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グするために無造作に、それでいて事細かに配慮された登山道。二つ目は帰るように用意された、少しだけ砂利の混じったコンクリート道路。三つ目はサバイバル精神が擽られるような(もちろん亜紀穂にそんな精神は備わっていない)なんの舗装もされていない獣道。ホテルから近いこの山は、生徒全員が徒歩でここまで来た。バスはない。よって、生徒が登山を終えたら、また違う場所から山に来たときより遠い距離でホテルまで戻らなくてはいけない。ここの場所はほぼ中間地点だ。ハイキング用の道を通るか、もと来た道に引き返すか迷うところなのである。
「道のり的に言えば、茨道が一番近道だぞ」
「聞こえなかった?どっちかって、俺は聞いたんだけど。三つ目の獣道は選択に含まれてないよ」
「いや、でも一番近いのは事実だし。ここから行かないか?」
「俺は熊に食われて一生を棒に振る人生なんて御免蒙るよ」
「いや、大丈夫。熊はでない。猪だけだ。猪ならなんとか逃げ切れる」
夏目が慌てるように言いつくろうが、如何せん、俺は猪から逃げられるほど俊敏でもなく、ハンターの凶器も持っていないんだ。夏目の指差した方向から顔を背け、にこりと微笑みながら安全な道へ彼を誘う。
「さて、やっぱりハイキングコースだよね。行こうか?」
「待てよ。櫻井、自然と戯れようじゃないか。こんな綺麗にされただけの自然ではなく厳しさを感じようじゃないか!茨道を通って!」
「・・・」
せっかく命拾いしたのに、こんな所でまた恩人に命の危険を晒されるとは、なんとも今日は厄日である。眉間を指で押さえ、軽く乾いた溜息をついて、亜紀穂は苦笑する。いいや、どうせお前がいなかったら消えてた命。お前に預けてみよう。結局彼女にはどうしても逢えないままだ。夏目は必死に獣道を渡らせようと、色々と真の自然の素晴らしさを亜紀穂に語っている。分かっているよ、自然には数え切れないような現象、奇跡、循環があると。