第二百二十八章 頼まれなかったこと
水曜日の朝、会社の入口に新しい掲示が出ていた。
「本日、午後より設備点検を行います」
作業中は一部の場所が使用できなくなるらしい。
詳しい時間は書かれていなかった。
「何時から?」
同僚が掲示を見ながら言った。
「午後って書いてある」
「それだけ?」
「そうみたい」
午前中は普段通りに仕事が進んだ。
昼食を終えたころ、担当者がやってきた。
「点検は一時半からです」
「一時半から使えなくなる?」
「一部だけです」
「どこですか?」
担当者が場所を説明した。
透は自分の作業場所を確認した。
直接は関係なかった。
午後一時半になると、業者が入ってきた。
二人の作業員が機械の近くで準備を始める。
「ここ、通っていいですか?」
社員が尋ねる。
「今は大丈夫ですが、作業が始まったら通らないでください」
「分かりました」
それからしばらくして、通路が一つ閉じられた。
別の通路を使うことになった。
誰かが、
「最初から書いておけばいいのに」
と言った。
別の人が、
「現場を見ないと分からないんじゃない?」
と答えた。
透は二人の話を聞いていたが、何も言わなかった。
夕方、点検は予定より早く終わった。
業者が帰ったあと、担当者が言った。
「明日から通常通りです」
「もう終わったんですか?」
「はい」
「じゃあ、今日だけだったんですね」
「その予定です」
帰り際、同僚から声をかけられた。
「透、明日ちょっと手伝ってくれない?」
「何を?」
「倉庫の整理」
「何時?」
「朝」
「何時くらい?」
「九時くらい」
透は少し考えた。
「九時なら大丈夫」
「助かる」
「何を整理するの?」
「古い資材」
「分かった」
その日の夜、彼女から電話が来た。
「今日、誰かに頼まれた?」
「明日、倉庫の整理を頼まれた」
「珍しいね」
「そうかな」
「透って、頼まれると断れない感じがあったから」
透は少し黙った。
「明日は時間があるから引き受けた」
「うん」
「時間がなかったら断ってたと思う」
「それならいいんじゃない?」
「そうだね」
少しして、彼女が言った。
「今日、私も頼まれた」
「何を?」
「買い物」
「誰に?」
「近所の人」
「引き受けた?」
「断った」
透は少し驚いた。
「忙しかった?」
「忙しくはなかった」
「じゃあ、どうして?」
「今日は家で休みたかったから」
「なるほど」
「頼まれたからって、やらなきゃいけないわけじゃないでしょ」
「うん」
彼女は少し笑った。
「透もそう思う?」
「思うよ」
電話を切ったあと、透は明日の予定を確認した。
九時から倉庫の整理。
それ以外は特にない。
頼まれたことを引き受ける。
頼まれていないことを勝手にする必要はない。
断ることも、引き受けることも、その時の自分が決めればいい。
透はそう考えて、目覚ましを少し早めに設定した。
翌朝、頼まれた時間に間に合うようにするためだった。




