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大好きな人には会えないし、彼女は死んだと言うから②

 リシャールはレオナルドを睨みつけた。


「お前は何者だ?」

「申し遅れました。レオナルド・タフマンと申します」

「レオナルド……」

「殿下は僕の事は知らないでしょう。現在は絵描きをしております。実はこう見えても僕は国内では少し有名人でしてね。絵画展を開いたり、コンクールの審査員などもしてます。ところで、こんな時なんですが、あなたは芸術は好きですか?」


 リシャールは吐き捨てた。


「芸術なんてどうでもいい」


 レオナルドは実に悲しそうに目を細めた。


「残念です。王子であるあなたが芸術の都クリスタルロードに生まれながら、そんなことをおっしゃるなんて。まぁ、普段、僕の様な爵位もない画家とあなたがお話する事もありませんし、この機会に殿下に、絵画の素晴らしさを今日は知ってもらおうと思います」


 そう言ってレオナルドはイーゼルの絵を指さした。

 そして愛しそうにその絵を指でなぞった。


「ほら、見てください。あなたの為に今日はこの絵を用意したのです。これは愛する人を描いた絵です。愛しい人を戦争という時代に翻弄されて、権力により引き裂かれた絵師、つまり私が記憶をたどりながら戦後に書いた絵ですよ」

「何が言いたい?」


 リシャールは眉根を寄せた。無理もない。その絵は。


「気づきましたか? これはあなたの母君の絵です。あなたによく似て色素の薄いブロンドの儚げな美人でした。ところで殿下。もう25歳というお年とお聞きしてますが、人の命なんてあっという間だと思いませんか? あなたの周りでこれまで何人亡くなりましたか? ほら、分からないでしょう? 人なんて、いきなり別れがやってくるものです。儚いのです。しかし、絵は違う。美しい彼女は生涯この絵の中に生き続ける。僕が死んでも、です。芸術は、素晴らしいでしょう」

「ふざけているのか」


 リシャールが一層険しい顔をした。

 自分の母親を愛する狂人を目の前にして当たり前のことだ。


「怒らないでください。僕はあなたの母君の古くからの知り合いなのです。もう少しだけ、自己紹介させてください。もう終わりますから」

「……」

「今から30年前。戦争が険しい時代に兵士をしてました。僕とあなたの母君、つまりアリアは幼馴染でした。僕は絵師の息子で、彼女は音楽家の娘で、親同士が交流があったので幼いころからよく2人で遊びました。よくある関係です。この教会はもともと神父もしていたアリアの父が管理する教会はでした。もし、戦争が激化して、僕が兵役を課せられなかったら、僕はアリアと結婚したいと思っていました。しかし、いつ死ぬか分からない身。直接告白はせず、別れてしまいました。戦後、彼女は王妃になってしまい、あなたが生まれてしまいました。あなたもこの協会がお気に入りみたいですし、気付いたかもしれませんが、そこのパイプオルガンの下にある彫った文章は私のですよ」


 マリーは以前パイプオルガンの下で見つけた壁に掘られた恋文を思い出す。


(レオナルドさんが王妃アリアに宛てた手紙だったの……?)


 あの悲しい手紙は記憶に新しい。戦争に引き裂かれた若い男女の交流、彼の真っ直ぐな思いが描かれていて感銘を受けたのを覚えている。

 とても悲しくて美しい手紙だった。


「ここは想い出の場所です。見ての通り、僕は失恋しました。未だに未練たらしく独身です。でも、別にそれは仕方ないです。でもね」


 レオナルドは先ほどとは違い、目に涙を溜めてリシャールを睨み返した。


「彼女は、命令で結婚したのに、あの男は彼女を幸せにできなかった。ここからは人づてに聞いた話です。国王は、身分も違うのに、彼女が建国祭で歌う姿に一目ぼれをして、結果追いかけまわして無理矢理結婚して、部屋に閉じ込めて、人との交流を閉ざし、身体の弱い彼女に性的に迫り……! そして死んだ。非公表ですが、彼女は亡き人です。この古代魔法を使えるようになって使い魔に調べさせて知りました」


 レオナルドは悔しそうに言う。拳を握りしめ、手に爪が食い込んで血が出る。

 手は絵描きにとって命よりも大切なのに。


「私は彼女を失いました。死際も会えませんでした。それも仕方がない事です。彼女は王妃ですから。でもね、百歩譲っても、リシャール殿下がそんな風に生きるのは許せない。彼女の息子でありながらあなたは悪魔のようだ。死人を生き返らせる噂だってある。実際にフレッドという執事がそうじゃないか。せっかく命を削ってあなたを生んだアリアがあまりにも可哀想だ!」


 マリーは思う。リシャールは好きで戦に出ているわけじゃない。フレッドも生き返った経緯はなんであれ、リシャールに感謝もしている。

 アリアだって生前はいろいろ苦労があったかもしれないが今は静かに人知れずに生きているのだ。


「レオナルドさん! それは違います! 殿下は――」

「うるさい! 部外者は黙っていてくれないか!」


 レオナルドは実に悲しい顔をしてリシャールを見た。


「君は罪人だ。僕も罪人だ。人殺しには変わりないし、生きている意味がない」

「……」

「あなたも知っているでしょう。古代魔法は大量の魔力を使いますから早く終わらせましょう」


 祭壇付近に用意していた棺からさらに大量のゾンビが出てくる。


「今なら僕もあなたと戦えますし、教会は今回の件に賛同する部下に包囲させています。そこにある王位継承権破棄の書類を書いてください。もうそれだけでいいですから」

「罪を被せたいのではなかったのか?」


 リシャールは平然と言う。


「ええ。そうです。何故か憎くてね。ああ、もしかしたらこの本のせいなんでしょうか。でも、何故かあなたのアリアによく似た顔を見たら、どうでもよくなってきました。でも、あなたは王にしてはいけない人間です。サインしなければ、この娘を殺します」

「殿下! ダメです!」


 マリーはリシャールを真っ直ぐに見て、言った。


「いつか王になって皆が身分関係なく暮らせる国を作るのがあなたの夢でしょう! こんな卑怯な脅迫にサインなんてしてはいけません。私なんかのために殿下が犠牲になる必要はないです! 私は……もうすぐ王都をとんずらするような女です。ここで死んでも、明日以降にあなたの目の前から永遠に消えても同じです!」


 マリーはこれ以上役立たずな上に、お荷物にはなりたくなかった。

 だから、懸命に訴える。

 こんなリシャールの人生に必要のない自分を見捨てていいと。

 馬鹿正直で間抜け過ぎて泣きたくなるけど、それくらいしかマリーにできることはないのだ。


「ローゼ。逃亡予定だったのか……」


 リシャールは実に残念そうに言った。

 額を手で押えてため息をついている。

 ちょっとかわいそうであるが、マリーは容赦なく叫ぶ。もう一息だ。


「殿下と仲良くしていたのも昇進のためです! 私はそんな女です! 居ても居なくてもいい、修道院一役立たずな修道女、それが私です!」

「ローゼ……なんだか悲しいな」


 レオナルドは良く状況が見えていないのか首を傾げた。


「何かよくわかりませんが辛そうですね、リシャール殿下。愛をとるのか、権力をとるのか。どちらにしても苦しい選択ですね。人の痛みを知りなさい!」



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