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1片 ゲリラ豪雨

 ふらりふらりと当てもなく歩いていた。ただ自分の感性に従って、そぞろに。強いて目的を挙げるとするのならば、甘味を探し求めているのかもしれない。

 ここがどんな地名の町であるのか正直僕には分からなかった。特段知りたいわけでもない。ときどき、僕はこうして迷子になるのが好きだった。趣味と言えるかも分からないようなことだけれど……。

 快適に設定された空調とがたんごとんと小気味の良い車両から伝わるリズムとに身を任せ、迫りくる睡魔を甘んじて受け入れる。ふっと目覚めた駅で、半覚醒の頭で適当に乗り継ぎをする。それを何度か繰り返す。

 そうして、今回たどり着いたのがこの町である。体感かなり中枢都市圏から離れたところまできた。だというのに、意外と栄えているようだ。駅前の商店街もシャッターが閉まっている店は一つも無かったし、こうして散策していると喫茶店や雑貨屋なんかもチラホラあるようであった。

 古本屋の店先に紙が茶色になってしまった本が一冊百円で売られているの(虫干しも兼ねているであろう)や、骨董品屋の窓越しに見える、異国の何と呼べばいいのか分からない小物や趣のある山羊の銅像、大陸の方からきたであろう綺麗なエメラルドグリーンのグラス。そういったものを見ると大して興味があるわけではなかったけれど自然と心がワクワクとしていた。

 数分程歩いているといかにも昭和のころからやっていそうなレトロなクレープ屋があった。店先には赤と白のチェック柄の折り畳み式のテントがあって、小さな黒板に「サツマイモクレープ 750円」なる文字も見えた。ガラスに貼ってある、右上の角のめくれたメニュー表を見てバナナチョコクレープを頼むことにした。時代に取り残されぬよう流行りを取り入れナウいメニューを作っていくことも確かに大切だ。しかし、どうせなら開店当初から存在する古参のものを食べたかった。この店が長年やって来れた理由がきっと詰まっているのだろうからね。店主は30代ぐらいの男性で、「代替わり」という言葉が脳裏をよぎる。やはりこの店は長年地域で愛されているのだ。

 店の脇にあるプラスチックのベンチに腰掛ける。ペンキは比較的最近になって塗りなおされたようだ。疲れから少々足取りが重くなっていたからちょうどいい。

 まじまじと見つめ食べる。クリームの甘さが口に広がり、少しサクサクした生地が食感を楽しませてくれる。生地が厚いモノも好きだが後半は飽きてしまうこともあるのでこれくらいの方がむしろ丁度いい。クレープを包む紙が邪魔になって来たのでぺりぺりとはがしていく。先ほどまでのクリームと生地に加え、今度はバナナのねっとりした食感とチョコの暴力的な甘さが合わさり、幸福感から自然と口角が上がってしまっていた。

 あっという間に食べ終わってしまった。


「ごちそうさまです」


 と小さく呟くと「いただきます」を言ってなかったなと思ったが、これはすぐにでもかぶりつきたくなるようなこのクレープがいけないだろう。

 しばらく余韻に浸ってぼーっと車の流れを目で追っていた。日差しが温かい。きっと、幸せが存在するのなら今の僕のことを言うのだ。

 頬を液体が流れる。空を見上げる。太陽を直視し、即座に頭を元の状態に戻す。雨かと思った。こんなに良い日和だというのに?ポタポタ、ポタポタと。ズボンに雫が落ちていく。目頭から鼻の横、頬。口の横を通ってボクの顎先からその液体は流れているようだった。目頭も熱を帯びていた。

 そうか。僕は泣いているのだ。どうしてこんなに幸せなのに泣いているのだろう。うれし泣きというやつか。いいや違う、そうではない。分かっている。こうやって、とぼけたような考えを一度経由するのは僕の弱さだ。悪いところだ。どうしようもない欠点だ。それとも、こうしなければ耐えられないのか?

 瑞葵さんのことに、決まっているだろう。

 僕のような人殺しが幸せになって良いわけなどないのだ。何が散策だ。ふざけるな。お前はどうして白々しくもそんなことができるんだ?乗り越えた振りをしているだけで、実際はただ目をそらして向き合うことを放棄しているだけじゃないか。

 感情が堰を切ったように涙として表出された。これを止めようとしたところでそれはただの先延ばしに過ぎないだろう。でも、この感情と向き合うことなんてできるだろうか。鼻水も出てくる。ティッシュペーパーを取り出し必死に鼻をかんだ。しゃくり上げるような呼吸になる。ただ、悲しかった。


 ふいに背中に手が置かれた。温かい。優しさというものが伝わって来た。驚いたけれども不思議と悪い感じはしなかったので背中をさすられるのをなされるままに受け入れた。

 落ち着くまでしばらくかかった。10分以上そうしていたかもしれない。ぐしゃぐしゃになった顔で手の(あるじ)を見つめる。視界がうるんでいたがそれでも分かるくらい顔の整ったイケメンの好青年だった。白いワイシャツにベルト黒いズボンというシンプルな装いでシュッとした印象を与える。手足もモデルのように長かった。(実際にモデルを見たことは無いけれど)下手したら僕よりも年下かもしれない。


「ありがとうございます。もう落ち着いたので……、大丈夫です」

「良いんですよ、困っている人を見過ごすことなんてできませんからね」


 爽やか過ぎて怖いくらいだった。


「ぼくの名前は性性たちさが 性性せいしょうと言います。あなたのお名前をお聞きしても?」

「心苦しいけれど、一身上の都合で教えられないんだ。呼び名が欲しかったら「探偵」と呼んでくれ」

「先ほど泣いていたことと何か関係があるんですか?」

「違うさ。本当にくだらないことなんだ」

「差しさわりなければ理由を教えてもらっても?」

「自分の名前を憶えてないんだよ」

「……それは、なかなかどうして珍しい人もいるもんですね」

「なっ。くだらないことだっただろ?」

「くだらなくなんてありませんよ。ぼくの興味からの質問に答えてくれてありがとうございます」


 本当にいい奴過ぎてなんだか調子が狂いそうだ。


「それにしても危ないところでしたね」

「と言うと?」

「下手したら『発狂』していてもおかしくなかったですよ」

「『発狂』……って何なの?」

「そうですぼくらカラフルピースはなりやすいですから」

「——っ!」

「ふふっ。同類かどうかぐらいわかるますよ。『発狂』ってのは基本的に文字通り受け取ってもらって大丈夫です。極度のストレスに精神が耐えられなくなると起こるんですけど、そのときカラフルピースとしての特性が暴走します。周囲に被害を出すこともしばしば。そして、最終的に精神が完全に壊れ自死へと至る。一般人はこのカラフルピースとしての暴走が起こらずそのまま死に至ることがほとんど。とはいえ、ぼくらは感受性豊かだからそこそこ起こりますが、一般人が発症することなんてよっぽどのことが無ければ起こらないよ。」

性性(せいしょう)は何者なんだ?」

「同士たちはぼくのことをこう呼ぶ―――」


「キングとね」

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