榊西の卒業式
今日は榊西の卒業式だ。
式自体は一時間半くらいで終わったので、私達は教室に戻り写真を撮ったり、友達同士おしゃべりをしたりして高校生活最後の日を過ごしている。
最後の登校なので朝はすごく寂しかったけれども、寂しさはクラスに着くと共に消えていっていた。
いつも通りの楽しいクラスだったから……
「最後かぁ」
私はぽつりと呟くと、辺りを見回す。
卒業生の証である赤い花を胸元に付けているクラスメイト達は、満面の笑みを浮かべながら写真を撮っていた。
彼らや私の手には、深緑の長方形の薄めのケースが。
表紙には卒業証書とゴールドで書かれている。
ケースには卒業証書が嵌め込まれていて、開くと全体が窺えるようになっていた。
私もさっきまでみんなと写真を撮って貰っていたけど、少し休憩がてらに窓際に移動している。
――そうだ! 匠君に卒業したよってメールしようかな。
私は黒板へと視線を向けた。
黒板には、『卒業おめでとう俺達!』という文字と、クラスメイトの名前が書かれている。
私はブレザーのポケットからスマホを取り出すと、黒板へと向かって行く。
『露木朱音』
クラスメイト達の名前の中に見つけた自分の名を指で触れれば、三年間の思い出が浮かんでくる。
一年生の頃はあまり馴染めなかったけど、匠君達と出会った二年生から少しずつ馴染めた。
それはクラスメイト達がすごく素敵な人達だったこともあるだろう。
中学生の頃は高校も中学と同じだろうと思っていたけど、全く違って楽しかった。
本当にこのクラスで良かった。そう心から思う。
スマホで名前の書かれた黒板を撮影していると、「露木さん!」という声が背に届いたので振り返る。
すると、そこには豊島さんの姿が。
豊島さんの左右には前園さんと南川さんの姿もあり、二人とも片手を上げている。
「一緒に写真撮ろうよ!」
「うん!」
私は笑みを浮かべると強く頷いた。
「せっかくだし、黒板を背景にして撮ろう」
豊島さんは黒板付近でしゃべっていた子に「撮って」と声をかけると、スマホを渡した。
四人で黒板前に集まり卒業証書を開けば、「撮るよー」という声が。
私達が微笑めば、シャッター音が響く。
「ありがとう!」
「写り確認してね。大丈夫?」
「うん。みんな可愛い!」
豊島さんはスマホを受け取ると、「後で送るね!」と私達へと告げる。
「しかし、実感がわかないよねー。なんか、卒業って感じじゃないし。この後、みんなで打ち上げに行くからかもしれないけどさ」
「豊島も思った? うちも」
私だけじゃなくて豊島さん達も思っていたみたい。
「私が地元に残るからかな?」
「私、受かれば西日本の大学だけれども、寂しくないんだよね。後で実感湧くのかもしれないけど。うちのクラスが特別ハイテンションなせいじゃない? さっきトイレ行った時、隣のクラスの子達が離れるのが寂しいって抱き合っていたもん。うちのクラスのノリって卒業式っていうより修学旅行のノリだしさ。まぁ、うちのクラスらしいけどね」
「そうだね」
「この四人の中では、私だけ地元離れるのかな。露木さんは地元の大学志望だっけ?」
「うん」
「んで、豊島は製菓の専門学校だっだよね?」
「そうだよ。私の家って洋菓子店だから。お兄ちゃんが跡継ぎだけど、私も店を手伝いたいしお菓子作り好きだからさ。夢なんだよね」
豊島さんは楽しそうに言う。
「夢……」
私は顎に手を添える。
私の夢ってなんだろう……?
「私は管理栄養士の資格取りたいんだ。受かったら憧れの一人ぐらしだよ。合格発表まで胃がキリキリ。滑り止めも受けているけど、第一志望に行きたいんだよね。ここ離れるけど、お盆とか帰省するからその時は遊んでね!」
「いいね、健康栄養士。私はトリマーになりたいから、トリマーの専門に行くよ。露木さんは?」
「私は……」
私の夢はない。今までもなかった。
小学生の頃に授業で書かなければならなかったことがあったけど、無難なことを書いた気がする。
大学も両親の志望する所だ。
私って何がしたいんだろう……?
「特に夢ってないかもしれない……」
「今はなくても後で見つかるかもしれないから大丈夫だよ。うちの姉は社会人になってから、看護士になりたいって夢が出来て会社辞めていま看護学校入ったよ」
「そうなんだ」
「うん。もしかしたら、露木さんの夢が大学で見つかるかもしれないし」
「ありがとう」
大学で見つかるといいなぁ。
「そういえば、今日五王さん来る?」
豊島さんがふと思い出したかのような表情をし、私へと尋ねて来たので、私は首を傾げる。
確かに匠君とは今日会う予定があった。
匠君が「打ち上げで帰りが遅くなるなら迎えに行く!」と申し出があったから。
悪いからと断ったんだけれども、匠君が「一人で帰るのは心配だから」って。
匠君は本当に優しいって思う。
もしかしてその事を匠君が佐伯さんに話をして、佐伯さんから豊島さんに話が伝わったのかもしれない。
「うん。打ち上げが終わったら迎えに来てくれるよ」
「卒業式だから来るかなって思ったの。薔薇の花束を持って。そして……!」
「そして……?」
「や、やっぱり五王さんはタイミング見るから無いかな。そもそも……うん……まだだし……」
豊島さん達はそっと視線を泳がせる。
「五王さん、六条院の大学へ進学だったよね? じゃあ、露木さん一緒に居られるね!」
「うん。すごく嬉しい」
「露木さん! 大学行ったら彼氏欲しいなぁって思ったら、すごく近くの人を探した方が良いよ。王子様、傍にいるから」
「そうそう! 近くにいるって! すごく露木さんの事を大切にしてくれる人なっていうのは私達が保証するよ」
豊島さん達は私の肩に手を置き、真剣な眼差しで説得するかのように告げた。
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楽しい時間というのはすぐに過ぎていくものだ。
私達は学校から打ち上げ会場である学校近くのカラオケ店へ移動。
体育祭などで打ち上げで利用していたため、この場所は私達のクラスで最も馴染みがある。
クラス全員が入る部屋は無かったので、複数部屋を借りて行き来するようにしていた。
打ち上げ終了時間までまだまだあると思っていたけど、あっという間にやって来てしまうことに。
いま、会計を済ませ、みんな家路に着くためにお店の前で立っていた。
黒く塗りつぶされた天に輝く星に負けず、カラオケの看板が輝きを放っている。
みんな、長時間ずっと騒いでいたけど、疲れた顔を見せずすっきりとした顔だ。
「そろそろ本当にクラスが解散だな」
「なんでだろうなぁ? 名残り惜しいっていうより、明日も学校って感じがする」
「でもそれってうちのクラスっぽくない? しんみりしたのはうちのクラスっぽくないし」
「だな」
私は耳に届くクラスメイト達の台詞に完全に同意していた。
最後まで楽しかったなぁ。
私は一人一人の顔を見ながら、色々な事を思い出していた。
長いようで短かった三年間。
地元を離れる人もいるから、なかなか会えなくなる人もいるだろう。
またみんなと会いたい。
私は心の底から湧いた気持ちを今回は蓋をすることなく伝えたかった。
このクラスは本当に楽しくて、色々な思い出を私にくれたから――
「あの……っ!」
私が急に声を上げたため、みんな目を大きく見開きびっくりしている。
その空気に怯んでしまったけど、私は意を決して口を開く。
「またみんなで集まろうね!」
一気に吐き出すように言ったせいか、ちょっと裏返ってしまったけど、ちゃんとみんなに言えた。
自分が気持ちに蓋をすることなく言えたことに対して、ほっとする。
一瞬きょとんとしていたけど、皆はすぐに顔を緩め、「勿論!」と声を重ねて告げる。
「クラス会も絶対やろうな。そんでみんなでまた集まろう。地元離れる組もお盆や正月帰ってくる時にさ」
「そうそう! うちら離ればなれになるけど、一生会えなくなるわけじゃない。また次があるし!」
みんなに囲まれて、私は微笑んで大きく頷いた。
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「迎えに来てくれてありがとう、匠君。匠君のお父さんもすみません。仕事で疲れているのに……」
私は迎えに来てくれた匠君のお父さんの車に乗せて貰っていた。
後部座席に座り、隣には匠君がいる。
私の手には、ピンクや白などの色彩を持つ可愛らしい薔薇の花束が。
これはついさっき匠君から卒業祝いにとプレゼントしてくれたものだ。
「気にしなくていいんだよー。今日、休みだったからさ。それに、朱音ちゃんの卒業式なんだから! どうだった? 卒業式」
「みんな、また明日教室で会うような雰囲気でお別れしましたので、あまり卒業式という実感がないです。最後まで笑顔でまたねって……うちのクラスらしかったです。高校生活、あのクラスで良かったと思いました」
「そっか。笑顔の卒業式も素敵だね」
匠君のお父さんの台詞に対して、私は笑みを浮かべて頷く。
またみんなで集まろうね! という話をしたので、きっとこれが最後じゃない。
地元を離れる子もいるため、全員集まれるかはわからない。
でも、またみんなで再会できることを願って――
「朱音のクラスメイトは学祭で見たけど、和気あいあいとして楽しそうだったよな。きっとまた会えるよ」
「うん! もうちょっとすると今度は六条院の卒業式だよね?」
「そう。生徒会は色々と卒業パーティーの準備をしてくれて大忙しみたいだ。あー、朱音にも来て欲しいなぁ。卒業パーティー。卒業生の家族か婚約者しか入れないって……」
卒業パーティーの台詞が匠君から聞こえたので、私は一瞬びくっとなってしまう。
実は水面下で私も参加することになっているのだが、サプライズなので言えず。
匠君に内緒にするのって、ちょっと心苦しいところもある。
「懐かしいなぁ。六条院の卒業パーティー。僕の時もあったな。そうそう! 龍馬達もすごく参加したかったけど、春ノ宮代表はお父さんとお母さんだから残念がっていたよ。美智がカメラマンとして静止画と録画するみたいだから、後で見せてと言われたみたい。美智がカメラマンって囲まれて出来そうにない気がするよね」
「確かに。一番囲まれそう」
「匠君達も囲まれると思うよ?」
私は首を傾げながら訊ねる。
「会場は中二階もあって、生徒会役員だった俺達はそっちにいるんだ。必ず上にいるというわけじゃなくて、下に降りてもいいし、上でゆっくり過ごしてもどっちでも大丈夫って感じかな。上には現生徒会役員がいるから、旧生徒会との最後の交流の場なんだ」
「そうなんだ」
「でも、生徒会役員はパーティーの実行委員だからあまり上にはいないな」
会場みたことないけど、なんか緊張してきた。
――匠君、びっくりするかな?
そう思いながらじっと匠君の事を見詰めていると、匠君が気づき私と視線が交わる。
すると、「あ、朱音。どうしたの……!?」と顔を真っ赤にさせた。