彼女、料理する
俺は野菜炒めのレシピをスマホに表示し、燐華さんの目の前に置いた。
「燐華さん。必ず、か、な、ら、ず。このレシピを見ながら作るんですよ」
「そ、そんなに強く言われなくても分かってるよ!」
燐華さんは、レシピをジーっと読み始めた。
これで一安心だと思い、俺は野菜を切り始める。
人参を切っていき、半分くらい切り終わったところで、何となく燐華さんをチラ見した。
燐華さんは、オイスターソースを皿に入れるところだった。
レシピでは、大さじの半分ほどだったはずだ。
燐華さんは、大さじ一杯入れ、また一杯入れ、また。
「燐華さん......!」
俺は、燐華さんの両頬を手で押さえつける。
頬が押しつぶされ、燐華さんの口がタコみたいになる。
「ふぁ、ふぁなひて〜」
俺は手を離し、燐華さんの弁解を聞くことにした。
「レシピを見ながらって言いましたよね?」
「見ながら調理してるよ! でも、レシピを守れとは言われ......。ふぇ〜やめへ〜」
俺は再び頬を押さえつけた。
「とにかく、レシピを守ってください。味が濃くなりすぎたり薄くなりすぎたりしちゃうので......」
「えー......。じゃあ、私の創作意欲が爆発思想になった時はどうすれば......」
「我慢してください!」
「むー......」
燐華さんは頬を膨らませ抗議する。
だが、俺はそれを気にせず、調理に戻った。
野菜を切り終わり、炒める段階になると、俺はフライパンを取り出した。
「私が炒めたい!」
燐華さんが無邪気な子どものように、俺からフライパンを奪おうとする。
「大丈夫ですか......?」
今までの様子を見ていて、俺は不安だった。
「大丈夫だって! 任せてよ!」
「そ、そこまで言うなら......」
俺がしっかりと見張っていれば問題無いか、そう思い、燐華さんに任せることにした。
「えーっと......。野菜と豚肉を入れて......と......。火はこのくらいかな......?」
燐華さんはレシピを読みながら、調理を進めていく。
「よし! それじゃ、炒めるね!」
燐華さんは菜箸で野菜を炒め始めた。
少し様子を見て、特に問題無さそうだったため、俺は凄く安心した。
「あ、料理酒も入れる......と......」
燐華さんは料理酒の蓋を開け、フライパンに入れた。
そして、再び炒め始めるのかと思いきや、ジッーと料理酒を眺めている。
「ま、待ってくだ......!」
遅かった。
燐華さんは料理酒をラッパ飲みし始めた。
「な、何やってるんですか!」
「いや、飲んだこと無いから気になって......」
「ダメですよ! 料理中に飲んじゃ! そもそも、飲むことを想定して作ってないですから、料理中じゃなくてもダメです!」
「そっかぁー。どうりで味が微妙な訳だ......。......志永くんも飲んで見る? あっはっはっはっは」
燐華さんの顔が、アルコールの影響でだんだん赤くなっていく。
「さて、お酒を飲みましたし......。本調子となったところで、私のテクニックを見せちゃおうかな!」
燐華さんはフライパンの取っ手を持つ。
そして、まるでチャーハンを作るかのように、激しくフライパンを動かし始めた。
「ちょっと! 危ないですって!」
「だいじょぶだって!」
燐華さんは俺の言うことを聞こうとしない。
「ダメですって!」
俺は無理やり火を止める。
「本当に危ないですから! 俺がやります!」
「ケチー......」
燐華さんは拗ねてしまい、渋々フライパンの前から立ち退いた。
「もう......」
俺は再び火を付け、炒め始めた。
それからは静かだった。
燐華さんは反省しているのか、一言も話さなかった。
(......怒りすぎたかな?)
お酒を飲んだ燐華さんがここまで静かになるなんて、相当落ち込んでいるに違いない。
俺は、野菜炒めが完成したら、強く言い過ぎたことを謝ることにした。
「そろそろ仕上げかな......」
「志永くん!」
「燐華さん!?」
「ごめん......。私、調子に乗りすぎちゃった......!」
燐華さんの目から、涙が零れ落ちる。
どうやら、相当反省しているようだ。
「だから、最後の仕上げは私にやらせてほしい!」
「燐華さん......! 俺こそすみません! 強く言い過ぎちゃって......! どうぞ、最後の仕上げをお願いします!」
「任せて!」
俺は燐華さんと代わる。
すると、燐華さんはニヤリと笑った。
「......やっぱり、志永くんは優しいね。優しすぎるよ」
そう言いながら、燐華さんはウイスキーを入れ始めた。
「ちょっと!」
「さぁ! 最後は私のフランペで仕上げるよ!」
「や、野菜炒めはそういう料理じゃないですって!」
酔っている燐華さんの手元は震えており、ウイスキーがフライパンの外へと零れる。
そして、それは火で引火し、大きな火柱が完成した。
当然、火災報知器は鳴り響いた。
隣の部屋から、ドタドタと慌ただしい音が聞こえ始める。
「......てへっ」
俺は膝から崩れ落ちた。
そして、前と同じように、他の住民に説得しようとしても聞き入れてもらえず、消防士と管理人にこっぴどく叱られた。




