送り主より愛をこめて②
教会の高窓から春を感じさせる生ぬるい風が入ってくる。
死者たちの腐敗臭が立ち込める中、祭壇上にあるステンドグラス付近を呑気な青蝶がひらひらと舞っていた。
時刻は昼下がり。
太陽の位置がまだ高い。日差しが差し込んでいるのに、どこか辺りは暗く、ほんのり冷たい空気に覆われていた。
今、神聖な教会は死者たちで四方八方囲まれて、異形の姿だった。まさに死者の国だ。
ゾンビと化した死者が室内の壁際に列を成して立ち尽くす。
彼らは当然何も語らないし、虚ろな顔をしてただ存在していた。
リシャールはパイプオルガンの隙間から、日記と手紙を取り出してレオナルドに見せた。
レオナルドは予想外の事態に動揺する。
「それは本物ですか……?」
「疑うなら中身を確認してみればいい」
リシャールは平然と言い切る。
当然、レオナルドは信じられないという顔をしながら、懐に肌身離さず持っていた小さな本――魔本を出し、近くにいた死者に命令し、その日記と手紙を受け取らせた。
レオナルドは警戒をとかない。
いつでも魔本を使ってリシャールに反撃を出来るように、魔本を腋に抱えたまま、その手紙の封を開けた。
封筒は茶色く変色し、年季が入っている。中の便箋は無事で、薔薇の透かし模様が所々に入ったものだった。
(レオナルドさんからもらった便箋のデザインと似ているわ。昔、アリアさんにあげたものなのかしら)
マリーはレオナルドの横で縛られているため、その手紙を横目で覗き見た。
レオナルドは震える手で2つ折りの便箋を開いた。
「『レオナルドへ。いつか芸術を通してリシャールと良き友人となれますように。戦時中からの日記を親友であるあなたに送ります。アリア』。これはアリアの字だ……!」
レオナルドは急いで日記を開いた。その日記には古い日付が並ぶ。
「『××10年・8・2 現在、隣国との戦争中。先日、私の幼馴染でもあり、大切な人であるレオナルドは兵役に行ってしまいました。戦況は不利です。学生であるレオナルドにも兵役が課せられたくらいですから。いつ王都が侵略されてもおかしくない中、私もいつまで生きているかわからないです。だから、生きていた証に日記を書くことにしました。願うことは、また無事に再会して、レオナルドに絵を描いてほしいです。今度、私の姿絵を描いてくれると約束していたから。彼はもともと城にも出入りする有名な画家の息子で腕も良いですし、絵描きとしては尊敬できる素晴らしい人なのです。彼の絵は温かくて好きです。何年先でもいいから、また一緒に野原をスケッチしに散策したいです。でも……今はそんな贅沢を言わないで、無事に生きれることを祈ります。
××10年・8・30 街が危ないです。私も疎開しようと思います。レオナルドが心配です。生きていればどこか出会えると信じてます。そろそろ荷造りをして、住み慣れた家を出ます。叔父は足が悪いので長旅が不安ですが、私がしっかりしなければ。
××13年・11・1 やっと終戦。無事、本土は守られました。魔法の使い手がいない、工業も遅れている我が国はまだまだ安心できない状況です。魔術がますます廃れる中、結界も弱くなっていくので、今後は国境付近は気を抜けないでしょう、と神官さんが教えてくれました。今回はなんとか持ち堪えても、領土争いは度々起こる気がします。歴史がそうでしたから。今、街は瓦礫の山です。闇市でしのぐ日々が続いてます。街中で犯罪が起きてます。配給も満足にないので、皆空腹で苛立っているのでしょう。道端には死体が転がってます。先日、近所の子が魔法弾の埋まった地面を踏み、身体が半分になった状態で発見されました。ショックでした。普通に水を飲み、魔法弾の埋まってない道を歩ける有難さを今になって感じます。ガスもないので、今冬は飢えと寒さとの戦いになるでしょう。日常はまだ帰って来ません。レオナルドは帰ってきません。死んでしまったのかわからない。生きているなら、帰って来てほしい。一報だけでもほしい。
××15年 8・5 レオナルドと別れてから月日がかなり経ちました。私も大分大人になって、何度か求婚されました。でも結婚したい相手は未だにいません。友達は子供が出来たそうです。街は復興し、以前の姿を取り戻しつつあります。今、私は父が運営していた楽団で時折歌手をして暮らしています。しかしながら、ローズラインはまだ復興途中。たまに紛争があります。生活も楽ではありません。兵士の中では豊かな帝国で生計を立てる者もいるそうです。レオナルドがもし、生きているのならどこにいてもいいから、幸せになってほしい。
××16年 3・18 王太子殿下に求婚されました。私の歌を聞いて一目ぼれだったそうです。私は彼の事は何も知りませんが、私なんかでも国のためにできる事があるのであれば、と自分を言い聞かせて結婚しようと思います。今は前向きな気持ちでいっぱいです。
××21年 2・22 リシャールが可愛い。最近リシャールが1歳になり、歩ける様になりました。私を見るとニコニコ笑いかけてくれます。男の子だけど美人さんです。少し照れ屋です。もう、可愛い! 目に入れても痛くないとはこのことかしら。でも、リシャールはすこし身体が弱いみたいです。いつも熱を出して、よく吐いてます。私も近頃調子が悪いです。戦時中の無理が今になって身体に出てきたようです。リシャールのためにも、弱音を吐いていられません。この子たちの暮らす将来の国のために、何ができるかいつも考えています。
××23年 5・17 リシャールは病弱で、長くは生きられないと医師に言われました。魔力が強すぎて頭痛が酷く、よく泣いています。若干精神的にも不安定なのか、彼が知るはずのない昔の(教会は雨の天井の雨漏りについてやミサの時間が遅れているだとか)妄想話をします。私はリシャールが言っている事は嘘だとは思わないのですが、生まれ変わりだとか前世なんてオカルトな話過ぎて、どう考えていけばいいかわかりません。神官には、悪魔祓いをしろと言われますが、リシャールは悪魔なんてついてない。あの子は天使よりも優しい子だもの。
××24年 1・13 私は身体が弱い為、もう子供が産めません。陛下は側室をとってくれません。リシャールはまた病気になり、今年3度目の手術をしました。とても小柄で、成長も遅れているそうです。
そして今日。陛下のご兄弟、既に事故で亡くなられている王弟の息子であるテオフィル君を極秘で養子にしました。彼は先日病で母を亡くしたらしいです。彼はもう守ってくれる身内がいないのです。私も幼いころに両親を亡くし、叔父に育てられたので彼の辛い境遇は他人事だと思えません。これからはテオフィル君も、リシャールとわけ隔てなく、愛情を持って育てていきたい。……』」
レオナルドは蒼白になりながら、ページを断続的に読み上げた。
アリアの戦時中からの生活、陛下とのなれそめ、リシャールの育児日記。テオフィルの出生について、様々な彼女の身の周りで起きたことが正直な気持ちで綴られていた。それは、とても人に見せられる内容ではなく。
「テオフィル殿下は、継承権がない……! あなただけがアリアの……」
レオナルドは祭壇付近に無表情で佇むリシャールを見た。
リシャールは全てを知っているように落ち着いていた。
マリーは弟思いなリシャールを思った。
常に悪役に徹していたのは、弟を守るためであって、テオフィルの出生を隠していたためだ。
テオフィルが不利であり、この国は血縁しか王子にはなれない。どんな理由があれ、それがばれてしまうとただではすまない。
それは王家が国民を欺いた事実になるからだ。
(誰にも見せられない日記ね。でもアリアさんはレオナルドさんにこれを送ったということは……)
マリーは思う。
この日記には何か伝えたい事がある。
レオナルドはひどく思い違いをしているのだ。
もしかしら、マリーにもレオナルドが思い直す手助けができるかもしれない、と思った。
はじめはリシャールに血抜き殺人事件の加害者にしようとまで憎んでいた彼は徐々にではあるが、目に光が戻ってきている。
レオナルドは本来はこのような事件を起こす様な人物ではないのだ。
運命が、魔本が、思い違いが重なった結果、誰にでも罪を犯す可能性がある。
そんな時、マリーは、目の前を飛ぶ青蝶に目が行った。
次話でこの内容は終わります。




