1)下水道にて
前書き)
とある漫画家さんにご依頼いただいてアイディアストックから提供した、64p想定のプロット案が原型です。その後、順次、いただいた変更要請により展開もテーマも形式も次々と変わっていきましたけど、最終的には要求に応えきれなかったようで没(不採用)となりました。
でもせっかく書いたのにもったいないと思いまして(笑)、シナリオだけウェブ公開……さらに今回、「シナリオからのノベライズ」をする練習&実験作にとこの題材を選んでみました。
結果、小説作品としてはなんか不自然さのぬぐえない部分も残ってしまったのですが、そういうとこはスルーしていただき少しでも楽しんでいただけましたら幸いです♪
暗闇の中にひとつの影が、汚水を跳ね飛ばし走る。
そこは石造りの壁に囲まれた地下水路……と言っても汚水の流れているトンネルだ。流れる臭い泥水は、乾季なのか量が少ない。深いところでも膝に届かず、浅いところではくるぶしくらいなものだった。
その影は、頭にターバンを巻いて、竜を象った彫り物のある護符を首にかけ異国風の長衣をはためかせている女だ。
彼女の走り去った後ろからは、がちゃがちゃと武具の触れ合う音と怒鳴り声が聞こえる。
「こっちだ!」
「追え!」
若い将校の指揮する警備兵の一団がランプで地下道を照らしつつ、さっきの小柄な女の後ろに現れた。それぞれ小剣や長柄の戦斧を手にしていた。
「嫌なところへ逃げ込みやがって……臭え!」
後方にいた警備兵の一人がそう言い捨てると、将校が真面目な表情で叱責した。
「警備兵の任務だ、グロリオ!」
グロリオと呼ばれた中背の警備兵はちょっとくさって見せてから、「わかってますよ」というように手を振って、そして追跡の任務を続ける。
小剣を手に汚水を飛び散らして早足に進む指揮官の後ろに、副長である黒髪の女性の将校がランプを持って従っている。
「ランドック隊長、この先は……」
指揮する将校ランドックの表情がかすかに明るくなった。
「今夜こそ、マーシアのやつの終わりだ!」
頭にターバンを巻いた女……マーシアは外から夕焼けの光の差し込む木格子の前に立っていた。ここは汚水の出口、そこから先は屋外の川だ。けれど、木格子の柵があって人間の出入りはできない。
マーシアは、白と黒で派手なペイントメイクをされた顔を歪ませ、竜の彫り物の護符を握り締めた。
振り向くと、警備兵たちが近づいてくる。ランドックの声が地下道に響いた。
「マーシア、もう逃げられないぞ!」
柵の前で夕焼け空を背に立つマーシア。
が、彼女は口もをゆがめて見せただけ。やがて、低い詠唱がその口から漏れ出る。
立ち止まるランドックの顔に緊張が走った。
「気をつけろ!」
マーシアは白い尖ったもの……ドラゴンの牙だ……を取り出して投げた。汚水の水滴が飛び散る。
次の瞬間、バシャア! と汚水の中から、盾と小剣を手にした白骨死体がひとつ立ち上がった。
「うわぁっ!?」
「ぎゃっ!」
「きゃあああっ!」
悲鳴をあげる警備兵たち。その中で、おびえた黒髪の女性将校に縋りつかれながらもランドックは必死に平静を装う。
「……死体愚弄の現行犯だぞ!!」
だがマーシアは鼻で笑った。
「死霊術師ですもの、死体を使うのは当然でしょ!」
そんな会話の間にも、汚水で汚れた動く白骨……骸骨兵が警備兵たちに迫ってくる。
「く、来るなぁっ!」
「ひいっ!」
怯む警備兵たちを押しのけてランドックが前へ出た。
「ランドック様、死損ないに噛まれたら……!」
まだ縋りついてる女性将校を引き剥がして、ランドックは上段に小剣を構えた。
「こいつは腐り終わってるから、大丈夫だ!」
骸骨兵が歯を鳴らして襲いかかる。が、ランドックはその一撃を剣で受け流すと、そのままの流れで真横に一閃させた。敵の勢いを止めずに利用する。「柔の剣」の技だった。
一撃で、骸骨兵の背骨は両断された。上体が汚水の中に落ちる。
ランドックの剣が、その肋骨や頭蓋を叩き割っていく。やがて骸骨兵は動かなくなった。
「やった!」
「さすが隊長」
だがランドックはハッと気づいて振り向く。
「マーシアは!?」
柵の一部が破壊されており、すでにマーシアの姿は消えていた。
「くそっ!」
くやしそうにランドックは石壁を拳で叩く。
死霊術師マーシアの捕縛に、またもや彼は失敗したのだ。
[つづく]