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小さな花屋の花瓶は割れない 終

「アリアナちゃんはこの話を知っているのですか……?」


 マリーは述べられた全てが衝撃的な話であり、国王に対する無礼を忘れて思わず聞いてしまった。


 だってそうだろう。

 アリアナにとっては、目の前の国王が『養父』であるのだ。養父とは親の代わりに生活の面倒を見てくれる人だ。深い愛情を持って、養子に接する存在だ。

 幼いアリアナの保護者ともいえる。


 それなのに、養父が前世の夫というこの複雑な事情。

 今もなおアリアナに向けられるのが、純粋な愛情ではないならば。愛や恋、執念ならば。

 それはもう、恋も愛も知らない10歳の女の子には理解しがたい話だ。

 同じ愛情でも全く違うし、時を経たその思いは歪んだ愛ともいえる。


 それに今から人生を歩んでいく準備をしている幼少の彼女からすれば、いくら国王が今も王妃アリアを愛しているとしても、生まれ変わった彼女には関係のない話だ。


 アリアナには前世に関係なく、今生を安全に自由に生きる権利がある。子供の権利だ。

 養父が実は前世の夫なんて言われても困るだろう。恋も愛も知らないのに。


 それでも彼は、アリアナに自分を愛せとなど理不尽な事をいうのだろうか。

 マリーはこの人なら理不尽な、『恋のわがまま』を通そうとする気がして、アリアナが心配になったのだ。


(いつかアリアナちゃんはこの事実をどう受け止めるんだろう)


 そう思うと胸が痛い。

 死んでもなお、振り回されるのは、彼女の思いを無視することだろう。

 一緒に暮らしていると言う事は、生まれ変わってもまた結婚しろということなのだろうか。

 まだ王妃は生きている事になっているというし、目の前の国王は過去に囚われすぎている気がしてならなかった。

 それほど相手思う気持ちはマリーには分からない。そんな悲恋をしたことが、まだないから。


「知ってるよ」


 国王は少しかすれた声で呟き切なげに口元だけ笑った後、一度だけゆっくり目を伏せて、また何でもない話をするかのように明るい声で言った。


「アリアに会いたくて生まれ変わりを探していたのは本当だけど、アリアナは孤児だったから引き取らずにはいられなかった、というのが正直な気持ちだ。アリアナに分別がある程度ついた後、彼女に聞かれたよ。何故、縁もゆかりもない僕が養女にしたのか教えてほしいと言われてね。だから、僕は包み隠さず言ったんだ。君は僕の妻で、死んだことが今でも受け入れられなくて、君を探して引き取ったって」

「え……」

「で、その時、今の思いを伝えたんだ。僕の事はいいから、君はちゃんと大人になって好きな人生を生きて欲しいってね」

「それって……」


 マリーには分からない。異常ともいえる執着の強い目の前の彼が言った意味を。

 好きで好きでたまらない相手と再会したのに、援助もして育てたのに、自由に生きて欲しいという、彼の真意を。


「彼女は好きだけど、小さな彼女を育てていると情もわくんだよね。ただ、幸せになって欲しい、というか。おかしいよねぇ、あんだけ、狂うほど好きで、息子を犠牲にしてまで一緒に生きて欲しかった人なのに」


 その姿はすでに終わった恋を語るようでもあり、哀愁を帯びていた。

 それは恋を語るというより、もっと深いものだった。


「僕が全部話してもアリアナは『そう』とだけ言ってね。そっけないよね。10歳だから仕方ないけど、僕は泣きそうなのに彼女は陽気に笑ってさ。嫌になるよね。しかもね、『結婚するならリシャールかテオの第二夫人がいい』ってさ。王子様がいいんだって。ひどいだろう? 若い男を選ぶなんて。まぁ、僕も一回死ねば似たような年に……」

「もう狂言はやめろ」


 リシャールが机を叩いた。

 国王は悪気もなく、リシャールを見上げる。


「冗談だよ、分からない?」

「どうだか」


 リシャールは呆れていたが、マリーは茶化したように笑う国王の、一瞬寂し気な目が焼き付いて離れなかった。

 


********



 暫くして、リシャールがアリアナに新しい花が入荷したから見てほしいと呼ばれ、席を立った。

 マリーは国王と二人で残されてしまう。


(ど、ど、どうしよう……! 殿下において行かれちゃった!)


 国王はあれから機嫌が悪いわけではなさそうだが、全く話さない。

 静寂が2人を包む。

 どことなく気まずい。国王は見た目は中年の上品そうな外見で馴染みやすそうなタイプではあったが、だからと言って修道女風情が気さくに話しかけられる存在ではない。ましてはリシャールもいないこの場においてはなおさら。

 緊張するマリーとは正反対に、国王は長い指を組んで顎を乗せリラックスしたように、軽く瞳を閉じていた。

 そして時々、彼の口角が上がっていた。


(何か聞いているの……?)


 マリーも彼と同じように耳を澄ませば、どこからか声が聞こえてきた。


『綺麗な花でしょ? リシャールの結婚祝いの花束に入れてあげようか?』

『パパ、これ異国の花らしいですよ』


 外から聞こえる凛とした高いアリアナの声。そして、楽しそうに青ちゃんも話す。

 二人は一緒に店番もしているようだし、仲良しの様だった。

 どうやら窓を開けているから、店の前にいるアリアナたちの声が聞こえてくるようだ。


『私もパパにお花あげます! パパは顔がいいからどんな花も似合いますね!』

『アリアナも青もありがとう』


 そして、リシャールもいつになく楽しそうに受け答えをしていた。


『リシャールはいつ結婚するの? 今日は、挨拶に来たんでしょう』

『そうだな、アリアナ。たぶん、秋になりそうだな』

『もう少しだね! ああ、結婚式何着て行こうかな。テオの時は黄色のドレスだったから、次は赤とか?』

『青ちゃんは青がいいですー』


 アリアナもはしゃいでいるようだ。その会話は、まるで姪っ子に話しかけるような感じだ。


『パパ! いつ子供を作りますか? 私もそろそろ、妹がほしいです』

『……妹か』

『10匹はほしいですね!』

『……10』


 青ちゃんの質問にどことなく戸惑うリシャール。

 そこへ容赦ないアリアナの質問が入る。


『え、子どもって作れるの? コウノトリさんがやってくるんじゃないの?』

『知らないんですか。コウノトリなんていないんですよ』

『そうなの、青ちゃん? じゃあ、どうやって赤ちゃんは生まれるの……?』

『……』

『あれなんであっち向くの? リシャール、無視?』

『……』

『教えてよ! いつもピアノとか教えてくれるじゃん!』

『簡単ですよね、パパ。えっと、まずは無理矢理押し倒してからスカートを――んぐ』

『青、やめろ』


 外から、リシャールと青ちゃんとアリアナの楽しそうな声が聞こえる。

 国王はくすくす笑っている。

 3人は仲が良い家族の様でだった。


(花屋に来てよかったな)


 マリーはリシャールが皆が恐れる冷酷非道な氷華殿下だから、彼がずっとどこか孤独だと思っていた。しかし、今日の様子をみるとリシャールにも家族の様な存在がいて、少し安心した。

 国王曰く、リシャールは書類を届けに来た折にアリアナにピアノや勉強を教えてくれているのだという。


「ねぇ」

「はい、何でしょうか……?」


 突然口を開いた国王はマリーに静かに問いかけた。


「リシャールと結婚するの?」


 マリーは一瞬黙り込む。

 もしかしたら、今日はリシャールにとって結婚前の簡単な挨拶を兼ねていたのかもしれない。

 

「いえ。その、修道女なので……できません」

「……」


 マリーが結婚前の挨拶と知らないでここに来たとしても、国王相手に自己紹介をしてもらったのに、今更結婚できませんはひどい言いようだった。


 本当はやんわり受け答えをする方が無難な場面ではあった。

 『いつか結婚したいです』みたいな。

 それは全てが嘘ではない。

 マリーが修道女でなければ、いつかリシャールと結婚したいとも思う。

 リシャールほど、マリーの心に住み着く愛しい人は後にも先にもいないのだから。


 でも、その返事は曖昧過ぎて、嘘に限りなく近くもある。


 マリーたちの結婚は身分の壁がそれを許さないし、それにもう少しで王都でリシャールと過ごしたローゼはいなくなる。

 神様の魔法が解けてしまうのだ。


 リシャールが愛した、いつも一流職人が手がけたカラフルなドレスを着た令嬢はいなくなる。

 巻いた栗毛が軽やかで、美しいエメラルドの瞳を持った侯爵令嬢ローゼは跡形もなく消え去る。

 残るのは、黒髪の真っ黒な修道服に頭巾を被った地味な修道女だけ。

 本来マリーは王子様に見向きもされない、化粧よりも顔についた絵の具がお似合いな修道女なのだ。



(国王陛下は正直に話してくれたもの。嘘はつきたくない。それに……)


 マリーは、なんでも見透かすような瞳をしている彼に嘘は意味がないと直感で思ったのだ。


「そっか」


 国王――リシャールの父は文句一つ言わず、彼によく似た口元で他人事のように短く言ってゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ、おやつの時間かな。君も食べていく?」


 窓から温かな風が吹き込む午後の事だった。

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