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第二十話:影の会長

京の喧騒を離れ、仁斎は、伊賀の険しい山道を進んでいた。

煌びやかな大坂城と、その主である豊臣秀吉の傲慢な笑顔を思い出す。あの城は、自分が設計した「株式会社・日本」の、輝かしい本社ビルのはずだった。だが、今や、その経営は、感情的で、自己過信に満ちたCEOによって、破滅的な危機に瀕している。


『一介の軍団長に過ぎなかった羽柴秀吉を、天下人の座へ押し上げたのは、間違いなく、この俺のディールだ。いわば、俺が手掛けた、最高のIPO(新規株式公開)案件。その“作品”を、自らの手で、市場から退場させねばならないのか…』

仁斎の表情に、珍しく、迷いの色があった。


古寺の山門をくぐると、張り詰めた空気が仁斎を迎えた。

境内の隅で、一人の男が、黙々と火縄銃の手入れをしていた。数年の潜伏生活は、その男から余分な肉を削ぎ落とし、鋼のような肉体と、底知れぬ静謐さを与えていた。

だが、仁斎の姿を認めた瞬間、その瞳に、かつての第六天魔王の光が宿った。

「…仁斎か」

織田信長。影の会長が、そこにいた。


仁斎は、平伏し、これまでの経緯と、現状の危機を報告した。

「ご報告いたします。関白殿下は、日ノ本を、その手中に収めました。なれど、今、その勢いのまま、海を渡り、明国へ攻め入るという、途方もない計画を立てております。何の備えも、勝算もなきままに。…このままでは、ようやく一つに成りかけたこの国が、再び、疲弊し、崩壊いたします」


信長は、銃の手入れを止めず、黙って聞いていた。

やがて、彼は、ふ、と笑った。

「ほう…明国を、か。あの猿、ワシが考えていたことを、先にやろうというのか。面白い」

その反応は、仁斎の予測とは、少し違っていた。信長の瞳は、怒りではなく、暗い喜びに燃えているように見えた。

仁斎は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

『まずい。この男もまた、破壊と拡大を本能とする征服者だ。秀吉の“無謀な計画”を、彼は“壮大な挑戦”と捉えている…!』


仁斎は、必死に、その計画の無謀さを説いた。

「今の我々では、勝てませぬ。明は、我々が考えている以上に巨大で豊かです。正確な地図も、情報も何一つない。この戦は、あまりに無謀。国が疲弊し、滅びるだけでございます」

それは、もはや家臣の進言ではなかった。自らが再建した会社の未来を憂う、経営責任者としての悲痛な叫びだった。


信長は、ようやく、仁斎の目を見た。

「…なるほど。猿は、まだ将の器のままか。王の視点を持っておらぬ、と。貴様の言うことは、分かった」

その言葉に、仁斎は、わずかに安堵の息を漏らした。

だが、信長の言葉は、それで終わりではなかった。

「よかろう、仁斎。猿を止める。だが、その前に、貴様の力を、もう一度ワシに見せよ」

「…と、申されますと?」

信長は、立ち上がると、寺の壁に貼られた、巨大な日本地図を指差した。

その指が、示しているのは、西の果て。九州だ。

「島津を、片付けろ」

「……!」

「かの鬼島津を、貴様のやり方で屈服させてみせよ。兵の損耗は最小限に。期間は半年。見事成し遂げた暁には、ワシがこの穴倉から出て、猿に代わって、再び天下に号令をくれてやる」


それは、仁斎に対する、最終試験だった。

この国の、最後の抵抗勢力と言える島津家を、仁斎の「M&A」の手法で完全に掌握できるのか。影の会長は、その手腕を自らの目で見極めようとしているのだ。


仁斎は深く深く頭を下げた。

「…御意に」

その声には、もはや迷いはなかった。


『“影の会長”による、最終監査ファイナル・オーディット…。その本題は、九州・島津家。だが、その巨大なディールに取り掛かる前に、片付けておかねばならぬ、小さな、しかし、極めて厄介な**“不良債権”**が、まだ一つ、残っている』

仁斎は、古寺を後にした。

彼の視線は地図の上で薩摩ではなく、まず、北陸の越中へと向けられた。そこに巣食う、最後の反逆者――佐々成政。

株式会社・日本の、本格的な経営再建は、まずこの男の完全な清算から始まる。

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