第55話 アスタロト大公
長い間の暗闇だった。
陽太は、その暗い闇の海の中をただただ漂っていた。
やがて、意識が戻る。
闇の海は黒い部屋となり、陽太は二本の足を床におろした。
「ん? 暗いなぁ。灯りがあればいいのに」
陽太がそう考えると“ポウ”とわずかに灯りがついた。
その小さな光を頼りに辺りを見回した。
「どこだ? ここ」
すると、目の前に気配があった。
「ここは足下の心の中だ」
「え? あ、アスタロト大公?」
召喚した時のあの姿だ。天使の姿。ドラゴンにまたがって黄金の杖に毒蛇が巻き付いている。
アスタロト大公の体がうっすらと見える。それが徐々にはっきりと見えるようになってきたところで大喝だった。
「愚か者め! タケの申し渡すことも聞けず、自分の命を失うなうとは嘆かわしい限りだ!」
「あ。ああ。やっぱりオレ死んじゃったんだ」
「当たり前だ。鬼などに殺されおって。余の身内と思うと恥ずかしいわ」
「ご、ごめんなさい」
陽太の謝罪を聞いて、アスタロト大公はふふんと笑った。
「先ほど迄、足下の父を名乗る男が迎えに来ておったわ」
「え? 父さんが?」
「どうする? そちらに行きたかったか?」
「い、いえ。まだ行きたくない。できるなら、アスカのそばにいたい」
「で、あろう。であるから、余の方から断っておいたぞ」
「え? そ、そうなんですか? あー」
「なんだ?」
「父さんにも会いたかったな」
「ふふ。余裕であるな。外ではアスカが必死になって、足下の生き返りに尽力しておるというのに」
「え? アスカが?」
「そうだ」
「え? だって、ここにいるのはアスタロト大公。外にいるのはアスカ?」
どういうことか意味が分からなかった。アスタロト大公が目の前にいるのに、明日香が別の場所にいる。
「どうだ。目を開けてみるがいい」
「目を? 目を開ける?」
「出来るであろう」
「は、はい。分かりました」
陽太の目が開く。その目の前には明日香の顔があった。
明日香は陽太を全裸で抱きしめていたのだ。
そして、明日香と陽太の胸は融合して繋がっていた。
「あれ? え?」
「う、うん」
明日香は眠っていた。今まで一度も眠った姿を見たことがない陽太。
しかも、体が完全に繋がっている。
「あ、アスカ?」
「……ん? おお。目を覚ましたな」
「胸がつながってるんですけど」
「うむ。本来であれば死んだ者が生き返るなどできぬが、余の命をわけてやっておるのだ。もうしばらくはこのままだ」
「こ、このままって」
「秘中の秘の術だ。余もやるのは初めてだが、成功したようだ。あとは足下の魂と余の命が馴染み、完全に傷口がふさげば蘇生完了だ」
「そ、そうなんだ」
「うむ。足下の顔を3日ほど眺めておったが不思議と飽きぬ顔であるな。はっはっはっは。愉快痛快だ!」
人の顔を見て、何が愉快痛快なのか?
しかし、いつもの明日香だ。陽太の顔に笑みが浮かぶ。
「い、いつ治るの?」
「なんじゃ。そちはせっかちであるな。こちらは3日も動けぬというのに、もう治るのが希望か」
陽太は明日香の微笑を赤い顔をして見ていた。
そうだ。いつも、なんでも手から出したり、あっという間に死神や鬼をせん滅したり、日本中のゾンビ化した人間を元にもどせる明日香が3日もかかってるということはよほどの魔力が必要なんだろう。
「ゴメン」
「ふふ。まぁ良いではないか。お互いの胸を付け合い抱き合っているというのも」
「うん。いい。すごくいい……」
「はっはっは。そうであろう。タマちゃんもタケも心配しておるわ。ラインがしょっちゅう来る」
「そうなんだ」
「まぁ、この通り動けないので既読もつけられん。ポップアップで内容を見るだけしかできん」
「え? だって魔法は? 魔法で打つとかできないの?」
「うむ。この秘術は一点集中なのでな。ここをあの鬼たちに襲われたらいくら余と言えど足下と運命を共にするしかない。はっはっは。どうだ。命を賭けた蘇生術だ」
「マジ?」
「うむ。早く良くなれ」
「うん」
陽太も明日香の背中に手を回して抱きしめた。
「どうして、胸が繋がってるの?」
「うむ。足下の胸は大きく破られ、心の臓は潰され、骨や肉は飛び散り、重要な血管や神経は引きちぎられていた。それにより脳への酸素の供給は遮断されておった。それを余の体内をつなげ、肉で満たし重要器官を再生することによって修復しているのだ。だから、今、余と足下の体内は一つにつながっておるのだ。得心が行ったか?」
「へー。じゃ今、二人は一人。みたいなもんかな?」
「はっはっは。のんきじゃの~。たしかにその通りだ」
それから、数日。
二人は裸で抱き合いながら過ごした。
不思議と腹もすかないし、飽きもしなかった。
ただ、話したいときは話す。
そうでないときは、ただ二人でボーっとしている。
眠い時は寝る。
明日香も寝た。
「どうして。いつも寝ないのに」
「ん? 余は寝ていたか?」
「うん。ぐっすりと」
「ほうほう。寝ていたか。はっはっはっは。面白い。では、よっぽど疲れているのであろう」
「そうかぁ。ゴメンな」
「余はうれしいぞ」
「え?」
「どうやら、本物のヒナタのようだな」
「うん。どうして?」
「うむ。初めて使う術なので自信がなかった。そして、お前の魂は大半飛び散ってしまっていたのだ。それを集めて埋め込んだのだが、例え命が宿っても、真っ新な状態か、別の命が宿ってしまったらどうしたものかと思ったのだ」
「え? そ、そうなんだ」
「しかし、余が分けた命と足下の魂が融合して、ちゃんと足下が主導権を握ったらしい。もう大丈夫だ。あとは、この胸が互いに修復されれば……」
と言ったところで、互いの胸がペリペリと音を立ててはがれた。
お互いの胸には大きな赤紫色の瘡蓋がついていた。
「わ! 離れた!」
「ふふ。本当だ。多少残念ではあるがな。ずっとこのままでいたかった気持ちもあるが」
明日香はいつも自分の思いに忠実だ。
陽太は恥ずかしくて言葉にはしなかったが明日香と同じ気持ちだった。




