。からかった澪もだ。
一昨日の宿での澪の冗談が真実になった――いや明らかになった瞬間だった。
「お前……マジで金貨を舐めまわしてたのか」
自分が何を口走ったのか理解したソフィーの声が裏返る。
「しょ、しょうがないじゃない。あれはホントに出回らないレア中のレアなんだから!」
「開き直ったっすね……」
そんなことがありつつも一行はゴブリンが出現するポイントへと到着した。
三人は周囲を警戒しながら探索を行う。
獣道になった部分を歩きながら、左右の草をかき分けてその中からゴブリンを探す。
最初に異変に気付いたのは陽斗だった。
遠くに小さな影を見つけたのだ。陽斗は息漏れ声で残りの者に報せる。
「みんな伏せろ」
誰の疑問の声もなく陽斗の指示に従う。
しゃがみこんで近づいてきた二人に、陽斗は指を指して見つけたものを教えた。
「……間違いなくゴブリンね。数は三匹ってところかしら」
目を細めたソフィーが敵の正体を断言する。
「ソフィー」
陽斗がソフィーの名を呼ぶ。
事前の話し合いで数が三匹以内ならソフィーが、それ以上なら陽斗と澪が実力をお互いに確かめる為に相手取ると決めていたのだ。
今回は三匹。ソフィーの相手だ。
「分かってる。余裕だから見てて」
ソフィーは低姿勢のままゴブリンに近づいていく。
その後姿を見ながら陽斗は小声で澪に話しかけた。さすがにこの距離があれば、ゴブリンに会話が聞かれることはないだろう。
「魔術師ってことだったが、どう思う?」
「それなりの実力はあると思うっすね。仮にもソロで活動していたわけっすし」
「理由はそれだけか?」
「風の魔力の純度はかなり高いっす。おそらく雷属性の魔法も使える純度っすね」
「それは凄い」
「それと雷は分かりませんが、風魔法はかなり使えるみたいっすね。今も風属性の魔法で〈身体強化〉。それと匂いと音を消してるっすね」
「そうなのか」
確かに陽斗たちの傍を離れるソフィーから足音が聞こえなかったのを思い出す。
「魔術師ってことは接近戦もやるんだろ。そっちは分かるか?」
ソフィーの腰には剣が佩かれている。魔術師という自己申告が嘘でなければ、あれは飾りではないのだろう。
魔術師は、近接戦主体の魔法使いのことだ。
彼らは剣や槍などの武器と、高速で発動できる小威力の魔法を組み合わせて戦う。魔法だけ武器術だけの魔法師武術師とは違い、武器と魔法の組み合わせは無限大だ。
「なんとも言えないっすね……足運びから訓練された気配は感じるっす。なので弱くはないとは思うっすけど、どこまで強いかは……」澪が指差す。「実際に見てみた方が早いと思うっす」
澪がそう言った時、ゴブリンたちにこれ以上近づけば気づかれるという、ギリギリまで迫ったソフィーが立ち上がって駈け出した。
ソフィーに気づき、ゴブリンたちの上げるゲギャゲギャという耳障りな声が微かに聞こえてくる。
「〈風の刃〉!」
ソフィーは詠唱を終えていた魔法を駆けざまに放つ。風属性の第8位階魔法で効果はその名の通り、風の刃を生み出して相手を切り刻むというもの。
「ゲギェッ!」
首と胴体が泣き別れになったゴブリンが、断末魔の声を上げて地に崩れ落ちる。
ソフィーは殺したゴブリンには目もくれずに走り抜け、次に狙いを定めた一匹へと迫る。慌てて振り回されるゴブリンのボロボロに刃毀れした剣を冷静に躱し、すれ違いざまに一閃。
ソフィーは腰の位置にあるゴブリンの目を薙ぐ。
ゴブリンが膝をつき、潰された目を手で覆った。
「げぎゃあ! げぎゃあ!」
ソフィーは止めは刺さず、最後の一匹に向かう。
「はあっ!」
ソフィーの裂帛の気炎一太刀。
〈身体強化〉によって底上げされた膂力によって放たれる袈裟斬りが、ゴブリンを肩から両断する。
ソフィーは足元のゴブリンの息の根が止まったことを確認すると、目を潰された二匹目のゴブリンに歩み寄って行く。
そして遠くから見ていただけの陽斗にも、ザシュッと幻聴させるかのような躊躇いのない手並みで首に剣を突き入れた。
ソフィーは血を払うように剣を閃かせると、腰に差した鞘にそれを収める。
「なかなかやるっすね」
「そうなのか?」
未だ相手の強さというものを測り慣れていない陽斗が聞く。
「二匹目の時止めを刺すことに拘らずに的確に動きを制限させて、三匹目に向かったのは良い判断っすね。ソロみたいっすしきっと普段からああいう戦い方をしてるんすね」
生命を奪うというのは言葉にすると簡単だが、戦いの中で確実にそれをしようとすると案外難しいことが分かる。それは刃物を持っていたとしても変わらない。
ゴブリンは人間に近いフォルムをしている。その場合確実な方法は喉か心臓を突くことだが、多対一の場面で突きを使うと身体に刺さって剣が抜けなくなるというリスクが付きまとう。
突き以外となると、次点は首もしくは頸動脈の切断だ。しかし前者はかなりの力がいる技だし、後者の場合は的が小さく戦闘中に細かい狙いを付ける余裕があるとも限らない。
多対一の戦闘でもし確実に一体の息の根を止めることに拘れば、その隙を突かれて背後からの一撃を許す結果に繋がりかねないのだ。
けれども今回のソフィーのようにゴブリンの大きい目玉ならば狙いやすい上に、ソフィーは匂いと足音を魔法で消していた。
ゴブリンが鼻と耳の良いモンスターでないと、光を失った状態でソフィーを捉えることは難しかっただろう。
しかし誰もが生きた敵に背中を晒すのは怖い。その恐怖心を殺しきって、理を取った心の強さを澪は褒めたのだ。
ソフィーがゆっくりと歩いて戻ってくる。その人影が近づくに連れ、陽斗と澪はあることに気づく。
「どうだった? 結構やるでしょ?」
その顔は自信ありげに微笑んでいた。
圧倒的な美貌を湛えながら。
「「…………」」
「どうしたのよ二人とも?」
何も言わない陽斗と澪を訝しく見つめるソフィー。その顔はどうしたのと言いたげに傾げられていた。
戦闘の興奮からか自分の状態に全く気づいていないソフィーに、仕方なく澪が指摘してやる。
「……フード取れてるっすよ」
「え?」
ソフィーの気の抜ける声が草原を駆け抜けた。
初めての戦闘らしい戦闘シーンでした。上手く描けているでしょうか。