九
ランディが、跳んだ。
軽い動きでオーガの左腕に飛び乗る。
「ヴィンセントさんは、総合的には俺より優れた冒険者だと思う。でも相性として、ここでは俺の方がお前の相手に相応しい」
オーガが腕を振るが、ランディは逆側の肩へ飛び移った。
「巨大な敵を相手にする時に取り得る方法論――その一つは、より大きく、より強く、だ。相手の力を正面から受け止め、打ち砕く。
――だが、それが叶わないならば」
肩に乗ったランディを掴もうとするオーガ。
ランディはそれも跳んで躱し、宙に舞いながら、双の短剣を立て続けに振るう。
頭部。肩。首筋。傷が塞がりかけている左目。どこと言わず刃が疾走り、血飛沫が舞う。
「より小さく、より疾く――それらもまた突き詰めれば充分な武器になる!」
●
エルバートが硝子瓶を取り出す。
一見中身が空のその栓を抜こうとした時、
「――!」
鋭く踏み込んだヴィンセントの剣がそれを断ち斬った。
慌てて飛びすさるエルバート。
地面に転がった硝子瓶の破片が細かく震え、周りの土と一緒に塵となっていくのを眺めながら、ヴィンセントが口を開く。
「魔術ってものを大雑把に分類するなら――まあ分類の仕方なんざいくらでもある訳だが――とにかくその一つとして〝術を構成する要素を全てその場で構築する〟か〝事前に用意しておいて必要な時に発動させるだけ〟かって分け方がある。前者の代表は呪文を唱える詠唱魔術、後者は呪符魔術なんかだな」
「これは私がワードゥスより賜った〝力〟だ。魔術などという下賎なものと一緒に――」
「うるせ黙ってろ。このナンタラ魔術って呼称もそもそも術の発動過程から客観的に名前を付けただけの些か乱暴な分類ではある訳だが、それに倣うならあんたのそれは瓶魔術ってとこか。事前に儀式を行って術を封じておいた瓶を使う訳だろ。栓を抜くなり、叩き割るなりして。そこに介入すれば、意図通りには発動しない」
「貴様、魔術師か……?!」
「違ぇよ。だがまあ冒険者ってのは総合職なんでな、知識は何でもあって困るもんじゃねえのさ」
そしてヴィンセントはエルバートに向かって剣を突き付けた。
「さて、あんたの賞金は『生死問わず』って話だったよな。どうする? 投降とかするか?」
●
「せいっ」
気合の声と共に土人形が地面に叩き付けられた。
胴に大きく亀裂が入り、それでもまだもがいているのを、首の辺りを踏み砕いてようやく動きが停まった。
「――ふうっ」
ジャネットが額の汗を拭った。
「そろそろ終わりですかねー」
「そのようですな」
大剣を振って、突き刺さったままだった土人形を除けながら、エヴァドニが応えた。
周囲を見る。まだ立って動いている土人形は七、八体といったところ。遠巻きに彼女らを見て(?)いる。
「ジャネット」「エヴァ」
シャルロットとコンスタンスが近づいて来た。
「ああ、危ないので近付き過ぎないでくださいねー」
「が、あまり離れ過ぎないようにもお願い致します」
「難しいことを言うのう」
苦笑しながら、シャルロット。
それから森の方角を見る。
ランディとオーガ、ヴィンセントとエルバートの戦闘が続いている。どちらも冒険者側が一方的に攻め、怪物と魔術師は防戦一方だ。
「あちらもそろそろ大詰めじゃのう」
「そうですねー」
ジャネットが相槌を打ち、それからふとシャルロットの方を見る。
と、
「――! シャルロット様……!」
「む?!」
丁度シャルロットのすぐ後ろの足元に転がっていた土人形が立ち上がったところだった。
片腕が砕けているがどうにか動作に支障は無いらしい。残った方の腕をシャルロットに向かって振りかぶる。
ジャネットが疾走り、エヴァドニが大剣を構えるが、どちらも間に合わない。
コンスタンスが悲鳴を上げかけ、遅れて振り返ったシャルロットがようやく土人形に気付き、しかしその腕が振り下ろされようとした時――
「でぇい!」
気合の声と共に、さらに後ろから髭面の男が手に持った棍棒で土人形の頭を殴り付けた。
地面に倒れた土人形に、さらに何度か棍棒を振り下ろす。
「ど……どうだ!」
もはやただの土塊となったそれをなおも何度か殴ってから、ようやく男は顔を上げた。
「大丈夫か、お嬢さん」
荒い息を付きながらシャルロットに問う。
「う、うむ、助かったぞ」
「シャルロット様! お怪我は……?!」
ジャネットがその身体を抱きしめた。
負傷が無いことを確認し、髭面の男に顔を向ける。
「有り難うございます。でも、何故……?」
「あん? 何故って……」
「我々のことを胡散臭く思われていたのでは?」
「そりゃあ……」
髭面の男はしばし考え込むように口ごもったあと、
「まあ、それは無くも無いが、目の前で傷つけられそうになっているのを見過ごす程でもない。ましてや、村の者でもない旅人が戦っているのに我々だけが隠れている訳にもいかん」
「はあ……」
見れば髭面の男だけでなく、他にも何人かの村人が手に手に農具の類を構えて立っていた。
「さあ、せめて残った化け物だけでも我々で退治するんだ!」
「「「お、おう!」」」
髭面の男の激に村人たちが応えると同時、
「――――!」
オーガが咆哮を上げ、放った拳をランディが跳んで躱し、またエルバートの手元から激しい音を立てて電光が飛び、ヴィンセントが盾を放り投げてそれを逸らした。
それを見て、
「……あ、あっちには近付かんでおこう」
髭面の男がそう付け加えて、土人形たちの方へ走って行った。
「では、後は皆様にお任せするとしましょう」
コンスタンスが笑顔を浮かべながら言い、
「そうですねー」
「はっ」
ジャネットが脚を伸ばして地面に座り込み、エヴァドニは大剣を地面に突き立てた。
●
そして、
「だああああッ!」
大きな踏み込みと共にランディが突き出した双の短剣がオーガの身体を貫いた。
一本は首元を、そしてもう一本は――心臓を。
「…………!」
オーガは咆哮をあげようとして、代わりに血の塊を口から吐き出した。
腕を上げようとして、しかし上がらず、やがてその身体から力が抜けていく。
「よっ」
ランディが剣を抜きながらその身体を横に逸らした。
地響きを立てて、オーガの身体が地に伏した。
懐に手を突っ込んだエルバートが、そのまま動きを停めた。
「むう……!」
「もう品切れか?」
ヴィンセントが問う。盾は手放し、兜にも鎧にもいくつもの切り傷や焼け焦げがあるが、負傷している様子は無い。
「まだだっ!」
エルバートは手を出した。そこに握られているのは小瓶ではなく小刀だった。
それを腰溜めに構え突っ込んで来る。
が、
「そら」
あっさりとそれを躱したヴィンセントが、膝蹴りを鳩尾に叩き込んだ。
「かはッ……」
肺の中の空気を全て絞りだされ、そのままエルバートは地面に倒れた。
「えいやっ!」
髭面の男が棍棒を振り下ろし、最後の土人形が打ち倒された。
もう何度かそれを殴りつけてから、ようやく髭面の男は顔を上げた。
村人たちが地面に倒れた土塊をまだ農具で殴りつけるなどしており、森の方を見れば冒険者たちの戦いも決着したらしい。
それを確認し、一度大きく息をつくと、髭面の男は棍棒を持った拳を天に掲げた。
腹の底から大声を出す。
「うおおおおおお!」
他の村人たちがびくりと振り返った。
それから間を置いて、彼に倣う。
「うおおおおおお!」
「おおおおお!」
「うおおおおおおお!」
恐る恐る出て来た他の村人たちも、少しずつ、それに加わり始めた。
ヴィンセントは軽く肩をすくめ、苦笑と共に親指を立てた拳をランディに向けた。
それを見たランディも、同じ仕草をヴィンセントに返す。
勝鬨が何度も、村の空に響いた。
●
と、
「我々はラファール王国王都所属・銀狼騎士団である! 怪物はいずこか!」
声が来て、皆が動きを停めた。
街道の方角からだ。見ると、十騎ほどの騎馬の姿がそこにあった。
乗り手はいずれも金属の兜を被り、身体にはマントを羽織っている。
後ろの方には馬車も一台、続いていた。
「……騎士団だと?」
ヴィンセントが呟く。
沈黙の中、馬車は街道に残したままで騎馬が村の中に入って来た。
寺院を越え、先程まで戦場だった辺りまでやって来る。
ある程度近付いたところで彼らは馬を停め、先頭の騎士が馬から降りた。他よりもやや派手な兜を被った壮年の男だ。
騎士は甲冑を鳴らしながらさらに歩いて近付いて来る。
「代表者は誰であるか」
という問いに、村長が前に出て
「わたくしでございます」
と応じた。
騎士は村長と向かい合うように立ち、それから周囲を見渡した。
手に手に農具を持ち、興奮した様子で立ち尽くす村人たち。
あちこちに転がった、人の形をした土塊。
視線を遠くに向ければ村の奥の方には、地面に倒れたオーガと、魔術師風の格好の男、そしてそれぞれの側に立つ冒険者風の出で立ちの男たち。
それらをひと通り見て、それから目の前の村長に視線を戻し、騎士は問うた。
「ひょっとして、もう終わってしまったのか?」
「ええ、まあ」
村長が答え、再び沈黙が辺りを支配した。