いざ 捕獲へ
私達は五十嵐に渡された洗濯網を持ち道路に立っていた。それほど広い道じゃないし車通りも少ないが、本当に捕まえられるだろうか……。
五十嵐は必ずこの道を通ると断言した。猫にはいくつか嫌いな匂いがあり、例えば柑橘系だとか、フレグランス、ミント、スパイスなんかの匂いを道につけておいたらしい。それを避けて走ってくるとこの道を通ることになるという。
用意周到なんだかどうだか……。大体、私たちが失敗したらどうする? こっちは単なる高校生で、相手は決してナメてはいけない猫なのだ。
ため息を飲み込み道の先を見据えた。ターゲットは、茶色っぽくて、お腹と尻尾が白い猫。こうなったら絶対捕まえてやる! やる気満々で立つ鈴音に習って私も気合いを入れた。
数分後……。前方に小さな点が現れる。
「来たよ……!」
鈴音が腰を落とした。
小さかった点は徐々に大きくなり、すぐに何匹もの猫どもが駆けてくるのが見えた。
「えっ? 何あれいっぱいいるじゃん!」
そんなこと聞いてなかったんですけど?
「め……かえで、あそこ!」
鈴音が指すのは先頭から2メートルほど遅れて走る集団だ。その中に……いた! きっと、いや絶対あの猫だ。前から3匹目、右端を飄々と走る茶色いやつ。
「……あれだ。鈴、行って!」
素早く頷き、鈴音は左側からターゲットに向かって走った。私はその場で彼女が取り逃した場合に備える。
猫たちは警戒して速度を緩めた。すかさず鈴音が洗濯網を広げかぶせようとするが、するりと逃げられてしまう。
周りの猫たちも低く唸りながら毛を逆立てる。鈴音はそんなことには目もくれず、ただターゲットだけを見つめていた。その集中力は良いが、もう少し回りを見て欲しい……。猫の戦闘力は馬鹿にできない。
ターゲットの確保は鈴音に任せ、私は鈴音本体を守ることにした。無駄に猫を刺激しないよう静かに近づき、彼女と背中合わせに立つ。
鈴音がザッと前に出た。驚いた猫の1匹が猫パンチを繰り出すのを、左足を出して盾にした。9月とはいえ残暑の厳しい今日この頃だが、こんなこともあろうかと長袖長ズボンという完全防備なので怪我はない。
「……まだ?」
「まだ。」
試しに尋ねるが短く返された。
フーッと威嚇の声をあげ、私の正面の白猫が爪を閃かせる。間一髪でかわしポケットから出したビー玉を3つ、勢いよく転がした。上手い具合に光を反射するそれを各玉につき2,3匹が追いかけていく。
猫は光るものが、特に光って動くものが好きだ。それを獲物と思って追うらしい。今回はその習性を利用したわけだが、こんなにもうまくいくとは思わなかった。……なぜビー玉なんて持ってたのかって?そんなの、外出の必需品だからに決まっているだろう、何かと役に立つんだよ。
猫の包囲を解いた私は改めて鈴音の様子を伺った。
すり抜けようとするターゲットを鈴音が捕まえようとし、そしてまた猫が逃げる。
このままだとまだまだかかりそうだし、少し手伝ってあげようか。
残っていたビー玉を1つ、猫に見えるよう斜めに転がす。猫の視線がそれに引き付けられ、動きが若干鈍った。
「っ……!」
鈴音、と言いかけ止めた。私が言うまでもない。彼女は猫に飛びつき、ばふっと網をかぶせた。猫が鳴き、じたばた暴れる。
すぐに私も加勢した。鈴音の白い腕に傷が出来ないよう、振り下ろされる爪を自分の腕で止める。網の隙間から覗いた爪先がピッと袖を裂き皮膚に一筋の赤い線を残した。
「めい! 血が…!」
大袈裟な子だ。ちょっと引っ掻いただけなのに。
「平気平気。鈴、離れてて。半袖なんだから危ないよ。」
私が長袖長ズボンで、と言っておいたのにも関わらず、彼女は愛らしい半袖のシャツにフリルのスカートという信じられない格好をしているのだ。本当に信じられない!
大人しく彼女が手を離すと、苦労するも猫を網の中に入れることに成功。もごもご動く袋をひっさげ、通行人に怪しまれる前にさっさと薄暗い部屋に戻った。