第四章 八月上旬~九月中旬 37
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「西野さんの方、両親の反応はどうだった?」
今度は、春夫が聞く番になった。
「私?概ね、良好だったわね。父親は、女性の恰好で営業を許すなんて時代も変わったな、ってフェルシアーノにある意味感心していた。内心、感謝もしていたと思うわよ。それと、私が、昼間の仕事についてよかった事情があったのよ。アネキがさあ」
「アネキ?」
「いつの間にか、結婚間近になっていたのよ。私がニューハーフなのは、カレシもその親も理解を示してくれてるみたいだけど、アネキとしては、ニューハーフクラブで踊ったり男性のお相手をしているよりOLしてくれてる方がいいみたいで、絶対、やめないで頑張りなさいよ、って繰り返された」
「もうひとつの方は?」
春夫は、気になっていたことを聞いた。
「もうひとつって?」
「性転換じゃなくて性適合手術」
「ああ、それね」
「うん」
「言わなかった。だけど、すると決めたら、やっぱり、両親には言うつもりあるんだけどね。もう一度、冷静に、トータルに考えることにした。私、ハル君に言ってないことがある」
「冷静に、トータルに考えるの中に入れるべき何か?」
「そう」
明美は、少しの間をおいて続けた。
「言っちゃうとね、私が、膣を形成しようとしたのには、ある男への想いみたいなのがあったのよね」
迷いがあるのか、間があいた。春夫は、明美の次の言葉を待つ。
「ある男性を巡って取り合いみたいのがあって、結局、私は、戦いに敗れたんだけど、ライバルは、タイで手術していて形の上でも女性になっていたのよね。今思うのは、それが、尾を引いて手術したいと強く思うようになったんじゃないかって。それとね、手術って、一般の人が考えるよりずっと大変なのよ。まず、一定期間、会社を休まなければいけない」
「どれ位?」
「一ヶ月程度かしらね。それは、会社のお許しが出れば解決だけど、問題は、体の方。オチンチンなくして膣形成をしました、はい、あなたの体は、今日から女です、好きな男とセックスバンバン出来ますよ、じゃないの。ダイレーションっという過酷な試練が待っているのよ」
「ダイレーション?どこかで聞いたような」
「熊谷の帰り、飲んだ時に言ったでしょう」
「ごめん、酔って聞き流してた。それが、過酷な試練なわけ?」
「みたいなのよね。言ってみれば、拡張工事。穴にだんだんと太い棒を挿入していく、って言えばイメージしやすいでしょ?ヨシノで性転換手術の件でいろいろ聞いたって言った早苗ちゃんに、『ダイレーションって辛い?』って聞いたら『そりゃあ、もう』で沈黙しちゃった。それにダイレーションの過酷な試練を乗り越えても、体調を崩す後遺症に悩まされてる人もいるのね」
「大変なんだあ」
「そう、私達って、せっかく生を受けたのに、自分の体を呪う時が、人生で幾度もあると思うけど、性転換手術に自らの肉体を呪う人も間違いなくいると思う」
明美の声のトーンが急激に下がった。
「少なくとも今は性適合手術はしないに一票。うちの会社で頑張ってれば、その男性のことも離れて行くだろうし、それ以上にあなたの体が心配」
「ありがとう。その男との距離は、随分離れたけどね。とに角、フェルシアーノの営業の仕事、楽しいし。まっ、しばらくは、女として男に抱かれながら、オチンチンでも感じちゃってるずるい女で生きていくことにするより他ないかしらね」
「今、西野さんは、カレシいるの?」
「妄想、ひとりエッチ。話題変えましょう。塗り絵、通販でA3サイズの五枚セットっていうのを見つけて購入したわ。今度は色鉛筆、クレパス、絵の具をフル動員して最高の作品にするから楽しみにしていて」
「好きだなあ。デザイン課の矢野さんいるでしょ。あの人、個展を開いた川上まさえさんの後輩で、朝、ふたりの芸術展のパンフレット渡したんだけど、ゴールドのマニキュア塗ってた」
「矢野さん素敵よね。着ている物でもアクセサリーでも、センスがいい女性。今朝もベージュのフリルトップスにホワイト系のパンツをかっこよく着こなしていたから、『お似合いよ』って言ったら、『ありがとう』って嬉しそうな顔してた。カレシ幸せ」
「カレシいるの?」
「さあ。いたら、の話よ。仮定の話。気になるの?」
「西野さんにカレシがいても全然かまわないけど、矢野さんにカレシはちょっと嫌だ」
春夫は、明美に本音を言った。




