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金髪碧眼王子の憂鬱

 テオフィル・スウルス・メイルアンテリュールは心底うんざりして、内心ため息をつきたい気分だった。


 テオフィルの仕事は当然のことながら王子なので公務である。

 国王不在の現在、第一王子である兄リシャールが外交や式典などの公の業務を彼に一任しているため、テオフィルは今や王族の顔である。

 建国祭や使節団の会食、領地の訪問。それらの『顔出し業務』はすべてテオフィルの担当というわけだ。

 テオフィルは、別に社交は嫌いじゃないし、部屋にこもりっきりというのも気が滅入るから仕事に不満はない。

 人の中で会話をする事が苦ではないないので、自分でも結構適職だな、とも思っている。

 しかしだ。


「テオフィル殿下、知ってますか。最近、巷で若い娘が血を抜かれる事件があるそうですよ。新聞にはなっていないそうですがね。何せ、事件現場には一見硝子製にも見える透明の注射器があるそうで。しかも、その注射器、たぶん凶器だと思われるのですが、地面に落としても割れないくらい頑丈な品物の様です」


 今日は王都で開かれている歴史ある絵画コンクール会場を視察という名目上、貴族や芸術家との交流会だった。

 わが国であるローズライン王国は芸術も観光業において大事な産業であり、そのため貴族や王家も芸術家に昔から多額の資金を投じてきた。

 そして、時々開かれるコンクールや芸術祭にも王家はいつも参加しているのだ。

 テオフィルは明後日に開催される絵画コンクールの授賞式の下見に、会場訪問に来ていた。


 ちなみにテオフィルも王族の代表としてコンクールの審査員であり、作品に票を入れる事が出来る。

 運営もとである国立美術館の職員の話を聞きながら一通り作品を見物した後、そこで貴族の面々に囲まれて、『血抜き殺人事件』の話になったのだ。


 その件については事件の犯人に兄リシャールが疑われているので、テオフィルは報道を止めていた。

 しかし、連続殺人であった為、既にもう事件についてよく知れわたっているようである。


「殿下はご存知でしたか? 殿下は聖人と謳われる方です。ご慈悲があるのかもしれませんが……」

「そうです! 我々は何かあれば殿下の味方です」

「ぜひ、懸命な判断をしてください」


 先ほどから、暗に彼の兄が犯人だという貴族どもが勝手な事ばかり言っている。


(いざとなったら僕に王太子になって悪役の兄さんを殺せと言いたいのだろうか、こいつらは。叔父も、こいつらも、本当に愚かだな)


 テオフィルは表情には一切出さなかったが、親愛なる兄を侮辱され、腑が煮えくり返っていた。

 というのも、彼は幼い頃、王が長らく王都を空けていた時代に、残された王弟たちにより権力争いに巻き込まれた。

 その時代からテオフィルを傀儡にし、王座を狙うものがたくさんいたのだ。そもそも王は異母兄弟が12人もいるのだから、王弟と言えどさまざまな人間がいる。

 あの時は王が帰還し、兄が裁判にかけられずに済んだし、その頃王座を狙っていた王弟は処罰された。

 しかし、まだ懲りずもまだテオフィル側について王座までは無理にせよ、甘い汁を吸おうとする輩もいるのが現状だ。

 今、国王不在の中、表立って公務を手伝ってくれる叔父たちも、内心はどう考えているかわからないふしがある。

 

 テオフィルは穏やかに笑った。


「その注射器は本当に王家の作品ですか? 証拠があるのですか?」

「そ、それは……割れないですし、ねぇ。硝子は割れますがそれが透明度の高い水晶なら……」

「氷魔法かな、と思うのは普通だと思いますが……」

「証拠はないのですね。その発言は王家に対する不敬ではありませんか?」


 テオフィルが首を傾げてその貴族たちを見つめると、彼らは黙り込んだ。

 

 兄の事を何も知らないくせに、とテオフィルは腹正しくていられない。兄さんほど確実な血統はいないのに、と。


 そんな時、向こうからサラが歩いてきた。


 貴族の面々がサラの登場に「妃殿下、今日もお美しい! 美人画よりも輝いて居られます」「ぜひ、新婚のお二人様でゆっくり芸術を味わってください」「われわれはお邪魔なので、では。御機嫌よう」と先ほどのテオフィルの発言で気まずくなったのか、さっと離れていく。


 そんな状況を知らないサラは初めての絵画コンクールは楽しそうで、目を輝かせながら、一枚の絵画を指さした。


「テオ、見てください。ローゼ様の作品がありましたよ!」

「ああ、彼女もこのコンクールに参加していたね」

「修道院の風景と人々について書かれた作品でしたわ。素晴らしいですわ。わたくしもぜひ修道院に行ってみたいです」

「そうだね。僕も一度は訪れてみたいところだよ」


 サラはうっとりした顔で絵を見つめていた。


「ええ。ローゼ様が修道院はとっても素敵な所と言っていました。あ、そうでしたわ。来月、わたくしは修道院訪問をする事になりましたの」


『テオは最近忙しそうだったから言うのを忘れていましたわ』、なんてサラは悪気なく付け加えて言った。


「は……? それは初耳だな」

「だってテオは、来月から隣国を訪問しますでしょう? わたくし、その機会に修道院を見に行こうと思いまして。もちろんジャン様の許可もとりましたわ。楽しみですわぁ」


 テオフィルは額に手を当てて、深く息を吐いた。

 はぁ、っと。


(サラを一人にするとロクなことがないのに、また君は……)


 テオフィルは確信していた。自分が常に目を光らせていないとサラは恐ろしい事をしでかす、と。ほぼ100パーセントの確率だ。


 何せ、テオフィルは彼女と出会ってから、『いろいろな笑えない事件』が多々あった。

 中でも印象的だったのは、テオフィルが仕事で外国訪問時に勝手に婚約破棄したり、公務に忙殺されている時に娼館に攫われたり、勝手に彼をモデルにコアな層にウケそうな官能小説を執筆したり。

 まぁ、数えきれない。彼の苦しみも計り知れない。


(僕を悩ませる天才と言うべき、愛しき妻、サラが一人で修道院を訪問だって? そんな怖いことさせれるわけがない。その外出はそもそも許してはいけないね)


 テオフィルはここ近年、深く反省し、学んでいた。


「サラ。君は僕と隣国訪問に行くんだよ。君だって最近はこのような社交の場に慣れてきただろう?」

「え……そんな」

「なんでそんなに残念そうな顔をするの? そんなに友達と居たいの、君は」


 テオフィルは失礼な話だと思った。

 彼はむっとしてサラを見下ろした。


「テオ。お、怒らないでください……。嫉妬深過ぎですよ。やましいことはありません! だから、も、もう逆襲は勘弁してください!」

「逆襲って何さ」

「だって、昨夜だってちょっと近衛騎士様を褒めたら散々じゃなかったですか……! 最近、テオはしつこいですよ。それに今日はゆっくり休みたいのです」

「だって、サラが他の男を褒めるのが悪いんだよ。眠いなら昼間まで寝てればいいじゃないか。僕は仕事に行くけど、気にしなくていいから」


 サラが独り言のようにつぶやいた。


「今夜が怖いですわ」


 サラはぶるぶると、身震いした。

 テオフィルは「優しくするよ」と言って微笑んだ。


 人が周りにいない事をいいことに、2人が昼間からそんな話をしていると、コンクールの開催者である画家が何も知らずに陽気に声をかけてきた。


「殿下。お久しぶりです」


 彼は柔和な雰囲気の画家であり、美人画から風景画まで自身も様々な絵画を描く人物だ。

 政治的にはテオフィルの熱心な支持者でもあり、戦争経験から平和を説いた活動家でもある。

 テオフィルたちは世間話をしたあと、彼はいつものようにテオフィルに残念そうな顔をして呟いた。


「早く殿下が王太子になればいいのですけどね」

「いえ、僕は第二王子ですから」

「そうですね。リシャール様も、平和の大切さを解って頂けると嬉しいです。戦争は悲惨ですから」

「兄も、戦が好きなわけではないんですよ」


 この人も大変勘違いしているようなので、テオフィルははっきりとした口調で述べた。

 彼も「そうですね。失礼しました。何も分からない年寄りの戯言だと思ってください」と、謝った。 

 そして、絵画の話に戻り、彼はテオフィル夫婦がお似合いだと言って帰って行った。


 テオフィルは世の中なんて本当に表面しか見ないものだな、と改めて思うとともに、あの『血抜き殺人事件』ももう終わる悟るように、絵画を見つめた。


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