第四章 八月上旬~九月中旬 14
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上野から谷中までは、タクシーで、すぐだった。北口を出て谷中商店街の手前を左に進んで行く。さほど、寂しい場所でもなかった。
明美の新しい家は、五階建ての薄い黄緑色のコンパクトな印象を与えるマンションだった。
「街灯に照らされたこの感じ好きなのよね」
明美は、建物を見上げて言った。
「大丈夫よ、ちょっとあがってって」
「本当に変なことするなよ」
「築何年?」
「二年とか不動産屋さんは言ってたわね」
「新しい」
エレベーターで三階にあがり二番目が明美の部屋だった。
「座って」
明美は、ダイニングの椅子を春夫にすすめると、木の引き戸が開け放たれたリビングの明かりをつけ、エアコンのスイッチを入れた。
「麦茶でいい?」
「うん」
大きめのコップに入れた麦茶が春夫の前に置かれた。半分ほど飲んだところで春夫は立ち上がった。
「お部屋拝見」
春夫は、リビングの方に移動した。
「どうぞ。じっくり、ごらんあそばせ」
一気に部屋が明るくなった。
ピンクのカーペット。全く、ピンクが好きだ。
大型テレビが、窓際に置かれ、テレビを観るのに調度いい場所に、どんな座り方をしてもすっぽり身体を沈めてくれる今流行りの葡萄色の正式名称は知らないぐったりクッションが置かれている。
上にコケシやぬいぐるみを置いた本棚、ノートパソコンを載せた幅が狭いホワイトのデスク、キャスター付きの椅子があった。カーテンは、明るいブルーである。
「やっぱり、女性の部屋だよね」
「そうかしらね。後で見せてあげるけど、寝室の方が、この部屋よりもっと女性的だわよ」
「まさか、女性用下着が散らばっていたりしないよね」
「散らばっているかもよ。ベッドの上には脱ぎ捨てられた可愛いベビードールとかがあったりして、ハル君その気になっちゃうかも」
「帰る」
「冗談よ」
「だけど、西野さんは、あれだね。エンターティナーとしての才能が本当あるね。ヨシノの時も感じたけど、今日のバラード聴いてますますそう思った」
春夫は、ダイニングの椅子に戻ると言った。
「嬉しいけど、だから、さっさとニューハーフクラブに戻りなさい、とか暗に言ってるんじゃないでしょうね」
「違う、違う。今、あなたに辞められたら、フェルシアーノにとって損失大だよ。積極性が他の営業部員にも間違いなく刺激になってるしね」
「夏休みうちに帰ったら、ハル君のこと家族に話すわ」
「変なこと話さないでよね」
「そこは、責任持てませんわ。まあ、悪いことは言わないつもり」
「お父さんとお母さんにどんな仕事しているのとか、パンフレットを持って帰って、製品説明とかしたら、絶対に喜ぶと思う」
「そうする。あっ、ヨシノでは脚色したけど、ハル君って間近に見ると本当に可愛いかも」
明美の顔が、テーブルの向こう側からグイッっと近づいて来る。
「可愛くない。僕のことはいいから塗り絵見せて」
「逃げたわね。取って来る。ねえ、ニューハーフの寝室本当に見たくない?」
「見たいけど、先に何もしないって約束して」
「いいから」
明美が、キッチンのガラス戸を開けて手招きするのに春夫も続いた。




