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第54話 嘆きの三人

二人の鬼は、己の血の中に倒れる陽太の遺骸に数度蹴りを入れ、憂さを晴らすとすぐにそこから離れた。

そこに、トントントンと階段を上る二つの足音。


「もー! タケちゃん! 無視しないでよぉ~。悪かったってば!」

「もう! 催眠の術を使うなんて。反省してください!」


前野と竹丸だった。二人は明日香と交代するべく急いで陽太の部屋に向かっていたのだ。


「ゴメンなさい。タケちゃん」


前野は自分の非を認め足を止めて竹丸に謝罪をした。

それを見て、竹丸は笑う。


「ふふ。こちらこそゴメンなさい。わが身の修行の足りなさでした。さぁ、タマモさん。あとは今日だけです。そうすれば腕も朽ちてしまうでしょうから。我々の勝ちですね。明日はゆっくりと仲良くしましょう。ね?」

「んふふ。タケちゃん」


前野と竹丸は、仲良く階段を上り廊下を曲がった。


二人の目に飛び込んできたのは開けっ放しのドア。


血だまりのある廊下に倒れている陽太。

胸には大きな穴が開いて、周りには血が飛び散っていた。


「ああああああーーー!!!」

「ウソ」


二人は陽太の亡骸に駆け寄り抱きかかえた。


「ヒナタさん! ヒナタさん! ヒナタさん!」

「ヒナタ! ああ! あの時ウチが鬼を倒してれば! どうしよう! タケちゃん!」


そして、明日香はその数秒遅れで片手にマンガが入った袋を持って部屋に現れていた。


「よっと! ただいまー。あれ?」


玄関のドアが開いてる。

明日香はそちらに目をやると、前野と竹丸の叫び声。


「あ、あ、あ、アッちゃんさん! ヒナタさんが! ヒナタさんが!」


急いで明日香は玄関に向かった。

陽太は二人に抱きかかえられ、顔には血の気が失せ、冷たくなっていた。


「な、なんだと?」


明日香もそこに膝をついた。


「なんと。なんとも。人獣とはもろいものよのぉ。つまらん。くだらん生き物だ。こんなにあっという間に魂魄こんぱくが肉体から離れてゆくものか」


茫然とした明日香の顔。竹丸は明日香にすがった。


「アッちゃんさん! どうにかなりませんか!」


しかし、その答えは無残なものだった。


「ならん! 肉体から魂魄が飛び散ったら生命いのちは終わりだ! バカバカしい! 余は地獄へ帰る!」


明日香はクルリと部屋の方に体を向けた。明日香の向かう先には白く輝くサークルが出来ていた。

しかし、サークルに向かうその肩は震えている。


「アッちゃん」

「タマちゃん。ゴメン、ね。私、もう、ここにいる意味ないや」


明日香が白いサークルに足を踏み入れると、その体はドンドンと床に吸い込まれてゆく。

まるで、エレベータで降りてゆくように。


明日香の頭が床に消えようとしたとき、明日香は振り返り、階段を駆け上るようにまたその姿を現し、駆け寄って陽太の体を抱きしめた。


「死なせはせん。死なせはせん! 例えこの身がどうなろうとも」


明日香は、飛び散っている血や肉に手をかざすと、それは磁石に吸い付く砂鉄のように彼女の手に張り付いた。

陽太の体を抱きかかえ、前野と竹丸に向かってこう言った。


「これより秘術をもって彼の者を蘇生させん。それまで、諸君らはここに近づかんように」


そう言って陽太を抱え部屋に足を踏み入れると、ドアが自動で閉まった。

前野と竹丸は、ただ祈りながら部屋に帰るほかなかった。



明日香はベッドに陽太の亡骸なきがらを寝かせた。


「ふむ。少ないが魂魄は完全には飛び散ってはおらん。それに、大半が余の周りにまとわりついておる。これならどうにかなりそうだ」


明日香が手を広げると、その手のひらに青白い光が集まってくるようだった。


そして明日香は自分の胸に手を突っ込んで、引き抜くとそこには脈打つ紫色の心臓が握られていた。


「ヒナタ。死ぬな。余の命を分けてやろう」


明日香はその心臓をヒナタの胸の穴に置いた。

そして、その心臓に青白い光を降り注いだ。


明日香の胸にも大穴が空いている。

しかし、穴の中から血管や神経がウネウネと動いている。

それが陽太の胸の穴に入ってゆく。


「この術が成功するかは分からん。しかしやらねばなるまい。ヒナタは言っておった。大切なものを断って“願”をかけると。敵の神に頼むのは癪だが、日本にはたくさんの神がいるらしい。それのいずれかが叶えるのかも知れん。はっはっは。考えれば珍妙な話だ」


明日香は陽太の亡骸の横に裸になって横臥し、その体を密着させた。

陽太の穴の中が明日香の肉でじょじょに埋まって行った。


「ふふ。自分でもこうしているのが不思議だ。まさかこんな人獣ごときに心を奪われ自らの命を組み込んでいるとはな。新しい経験だ。愉快愉快。こんな気持ち他の同族には分かるまい。ふふふふ」


そう言いながら彼女は目を閉じた。

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