Scene9 ―― 物語の結末を
「おまえ……っ!」
時雨が声を荒げる。五十嵐を繋いでいたはずの手錠が、いつの間にか時雨の手首に移動していた。
「え!?」
「どういうことだよ!」
驚く鈴音と漣は楓に視線を向ける。彼女は先ほどまでとは違い、無邪気な笑みを浮かべていた。
「ふふ、すごいでしょ。これが私と会長の作戦なんだ」
その言葉を受け、会長はやれやれと首を振る。
「まったく、無茶にもほどがある。こんなのは計画とも言えないし、成功するのはあらゆる要素が最善になった時だけだ」
「まーいいじゃないですか。結局うまくいったんですから」
急激に弛緩した空気の中、漣は眉間にしわを寄せ呟いた。
「じゃあなんだ? 全部嘘だったってのか?」
その言葉に楓は首をひねる。
「ん-、まぁ嘘というか演技というか、計画というか」
「ふっ、迫真の演技だったぞ。手錠をかけられた時は、本当にお前が俺を生贄にするのかとおもったよ」
うんうんと大きく頷く鈴音。すごかった、とぽつんと呟いた。
「半分くらいは本心ですけどね」
「こえーよ!」
さらりと返す楓に漣が叫ぶ。楓はにやりとしてピースをして見せ、先ほどから黙って立ち尽くしている時雨に向き直る。
「さて、と、いうわけです。私たちは生贄に時雨さんを選びました。私たちのために死んでください」
楓の声は内容に合わず明るかった。
「ちょ、言い方……。まぁ、あんたなら爆弾を解除できるんだろ? さすがに自分が死ぬわけにはいかねぇよな?」
漣に問われ、時雨は俯いていた顔を上げる。その口元には笑みが浮かんでいた。
「……っ!」
目に宿る狂気の光。思わず漣と鈴音は後ずさる。やがて時雨は、我慢できないというように笑い出した。
「ふ、ふふふ、はっはっはっ……!!!」
五十嵐が警戒して尋ねる。
「何がおかしい?」
「いやぁ、楽しいものを見せてもらった……。ふふふ、そうか。これがお前たちの描く結末なんだな?」
すかさず楓が答えた。
「これが、私たちが選んだ未来です」
そのきっぱりとした口調に、時雨は満足げに頷く。
「いいだろう。彩花、お前の本当の名は楓だろう? そして美青、お前が鈴音だな」
鋭い視線で二人を順番に見る。
「え、なんで……」
鈴音は不安そうに漣の後ろにこそっと隠れた。楓は残念そうにため息をつく。
「はぁ、なんでいつも即バレするんですかね。偽名使うの苦手なのかなー」
「俺の情報網をなめるな。それくらい把握しておいて当然だろう」
「じゃあ分かったうえで……?」
漣の後ろから小さく尋ねる鈴音。彼女を助けるため、楓は自分が鈴音なのだと偽って人質になった。時雨が二人の正体を知っていたとすれば、なぜそんな嘘に付き合ってくれたのだろう。
「まぁな。とにかく、楓は俺に仲間にしてほしいと申し出た。そのために仲間を生贄にするとな。だから俺は手錠をかける役をこいつに任せた」
時雨の後を引き継ぐ楓。
「そうですね。とにかく私が手錠に触れなければどうしようもないですから。ただまぁ、会長たちと打ち合わせできなかったのが不安要素でしたね。実際私がそこまで信頼されているかあまり自信がなかったので」
「信頼というかなんというか。ただ楓の意図はなんとなく伝わった。時雨を生贄にしようっていうのがな。そしておそらく、楓は俺を生贄にしたと思わせるはずだ。そうでないと時雨に近づけない。だから俺は手錠をかける瞬間がお前に見えないような位置に移動した」
「こんなにハイテクな機械がそろってるのに、手錠は昔ながらのアナログでよかったです。きつく締まらないように手で押さえて、音だけ鳴るようにしました」
「あとはお前が適当な理由をつけて俺に近づき、隙を見て手錠を俺にかけ締める。単純だが悪くはないアイデアだ。もちろん、うまくいくかどうかは保証できないがな」
五十嵐、楓に続き時雨がしめくくった。
「え? 三人仲間だったの?」
と鈴音が呟くのも無理はない。楓は苦笑いで首を振った。
「そうじゃないけど、要するに時雨は私たちが何を考えてるかなんてお見通しだったってわけ。……いや、あらゆる可能性を考えていた、って言った方がいいかな。その上で観てたんだよ、私たちがどんな結末を演じるのか」
時雨がゆっくり歩きだす。じゃらりと鎖が鳴った。
「そうさ。君たちがここに来てからだけでも、あまたの選択肢が存在していた。数々の場面で訪れた様々な選択、行動。それら全ての連なりの先に、今のこのエンドがもたらされている。大変興味深いと思わないか? 非日常な状況において、人が織りなす物語は」
時雨はカプセルの中に入る。
「私はね。君たちが紡ぐ物語の形を見てみたかっただけなのさ」
言い終わると同時にカプセルの扉が閉まった。一瞬のことに誰も動くことすらできない。
「時雨っ!」
五十嵐が駆け寄るが、もう扉の繋ぎ目さえ分からなくなっていた。




