完結お礼SS 少しずつ二人の夫婦の形に(秋香視点)
(秋香視点)
――す、すごく緊張するわ。
今日は光貴さんと一緒に、匠達のマンションのエントランスにいた。
これから二人で匠達のところにお邪魔する約束をしている。
何度か匠達のマンションに訪問したことはあるけど、二人が籍を入れてからは初。
訪問の予定が決まってから私は着る服や髪型をあれこれ考えたり、手みやげのお菓子も2週間選び抜いたものを厳選したり……
美智からは、「まるで結婚相手のご実家に挨拶に行くみたいですわね」と言われる始末。
元々、朱音ちゃんのことは実の娘のように接していたので、関係が大きく変わることはない。
むしろ、匠と結婚してくれたことで一安心。
ほら、匠ってかなりギリギリだったから……
つきあう前から結婚情報誌は見ているし、新居のマンションの見学には行くし。
そんな匠も念願叶って結婚! すごくおめでたい。
五王家も春ノ宮家も安堵した。ほんと、いろんな意味でね!!
これまでどおり何も変わらないのはわかっている。
でも、緊張してしまう……
おそらく、今までは匠の母だったけど、今度は姑。
朱音ちゃんの母にもなるから、頼れる立派な母に! と力が入っているからかも。
朱音ちゃんが何か五王の家のことであったら、すぐに相談できる相手になりたいし。
「秋香。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。今までどおりで」
光貴さんがにこにこ微笑みながら言うけど、緊張が解けない。
「私、朱音ちゃんに頼られる立派な母になりたいの」
「秋香の心意気は良いことだけど、朱音ちゃんにとって1番頼りになる存在は匠だよ。だから、秋香は今までとおり何かあった時に二人のサポートできる存在の方がいいんじゃないかな?」
「あっ……」
光貴さんに言われて、私はハッとした。
――たしかにそうよね! 朱音ちゃんに1番近い存在は匠だわ。
私は深呼吸すると肩の力を抜く。
「今までどおりに私は朱音ちゃんと接するわ! 一緒にお買い物に行ったり、旅行したり。ありがとう、光貴さん」
そう言ったら、光貴さんが笑った。
「さぁ、行こうか」
「えぇ」
光貴さんにエスコートされエレベーターに乗れば、匠達の部屋がある階に到着。
そのまままっすぐ部屋に向かい、インターホンを押すと匠が出た。
『はい』
「私よ。到着したわ」
『今あけるから待っていて』
通話が切れた後。私たちが待っていると玄関の扉が開き、匠が現れた。
匠の傍にはこちらを見て微笑んでいる朱音ちゃんと、尻尾をぶんぶんと振っているシロの姿も。
――みんな元気そうで何よりだわ。
「たく……お、お父さんとお母さん。こんにちは」
そう朱音ちゃんがたどたどしく言った台詞を聞き、私はつい我慢できずに声を上げてしまう。
今までは「匠君のお父さんとお母さん」だったけど、匠達が結婚後に「お父さんとお母さん」になった。
だから、きっとまだ慣れていないのかも。
「「かわいいー。今の録音したい! ……ん」」
私の声に混じり、なんか別の声が重なった。
一字一句綺麗に重なってしまったその声の主は匠だった。
えぇ……
私が顔を顰めながら匠の方を見れば、視線が交わってしまう。
「秋香と匠。今、きれいに声が重なったね。やっぱり親子! 似ているね、朱音ちゃん」
「はい」
「えー……」
光貴さんと朱音ちゃんはにこにこしながら私と匠を見ているけど、私は目を疑う現実だった。
私が匠と? あの匠と?
私はつきあう前から結婚情報誌を定期購入したり、マンション見学に行ったりしなかったわよっ!?
「ギリギリの匠と似ているの? 私が? ギリギリの匠と似ているの? 私が?」
「俺は別にギリギリじゃないけど。いつも時間に余裕を持って生活しているよ」
「そういうことを言っているんじゃないわ」
つきあう前からペアのマグカップ買おうとする事を言っているのよ! と、心の中でつっこんだ。
――本当によかったわ。匠のギリギリを朱音ちゃんに気づかれなくて。
「あの……どうぞ、中へ」
朱音ちゃんに促されて、私たちは「お邪魔します」と中へ。
リビングに通されてソファに座れば、シロが私と光貴さんの間に入り「撫でて!」ときらきらした目で見てきたので撫でる。
すると、シロは目を細めて気持ちよさそうにした。
「匠君。私、お茶入れてくるね」
「なら俺がお茶菓子を準備するよ」
「でも……」
「二人でやった方が早く終わるよ。父さん達、自由に寛いでいて」
匠達が立ち上がってキッチンに向かったのを見て、私は微笑ましくなった。
少しずつ二人の夫婦の形になっていくんだなぁと思う。
きっと二人なら日常の幸せを分け合って楽しく暮らしてくれそうだわ。
そう思うと同時にほんの少し寂しくもある。
匠も大人になったなぁと。
子育て一段落したのね……
まぁ、寂しさよりも嬉しさの方が上回るけど! ほんと、片想い中はハラハラだったわ。朱音ちゃんが持っている匠の好感度が下がるんじゃないかって!
付き合ってないのにあの暴走はねぇ……
「なんか」
「え?」
隣に座っていた光貴さんがシロを撫でながら呟く。
「匠に関しては子育て一段落したって感じがするね」
「えぇ」
どうやら光貴さんも同じことを思っていたらしい。
二人がこれからどんな未来を紡ぐのかわからないけど、今までのように静かに見守りたいと思った。