貴方と私の境が無い夜③
リシャールは「わかった」と短く言った後、立ち上がり、耳飾りを外して氷魔法で凍らせた。
そして合図とともに耳飾りを粉々に割った。
瞬く間にその破片は空気中の塵となった。
「ローゼがそこまで言うなら、耳飾り外す。これでいいだろう」
リシャールのあっさりとした言動にマリーは驚いた。
「……ありがとうございます」
自分の言葉がリシャールに届いてくれて素直に嬉しかった。
マリーとリシャールはお別れしてしまうが、出会えたことに少しでも意味が見出せた気がしたのだから。
だからマリーはこれが叶わない恋でも満足だった。
再度、マリーはリシャールに抱き抱えられ、膝の上に乗せられた。
マリーの目の前にリシャールの端正な顔があった。
そしてリシャールは切なげに目を細め、長い指でマリーを頬に触れた。
「耳飾りは外すから……」
リシャールはマリーの顎をぐっと持ち上げた。
唇を指でなぞる。
下唇から上唇の形を確かめるように。何度も何度もなぞっていた。
マリーはその行為だけで心臓がうるさいくらいどきどき鳴った。
深い色の青瞳に溺れてしまいそうだった。
その完璧すぎるくらい無駄がなく整った顔をずっと見ていたい。
触られている唇に甘く口付けをしてほしい。
リシャールの薔薇のような香りを嗅いでいたい。
その腕の中に閉じ込められたい。
強く抱きしめてほしい、と切実に思う。
マリーとってリシャールは、彼の一部になりたいくらいに好きな人。
気づいたときには、マリーはどっぷり恋に溺れて息をするのを忘れてしまうくらいリシャールに魅了されていた。
「最後にキスしてくれないか?」
「え……?」
「何でもするって言っただろう。ローゼから私を求めてほしい」
マリーは「そんなのでいいの?」と思わずにはいられない。
「殿下……?」
「出来れば名前も呼んでほしい。呼ばれた事がないんだ。今まで一度も」
そう言えばマリーは一度もリシャールの名前を呼んだ事がない。
リシャール殿下とは言った事はあるけれどそれも初回のみで、いつの間にか略して殿下と呼んでいた。
だって、出会った頃に、マリーにとって殿下と呼ぶ様な高貴な知り合いはリシャールだけだったからだ。
「テオやサラ姫は名前なのに私だけ殿下と呼ばれていることが気がかりだったんだ」
マリーにとっては深い意味はないけれど、リシャールは不服だったらしい。
たかが名前、されど名前だ。
そんなことを気にするリシャールが可愛くもあり、マリーは言われた通りに彼の名前を呼んだ。
「り、リシャール様……」
「様はいらないのに……まぁいいか。私も要求が多いから」
リシャールは嬉しそうに笑った。
名前を呼んだだけなのに。
そして、マリーは約束通りリシャールの顔を両手で包み込み、ぎこちなく唇を押さえつけた。
するとリシャールは急にマリーを抱きかかえて、寝室まで連れて行った。
リシャールはマリーを寝台に座らせ、優しく靴を脱がし、ひざまつき、彼女の足指先にキスをした。
「ち、ちょっと……汚いですよ」
「汚いところなんてない」
足にキスするなんてリシャールぐらいだ。
リシャールは本当にマリーの全てが綺麗で愛しいらしい。
その熱に浮かされたような色香を持った瞳がすべてを語っている。
リシャールはひざまついたまま、心から彼女を求める様に、まるで配下の騎士のようにマリーに訊いた。
「もう少しご褒美をくれないかな?」
「ご褒美、ですか……?」
それはどういう意味だろう。
「私もいろいろ頑張ったんだ」
「……そうです。今まで大変お世話になりました。私にできる事なら何でもします!」
「何でも、ね」
リシャールは思い出せる限り、マリーのために血まみれになったり、昇進試験のために協力もしてくれた。
身分差があるにも関わらず、マリーを一人の人間として付き合ってくれた。
もっと言うと、マリーの知らないところで彼女の身の安全を守る24時間警備もしていた。
リシャールはマリーの手を握り、指先にもキスを落とした。
愛しい宝物に触れるような手つきだった。
そして額を合わせる。
吐息がかかる距離だ。
その表情は好きで溜まらないというのが正しいくらい甘く微笑んでいた。
「どうして私にリシャール様は……こんなにも優しくしてくれたのですか?」
リシャールの身分があればいくら修道女といえど王都にいるうちは好き勝手できたはずだ。
それなのに、彼は時に友人のように、時に恋人のように優しかった。
マリーが思い出すリシャールは初めから口は悪かったけど、それ以上にいつも温かい人物だったのだ。
「ずっときみだけが好きだったから」
リシャールは笑いながら言った。




