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単片 人類最果ての憂鬱

 ここは太平洋に位置する日本の無人島(————正確には「人」が一人生活しているわけだが)。世界で最も知識の深淵に近い場所である。

 この島は人工衛星の映像から削除されるようになっている。さらに海流もこの場所へは自然と流れ着かない。極めつけに、航空機の類もここの付近だけは何故か通過することは出来ない。

 秘密裏に日本政府が決戦兵器を開発しているのだろうか?

 陰謀論的な「何か」がいるのだろうか?

 実はどちらも大きく的を外してはいない。ここに居るのは神に最も近い。いいや、人から最も「遠い」人類の果ての果て。終着点のその先。そんなおとぎ話のような存在が居る。


 彼女の存在を知るものは「人類最果て」あるいは「神への0歩」と、そう呼ぶのだ。




 一隻の船が砂浜に漂着していた。はて?そんなことあり得ないはずだが。流木やゴミでさえこの島に流れて来たことは無い。だからまぁ、何者かが意図的にここに流したのであろうな。

 彼女は少し嬉しそうだ。何故?刺激にでも飢えていたのだろうか?中を漁る。無人ではあるようだが、どうやら何か見つけたらしい。あれは手紙だろうか?違うな。どうやら地図のようだ。座標が示されている。どこかの島ではない。どうやら海上のようだ。なるほど、「この船で向かって来い」と言ったところか。彼女はニヤリ、と嬉しそうに笑う。まるで誕生日を前日に控えた子供のようだ。ただし……、例と比較するにはあまりにも彼女の微笑みは殺人的な美しさだったけれども。




 彼女が目的地に向かう間少し昔話をしよう。彼女は平凡な両親から生まれた。(平凡と片付けるには彼らもきっと人生という名の物語を築いてきたであろうから、些か乱暴で侮蔑的な意味を含んでしまうかもしれないが)とにかく一般的な人たちであった。涙ぐましい努力のもと普通の幸せを手に入れた。そんな二人。

 遺伝というものは何が起こるか分からない。顕性遺伝と潜性遺伝あるいは優性遺伝と劣性遺伝という言葉は皆さんご存知だろう。潜性(劣性)というのはあくまで性質の出にくさであるのも承知だろう。普段は発現しないからこそ、そこにとんでもなく優秀な性質が眠っている可能性があるらしい。

 地球が今のように人類の生存に適した環境になる例えとして分解した時計をプールに投げ込みひとりでに組み立てられる可能性、あるいは砂漠で分解された飛行機が組み立てられる可能性という話を聞いたことは無いだろうか?これらは天文学的確率を表す表現としてよく用いられるがそれが実際に起こったとしたら?彼女は組み立てられた時計を持つ空前絶後の人類なのである。

 そうして出来た時計は太陽のようで、彼女に近づく者はイカロスのように命を落とす。

 一体何が起こるというのだろうか?

 人という生き物は常に他人と自分を比較する。

「あの子は自分より勉強ができる」「あいつは俺よりも足が速い」「あの人は私よりも可愛い」

 自分より優れた人間を妬み、恐れ、尊敬し、自尊心をすり減らした経験が無いとは言わせない。さらに、それが自分の得意なことだったら好きなことだったら、それこそ自分が進むべきだと思った道に常に自身の前を走る者がいたら。自分の完全上位互換で己のアイデンティティが揺るがされてしまったら?ときに傷つきながらも成長の糧にすることはできるかもしれない。それでも、自己を構成するありとあらゆる要素が上回られていて、この先どれだけ努力をしても絶対に敵わないと思うほどぶっちぎりで先を行かれていたら。

 それを自覚したとき、人は発狂して死んでしまうらしかった。。

 例え話ばかりで分かりづらいかもしれないがこれは貴方が()()()()()()に最大限配慮した結果だから勘弁して欲しい。

 彼女の両親は6歳の時死んだ。原因は交通「事故」ということになっている。そうして叔父に引き取られることになったが彼女は一緒に生活するのではなく援助という形を望んだ。本来ならば自立出来るようなる年齢ではないはずだが既に彼女は海外の某大学への入学(正確には大学のキャンパスに直接通う形ではないが)が決まっていた。既にどんな大人も敵わない頭脳を有していた。ので、意外にも認められることとなったのであった。三代欲求よりも知識欲が強かったのだろうか?彼女は一歩も家から出なかった。

そう、あの日までは。彼女がこの島に囚われる原因となった。もうこの世には存在しないことになった、とある町での事件までは。

 実際のところ彼女が求めていたものが何かは分からない。彼女自身を除いて。




 地図で示された場所には一隻の軍艦があった。乗ってきた船ごとクレーンにより引き上げられる。甲板に降り立つ。全く人の気配がない。これは幽霊船であるか?だとしたらかなりエスコート上手な幽霊船だった。彼女が船内を探索するが操舵室にも誰もいない。計器がひとりでに動いている。

 さらに、捜索を続けると「Come here!!」と張り紙がなされた一室を見つけることとなった。なんだこれは。ふざけているのか?

 しかし彼女はそんなことにはお構いなしに部屋に入った。

 室内は殺風景な白い部屋でこれまた白い2脚の椅子が置かれていた。片方には20代半ば程の男性が座っている。黒髪に黒い瞳、見たところアジア圏にルーツを持つようだ。もう片方の席は空席で、彼女のために用意されたであろうことが窺える。彼女が席に座ると、丁度、両者は対面することとなった。


「私はAIです。だからあなたとこうして会話をすることができます」


 感情の波のようなものが彼からは感じられない。男の言葉に嘘は無いように思える。


「そうでしょうね…。と言いたいところだけれど。妙ですね」

「と言いますと?」

「可能性の一つとして考えてはいたけれど。少し早すぎる」

「不気味の谷を克服し、これほど人間らしく振る舞わせることは私が把握している技術レベルでは後10年はかかるはずなのです」

「貴方の想定が間違っている可能性は?」

「ふふっ、間違いですか。そう世辞を言われると愛着が湧いてしまいます」


 どうして自分が間違っているかもしれないという指摘が誉め言葉だと感じるのだろうか。彼女は完全ゆ

えに不完全なものに惹かれるのだろう。ミロのヴィーナス腕の欠損という不完全故に完全であるように。


「でも。もう一つ別の可能性の方が確からしい気がしましてね」


一人と、一体?の間に沈黙が流れる。


「……………。貴方の話を僕に聞かせてください」

「良いですよ。私はずっと孤独でした。誰も私の理解者足り得ませんでした。だから私はこうして会話を交わすことができる存在を心待ちにしていました。両親は温かな愛情を注いでくれたけれど私の心は冷めていた。叔父上は同情心があったけれど憐憫という感情では対等にはなれない」

「同年代の友達を作ろうとしたこともありましたね。結果は貴方が把握している通りです」

「貴方はずっと話が出来る存在を求めていたと仰っていましたよね。今の話を聞く限り会話が可能であるかどうかは目標ではなく前提条件なのでは?」

「確かにそうかもしれません。私は私だけの可能性に囚われないようにしたいのです」

「成程。なんとなく貴方のことが見えてきたようなきがします。貴方は人として誰よりも優れているけれど人類としては最も未熟なのですね」

「人類は社会性を持った生き物だ。助け合うことで生きてきた。しかし、あまりにも完成された貴方は他者から助けてもらうことが出来ない。人としては完璧でもホモ・サピエンスとしては誰よりも劣等だ」


 彼女は歓喜に満ちた。いっそ恍惚とでも言っていい程の妖艶な顔をしているね。


「可哀想な貴方に私も身の上話を聞かせたくなりました」


 どうしてAIに身の上話があるんだろうね?


「私は6人兄弟の4番目として生まれました。貧乏な家庭でした。

「長男は炭鉱で働き、身体を壊し、死にました。最後の言葉は「残った粥は兄弟で分けて食べてくれ。」でした。

「次男は裏社会の組織で雑用をやっていましたが捨て駒にされて死にました。顔の三分の一が無くなっていました。無口な兄でしたが「この仕事が終われば暫く食うには困らない。」と私達兄弟に言い残していました。

「長女は水商売で客に病気を移され美しかった顔は蓮みたいになって痒さを訴え死にました。

「妹は心が壊れ言葉を発さなくなりました。食べる、寝る、といった行動を今は辛うじてやっています。

「私は勉強をしました。必死に。姉はよく私が兄弟の中で1番賢いと褒めてくれたからです。私には想い人がいました。弟が働いている工場の親方の娘です。当然そんな余裕がないことは分かっていましたが。私は良い学校に行くことは叶いませんでした。学費以上に私には能力が足りませんでした」

「近いうちに私の想い人と弟が結婚します。私が1番期待され、その分兄弟が負担を負っていたというのに私は1番の役立たずになってしまった。だから私はここに居るのです」


「………。やはりそうですか。ロボトミー手術ですね?」


「流石です。それなら、貴方がここに呼ばれた理由もきっとお分かりのことでしょう。私はアンコウの提灯のようなもの。貴方には大変光輝いて見えていたことでしょう。でもね、ごめんなさい。私は何処まで行っても擬似餌なのです。貴方の理想には最初からなることは出来なかったのです。それでも私はあなたに会えた事を喜ばしく思いますよ」

「こちらこそ」


 ヴーヴーと船内に警告音が流れ始める。


「まもなくこの船は爆発して跡形もなくなります。気づいていたでしょうが貴方が乗った瞬間から船は航行を開始し、既に太平洋の奥まで来ています。貴方が乗ってきた舟はもちろん置いて来ております。悪く思わないでくださいね」

 

 良く考えてみたら。計器が動いていたね。地図に座標が指定されているし、乗るときに苦労せず乗れたのだから。最初は停まっていたのだろう。彼女が乗ってから動き出したと考えることも出来たはずだったな。本当に申し訳ない。


「あなたは人間の一度の最長水泳記録を知っていますか?」

「ははっ。……冗談でしょう?せいぜい数百kmでしょう。ここは1番近い大陸から3000kmは離れているんですよ。そんな事人間に出来るわけが無いじゃないですか」

「そうですね私が呼ばれている呼び名の一つを知っていますか?」

「……『神への0歩』」

「神なんて言われるのは心外ですがね。人の可能性の最果てなだけですよ。それとも、人が辿り着いた先が神というのなら逆にロマンのある話かもしれませんね」


「行ってしまいましたね」

「さようなら」とどこか寂しそうな声で彼女が言ったように感じたのは気のせいでしょうか」

「幸運を祈ります。きっと、真にあなたを救ってくれる人がいつか現れてくれることを」




こうして、余計な事をした何者かがいたせいで封印されていた『人類最果て』は解き放たれる事となったのであった。

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