第二十一話:佐々成政
仁斎が、伊賀の山中で、信長という名の「影の会長」から、九州征伐という最終試験を課せられた、その数日後。
大坂城に、一本の報せが届いた。
これまで、秀吉への臣従を頑なに拒み続けていた、北陸・越中の大名、佐々成政から、ついに、降伏の使者が送られてきたという。
「おお!あの頑固者の、くろくろ(※成政の通称)が、ついに折れたか!」
秀吉は、その報を聞き、上機嫌で膝を打った。
「これで、日ノ本に残る、ワシに逆らう者は、薩摩の猿どもだけよ! よかろう、その降伏、受け入れてやる!」
天下統一の、最後のピースが埋まる。秀吉が、満足げに頷いた、その時。
末席に控えていた仁斎が、静かに口を開いた。
「お待ちください、関白殿下。その話、あまりに、虫が良すぎるとは思われませぬか」
「何だと、仁斎?」
秀吉が、不機嫌な目で仁斎を睨む。
「彼は、この私が、十万の兵で城を囲んだ時でさえ、決して首を縦に振らなかった男。それが、なぜ、今になって、無条件で降伏を申し出るのか。腑に落ちませぬ」
仁斎は、使者が持参した降伏の条件書を、指先で弾いた。
「命と、一族の安泰の保証。それだけで、あの気位の高い男が、城を明け渡すとは、到底、思えませぬ。この話、お受け入れになる前に、今一度、裏を探るお許しを、いただきたく存じます」
秀吉は、仁斎の、水を差すような物言いに、不快感を露わにした。だが、島津家の処遇を巡る一件以来、この男の背後にある「影」を、無視することはできない。
「…好きにせい」
吐き捨てるように言うと、秀吉は、座を立ってしまった。
仁斎は、すぐさま、自らの情報網を駆使して、佐々成政の領地である、越中の内情を探らせた。
数日後、彼の元へ届けられた密書の数々は、仁斎の疑念が、正しかったことを証明していた。
仁斎は、自室で、成政の【査定】データを、静かに更新する。
【対象:佐々 成政】
資産(Assets):領内の金銀山(埋蔵量・中規模)75
負債・リスク(Liabilities & Risks):隠匿資産(簿外資産)の海外流出リスク:95%
定性コメント:降伏と引き換えに、密かに領内の金銀山から産出される金銀を、複数の商人を通じ、国外へ運び出す計画が進行中。既に、相当量の資産が、博多の港へ向かっている可能性、極めて高し。明け渡される城は、すでに価値のない**“抜け殻”**である。
『やはり、か。これは、ディールブレイカー(取引を破談にさせる重大な問題)だ』
仁斎は、この偽りの降伏が、単なる時間稼ぎであり、その裏で、豊臣家にとって、最も重要な「資産」が、流出しようとしていることを、確信した。
彼は、すぐさま、博多の湊にも拠点を持つ堺の商人たちへ、密書を送った。
「越中より、不審な金銀の運び込み、これあるやもしれぬ。見つけ次第、これを差し押さえ買い取れ。代金は、豊臣家が倍で支払う」
同時に秀吉の元へ赴き、事の次第を冷静に、しかし厳しく報告した。
「――佐々成政は、我々を、欺いております」
仁斎の報告に、秀吉の顔が怒りで赤く染まっていく。
「あの、くろくろめが! このワシを、手玉に取ろうとは!」
「もはや、話し合いは無用。これより、我々は佐々成政という、我らに仇なす者を力をもってその罪を償わせていただきます」
仁斎は地図の上で越中を指で囲った。
「――ただちに兵を挙げ、越中を完全に包囲すべきです」
その、仁斎の言葉に秀吉はハッと我に返った。
そうだ、この男はいつもそうだ。問題を発見するだけでなく、常にその解決策を同時に提示する。
秀吉は己の感情的な怒りをぐっと飲み込むと、短く、しかし力強く命じた。
「…兵を、集めよ」
数日後。
秀吉自らが率いる、十万の大軍が、再び、越中・富山城へとその駒を進めていた。
だが、その進軍の報せは、すでに城内の佐々成政の耳にも届いていた。
自分の計画が、完全に仁斎という男に看破されたことを知り、成政は絶望に顔を歪ませた。
そして、彼は最後の、そして、最も愚かな抵抗手段に出ることを決意する。
富山城の一室で、彼は一枚の書状を震える手で書き記していた。
『――これ以上、ワシを追い詰めるならば、この城と領民そして、金銀山もろとも全てを火の海に沈めてくれるわ』
窮鼠、猫を噛む。
いや、窮地に陥った狼は自らの牙で己の喉を食い破ろうとしていた。
仁斎の、最も厄介なディールが、今、始まろうとしていた。
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