表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2

 俺が5歳の時に天使に出会った。


「はじめまちて、リリー=マーティンでしゅ。」


 サラサラのプラチナヘア、陶器のような白い肌、うっすら頬を染めてアクアマリンのつぶらな瞳が俺を見て微笑んだ。


 まるで雷にでも打たれたような感覚に陥り、その瞬間前世の記憶が蘇った。


 前世の俺には出戻りの姉がいた。

「リアルは浮気するから懲り懲り」と乙女ゲームというものにハマっていて、そのうちの一つがアニメ化されて姉は毎週欠かさず見ていた。


 俺がたまたま部活が休みになったのでいつもより早く家に帰ると、姉がちょうどそのアニメを見ていた。


 オスカーがヒロインに昔のトラウマ話を打ち明ける回だった。

 幼馴染4人と覚えたばかりの魔法を使いたくて魔物の森に行こうという話になり、兄としてカッコいい所も見せたかったオスカーは、嫌がる妹を一緒に連れて行った。そこで妹が魔物に襲われ命を落とした。

「妹は嫌がっていたのに」

「俺が襲われれば良かった」

「俺は幸せになってはいけない」

 などとこぼしているとヒロインに叱咤された。


 ていうか、妹を連れて行くこと誰も止めなかったのかよ?と思いつつ


「魔法を覚えたって言ってたけど、治癒魔法みたいなのは使えないの?」と姉に聞くと、このゲームの世界では

 ・光属性の適性がないと治癒魔法は使えない

 ・適性が低いものより高いものを優先的に習得する傾向がある


 とのことで、アーサーが光属性を持っていたけど、適性が低いので得意な風魔法を優先していたらしい。


 いや、稀少な光属性持ってたら適性低くてもそっちから練習しないか?


 そう言うと、「そうしないとオスカーがトラウマを抱えるエピソードができないからじゃない?」と。


 そんな理由で、今俺の目の前にいる天使が命を奪われるのかと思うとたまらなくなった。


「俺が君を守る!」


 思わずギュッと抱きしめてしまった。


 すると俺を引き剥がしながらオスカーが

「リリーは俺の妹だぞ!リリーは俺が守るんだ!」と怒鳴った。


 無理矢理魔物の森に連れて行くくせに・・・


 目を細めてオスカーを軽く睨んだ時、追加の記憶が蘇った。


「ゲームではオスカールートを攻略すると、ハッピーエンドでも結婚して屋敷に軟禁状態だし、トゥルーエンドは隠し部屋に鎖に繋がれて監禁で、バッドエンドは無理心中だよ。」と姉が言っていた。


 えぇ・・・お前、やばいな。


 引きまくった俺の視線を「リリーを守る権利に対する抵抗」だと思ったのかオスカーは


「なんだよ!だって、リリーは俺の妹なんだぞ!」と繰り返した。


 そうだ、さっき「誰も止めなかったのか?」と思ったが、7歳ぐらいの子供なんてそれこそ実力社会だ。(物理的に)


 王族や貴族としての立場や振る舞いを幼い頃から教え込まれているとは言え、本当に理解しているかといえばそうでもない。


 マーティン家は代々騎士の家系で、現時点で既にオスカーの身体はみんなよりも一回り大きく、剣術の実力も飛び抜けていた。

 そんな彼に反対できる者はいないだろう。


 やっぱり俺が守るしかない!


 俺は城に戻るなり、魔法の師匠に自分に取得可能な治癒魔法を教えて欲しいと懇願した。

 適性が低いことは自分でも分かっている。でも、応急処置ができるだけでも助けられる可能性は違ってくると思う。


 宮廷魔法師団のトップと言われている彼は一瞬何かを考えるような表情をしたが、何も言わず次の授業から治癒魔法を教えてくれた。


 2年間とても大変だったが可能な限りの事はした。相乗効果なのか風魔法もかなり高ランクの物まで習得できた。


 魔物の森に行く日を変更したり、こっそり師匠についてきてもらうなど考えたが、変に画策して、もしオスカーが俺のいない時にリリーと魔物の森に行くことになったら守ることができないので、魔物の森には予定通り行くことにした。

 でも毒消し薬だけは持ってくる様にオスカーを説得した。


 魔物の森はマーティン侯爵家の屋敷の裏山にあり、比較的レベルの低い魔物ばかりなので代々マーティン侯爵家の鍛練の場となっている。

 オスカーも長兄に連れられて既に何度か入ったことがあるそうで鼻歌まで歌っている。お気楽なものだ。


 でもこれから起こることを知っている俺は気が気ではない。リリーの後ろにピッタリ引っ付き、周りの気配に意識を向けた。


 俺が真面目に魔法の練習をしていた事で、オスカーやイーサンやライリーも真剣に取り組みだし、皆この年齢では考えられないほどレベルが上がっていたが、それでも運命は変えられないと嘲笑うかのように、リリーは襲われてしまった。


 俺はすぐにヒールで傷を塞ぎ、オスカーに毒消し薬を飲ませるように、イーサン達には大人を呼んでくるように指示を出した。


 オスカーがリリーに毒消し薬を飲ませている間にヒールで出来るだけ体力を回復させているとリリーが薄っすらと目を開けたが、すぐにまた眠ってしまった。


 駆けつけた者に彼女を運んでもらうと、もう俺にできることはなかった。

 後は医師に任せるしかない。


 信仰心があるわけではないが、この時ばかりは神様に祈った。

 1週間後、リリーが目を覚ましたと聞いた時は神様に感謝した。


 傷も完全に塞がり毒も完全に抜け切ったのでもう大丈夫だと聞き久々に会いに行くと、嬉しそうなオスカーの横で不安気な顔をしたリリーが「お兄様が8歳になるまでは・・・」とボソッと呟いた。


 あぁ・・・神よ・・・。


 俺の天使に見ず知らずの人の記憶が上書きされてしまった。そうしなければ運命を覆してリリーを助けることが出来なかったのかもしれないが、もう俺の知っている天使ではなくなってしまった。


 そう思っていたのだが、相変わらず派手なことが苦手で物静かな心優しいリリーを、変わらず愛おしく思っている自分に気付いた。


 ただ、たまに「平凡がいい。目立ちたくない。ただただ心穏やかに生きたい。」と呟いているのを聞くと、継承権第三位とは言え、一応王族である俺はパートナーとして受け入れて貰えないだろうなと切ない気持ちになった。


 そういえば、リリーを助けた事で、オスカーの俺に対する態度がガラッと変わった。幼馴染と言うことで遠慮のないことはあるが、横柄な態度は一切なくなった。


 リリーの13歳のデビュタントの時も俺にエスコートを勧めてくれたが、リリーが目立つのが嫌なことを知っているので遠慮した。だからと言って他の男に譲る様な心の広さはまだ持ち合わせていないので、オスカーにリリーのエスコートをする様にお願いした。



 そして2年後、リリーが入学してきた。

 ますます可愛くなっていて、男が放っておかないだろうなと心配になった。


 リリーに学園の案内を買って出て、オスカー共々歩いていると、アニメで見た通りのヒロインがオスカーに突進してきた。

 この世界では自分より身分の高い貴族に話しかけるのはマナー違反とされているが、そんな事は知らぬげにヒロインはオスカーに話しかけていた。


 オスカーを見つめる目がちょっと病的に陶酔している感じで寒気がした。そして、リリーがオスカーの妹だとわかると「えっ?うそっ?どうして・・・?」と呟いた。


 やっぱりそっちか。


 なんとなく嫌な予感がして、リリーを見守ることにした。決してストーカーではない。


 ある日、リリーの後ろをつけている男がいたのでその後をつけた。すると階段に差し掛かった時、男がリリーを押した。


「フライ!」


 左手で風魔法を発動させリリーを受け止め、右腕で男の首を絞めた。


 また別の日には中庭を歩いているリリーの上に影がさしたので見上げると何かが落ちてくるのが見えた。


 自分自身に身体強化とフライをかけて一気に距離を詰め、リリーを抱き上げて移動した。

 先ほどまで彼女がいた場所に粉々になった植木鉢が落ちていた。


 怒りで血が逆流しそうだ。


 護衛にリリーを任せると、フライで屋上まで一気に飛び、逃げようとした男を捕まえた。


 逃がすわけないだろ。

 拷問にかけて洗いざらい吐かせてやる。


 悉く実行犯を捕まえたので逃げられないと思ったのか、ヒロインは学園に来なくなった。

 それに安心したわけではないのだろうが、数日後、オスカーがリリーを先に一人で帰らせたと言うので嫌な予感がして生徒会室を飛び出した。


 密かに護衛につけていたうちの1人がやって来て、リリーが攫われたと告げた。

 後で聞いた話だが、その時の俺は人を殺めそうな目をしていたらしい。


 実際、扉を吹き飛ばした時は、中にいる殺気を漲らせた人間を消滅させるぐらいのつもりだった。でも、リリーにそんな酷いシーンを見せたらそれこそトラウマになると思いとどまり、直前で加減した。


 護衛が連れ出す時に呻き声が聞こえたので一応生きているようだ。



 今後も静かに見守るつもりだったのだが、嬉しそうに見つめてくる彼女を見て少し欲が出てしまった。



*****

 

 それから約3年後

 リリーが学園を卒業するとすぐに結婚した。


 そしてさらに5年後

 兄である王太子が即位すると同時に俺は臣籍降下し公爵位を賜った。

 

 兄上達は優秀で、兄弟の仲も良いので何の心配もいらなかった。でも気を抜くと欲にまみれた者達にあっと言う間に足元をすくわれてしまうので、引き続き注意は怠らなかった。



 そして・・・


 3人の息子たちと1人の娘と俺に見守られ、リリーは45歳で生涯を終えた。

 5歳で終わるはずだった人生を俺の我儘で40年も長く生きてくれた。


 平凡とは程遠い人生になったが、満足してくれただろうか?

 眠る様な彼女の顔は微笑んでいる様に見える。


「アーサー様。楽しい人生をありがとうございました。あなたのお陰で本当に幸せでした。」


 彼女が最後に紡いだ言葉はきっと本心だったと思いたい。




 念願のモブに生まれ変わりましたが、第三王子妃から公爵夫人になり、平凡ではないけど、とても楽しい人生でした


〜完〜



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] よかったけど、リリー亡くなるのが早いよ! [気になる点] ヒロインのその後。
2021/11/17 08:15 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ