3)無謀な約束
「……あと五日だな」
翌日の、警備兵司令執務室。アルデイリアス司令の説教をランドックは真剣な顔で聞いている。
司令は一方的に続けた。
「新月の晩には、死霊術師の力がもっとも強くなる。五日後に何か起きたら、お前の責任とも言えるぞ」
「……新月の晩までに、必ず死霊術師を捕まえます」
アルディリアスはランドックの返事に驚いた様子を見せつつも、尊大に言った。
「ほう……言ったな? できるのか?」
「命令とあらば、できるできないは関係ありません。やるしか……」
命令を果たせなければ処罰を受ける。それはランドックも痛いほど知っている。
「よかろう。では命令する。新月の晩までに死霊術師を捕らえよ」
「ご命令のままに」
アルディリアスは鼻で笑いながら言う。
「命令を果たせれば、宰相閣下に騎士叙任を推薦してやろう。……できるものならな」
ランドックは口を一文字に結んで敬礼した。
警備隊本部の書庫で、ランドックは必死に書類をめくる。
ようやく見つけたマーシアのいちばん古い記録は、半年前。その後は居所を点々としている。最近になって多発してる墓荒らし事件も、おそらくマーシアの仕業だろう。死体をあつめて何かやらかすつもりだろうか?
「…………」
書類を見ながら考え込んでいると、ドアが乱暴にノックされ、返事も待たずに女性将校のルドリアが飛び込んできた。
「ランドック隊長! 例の死霊術師を、西の墓地近辺で見かけた、って報告が……」
「よし!」
すべてを聞く前に彼は立ち上がり、走り出していた。
「ちっ、また残業か……」
そんな警備兵のつぶやきは耳に届かず、一団を従えたランドックは夕方の衛庭を飛び出していく。
その横から
「ランドック!」
と彼の名を呼ぶ声が聞こえた。驚いて振り向くと、止まってる馬車からエルリーネが顔を出している。
「今日は、一緒にお食事の約束……」
しかしルドリアがせかす。
「ランドック隊長! 急がないと!」
ランドックは顔をゆがめ、搾り出すように言った。
「……すまない。仕事なんだ!」
何か答えようとしたエルリーネをもう振り向くこともなく、ランドックの指揮する小隊は走り去った。
ランドックは階段を城壁上へ駆け登り、ルドリアをふくめ3人がその後を追う。あとの警備兵は下で待機だ。
城壁は少々傷んでおり、ところどころにヒビや崩れがある。
「どうせ今日も空振りだって」
戦斧を持って最後尾をついてゆく警備兵が自嘲する。だがランドックの耳には届かない。
「この地区の城壁は補修が遅れている。気を付けろよ!」
そう叫んで、後続に四方を警戒させる。
正面に、崩れかけた小塔があった。昨日、マーシアがいたあの塔だ。ルドリアがそこへ走りよっていく。
「ルドリア、気を付け……」
だがランドックの声より早く、ルドリアは塔の入り口の腐りかけた木扉を蹴っていた。
次の瞬間……破られた扉の上の壁が崩れてレンガが降ってきた。そしてルドリアの足元も崩れだす。
思わず飛び出そうとしたランドックを、警備兵たちが羽交い締めにして止める。
轟音を立てて塔が崩れ、ルドリアと、もう一名の警備兵が瓦礫に巻き込まれて落下した。
すでに暗くなっている街中、警備兵たちが死傷者を運んでいる。その中に、重傷のルドリアもいた。
「ルドリア、気をしっかり持て!」
ランドックの背に負われた彼女の額に、応急の血止めでは抑え切れなかった血液が流れる。意識もない。
ランドックが視線を戻すと、町並みの建物の上で、月が昨日より細くなっていた。
[つづく]