第34話 「最後の声」
知らせは、夕方に来た。
ラジオの音が、いつもより少しだけ大きく聞こえていた時間だった。
電話が鳴る。
短く、二回。
翔が受話器を取る。
「……はい」
相手は、病院だった。
聞いたことのある名前が出る。
フミの名前。
一瞬、意味が分からない。
「……え?」
聞き返す。
でも、返ってくる言葉は変わらない。
同じ内容を、少しゆっくり言われる。
今度は、逃げられない。
「……分かりました」
それだけ言う。
声は、思ったより普通だった。
受話器を置く。
カチン、と音がする。
それで——終わる。
「……どうした」
隆一が聞く。
翔は、少しだけ口を開く。
言葉が出るまで、少し時間がかかった。
「……フミさん、亡くなったって」
静かに言った。
空気が、止まった。
ラジオだけが、流れている。
場違いみたいに、明るい声。
葬儀は、小さかった。
本当に、小さかった。
参列者は、数えるほど。
昔なら、もっと来ていた。
この町なら、もっと集まっていた。
顔見知りが。
名前を呼ぶ声が。
笑いながら泣く人が。
でも——
もう、いない。
繋がりが、残っていない。
静かなまま、進む。
焼香の列も、すぐに終わる。
並ばない。
続かない。
それが、すべてだった。
翔は、前に立っていた。
動かない。
ただ、見ている。
フミの顔。
静かで、穏やかだった。
あのときと同じ。
坂の下で、立っていたときの顔。
「……こんなもんか」
誰かが、小さく言う。
悪意はない。
ただの現実。
でも——刺さる。
隆一は、何も言わない。
ただ、前を見ている。
拳が、少しだけ固い。
外に出る。
風が、少し強い。
空は、やけに明るい。
終わった、という実感だけが残る。
誰も、長く残らない。
すぐに散る。
それぞれの生活へ戻っていく。
ここに留まる理由が、もうないから。
翔は、立ち止まる。
少しだけ、振り返る。
小さな会場。
もう灯りが消えかけている。
その光が——
やけに、弱い。
「……これで、終わりか」
自分でも気づかないくらい、小さな声。
でも——確かに言った。
隆一は、横で煙草に火をつける。
一口吸って、吐く。
「……ああ」
それだけ。
短く。
でも、全部含んでいる。
フミがいなくなって、
この町を“あの町として知っている人間”が、また一人いなくなった。
それはつまり——
もう、戻らないということだった。




