後編1
間が空いてしまい申し訳ありません。
次で終わるのでよろしくお願いします。
「っはぁ、は。......ふぅー。」
そんなに長い距離を走ったわけではないのに、乱れてしまった息を整えるために深呼吸を繰り返す。公爵令嬢として、アルの主人としてみっともない姿をみせるつもりなどない。
私にいろいろ教えてくれていた令嬢たちによるとアイナさんはいつも談話室の一つを使っているらしい。大きな談話室を自分専用の部屋のように使うのだと苦言を漏らしていた。
ひんやりとした大きなドアノブはいかにも重そうで、軽くもつだけで私の手に確かな重みを伝えてくる。
...このなかにアイナさんとアルがいるのだろう。アルが幸せそうでないと聞いて、ここまでただ必死に走ってきたが余計なお世話だったらどうしよう。ドアをあけて見えた景色がアイナさんとアルの仲睦まじい、幸せそうな、そんな景色だったら。私は耐えられるだろうか。自分から手放しておいて虫のいい話だとは分かっている。分かってはいるのだが実際に見たとき耐えられるかは正直わからない。
だって転生してなかなか愛着のもてなかった、人事みたいな世界で、唯一大事だと思えたのはアルだけだから。
私は公爵家の娘に転生してからマリアナ・シャフツベリーとして、両親にも使用人の方々にもたくさんの愛情を注いでもらった。私もそれに返そうと公爵令嬢らしいふるまいをするためマナーも勉強も、護身術だって一生懸命に取り組んできたつもりだ。両親だって本当に大切に思っている。でも彼らの前にいるのはやっぱりマリアナ・シャフツベリーとしての私でしかない。別にそれに対して不満があるわけではない。これは本当に誓えることだ。
でも私はどこかでさみしかった。前世の私も含めた今の私を誰かに知っていてほしかった。受け入れてほしかった。・・・そんな私をアルは受け入れてくれた。最初は私の従者という立場を利用するような気持ちだった。私に捨てられたら困るアルなら誰かに話したりしないだろうと最低な気持ちで前世のことを打ち明けた。だけどアルはそんな私に笑ってくれた。
『お嬢が言うなら信じますよ。俺にとって大事なのは俺のお嬢があなただってことだけですから。』
どんなに、私がどんなに救われたか・・!だから私を救ってくれたアルを私は絶対に幸せにする。絶対にたとえなにがあろうともアルさえ幸せでいてくれるなら。
ガチャ、
「失礼いたします。マリアナ・シャフツベリーですわ。・・・急な訪問申し訳ございません。」
談話室は学園の生徒であればだれでも使用可能なため断る必要はないが、私は談話室にいた《彼ら》を見て急いで付け加えてから頭を下げた。
「フレドリック殿下、お久しぶりでございます。それからエドワード様、ジョナス様、スチュアート様、アイナ様ご機嫌いかがでしょうか。」
「・・ふん。相変わらず堅苦しい奴だ。アイナのかわいらしさとは比べようもないな。」
「本当。アイナの可憐さを見習ってほしいよ。」
「まあ!そんな・・」
・・なんだこれは。とりあえず空気を読んでアイナさんにも敬称を付けておいたのはよかった。
なぜかここにいる殿方たちはアイナさんにぞっこんなようだからアイナさんと呼んではなにか嫌味を言われただろう。それにしても殿下はもちろん侯爵家や伯爵家の方々がひとりの女性を囲んでいてよいのだろうか。それもこんな密室で。これでは不名誉な噂をたててくれと言っているようなものだ。
「あの・・マリアナ様、なにか御用でしょうか?」
アイナさんは殿下たちに甘い言葉をささやかれながら、こちらをみて勝ち誇ったような表情を浮かべている。・・こんな子だっただろうか。前に私のところに来た時の態度とはあまりに違う。
「そうだ。マリアナ、貴様いまさら何の用だ。」
「いまさらとは・・?」
「貴様が今まで私の婚約者という立場を振りかざしてアイナを虐めていたのはわかっているんだ。近いうちに断罪してやるつもりだったが、言い訳にでも来たか?」
ああ、そういえば殿下は私の婚約者だったっけ。それらしいことなんてしたことがなかったからすっかり忘れていた。
「いいえ、そんなことのために来たのでは・・」
「言い訳もしないか?性根の腐ったやつだな。」
「フレドリックさまぁ、私怖くて・・・」
「大丈夫だ。私が守る。」
「本当によくも顔を出せたものだな。恥を知れ。」
「アイナを虐めたことを後悔させてあげるよ。」
・・うるさい。うるさい、うるさいうるさいうるさい。虐めなんてもちろんやっていないがそんなことはどうでもいいのだ。やってもいない罪で断罪したいなら勝手にすればいい。そんなことのために来たのではない。私は、
「ッ、アル」
アイナさんの後ろに立っているアルは先ほどから一言も発しない。深い海のような美しい蒼の瞳は心なしか曇っていて、愛しいアイナさんが、アルを幸せにしてくれるはずのアイナさんが近くにいるのに、
・・ちっとも幸せそうなんかじゃない。