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花束と本心

 爆弾のような派手な耳飾りを付けると言う事は自ら敵に『私はここにいるから狙ってくれ』と言わんばかりの自殺行為だ。

 それをはぐらかそうとするリシャールにマリーは心底腹が立って、彼女には珍しく目を吊り上げ、怒声を出して訴えた。


「殿下! 誤魔化そうとしてもダメです。……耳飾りを付けるということは殿下が死ぬ確率が跳ね上がると言う事ですよ!」

「耳飾りは、目立つから自分の場所を知らせる目印でもあるし、敵にとっては好都合だろうな。一発銃弾でも当たれば完璧に殺す事が出来る最高の品物だ。呼ばなくても勝手にやってきてくれる餌でもある。便利だろう? どうせ余程のことがない限り私は負けはしないのだから」


 リシャールは余裕そうに笑った。

 マリーはその言葉にますます腹が立った。


「嘘! この前も……ニコルさんの時も殿下は血だらけだったじゃないですか。いくら殿下でも、戦はそんな簡単なものではありません!」

「この前の傷はもう治ったからいいだろう」

「傷を治す代わりに治癒魔法で寿命を削ったのでしょう? フレッドから聞きました! 怪我をするたび寿命を削るのですかあなたはっ!」

「随分……おしゃべりな執事だな」

「あなたは、雨に打たれて風邪引くような人間なのに、どうしてそんなに強がりばかりいうのですか? 本当は、本心なんて何も言ってないのでしょう?」

「……」


 リシャールは一瞬驚いた顔をして、少しだけ目を見開いた。

 マリーは遠慮なく続ける。


「耳飾りを付けるのだって、本当は人を殺める事に罪悪感があるからでしょう。今思えば、あの出会った日、いつも教会にいましたね。何を願っていたのですか? いえ、懺悔していたのですか?」

「……」


 あの4月の雨の日。

 マリーがリシャールと出会った日、彼は王族なのにテオフィルの結婚式に参加せずにいた。

 国中の人々が笑顔で祝う時なのに、どこか寂しげな無表情でひとり佇んでいた。

 リシャールは世間では悪人のくせに、教会や神を嫌っているのに、あの教会にいたのだ。


(どうして今まで気づかなかったんだろう。私は……馬鹿だ)


 あの教会は全ての戦死者をまつる教会だ。

 国や宗教関係なく、国が出来る前からずっとあった古い教会。

 今では目立たたない、ひっそりと地下に戦死者が眠る教会。

 あの教会には、毎月大量の花束が王家からたむけられている。


 先週の花は、珍しい小ぶりの白ユリや外来種の淡い紫菊だった。


 今日行った花屋でアリアナがリシャールに「今月は沢山百合と菊を買ってくれてありがとう。リシャールの部屋にはきっとお花がいっぱいあるのかしら? それとも誰かにあげてるの?」と言っている場面を目撃したのだ。


 あの花屋には、その珍しい百合や菊があった。

 リシャールは、あの花屋に国王の書類を持っていくと共に毎月大量の花を購入していたのだ。


(死者に送る花や、耳飾りが殿下の本心なんだわ)


 リシャールは、国民の代わりに戦争に行っている。

 リシャールは死ぬほど優しい人だ。

 いくら敵と言えども、彼は非情な事をしていると嘆いているのだろう。

 でなくては、これほど捨て身に生きるわけない。

 それなのに。


「私は戦に出て後悔したことはない。貴様が何を考えているか知らないが、思い違いだ」


 リシャールは平然と嘘をつく。そして本心を隠すように、マリーを押し倒す。

 どうしようもない、嘘つきだ。強がりだ。


「あなたは……悪役になって死ぬつもりだったんでしょう?」


 リシャールはあからさまに眉をひそめた。

 王子なのに、戦に赴いた。国の戦力を考えるとやめたくても辞めれない公務なのだろう。

 王都に来てから、この国について学んだことだ。


「何の話か分からないな」


 マリーはそれでも本心を語らないリシャールがあまりにも可哀想になりポロポロ涙がこみ上げた。

 リシャールが長い指でマリーの頬を流れる涙を拭う。


「なんで……泣くんだ。私は、大丈夫だって、いつも言っているだろう」


 リシャールは優しくマリー顔を覗き込む。

 それは、マリーの発言を半ば認めたようなものである。


「貴様は私が死ぬのがそんなにも悲しいのか」

「当たり前じゃないですか」

「そんなに私の事が好きか」

「そ、それは……」


 マリーが言葉に詰まるとリシャールがかすかに口角を上げた。

 その微笑みは、満足したような色香がある暗い顔だ。

 そしてまた意図せず深く口付けられる。


(流される……!)


 マリーは身を捩って背を向けるが、覆い被されて抱きしめられれば、もう動けない。

 

 リシャールの薔薇の様な甘い香りが、体温の温かさが、しなやかな筋肉がマリーを包み込む。


 リシャールから逃げられない。

 もしかしたら、マリーは理性じゃない部分で、逃げたくない自分がいる事に気づき始めている。

 そして、リシャールも、そのことに気づき始めているようで、嬉しそうに真っ赤な顔のマリーを見つめて、ふふっと笑うのだ。


「私が少しでもその気になれば、貴様の全部は私のものだ」


 そう言って、リシャールはマリーの体に指を沿わす。指や頬、肩、腹部を撫でていく。


「その、小さな手も、指先の爪も、唇も、口も、腹の中も」


 マリーの鼓動が煩いくらい拍動して、頬が火照る。

 もうだめだと、マリーが思った時、リシャールは急に押し倒している上体を起こした。


「まぁ、私は無理にする趣味もない。今日はいろいろあったから、貴様も疲れているだろう。早く寝ろ」

「え……」


 マリーの心臓はまだ鳴りやまない。

 そして、一気に冷静になる。


 自分は無責任にも何をしようとしていた?

 このまま、流されようとしていなかった?

 

(私は殿下に何もしてあげられなかったのに)


 マリーがリシャールに出来たことは何も無い。

 昇進させてもらったのはマリーの方で、いつも守ってもらってばかりで。

 リシャールはただマリーに執着しているだけで、出会ったころから何も変わってない。


(私はこんな捨て身な状態の殿下を置いて消えようとしている)


 だけど、妃になる自信なんてない。聖女のような能力もない。

 

(最低だ) 


 マリーはリシャールの隙を見て部屋を飛び出した。

 裸足で、寝間着で、外に駆け出す。

 外はひどく生ぬるい雨だった。


「貴様は、こんな時間に、そんな恰好でどこに行く……!」


 マリーはやるせなく夜の街に走りだそうとするが、急いで走ってきたリシャールに腕を掴まれてどこにも行けない。


「うっ……」


 マリーは恋に溺れそうで、息が出来ない。死んでしまいそうなくらいに辛い、のだ。

 修道院に帰るのがリシャールのためなのか、何も役に立たない自分は彼に迷惑をかけながら王都に居座るのがいいのか。

 そしてどうすればいいのか、何が正解なのか、分からない。

 マリーは言葉に出来ず、地面に項垂れて泣いた。

 

 しかし、直ぐにリシャールに抱きかかえられて、家の中に引き戻された。

 リシャールにタオルで身体を拭かれ、有無言わさず着替えさせられた。


 そして一晩中、ベットの中で、「一生離さない」「どこにも行かせない」「貴様が何と言おうと私は、愛しているのだからそれでいい」と、重い愛の言葉を囁かれながら、優しく撫でられ、ひどく心地よく、いつの間にか眠りにつき、朝を迎えた。



重めな話は終わりです。ありがとうございました。


次回から章が変わります。

連載を終えたテオフィルも1ヶ月ぶりに、ちょこっとだけ出てきます。


ブックマークや評価をしてくれた方、ありがとうございました。

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