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2)月の細っていく夜


「で、けっきょく死霊術師ネクロマンサーにはまた逃げられた、と。」

 王都警備隊の司令官、アルデイリアスはウンザリした表情で、の報告を途中でさえぎった。

「は……ですが、やつの棲家をつきとめ……」

「もう他所へ移ったろうよ。ランドック、君にはガッカリした。もういい、下がりたまえ」

 ランドックは唇を噛みつつ敬礼の体勢をとり、司令の執務室から出た。



 すでに日は沈んで暗くなりつつある空を仰ぎ、ランドックはため息をつく。その口から

「エルリーネ……」

 と、苦渋の呟きが漏れた。

 ふと気づくと、夕闇に沈む衛庭に警備兵たちが整列している。地下道では役に立たなかった戦斧だが、並んで揃うとそれはそれで壮観だ。

 黒髪の女性将校が敬礼して力強く言った。

「ランドック隊長、二直はもう終了していいでしょうか?」

「あ、ルドリア……みんなもご苦労だった。」

 ランドックは女性将校ルドリアに、そして警備兵たちにと敬礼を返す。

「では、三直に引き継いで解散」

 ルドリアの声に促された警備兵たちは一斉に敬礼すると、一秒後には隊列がばらばらとなって思い思いの方向へ散っていった。

 警備兵たちはひそひそ話を交わす。

「ランドック隊長、落ち込んでるぜ」

「張り切ってたのに逃がしたからなぁ」

「『騎士』がまた遠のいたもんね」

 衛庭から三々五々と門を出て、警備兵たちは町の中へと消えていく。



 最後の数人を見送ってからランドックもため息をついて歩き出した。任務に失敗した日は、腰の小剣がやけに重く感じる。左手を柄頭に置き、支えるようにして門から出た。

 門から遠くないところに馬車が止まっている。貴族が使う類の、しっかり塗装された自家用馬車だ。ランドックが近づくと、扉にある窓から上品そうな令嬢が顔を出した。

「エルリーネ」

 ランドックの呼びかけに、令嬢・エルリーネは不機嫌そうに答える。

「今日はカーナヴォン宰相閣下主催の舞踏会に行く約束だったわよね?」

「ごめん……捕物があって長引いたんだ」

「せっかく、閣下と知り合える機会だったのに」

「ありがとうエルリーネ。でも僕は……閣下をあんまり好きなれないし」

「……陛下の意向をないがしろにしてるから?」

「…………」

 ランドックは言葉に詰まった。

 たしかに、以前の国王を父に持つ宰相カーナヴォン殿下は、国王を差し置いていろいろと政治を壟断している。が、そのことについて彼もあまり明確に意見を持っていたわけじゃない。ただなんとなく好きじゃない、それだけだった。

 けれどエルリーネはしたり顔で続ける。

「あなたは国王派ってわけね?」

「そ、それは……」

「まあ、政治のことはどうでもいいけど」

 どうでもいいのなら言うなよ、と思いつつも、ランドックは話題を変えようとする。

「とにかく、帰ろう」

 エルリーネが馬車の扉を開く。が、

「……なんだか、臭い」

 ランドックはハッと気づいた。足から悪臭が漂っている。

「ああ、下水道に入ったからかな……馬車に臭いが移るといけない、僕は歩くよ」



 石畳で舗装された道。星と月の明りの中で闇に沈みだしたレンガ造りの街の中で、カンテラの光を振りまきながら馬車がゆっくりと進む。その横を、ランドックは早足でついて行く。

 馬車の窓からエルリーネの声が聞こえた

「ランドック、いつまで警備兵をしているつもり?」

「騎士になるまで」

 疲れた体を引きずりながらもランドックは声に気力をこめる。

「下級貴族が騎士に叙任されるには、実戦で手柄を立てるのが最も早いからね」

「それはそうでしょうけれど……でも、そのせいでいつも約束に遅れるじゃない。お父様にお願いして、事務仕事に廻してもらえばいいのに」

「事務じゃ手柄の立てようがないだろ」

「あら? 出納や武器庫管理も立派な仕事よ?」

「たしかにそうだけれど、騎士にはなるまで何年もかかる。叙勲を受けることが、アルディリアス卿から出された結婚の条件なんだから」

 ため息をつきながらもランドックは微笑んで見せた。

「父上ってば……身分違いの恋だからってランドックに苦労させて」

「いや、アルディリアス卿の気持ちもわかる。無理はないさ。それに……君のための苦労なら、僕は厭わないよ」

 その一言でエルリーネは機嫌を直し、二人は見詰め合って微笑んだ。

 馬車の御者が小さく「……けっ」と悪態をついたが、二人には聞こえていない。

 御者は馬に軽く鞭をくれた。馬車は加速しはじめ、ランドックが遅れはじめた。エルリーネが窓から顔を出す。

「じゃあ、また明日」

「ああ、おやすみ」

 馬車が去って行くと、ランドックは空を見上げた。

 もう暗くなった空には細くなりつつある月が浮かんでいる。それを見て彼は眉を寄せた。

「あと六日で新月か……」



 月明かりの差し込む、古びた塔の窓。中には、急ごしらえの祭壇がある。窓辺でマーシアが盃を傾けつつ、竜の彫り物の護符を弄んでいた。そして月を見あげ、深刻な表情で呟く。

マーシア「……あと六日で新月ね」



 [つづく]



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