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虹のファンタズマゴリア~全属性チートは異世界で王の証~  作者: 神丘 善命
第一章:斯くて王は異世界に降臨す
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第11話「澪の実力 ――敵わない人―― その1」

 その後陽斗たちはウルフのクエストを正式に受注する。

 そしてクララに大男の後始末を頼むと、クエストを遂行しに行ったのだろう。ギルドを後にした。


「…………」

「声が出ないって顔だな。レンドゥス」


 諍いを初めから見ていた魔法師の男の肩に肘をのせたのは、彼の所属するチームのリーダーで、剣士のバンズだ。


「見たか……バンズ」


 レンドゥスは未だ陽斗たちが出て行った扉から、目を離せないでいた。バンズに視線を移すこともなく、彼の声はまるで望洋を前にした時のよう。


「見てたぜ。凄かったなあの嬢ちゃん」

「凄いなんてもんじゃない!」


 レンドゥスの唾を飛ばす声がギルド内に轟く。普段冷静な彼が、『つい』で大声を出すほどに強い衝撃を受けたのだ。


「おいおい落ち着けって……でもお前さんがそこまで言うなんてな」

「……悪い興奮してたみたいだ」


 レンドゥスは己の手を見下ろした。手は汗でびっしょりと濡れているだけでなく、小刻みに震えている。それを見たバンズがそれほどかと、鋭い視線を扉に向ける。


「やめておけ。俺たちが敵う相手じゃねえよ」

「いや別にそんな意図はないけどな……俺らでもか?」

「俺たちチームとあの娘一人なら分からん……だがお前も見ただろ。あの嬢ちゃん……いや少女が魔法で生み出した氷の上に立ったのを」

「あれにはビックリしたな」

「それだけで済んだのなら羨ましい限りだ。空中に浮かんだ氷の上に立つ……これだけの行動であの少女は、ここにいる全員に自分の力を見せつけた。

 彼女が生み出した氷は板だったが、俺には氷の刃が飛んできたように見えたね」

「それほどの意味を持つことなのか?」


 バンズが「凄いことは分かるんだがな」と頭をかく。

 彼は武術師だ。それも仕方ないだろうとレンドゥスは思う。だが少しでも魔法を齧ったことのある者なら分かるはずだ。あれがどれほどの神業かが。


 レンドゥスはあの少女が、水の国の女王の隠し子だと言われても信じただろう。あれができる者を他に思いつかないからだ。

 レンドゥスは説明する。仲間とこの場にいる同業者が、変な気を起こさないようにと願いを込めて。彼とて無謀に突っ込んで同業者が命を落とすのには忌避感がある。


「まず氷だ。これだけであることが分かる」

「純度だな」

「さすがにそれは知っていたか。そう……魔力の属性は六つだ。だが魔法にはさらに六つの属性が存在する。上位属性と呼ばれるものだ」


 魔力にはその質を測る上で重要な要素がある。それは“純度”。

 魔力はそれぞれの属性に対応した色を持っている。火なら赤。水なら青といった感じだ。


 個人の力で魔力を見ることができる者は魔眼持ち以外にいない。それでも自分の魔力を確認する術は、既に異世界にある。

 それで魔力を確認すると、個人で魔力の持つ色が微妙に違っていることが分かる。魔力の質が良い者ほど、色は澄んだものになっていく。


 その純度がある一定以上になると、“上位属性”と言われる属性の魔法を使えるようになるのだ。そして水属性魔力の純度が高い者が扱うことのできる上位属性が“氷”だ。


「つまりあの嬢ちゃんはとんでもねえ純度の魔力を持ってるってことだな」

「そうだ。そして上位属性を扱えるほどの純度の魔力を持つのは、魔法師、魔術師の中でもほんの一握りだ」

「お前が前に言っていたのを思い出したんだが、確か純度が高いとそれだけ魔法の威力なんかも上がるんだよな」

「ああ、おそらく水魔法も相当の威力を持つだろう」

「生まれもった純度が高いってだけで、威力も上がって上位属性まで使えるようになるってか、反則だな」


 剣士であるバンズは、「魔法の世界は才能の世界ってことかね」とボヤいてやれやれと首を振る。


「まあ、そうとも言えるかもな」

「それで? それだけじゃないんだろ」

「一番はあの少女が自らの生み出した魔法の上に乗ったことだな」

「それなのか? 誰だって固いものを作り出せば上には乗れるだろ」

「そりゃ地面に置いたのならな。その辺に転がすことは誰だってできる。だがあの少女がやってのけたのは違う」


 魔法にはもちろん仲間を巻き込まないために、威力や範囲を術者がある程度好きにできる。そしてそれを決めるのは術者のイメージだ。


 だからこそ魔法の発動位置を「その辺」と目に映る場所へと重ねるように、イメージすることは簡単だ。これを比較する意味において便宜的に、魔法発動における絶対位置指定と呼ばれることがある。


 絶対位置指定で生み出された魔法は、それ以降術者の意思を離れる。空中に石を生み出せば、重力に引かれて地面に落ちる。

 魔法によって推進力を付加されるようなものは別だが、それだって基本的には目標に向かって真っ直ぐ飛ぶだけだ。


 だが澪が生み出した氷の板は重力に引かれることなく、空中に在り続けた。絶対位置指定と対になる相対位置固定である。


 これは『物体もしくは魔法』と『魔法』の発動位置を、相対的に固定して発動させるタイプだ。

 これが難しい。理由としてはまず『魔法』と『魔法』の相対距離を固定する場合だと、二つの魔法の同時発動が前提だ。そして二つの魔法を同時発動するには無詠唱しかない。詠唱は一つの魔法としか対にならないからだ。


 そこでレンドゥスは、武術師のバンズが話について来れずに渋い顔をし出したのを見て、「まあすごい難しいとだけ理解してくれればいい」と説明を打ち切った。


「……お前は出来るのか?」

「出来ない。お前、心の中で全く同じ言葉を二つ同時に話せるか?」


 バンズは眉を寄せて黙りこんだ。どうやらレンドゥスの言ったことを試しているらしい。だがやがて息が詰まったようにプハァと吐き出すと首を振った。


「……無理だな」

「そういうこった」


 いったい頭の中はどうなっているのか。相対位置固定の魔法に挑戦し、挫折した経験のあるレンドゥスは畏怖すら覚える。本当に同じ脳みそなのかと。


「それをあの少女は笑いながら、喋りながら、そして……違う属性の〈身体強化〉を発動しながらやったんだ」


 そう言うレンドゥスは顔を青ざめて、夢なら醒めてくれといった表情を浮かべていた。


「……はっ?」


 レンドゥスの言葉に耳がおかしくなったかと思い、指を突っ込んで何も詰まっていないことを確認してから聞き直した。


「すまんが最後のなんて言ったかもう一度聞かせてくれないか?」

「……お前、なんであの少女がリバルディウスを挑発したんだと思う?」

「そりゃアイツが言って聞くようなタマじゃないと判断して、先に武器を抜かせようとしたんだろ? そうすれば全部アイツが悪いことに出来る」

「そうだ。街の中での武器、武器術、第九位階以上の魔法の使用は、自衛以外認められてない。そしてケンカでは先にそれらを使えば……まあ他の奴らの証言次第かも知れねえが、ソイツが悪いってことになる」


 常識だなと頷くバンズ。


「だが、あの少女が〈身体強化〉も無しに、あのデカブツのリバルディウスの腕を片手で掴んで止めたり、蹴りで吹っ飛ばせると思うか?」

「無理だな」


 武術師として己の身体を鍛えてきたバンズが即否定する。あの細いのじゃパワーが足りねえ、と。

 それこそパワーに偏って補正の掛かる火属性の〈身体強化〉を掛けてもらわなければ、バンズにだって出来ないだろう。


「……ってあの娘がバンズの腕を掴んで止めた時には、既に〈身体強化〉を発動していたってのか?! 魔力を感じなかったぞ!」

「そうだ。氷属性の魔法を発動しながら火属性の〈身体強化〉を発動したことも驚異的だが。一番は魔力を感じなかったことが問題なんだ」


 魔力を身近に置く者ならば見ることは出来なくても、魔法使用に際したその高まりなどは感じ取ることが出来る。

 〈身体強化〉とて魔法だ。歴戦の猛者であるバンズに悟らせないで使うことなど不可能に近い。


 だが澪からはその魔力を感じなかった。


「あの少女はリバルディウスが武器を抜く前に、魔法を使っていたことになる。だが……おそらくこの中の誰も、少女が〈身体強化〉を使ったことを感じられなかっただろう」

「どうしてだ」


 己が鍛えて信じてきた察知能力を否定された気になったバンズの声が、少しだけ荒くなる。


「実は〈身体強化〉には二つの種類がある」

「……初耳だ」

「魔法型と魔力型だ。一般的に知られている〈身体強化〉は前者で一種の支援魔法バフとも言える」

「支援魔法っていうと、光属性の〈攻撃力上昇〉とか〈防御力上昇〉とかの?」

「その通りだ。バンズが言ったのが能力の一部上昇魔法だとしたら、魔法型の〈身体強化〉は全身強化魔法ってところだな」


 魔法型の〈身体強化〉は他の魔法同様に、詠唱を行い一定の魔力を消費し、一定時間魔法の恩恵を受ける。だが、澪の発動した〈身体強化〉は違う。


「あの少女が使ったのは、魔力を直接全身に流して強化する魔力型だ」


 これがまた難しい。なぜなら身体の強化に必要な魔力量など、その時々で変化するので把握しきれるはずがない。いわんやそれが出来たとしても随時寸分違わず、必要な場所に必要な量をコントロールすることなど不可能に近い。


「結果思った出力を出せず力負けしたり、逆に魔力を必要以上に消費しすぎて枯渇を早めたりといいことがねえ。せいぜい好きなときに発動を止められるくらいか」


 そしてこれを使う多くの者は、一瞬だけだからと少ない量をコントロールするより多くの量で〈身体強化〉の魔力を賄う。

 魔力型を繊細な魔力コントロールなしに、魔力を垂れ流しながら戦闘中使い続けられるのは、ごく一部の魔力バカ位のものだろうと、レンドゥスは付言した。


 そうして無駄に消費された魔力があれば、他者にも察知される。

 しかし澪はどれにも当てはまらない。


「つまり……どういうことだ?」

「あの少女は己の身体を知り尽くし、動く中にあって変化し続ける必要な魔力量だけを、寸分の狂いなく完璧にコントロール。全身に行き渡らせて消費しきっているってことだ。だから〈身体強化〉が体内だけで完結して魔力が漏れ出てこない」


 魔力型は体内で『余剰に』魔力を消費しなければ、〈身体強化〉の発動を察知できない。

 誰も感知していないのだから、誰も澪がリバルディウスが武器を抜く前に、〈身体強化〉を使っていたと証言できない。


 レンドゥスは完全犯罪の出来上がりだな、と肩を竦めた。


 一体いくつのことを同時に行っているんだと、問い詰めたい気分になる。

 そこまで聞いてバンズも澪の凄さを身にしみて理解したようだった。その時に浮かべていた表情は、初めに声を掛けた時にレンドゥスがしていたのと同じ表情。つまり――


「声も出ねえって顔だな」


 レンドゥスが皮肉げに唇をひん曲げて言う。もちろんバンズを挑発する意図ではない。

 自分の言った言葉をそっくりそのまま返されたバンズは目を見開き、


「……人間かあの娘」


 レンドゥスは目を伏せて何かを諦めたように言う。


「天才なんてもんじゃねえ。ありゃ化け物だ」


 違う属性を同時に操り、神業の如き高等テクニックを笑いながら複数操る少女。それと比べてしまえば自分はなんだ。ゴミのようなものだ。

 彼の精神衛生上、澪は人間ではない方がありがたかった。


 彼は周囲に目を向けて、さもありなんと首をふる。

 話に聞き耳を立てていたギルド内の者たち。それはその場にいた殆どの者たちがそうだ。全員が全員誰も話し出そうとはしない。


 この中でも最高位冒険者であるランクBの自分でさえ足元にも及ばないという旨の会話は、そこを目指す者達にとって余程の衝撃を与えたのだろうと自嘲する。


 おそらく自分がこの中で最も魔法に長けていることすら、澪は気付いていただろうと思う。

 何故なら……寒気がする考えを即座に捨てる。自分の半生が否定されるようでこれ以上は考えたくなかったのだ。


 その後ギルド内は葬式のような静寂に包まれ、なかなかいつもの喧騒はもどってこなかったという。

次話は、陽斗と澪のお話に戻ります。

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