第13話「再会 ――臨時チーム結成―― その1」
翌日。
陽斗たちは再びギルドの扉をくぐっていた。
時刻は混雑する早朝を外した午前九時頃。冒険者の姿はギルド内にまばらにあるだけ。
そんな中で陽斗はクエストボードの前に立ち、受けるクエストを吟味していた。
「今日はどれにするか……」
「そうっすね~今日はゴブリンなんてどうっす?」
夕飯の献立を決めるような軽い口調で、狩るモンスターを提案したのはメイド服をマントで隠した澪。
ゴブリンとは緑色の体躯に醜い鷲鼻のモンスターだ。人の子どものようなシルエットをしているのが特徴。知能が低く、人を見るや考えなしに襲ってくるという。
「そうだな。色んなモンスターとの戦闘経験が必要だしな」
それにするかとボードに貼られた紙に手を伸ばそうとしたところで、横合いから伸びてきた手とぶつかった。
陽斗は昨日と似たような展開に思わず微妙な顔になる。具体的には眉間と唇の下にシワが寄っている。
手の持ち主を見ればその人物はフードを目深に被っている。そのフードからわずかに覗くシャープな顎がこちらに向けられた。
「あれ? あんた確か……ハ、ハ、ハレルヤだっけ?」
「誰だよハレルヤって。ハしか合ってねえじゃねえか!」
「陽斗様、ルも合ってるっすよ。ルも」
「だぁー! だからどうした! 俺は陽斗だ。陽斗」
反射的に叫んでしまってからはたと気づく。
「その声……もしかして一昨日の暴力女か?」
ファーストコンタクトでいきなり殴られそうになったという印象は、中々忘れられない。
「そうそう一昨日会った……って誰が暴力女よ!?」
ガーッと声を張り上げるフードの女。一昨日出会って、澪がプレミア金貨と引き換えに情報を絞りとったソフィーだ。
陽斗は仕返せたことに満足して笑う。
「お返しだ。分かってるってソフィーだろ」
「そうよ。分かってるならいいのよ」
「で、暴力女はこんなところで何してんだ? まさか冒険者だったのか?」
一昨日はそんなことは言っていなかった。ギルド内でも女性冒険者というのは、見たことが無かったので陽斗は気になる。
「あっまた暴力女って言った! 訂正しなさいよね! 一昨日のことは謝ったでしょ!」
一昨日はいきなり殴りかかったことへの罪悪感からか大人しかったが、今日は一転して気が強い。ソフィーの素はこちらだ。
澪関連で陰湿な怒りを向けられてきた陽斗は、真正面からという気持ちのいい怒り方に好感が持てる。
なおも言い募っているソフィーに陽斗は謝る。
「悪かったって。もう言わないから許してくれ」
「ふ、ふん。次に言ったら許さないからね」
腕を組んでそっぽを向きながら言うのは、大声を出したことに羞恥心を感じたからか。
一昨日出会ったばかりにもかかわらず、仲の良さそうな雰囲気を漂わせる二人の背中に冷や水が浴びせられる。
「……何すかそれ。夫婦漫才すか? 天丼まで使っちゃって息ぴったり。ちょー面白いっすね」
「み、澪?」
ちっとも面白いと思ってなさそうな平坦な声。
陽斗とソフィーは同じような動きでギギギと振り向く。いつも通りの笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。真冬の雲のようなドロドロした瞳で、陽斗とソフィーを見つめている。
「ど、どうしたんだ。何をそんなに怒ってるんだ?」
陽斗の相変わらずな朴念仁っぷりに、澪はため息を付く。次いで面白くなさそうに、両手を頭の後ろで組んで目を逸らした。
「べっつにーっす。ただなんでそんなに仲が良さそうなのかなって、疑問に思ってただけっす」
「仲良くなんてないだろ? 誰がこんなフードの怪しい女と好き好んで仲良くなりたがるんだよ」
「ちょっ! 私だって好きでフードなんて被ってるわけじゃないのよ?!」
「じゃあ何でだよ」
「それは……」
それは、の後はゴニョゴニョと口の中で呟いていたのでよく聞き取れなかった。
「まあいいや。それでこのゴブリンの討伐クエストのことなんだがな」
「あっそうよ! それは私が先にそれを見つけたんだからね!」
この場にいる時点でそうなのかもしれないが、クエストを受けるということは本当に冒険者らしい。
「いや同時だったろ」それから陽斗は周りを確認する。「てかお前一人か?」
「そうよ」
だから何? とでも言いたげにつっけんどんなソフィー。陽斗の疑問は澪が口にしてくれた。
「冒険者は普通、チームを組んでクエストを受けると教えてくれたのはソフィーでは?」
一昨日ソフィーから冒険者について聞いた時、このように言っていた。冒険者は6人位のチームを組んで活動するのが一般的であると。
戦闘系クエストを受ける冒険者チームは、近距離主体の武術師、中距離で遊軍的な魔術師、長距離から高火力の一撃を繰り出す魔法師をバランス良く仲間に加える事が、一番生存率を上げる。
陽斗の疑問の真意を理解したソフィーが口を開く。
「ああ、そういうことね。まあいろいろあるのよこっちも」
なんだか言いたくなさそうな雰囲気を醸し出していたので、陽斗も澪もそれ以上の追求はしなかった。
「まあいい。俺らもお前もこのクエストを受けたいのなら方法は一つだろ」
他にゴブリン討伐のクエストはない。
「なに、決闘でもしようっていうの?」
そこに剣呑な空気はない。けれども言葉の裏で面白いじゃない、と言っているように陽斗には聞こえた。陽斗は呆れた声で否定する。
「違うっつーの。普通こういうときはじゃんけんだろ」
(どいつもこいつも好戦的すぎないか? 異世界人はみんなこうなのか?)
「じゃんけん? 何それ?」
ソフィーは首を傾げる。陽斗は思いもよらない返答に吃驚した。しかしすぐにここは異世界だったなと思い直す。
「じゃんけんってのは――」
陽斗はじゃんけんのやり方を説明する。
「ふーんなるほどね。コイントスの方が白黒付けるのには便利だけど、あれは表裏の操作もできるから、こっちの方が不正の入り込む余地がなさそうでいいわね」
「そういうことだ。いいか?」
「ええ、いいわ」
フードの下からは余裕が透けて見える。さっきまで知らなかったじゃんけんに、どこからそんな自信が出てくるのだろうと陽斗は不思議に思った。
もしかして自分の知らない魔法で相手の手が読めるとかかもしれない。しかし提案したのは自分。ここは引き下がれなかった。
「じゃあ行くぞ? ……「じゃーんけーん」」
二人は声を揃えて肘から先の動きだけで手を振り下ろす。
「「ぽい!」」
二人が出したのは互いにパー。つまりあいこだった。
「む」
「あっ」
お互いがお互いに睨み合う。陽斗はフードの穴を見ているだけだが。
「「あいこでしょ」」
またしてもあいこだった。今度はチョキで。
『……あいこでしょ!』
『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』『あいこでしょ!』――
なかなか勝負が決まらずにあいこを繰り返す二人。そんな彼らを澪は冷めた目で見ていた。
そして――
決着は着かないまま次がとうとう30戦目である。
「「ハァハァ」」
一勝負毎に大声で掛け声を叫んでいた二人は息も絶え絶えだった。
「ね、ねえ」
「な、なんだ」
「提案があるんだけど」
「奇遇だな。俺もお前に提案しようと思っていたことがあるんだ」
二人はお互いを――やはり陽斗はフードの穴を――見つめ合い呼吸を合わせて、
「「次で勝負が決まらなかったら一緒にクエスト受けようぜ(ましょう)!」」
一瞬の沈黙。
「「じゃーんけーん」」
二人は互いの力を認め合う男臭い笑みを浮かべる。
「「ぽい!」」
結果は――
「ぷっ」
「あはっ」
二人は堰を切ったように笑い続け、やがてがっしりと固い握手をかわした。
「あー楽しかった。あいこが30回連続ってどんな確率だよ」
「やっぱり珍しいことなのね」
「ああ……じゃあ?」
「ええ、一緒に受けてあげるわ」
「それはこっちの――」
「ちょ、ちょっと待つっす!」
床にしゃがみこみ、「どうせ幼なじみの私は最終的には月下氷人ポジっすよー。氷属性だけにあはは」などといじけていた澪が慌てて立ち上がり、陽斗の袖を引っ張る。
ソフィーに声が聴こえないところまで離れると、小声で話し始めた。
「ちょ、ちょっと陽斗様本気っすか? 本気であの女と行動を共にするんすか?」
澪の慌てようから彼女がこの意見に否定的であることが窺えた。
「ダメか? 澪が前に言ってたように悪いやつじゃなさそうだし、このクエストだけでもと思ったんだが……それに袖振り合うも多生の縁って言うだろ? これも何かの縁だ」
陽斗はグー、チョキ、パーと手を次々に変えた。
「本当に? 本当にこのクエストだけっすか?」
「そりゃな」ちらとソフィーを見やる。「アイツの実力もわからない内にチームを組もうなんて思わないさ。今回は簡単なクエストでのお試しみたいなものだな。それに足手纏は一人で十分だし……」
その足手纏とはもちろん陽斗のことだ。
「そんな! 私陽斗様が足手纏なんて思ってないっすよ」
「いいんだ。俺と澪の実力が掛け離れてるのは事実だ。未だにまともな魔法も使えないしな」
「あれには何か理由があるはずっす! それか私の教え方が……」
「ねえ」
「「えっ?」」
いつの間にか近くに来ていたソフィーが呆れを含んだ声音で話しかけてくる。
「相談は終わった? どうするの?」
陽斗は澪に視線を送る。逡巡した様子を見せたものの澪は最終的に頷いた。
「ああ、今回のゴブリン討伐クエストは共同で受けよう」
「臨時チームって訳ね。いいわさっそくカウンターに持って行って受注しちゃいましょ」
陽斗は今回字面通りに使っていますが、本来の『袖振り合うも多生の縁』という言葉の『袖振り合う』とは、往来ですれ違うときに袖と袖が触れ合うことを意味します。




